『東琶―』
 悠真からの電話。
 珍しいな。
「なに、どうした?」
『今さー。南館1階のトイレなんだけど。体操服姿の子が、東琶の名前呼んでるよ』
「なにそれ」
 南館1階。
 保健室があるところだ。
 体操服姿ってことは、響か。
『なぁんか、先輩2人にかわいがられてる』
「かわいがられてるって……」
『手で擦られてるねー。喘ぎながら東琶の名前呼んじゃうとかどういう関係? 人違い?』
「いや、まあ心当たりはある」
 そうそうある名じゃねぇし。
 間違いないだろう。
「悠真、俺が行くまで時間、稼げる?」
『まあいいけど? 慎之介も来てくれないかなー』
「……わかった。出来たら連れてく。期待はすんな」
『了解』

 響のやつ。
 ほんっとにあいつはバカか。
 ため息が洩れる。

 慎之介は……透と一緒だ。
 透は少し噂好きなとこあるし、慎之介にだけ言うってのも難しそうだな。

「慎之介。頼みがあんだけど」
「え、俺に?」
「悠真が、慎之介に会いたがってる」
「な……なにそれ」
 照れ隠しのように少し不機嫌な顔を見せる。
「人助けだと思って、俺と一緒に来てくれない?」
「駄目ではないけど、悠真がこっちにこればいいんじゃ」
「詳しい事情は歩きながらで。急いでんだよ」
「わかった……」
 事情がわからないながらも慎之介は了承してくれた。
 
「ちょっと、東琶、なにがあったの?」
 やっぱり、透が食いついてくる。
 予想は出来ていた。
 言った方が早いな。
「響が、先輩2人に絡まれてるらしい」
 言い残し、背を向けるが当たり前のように透もついてきた。
「それなら俺も行くよ」
「お前、喧嘩弱いだろ」
「そんなことないよ」
「先輩たちから目つけられるようなこと、お前がする必要ねぇ」
「東琶。一人で抱えすぎ」
「いんだよ。2人くらいならやれる。悠真もいるから、助け借りるかもしんねぇし」
「絡まれてるって? 喧嘩なの?」
「……いや、手出されてる。エロい意味で」
「……だったら、喧嘩吹っ掛けないで穏便に済ませた方がいいよ」
 穏便に?
「どうするつもりだよ、透」
「相手の目的は、響くんっていうか、やる相手が欲しいだけでしょ。いいよ。俺がやる」
「バカなこと言ってんじゃねぇよ」
「最近、ご無沙汰で溜まってるしなー」
「いいってば。俺が殴る」
「やめなって。先輩とか絶対あとで面倒なことになるって。東琶だけじゃなくて、それで響くんまで目つけられるかもしんないし」
 確かに、それは困る。
 もし喧嘩で俺が勝てたとしてもだ。
 俺のいない間に、俺へのあてつけで響になにかされたら……。

 そうこうしているうちにも、現場についてしまう。

「あ、東琶。ちゃぁんと慎、連れてきてくれたんだ? ありがとうー」
「ああ。悠真、連絡と時間稼ぎ、助かった」
「どういたしまして」
 先輩2人は、そこまでゴツいってわけでもないし、喧嘩をすれば勝てそうだ。
 とはいえ、後でなにか響にされちゃ意味がない。

「君が噂の東琶くん?」
 噂。
 響が俺の名前呼んだからか。
「……そうです。先輩ですよね?」
「そう。俺たちだって、そう事を荒立てたくはない。基本、君たちを敵にしたくはないけれど、そっちだって、俺たち二年を敵に回す気はないだろう?」
「この子、先に俺たちの手で、イっちゃってるんだよねぇ。俺たちも同等レベルの楽しみ、いただきたいんだけど」
 やっぱりそういうことか。
 透の言った通り。

 俺がこいつら殴って敵に回したとしても、悠真がいればなんとか……。
 いや、悠真に頼るのはよくない。
 確かにあいつの兄貴はここら辺、仕切ってるけどあいつはそのことで遠慮されるのを嫌ってる。
 
