「とりあえず、場所変えるぞ」
東琶にそう言われ腕を引かれても、動くことが出来ない。
透くんの姿はもう見えなくなっていた。
「……やだ」
「やだじゃねぇよ」
追いかけることも出来ない僕が言えることじゃないけれど、身代わりを差し出して自分だけ逃げるみたいで、どうしても受け入れられない。
「……響。邪魔だから」
「邪魔って……」
顔を上げ、東琶が目で示した方向へと自分も視線を向ける。
悠真さんと、慎之介くんがキスをしていて、慌てて顔を背けた。
東琶の言っていたことは本当だったんだ。
頭が追いつかない。
「行くぞ」
頷くようにして俯くが、どうすればいいのかわからなかった。
動けずにいる僕を見かねてか、東琶がまた体を担ぎ上げる。
保健室に連れて行かれたときと同じだ。
「やめっ」
「お前が、自分の足で歩かねぇからだろうが。んなとこずっと突っ立っててもしょうがねーんだよ」
東琶の言うことはもっともだ。
僕はなにも出来ない。
襲われても抵抗出来ないし。
助けられても、お礼も言えなくて。
ただ、申し訳ない気持ちでいっぱいになるだけだ。
慎之介くんにまで来てもらって。
透くんを身代わりにさせた。
最悪だ。
友達なのに。
涙が溢れて止まらない。
まるで自分が、助けてくれた慎之介くんや透くんを見捨ているようで。
恩を仇で返すってこういうときに使うんだろう。
なにも出来ずにいる僕を、東琶が抱えて、また保健室の前まで連れてこられる。
「……先生たちに、もう戻るってさっき……」
「いいんだよ、いちいち律儀に心配してんじゃねぇよ」
「……泣き顔見られ……」
「……そのまま、顔、下向けてりゃいいだろ。俺が話す」
担がれて、東琶の背中にしがみつくようにして、顔を隠す。
ドアの開く音が響いた。
「あれ、東琶? と、響くん?」
「もうちょっと休ませて。ついでに俺も」
「まあいいけど。なに。悩みがあるなら、先生が聞くよ?」
「俺がこいつに話す」
「そっかぁ。じゃあ先生は五時限目、外の見回りと草むしりしてるから。急に生徒来てなにかあれば呼んでね」
「わかった。椿先生……」
「ああ、俺はもう次の授業あるから行くよ」
「うん」
先生たち二人が出て行く気配。
椿先生はともかく、保健の先生は僕たちのために出てってくれてるんだよね。
優しさが嬉しいような、ちょっとだけ申し訳ないような。
少しだけほっとするが、息苦しいままだった。
とりあえずベッドに下ろされる。
どうすればいいのかわからずにいると、東琶が濡れたタオルを持ってきてくれた。
「……そこ、ベタベタだろ。気になんねーならいいけど」
さっき先輩にイかされて、ぐちゃぐちゃの状態のまま無理にパンツとズボンを履いた。
「……でも」
「……いいよ。俺は向こうにいるから」
僕を置いて、東琶は先生たちが座っていた方へと向かう。
視界に入らない位置。
カチャカチャとマグカップの音が響いた。
ズボンと下着を下ろし、乾きかけたそこを濡れたタオルで拭いていく。
なんだかものすごく惨めで、また涙が溢れた。
襲われたこともだけれど、透くんのこと。
透くんは、僕とは反対に先輩たちのことをイかさなければいけないのかもしれないし。
二対一だ。
拒むことも難しいだろう。
僕が襲われて悩む以上のことを、きっとされるんだ。
やっぱり、いまからでも止めに行くべきだろうか。
「……東琶」
カーテンから顔を覗かせると、マグカップを持った東琶が少し遠い位置から、何事もなかったかのように僕を見る。
「なに」
「……やっぱり、透くん追いかけた方が……」
「いまさら行っても4Pになるだけだろ」
「東琶が、透くんに頼むから」
「俺が言わなくても、透ならしてた」
「そもそも、東琶が透くん連れてきたから……っ」
「あーもう、うるさいなぁ」
少し強い口調で言われて、体が固まる。
「お前が襲われてるらしいって、透に伝えたらあいつが自分で付いてきたんだよ。俺が行かずに透だけ行ってても、結果は一緒。お前、ただ単に俺のせいにしたいだけだろ」
結果は一緒。
そうだ。
結局、あのときちゃんと断ればよかっただけの話。
僕のせい。
「……どうしよう」
「いちいち、ぐちぐち気にしてんじゃねぇよ」
「なんで……」
「恩を感じるのはいいけど、どうせお前なんも出来ねぇだろ」
「なんで、そんな風に言うんだよ。東琶だって透くんと友達だろ。僕のせいだから、東琶には関係ないかもしれないけど、心配じゃないのかよ」
東琶のため息が聞こえた。
「わかんねーよ」
意外な言葉が返ってくる。
意味が分からず、なにも答えられなかった。
「冷たいかもしんねぇけど、俺はお前が助かってよかったって思ってる」
「そんなの……」
「よくねぇよ。わかってっけど、お前がやられるくらいなら透がって思っちまうのは当然だろ」
「どうして、そんなことっ」
「まあ確かに、俺が代わればよかったかもしんねぇよ。っつーか、それならお前は、満足してた?」
東琶が代わり?
