ナツのバイト終了時間に合わせて迎えに行って。
一緒にナツの家に向かう途中だった。


公園で。
今日、知り合った慎之介がベンチで、男に襲われている。
「…ナツ、あれ、慎之介じゃね?」
「…あぁ。ホントだ」
「あれ、合意じゃねぇよなぁ。助けるか?」
「助ければ?」

あいかわらず、ナツは冷めた返答で。
今に始まったことじゃないから、俺は特に気にせず、慎之介を助けることにしていた。


「強姦なんてかっこわりーことしてんじゃねぇよなぁ」
痴漢を殴り飛ばしてやって。
振り返ると、ナツは心配そうに、慎之介に対応していた。
「慎之介、大丈夫?」
さっきの、冷めた雰囲気とは全然違う。


「ったくさぁ。青姦しようとしたら、先にいるし? 誰かと思ったらお前だしさぁ。ま、強姦くさかったから、蹴っ飛ばしといたけど。手、ぬいたるから、続きしたかったら、かまわねぇけど、どうする?」
ナツのことは、気にしないフリをして冗談交じりに言いながら、首を振る慎之介に頷いてやる。
「んー。じゃ、もうちょっと、痛めとくっかな」

殴り飛ばした痴漢の方へと目をやると、視界に入った小瓶。
「お。なにこれ」
薬だ。媚薬の一種。
「…さっさと洗い流さんと、つらいだろ。自分で出来そうにもねぇしな、お前。俺がしてやろっか」
そう言って、ナツがさっき慎之介にかけてやった上着をどかす。
「っあっ…」
「おい、悠堵っ。…慎之介、恐がってんだろ」
ナツに止められて。
まぁ確かに、俺は恐がられるのには慣れてるけど?
ナツの方が、見た目、優しそうにも見えますけど?

「悠堵は、早いとこ、さっきのやつ、どうにかしとけよ」
そう俺をこの場から離れさせようとするもんだから。
「っナツ、お前っ…」
「…なに?」

慎之介のこと、どうするつもりなんだろう。
やるつもりか?
そう思ったけれど、止められなくて。
「……まぁ…いいけどさ…」
俺は痴漢の方へと向かった。


ある程度、殴って。
ベンチへ戻ると2人はいなかった。

少し見渡して。
奥の茂みに足を運ぶと、2人がやってる姿。

ナツの考えがよくわからなかった。

「………最後までやるかよ、お前…」
終わりを見計らい、横から声をかける。
「…悠堵さ……。あの…っ」
振り向いた慎之介は、不安そうな、申し訳なさそうな顔をしてくれていた。
「なんか文句あるん?」
「…ないわけねぇだろ」
「なんやん、言ってみ」
「…お前のことだから、もしかしたら、やるんじゃないかとは思ってたけどな? …やりすぎ」
「べっつに。強姦してるわけじゃないし。悪い?…俺が誰とやろうか、よくない? 悠堵だって、俺以外のやつとするだろ? 文句、言える立場なんですかね」

確かに強姦ではないにしろ。
慎之介にとってナツは好きな相手ってわけでもない。
痴漢だって、別に痛めつけてたわけではないし。
相手が、知り合いに代わったってだけだろう?
助けた意味とか、わからなくなってくる。
そりゃ、知らない人とやるよりは知り合いとやった方が気が楽かもしんねぇけど。

「俺がどうとかじゃなくて。…慎之介、わけもわからずやられたって感じだろ? ナツ、相手考えろって。慎之介は、お前がよくつるむようなタイプのやつ等とは違ぇんだよ」
ナツは、少し間をおいて、俺を睨む。
「……なんで、悠堵がそんなことわかるわけ?」
「どう考えても、わかるだろ。雰囲気で」

本当は、わかってるはずだ。
わかってて、してんだろう。
案の定、
「…うっさいなぁ。わかるよ、そんくらい。ほっとけよ、もう」
そう言って、ナツの肩にかけようとした手を思いっきり振り払われた。

「慎之介、帰れそう?」
ナツは、俺を無視するようにそう慎之介に聞く。

「あ…はい…」
このまま、一人で帰すわけにもいかない。
ナツのフォロー、しときてぇし?
「駅まで送るよ」
そう言う俺に、ナツは一瞬不機嫌そうな顔をした。
「手、出すなよ」
「…お前が言うなよ…」