 透が、ちょんちょんっと俺の服を引っ張った。
 やっぱり、透に頼るしかないのか。
「透。……半年くらいのお願い」
「嘘でも、一生のお願いって言えよ」
「じゃあ、期限は無しとして。友達として。友達を救ってってのは?」
「……まあ、東琶に言われなくても、同じこと考えてたけどね」
 元々は透の提案だ。
 響の代わりになるって。
 
「先輩。……俺じゃ駄目ですか? 代わり」
 なんでもないことのように透が言う。
「なんでっ。東琶、なんでそんなこと透くんに頼むんだよ」
 響のやつ、透のこと純粋とか思ってるからな。
 信じられないって顔してやがる。
「響くん。東琶に言われたからじゃないよ。俺が、響くんの代わりになりたいから」
「でもっ……」
「響くんみたいに初々しさは出せないかもしれませんけど」
 にっこり笑って、透が先輩たちにさっそく色目を使う。
「響くんっての? すごく上玉だってわかってるよね。透くん」
 透だって上玉だろ。
 足元見やがって。
「それに見合ったご奉仕、しますから」
「……それならまあ」
 透が先輩たちの間に入り、俺のところへと響の体を軽く押した。

「響くん。気にしないで」
「そんなこと、言われてもっ」
 俺ですら気になってる。
 響は俺以上に抵抗や責任を感じているだろう。
「いいから。東琶。早く行きなって」
「了解」
 わからない。
 これでいいのかどうか。

「先輩、場所変えません?」
 振り返り確認すると透が、中庭の方へ向かうのがわかった。


 あの後、俺と響はもう一度保健室へ。
 先生たちには入れ替わりで出て行ってもらった。
 響は泣きながら、透に申し訳ないみたいなことをずっと言っていた。
 それを提案した俺に対して嫌悪感を露わにする。
 元々は透の意見だが、結局、最後に頼んだのは俺だ。
 責任は感じている。
 けどしょうがねぇだろ。
 俺は、お前のこと守りたいんだよ。
 透と響を天秤にかけたら響を取ることになる。  

 ただ、泣き続ける響を見て、選択を誤った気がした。
 自分がやられればよかったんじゃないか。
 そうすれば、透を犠牲にしなくて済んだし、響は俺に対して恩と罪を感じてくれるだろう。
 ……って、なに考えてんだ。
 結局、俺は自分のことばっかじゃん。
 響にどう見られたいかとか。

 こいつが、精神的に苦しむだろうって予測出来たはずだ。
 なのに俺、あのときちょっとテンパってて、とにかく響が助かるならなんでもいいって考えちまってたかもしれない。
 先輩2人に好きな奴がイかされた後の状態とか目の前で見せられて、テンパらねぇ方がおかしいだろ。
 
 こいつ、ほっといてって言うわりには、俺の名前呼ぶんだよな。
 まあ呼んでくれて、間に合ったから未遂に終わったわけだけど。
 自分じゃ拒めねぇみたいだし。

「拒めないなら、いつでも呼べよ。すぐ俺が代わりに断ってやる。それでいいだろ」
「でも、それで透くん使うのは……っ」
「わかったわかった。次は考えるから。っつーか、次とかねぇようにしろな、お前も」
「うん……」
「っつーか、お前、嫌でも拒めないってことは、俺のことも拒めないわけだ?」
 そう聞く俺に戸惑いながらも黙り込む。
「じゃあ、お前のこと押し倒せても、ただ拒めないだけなのか、許してくれたのか。わかんねぇな」
 少し強引にやればできないこともないってわかってる。
 桜井といい、先輩たちといい、見てるとなんかこいつ自分のことに関しては『しょうがなかった』で割り切っちゃってそうだし。
 けど、今日、寝不足なのって、たぶん俺が告ったからで。
 俺は、桜井や先輩たちとは違うんだろ。
 3人に比べて嫌われてるからかもしれないし、もしかしたら好かれてるからかもしれない。
 影響力が強いのは確かだ。
 まだ、無理だよな。
 だからって、誰かに先こされるのは辛いけど。
「……次、どうでもいいやつが、お前のこと犯しそうになってたら、マジで俺が先にやるから」
「っそんなっ」
「お前のこと、なんとも思ってねぇやつにやられるより、ずっと好きでいる俺の方がマシだろ」
「……信じられないよ。東琶が僕のこと……」
 たぶん、俺は嫌われてた。
 いつも俺のこと、うっとおしいなって目で見てたの気付いてんだよ。
 それでも、うっとおしく付きまとった。
 嫌いなやつに好かれるってどんな気分なんだろうな。