想像出来ない。
けれど、東琶ならちゃんと嫌なことは嫌だって言えそうだし……。
そもそも、こんなことで悩むのも本当は東琶に対して失礼だ。
身代わりが透くんじゃなくて東琶ならいいかもしれないって。
東琶も、似た考えなのかな。
僕じゃなくて、透くんならいいって。
「だって……東琶は、慣れてるし」
「慣れてるから、平気って?」
「……透くんは……」
「その理由なら、完全に俺より透の方が慣れてるよ」
え。
東琶より、透くんが?
そりゃ、あれだけかわいいからいままでたくさん彼氏もいただろうけれど。
「お前、俺と透がやったって噂、知ってんだろ」
頭が重くなる。
昔聞いた。
それを聞いて、僕は透くんのことを目で追いかけなくなったし、東琶のことが嫌いになった。
「……うん」
「やってねぇから」
やってない?
「……なんで」
「なんでとか聞くかよ」
「……透くんが、拒んだの?」
「違ぇよ。そんなやつだったら、今、先輩たちに連れてかれるの、俺だって止めた」
透くんが拒んだわけじゃないのに、やってないって。
噂はまったくでたらめだったってこと?
でも、火の無いところに煙はたたないって言うし、なにかしらはあったんだと思う。
というか、そんなやつだったら止めてたって。
透くんが拒むようなやつだったらってことでしょ。
つまり、止めなかったってことは、透くんは誘われたら拒まない子ってことになる。
いや、東琶の言うこと全部鵜呑みにしていいのかわからないけれど。
「透くんって……」
「俺が言うことでもねぇけど、先輩2人の相手するくらい、わけないと思う」
「そんなことわからないよ」
「少なくとも、お前よりは平気だろ」
それでも元々の原因は僕にある。
その代わりにってのは、やっぱり気が気じゃなかった。
「っつーか、お前無防備すぎんだよ」
東琶に返す言葉なんてない。
僕がされなければ、こんな事態にはならなかったわけだし。
「ホント、先輩に襲われてるって聞いて、マジでいらついたし」
「……イラつくならほっとけばいいのに」
「ほっとけねぇからイラついてんだろーが」
僕は東琶を怒らせてばかりだ。
怒られるのは嫌だし、東琶だって怒るのは嫌だろう。
なんで。
……僕なんかを好きなんだろう。
「響って、なんであんなんなの?」
「なに、あんなんって」
「桜井といい、先輩といい。なんでもっと嫌がらねーんだよ。嫌じゃねぇの?」
そんなこと言われても。
嫌がらない方が悪いなんて、間違ってる。
……たぶん。
「それでいいのかよ。お前。最後までやられてもおかしくなかったんだぞ」
「……助けてくれたのはありがたいけど。もういいよ。怒らないでよ」
東琶は少し強めにマグカップを机の上に置いた。
「……なんなんだよ、お前。あほらしい。もういいよって? それで、なんとなくで誰かにやらせるわけ? だったら、とっとと俺が犯せばよかった」
犯すとか。
たぶん、強引に東琶に襲われたら力では適わないだろう。
「そん……なの」
「もうやる気ねぇから安心しろ」
そう言われても、安心なんて出来なかった。
やる気ないって。
それはそれで、なんだか嫌な気分になってしまう自分はなんてわがままなんだろう。
でも、東琶はほっとけないって言ってくれた。
少し前のこと。
いまでもそう思ってくれているのだろうか。
ほっとけばいいって僕が言っちゃったけど。
「しょうがないだろ。お前にみたいに強くないからっ。拒むのだって怖いんだよ」