俺はナツを残し、慎之介と駅へ向かった。

「……なんか、頭の整理つかねぇってオーラ、出まくってんぞ、お前」
「…まぁ…よくわからなくて…」
だろうな。
こいつ、初めてっぽかったし。

「…ナツは…恋愛感情に関して、少し冷めた部分があんだよ」
「…は…あ…」
「愛はなくても、セックスは出来る。好きじゃないやつとでも平気でやるし、やらせる。……そういうやつなんだよ。……慎之介、あいつとやって、どうだった?」
「…そんなの…なんか、急で、わけわかんないし…。その…初めてだったし…」
やっぱりな。
「ナツは……気遣ってくれるし、やさしくしてくれるし、気持ちよくだってするだろうけどさ…。愛とか、ねぇだろ」
「…はい…」
少し間をおいてから、慎之介はそう答える。
そう。
初めての奴にだって伝わっちまうんだよな。
ただの遊びで割り切ってる奴なら、平気だろうけど。
慎之介はそういうタイプじゃないから。

優しくは、してやったとは思うけど。
あいつは、気持ちなんてこめちゃいないだろう。
「悪いな」
つい、俺がそう答えちまっていた。
「はい…?」
「だから、悪ぃなっつってんだよ。俺はさぁ。こうなるって予想出来たくせに、止め損ねちまった」
「いえ…」
「俺も。あいつとやってても愛とか、感じねぇから、よくわかる」

ナツは、誰に対してもそうだから、気にするなと。
そう言いたかったのに。
俺とナツとの、愛のない行為を自覚してしまっていた。


慎之介を駅まで送り、一人、とぼとぼと歩いていると、携帯が鳴り響く。
相手はナツだった。
「…もしもし?」
『…ドコ』
「いま、駅から帰ってる最中」
『公園、いるから。さっさと来いよ』
公園で待ってんのか。
「…わかった」
俺は少し早歩きで、公園に向かった。


ベンチで、煙草を吸うナツが目に入る。

俺はその隣に座るけれど、ナツは、気づいてるだろうに、俺を見なかった。

「ナツ…」
「うるさい…」
「…………」


まったく話す気がなかったり、何もする気がないのなら、わざわざ電話で呼ぶこともないだろう。

俺が、ここに呼ばれた。
それだけのことで、俺はナツに、少しは求められてるんだと、そう思えた。

肉体的な行為ではなく、こういった些細なときに、少しだけ、愛情を感じてしまう。
勘違いかもしんねぇけど。

沈黙が続く。
俺は、ナツに惚れたときのことを思い出していた。

もしかしたら、ナツも同じ時期のことを思い出しているかもしれない。

高校生の頃。
転校してきたこいつは、ホント、真面目そうで。
だけれど、中途半端な時期だし、なにか問題起した奴なんだろうなとは感じていた。

少し生意気で、冷めてて。
鼻につく言い方をするこいつをクラスメートが殴っても、抵抗しないで。
ただ、見下すように笑うもんだから。
次第に、ほっとかれるようになっていた。

とはいえ、孤立しているわけではない。
いわゆる不良グループとの付き合いがなくなっただけで。
真面目なやつらとは、それなりに、普通に話していたようだ。

俺は、不良グループ側にいた人間だから。
直接、俺が殴ることはなかったけれど、俺を慕ってくれる奴らが殴ってるところに居合わせたことはあった。

変な奴だとは思っていたが、俺も、ほっとくことにした。
それがほっとけなくなったのは、公園で、ヤっているナツを見てからだった。

合意なのだろう。
ナツは、男の体に跨って。
いわゆる騎乗位だ。
俺の視線に気づいたのか、顔を上げ、目が合った。

なんでもないみたいに、自然と視線をそらされる。
が、俺はしばらく動けなくて。

少したってから、やっとその場を後にしていた。

翌日、学校で。
「…ずいぶん、見てたね…」
そう声をかけられる。
周りも、釣り合わない俺らを気にしているようだった。
「似合わねぇこと、すんだなーって思って」
「…やろうか?」
軽い感じで、そう誘われたのが、始まりだったと思う。