 そうだ。
 俺はこいつに本気で拒絶されるのが怖くて、手が出せないんだ。
 俺も、小心者だよな。
 こいつと一緒じゃん。
「俺はただのお人よしで毎回、お前のこと助けてるわけじゃねぇんだよ」
 好きだから。

  
「とりあえず、お前、もう1時間くらい休憩しろ。俺は戻る」
「戻るの?」
「……5時間目終わったらまた迎えに来てやるよ」
「そんな……わざわざいいよ。昼休みとは違うし」
 こんなことあった後じゃ、心配だろうが。
「いいから。どっちにしろ寝てろ。寝不足だろ」
 なんとか頷いてくれる。
「先生には言っておくから」
 そう言い、軽く手を振って、外にいる保健の佐々木先生のところへと向かった。
「先生。響、もう1時間くらい休ませて欲しいんだけど」
「いいよー。……大丈夫? そう詮索するつもりはないけど」
「うん。あいつがもし自分から言い出したら聞いてあげて欲しいけど。それまではそっとしといてくんないかな」
「わかった。東琶、優しいねぇ。付き合ってんの?」
「付き合ってねぇよ。俺の片思い」
「そっか」

 2人で保健室に戻り、俺は響のところへ。
「じゃあ、またな」
「……うん」
「先生よろしく」
「了解」
 いてもたってもいられず、俺は透のいそうな中庭へと向かった。


 透ならたぶん大丈夫。
 そう思ってはいるが不安は付きまとう。
 以前、透には誘われたことがある。
 中学生の頃の話だ。
 透は別に俺を好きだったわけでもないけれど、ただやる相手が欲しかったみたいで。
 手ごろなところに俺がいたってわけだ。

 教室で、少し強引に俺に圧し掛かりキスをする姿を人に見られ、俺たちがやったって噂が出回った。
 響にもそれで勘違いされてたし。
 まあ、誤解は解けたからいいんだけど。



「ね。しようよ東琶。東琶、付き合ってる人いないんでしょ」
「いねぇけどっ」
「あ、いいよ。俺やれたからって恋人きどりとかしないし。ホント、一人Hを一緒にするだけだから。駄目?」
 そこまで俺だって、男同士のHに関して重苦しく考えるつもりはなかった。
 透が一人Hを一緒にするって言う感覚もわからないでもない。  

 けれど、そのとき俺は響のことが好きで。
 響が透のことを好きなんじゃないかって思っていたから、そんな状態で透とやろうとは思えなかった。

 まあ俺と透はそれなりに話す仲だったとはいえ、いきなりHしようって話を持ち出すくらいだ。
 先輩2人の相手くらい、平気だとは思う。
 思うんだけど。

 案の定、中庭の少し影になった目立たない場所に3人を発見する。
 あえて探し物でもしない限りは誰も近づかないだろう。

 透は一人の男のモノを口に咥えながら、もう一人のを手で擦り上げていた。
 いまさら。
 それでも止めた方がいいんじゃないかって考えが過ぎって、心臓がバクバクする。
 透に対して思うこともいろいろあるけれど、それを気にする響のこととか。
 でも、一番の理由は俺があの人たちをただ殴りたいってだけかもしれない。
 理由はむかつくから。
 結局、また俺は自分本位。
 俺自身が、ストレス発散したいだけじゃん。

 殴ったら、あとで響はどうなるんだろ。
 仕返しされるかな。
 ここまで来たら透だってどうなることか。
 穏便に済ませるのがいい。
 あーあ。
 俺ってホント、無力。  

 ずっと好きで。
 ずっと拒絶されて。
 他のやつに先に手出されて。
 悔しいけど、だからって俺は嫌がる響のことやりたいわけじゃねぇんだよ。
 それじゃ、他のやつらと変わんねぇ。
 少しずつ距離は縮まっていると思うんだけど。

 結局なにも出来ず。
 俺は授業もさぼって、5時間目終了のチャイムが鳴るともう一度、保健室へと向かった。



「先生? 響、いる?」
「うん。少し疲れてるみたいで寝てるかな」
「そっか」
 無理に起こすのもなんだな。
 覗くと、本当に眠っていて、少しほっとする。
 にしても無防備だな、こいつ。