言ってて涙が溢れてきた。
「……饗。ただ俺は……お前が好きでもないやつに体許すのが気に入らないってだけだから」
「……だって」
「むかつくけど、お前が小心者で拒めねぇってのはわかったから。いいよ」
いいのかわからないがその通りだ。
拒むのは難しい。
ただ、拒めない理由を東琶に理解してもらったところでどうにもならないだろう。
「……東琶。僕のことイラつくんだったら、もう……」
「だから、ほっとけねぇからイラついてたんだっての。っつーか、もうわかったから。イラつかねぇよ。お前がそういうやつだって、忘れてた」
傍にいたらきっとまたイラつかせてしまいそうだけれど。
「っつーか、お前、本当にほっといて欲しいんなら名前呼ぶなっての」
そうだ。
襲われたとき、つい東琶の名前を呼んでいた。
「あれは……っだってっ」
「……俺は嬉しいけど」
嬉しいって。
僕が名前呼んじゃうのが?
なんだか恥ずかしい。
「拒めないなら、いつでも呼べよ。すぐ俺が代わりに断ってやる。それでいいだろ」
いまいちまだ納得出来なかったが、頷いておいた。
断れない僕の代わりに、東琶が断ってくれる。
「でも、それで透くん使うのは……っ」
「わかったわかった。次は考えるから。っつーか、次とかねぇようにしろな、お前も」
「うん……」
「っつーか、お前、嫌でも拒めないってことは、俺のことも拒めないわけだ?」
……強引に襲われたらたぶん拒めないだろう。
そもそも東琶のことが嫌なのかどうかもよくわからないんだけど。
「じゃあ、お前のこと押し倒せても、ただ拒めないだけなのか、許してくれたのか。わかんねぇな」
今、なにかをする気はないらしく、東琶は笑いながらまたマグカップを口にしていた。
「次、どうでもいいやつが、お前のこと犯しそうになってたら、マジで俺が先にやるから」
「っそんなっ」
「お前のこと、なんとも思ってねぇやつにやられるより、ずっと好きでいる俺の方がマシだろ」
そりゃ、そのどっちかを選べって言われたら、東琶だ。
というか、そんな言い方しなくても。
……ずっと好きでいるって。
「……信じられないよ。東琶が僕のこと……」
「俺はただのお人よしで毎回、お前のこと助けてるわけじゃねぇんだよ」
どこがいいんだよ。
よくわからない。
「とりあえず、お前、もう1時間くらい休憩しろ。俺は戻る」
「戻るの?」
「……5時間目終わったらまた迎えに来てやるよ」
「そんな……わざわざいいよ。昼休みとは違うし」
「いいから。どっちにしろ寝てろ。寝不足だろ」
しょうがなく頷いておこう。
「先生には言っておくから」
そう言うと、軽く僕に手を振って、外にいる保健の先生のところへと向かった。
仲いいのかな。
2人が一緒に戻ってくる。
「じゃあ、またな」
「……うん」
「先生よろしく」
「了解」
迎えに来るまで僕は動けないんだろうか。
どうすればいいのかなぁ。
まあ、どうしても帰りたくなったら先生に言えばいいかな。
保健室から東琶が出て行く。
つい、先生と目が合ってしまった。
「……すいません。長時間休ませてもらっちゃって」
「ん? いいよいいよ。気にしないで。……東琶、優しいね」
「……はい」
東琶は優しい。
そんな風に思ったこと、いままで全然無かったけれど。
本当はすごく優しいやつなのかもしれない。
僕のことたくさん心配してくれている。
東琶の優しさが嬉しいと同時に、透くんに対して申し訳ない気持ちも、膨れ上がった。
|
|