朝から屋上で。
「…なんで、俺なわけ?」
「昨日、俺のこと見てたから」
「それはきっかけだろ?」
「…楽な気がした。あんたみたいなタイプ」

そりゃ、こいつがいつもつるんでるだろう真面目なタイプの人間と、気楽に体だけってのはやりにくいだろうけど。

それ以降、大した会話もなく、ナツが誘いうけるがままにやって。

二人で煙草を吸った。

こいつが吸うとは思っていなかった。
真面目に見えるけど、そうでもないんだなって、そう思った。

「…なぁ。何で、そんな冷めてんの…?」
ずっと気になっていたことを口に出す。
「…何に熱くなれっつーの?」
「熱くなれってわけじゃねぇけど。常に冷めてんじゃん?」
「…そう?」
「殴られても、大した反応しねぇし」
「不感症ですから」
軽く、冗談っぽく受けながらされて。
あぁ、こういうのが敵作ってんだろうな。
でも、こいつの場合、わざとっぽいし。
俺は、この程度で怒るのはやめにしておいた。

「…もったいなくね…?」
そう声をかける。
「…なに、それ」
やっと、ナツは俺の方を向いてくれた。
「……感情無しに過ごしてたら、毎日、もったいなくねぇ?」
「……感情あったら、辛ぇじゃん」
「辛ぇことでもあったわけ?」
「別に…。感情ないから、辛いなんて思ってねぇけど」

また視線を前に戻して。
辛い出来事があったと言っているようなもんだった。

「弱ぇじゃん、お前。辛さ受け止めれねぇの?」
そう言う俺を、ナツはまたジっと見て。
「辛い感情を忘れることは、強さじゃねぇの?」
そう俺に問う。
「弱さだろ」
「…価値観、合わないね」
軽く笑うナツの表情が、また少し、冷めていて。
俺は、なにも知らないくせに、ほっとけなくなった。
ナツが、どうでもいいと思うのなら、関係ないと、ほっとけばいいものを。

「…それは、忘れていい感情だったのかよ」
そう言うと、眉を顰め、俺を嫌そうに見る。
なにも知らないくせにって。
言われるかなと思った。

「忘れなきゃ、やってらんねぇんだよ」
初めて、素を見た気がした。
どこかフィルターのかかっていたこいつの感情が、外に表れてて。
少しだけ、嬉しさみたいなもんを感じる。
「忘れたい出来事だったとしてもさ。お前、感情全部、捨ててどうすんだよ」
「違ぇよ…。忘れたくねぇ出来事なんだよ。だけど、辛いから、感情、捨てるしかねぇだろ」
「捨てる必要ねぇだろ」
「じゃあ、どうしろってんだよ」
そう感情むき出しで、俺に突っかかるナツを、本能的に俺は抱き寄せた。
「…感情捨ててるお前の方が、見てて辛ぇよ…」

俺の腕の中でナツは、泣いた。
もちろん、そんなナツを見たのは初めてだったし。
あれ以来、見ることもなかった。


忘れたくない出来事というのがなんなのか、教えてはくれなかった。
聞きもしなかったが。
言えるようなら自分から言うだろうと、思ったし。

「悠堵…」
優しい声で俺の名を呼ぶ。
取り繕っていないナツが、俺の名をこんな風に呼ぶことは普段なかった。
「…ん?」
「思い出さねぇ? ココ。お前とやるきっかけになった」
「あぁ。ナツ、やってたからな」
「…ここで。俺の好きな人が、輪姦されてた」

そう告げた。
俺は、なにも言えず、ナツの言葉を待った。

ナツは、前を向いたまま、俺を見ないで、口を開く。

「桐生深雪っていう…今は、教師やってる人。名前は深雪だけど、男だよ。深雪ちゃんには、好きな人がいて。だけど、その人、飛んじゃってさ。つまりまぁ、叶わない恋みたいな。俺は、飛んじゃったその人の代わりで、ずっと桐生さんの傍にいた」
「ずっと…?」
「…俺が中学生の頃から、高3の途中まで。好きだとは告げなかったよ。俺は代わりだから、そんな感情、深雪ちゃんの邪魔になるだろうし。…だんだん、ヤるだけになって。
深雪ちゃんが就職決まったころに、こういう関係、だらだら続けるわけにもいかないなって、そう思って。それ、深雪ちゃんも考えてたみたいでさ。
終わることにしたんだよ。
…そのとき、最後に、好きだったって告げたよ。もちろん、だからって、付き合うとかそういうのはないし。ただ、告げただけなんだけど。