「先生、俺また一時間後に来るわ」
「うん?」
「こいつが一人で教室帰りそうになったら止めといてくれる?」
「いいけど。本人が戻りたいって言うのを無理に止めるのは難しいよ? なるべくやってみるけど」
 またなにかされるんじゃないかって、そんなことばっか考えちまう。
 そうそうあることじゃねぇっての。
 でも、無いとは言い切れない。

「俺が、絶対一人で動くなって言ってたって言っといてくれていいから」
「……わかった。そんなに一人で出歩かせたくないんだ?」
「……うん」
「なにかあった? ……というか、もうなにかあったんだろうなってなんとなく予想はつくけれど」
 先生は大人だし、今の響の様子……っつーか、一度戻ってきたときの俺たちの様子見て、なんとなくもうわかっているだろう。

「俺のやってることって、お節介かな」
「……どうして」
「頼まれてもいねーのに過保護にしてて、うっとおしかなって思っただけ」
「いいんじゃない? 少しくらい過保護になっても。そういうもんだよ。好きだったらさ。それとも、ほっといた方がいい結果になりそうだった?」
 それは無い。
 俺の行動はうっとおしいかもしれないけれど、ほっといて桜井や先輩たちにやられていいわけではないし。
「……まあいいや。ありがと、先生。あと1時間よろしく」
「了解」

 

 休み時間のうちに教室に戻ると、すでに透が席についていた。
「透。……大丈夫か」
「ん? うん、大丈夫だよ。それより、響くんは?」
「保健室で寝てる」
「やった?」
「やってねぇよ」
 透は、俺を見上げてあからさまにため息を付く。
「そんなに、落ち込んでた?」
「そうじゃねぇけど」
「どうして、しないの?」
 お前みたいに、そう抵抗なくやれるわけでもねぇっての。
「付き合ってねぇし」
「なにそれ」
「っつーか、なんでやることになんだよ」
「だって、東琶、ずっと響くんのこと好きじゃん」
「好きならやっていいってわけじゃねぇだろ」
「それで、好きじゃない人に先こされそうになってんだ?」

 わかってるよ、透の言いたいことは。
 ずっと傍にいるにも関わらず、見てるだけで大した行動も起こさない俺にイライラしてんだろう。
 俺だって、響のことなんとも思ってない奴に抜かされたくないとは思ってる。
 
 けどお前とは違うんだよ。
 そんな冷たい言い方しか思い浮かばず、なんとか言いとどまった。

 毎回毎回、声かけるたびに、何で声かけてくんだろうってな感じの視線送られて。
 俺のこと拒絶してるやつ、やれるかっての。
 それでも今はやっと、少しだけマシになったと思ってる。  

「俺も、そいつらと変わらなくなんだろ」
「でも、ずっとただ傍で見てるだけって。何も始まらないじゃん」
 気持ちは伝えた。
 けれど、それが負担で、あいつは寝不足になったんだと思う。
「始めていいのかよ」
「え……」
「告って、でもそのせいで、体調崩された。これ以上、強引に進めれるかよ」  

 俺が気持ちを伝えていたことなど、知ろうはずもない透は、驚いたのか口をつぐむ。
「あいつは否定してっけど。今日ふらふらしてんのの原因は俺だと思う」
「東琶……。そんなに重く考えすぎない方がいいよ。別に、響くんのこと軽く考えろってわけじゃないんだけどっ。東琶、抱え込み過ぎそうで」
「俺は平気。っつーか、抱え込んでるもなにも事実だし。……そろそろ席行くわ」
「うん……」

 自分の席へと戻り、次の授業の教科書を出す。
 もし、俺が告ってなかったら。
 響は寝不足にならなくて。
 保健室に行くこともなくて。
 襲われることもなくて。
 透が代わりになることもなかった。  

 透が言うように、全部のことを俺のせいだと重く捕らえているわけではないけれど、それでも俺が、始めなければ今は変わっていたんじゃないかって、そう思っちまうだろ。  

 このままでいいはずがない。
 だからって、どうすればいいのか、いまはまだ考えられなかった。