…自分だって、終わらせるつもりだったし、なんでもないつもりだったんだけど、腑抜け状態になっちゃって。なんもする気起きなくて。

少しして、お前に会ったんだよ。久しぶりに、感情が持てたな、あんとき。

お前となら、変われる気がしたから、付き合うことにしたけど、ホントは、よくわかんなかったんだよ」
好きだから、付き合ってくれているわけではないというのはわかっていた。
ただ、ナツにとって、他の人と違うなにかが、俺にはあったのだろう。
それはありがたいことだった。

ナツはまだ、なにか話したそうだったから、俺は口を挟む事はやめておいた。


「……付き合っているけど、あまりそういう自覚はもてなくて。けど、お前が特別なのは確かだった。他の奴らと、やっても感情が持てなくて。機械的にするだけだったし。
…いまもそうなんだけど。慎之介、相手にして再確認もした。

さっき…慎之介、助けるお前見て、思い出したよ…。
2,3年前、ここで深雪ちゃんがマワされてて。そんときさ。俺、助けるの迷ったんだよ。合意じゃないだろうってわかってたのに。もう終わらせたからって、見なかったフリしようとしてて。

だけど、深雪ちゃんは、ヤられながら、俺の名前呼んでくれて。
そんとき、俺、なに見過ごしてんだろうって思ってさ。
さすがに、感情無くしすぎだろうって、後悔したよ。

結局助けたんだけど。前に、終わらせてから、まったく連絡とってなかったから、すごい久しぶりで。でも、付き合うとかそういうのはねぇよ。そういう関係じゃないから。
ずっと…仲良くいれたらいいって思ってさ。なんだかんだいって、ぐだぐだした関係は、あのとき終わってて…。
深雪ちゃんに彼女が出来ても、傍にいてくれるかって、聞かれて、俺は、頷いたし。
俺に彼女が出来ても、変わらないって伝えた。そんとき、お前のことは、話さなかった」

ナツは、確認するように俺を見た。
「……悠堵は、どう思う?」
「どう思うって…」
「俺に、そういう相手がいるのって、嫌? それともさ…。もうどうでもいい?」

いままで言わなかったのは、俺に見放されると思ってのことなんだろうか。
「どうでもいいわけねぇだろ」
「でも、俺はいまでも、深雪ちゃんを大切に思ってるよ。悪いけど、忘れろだとか、離れろって言われても、無理だと思うし。深雪ちゃんだって、お互いに恋人が出来ても、このままでいたいって望んでくれた」
「…いいよ、別に…。お前がそんだけ大切に思う人なら、忘れろなんていちいち言わねぇし。だけど、どうでもいいとか、関係ないとか思ってるわけじゃねぇから。その人も、お前も、お互いに恋人作る気なんだろ」
「…そうだけど…」
「だったら、問題ねぇだろ」
ナツは、俺から視線を外す。
だけれど、俺の手に自分の手を重ねてきた。

「お前さぁ。昔、俺のこと、弱いっつったろ」
「あぁ。言ったな」
「結局、俺って、弱いままなんだよ。辛いことから、全部逃げててさ。なにも感じないようにしてたし、お前に感情見せないようにしてきた。
深雪ちゃんのこともあったから。お前が、受け入れてくれると思ってなかったし」
ナツの手に力が入るのがわかった。
「…ホントに、いいの…?」
「お前、その人と付き合う気はないんだろ」
「…ないよ。向こうにもないし。そういうのじゃない。家族とか、そういうのに近い感じになってるから…」
「じゃあなおさら。なににお前は、おびえてんの? 全然、構わねぇよ」
「…助けろよ、俺のこと…。弱いままだけど、辛いんだよ。お前に、感情隠してんのも、辛くなってきて、どうすりゃいいのかわかんなくなってきた」
ナツの体を抱き寄せて。
強く口を重ねると、ナツは俺の頭に手を回す。
深く舌を絡めあって、そっと口を離すと、ナツは、目に涙を溜めていた。
「悠堵…俺っ」
「もう、いいだろ…。辛いの、全部、受け止めな? 俺も一緒に、受け止めてやるから…」

俺に抱きつくナツの体が震えていた。
キツく抱きしめられて、表情は伺えなかったが、泣いているのがわかった。

2度目だ。
こんな風に泣くナツを抱きしめるのは。

あの頃も感じたが、こいつの支えになっていきたいと、俺は、改めてそう思った。