「東琶の友達なんだ?」
東琶が出て行った後、先生が僕に聞く。
……友達なのかな。
よくわからない。
「……はい」
とりあえずそう答えておいた。
「じゃあ、友達と2人の方が気がラクかな」
あ、もしかして先生、ここでお昼ご飯食べるのかな。
「あの、2人の方がいいとか、そういうの無いですから」
むしろ気まずいくらいで。
「そう? じゃあお言葉に甘えてここで先生もお昼ご飯食べさせてもらうね? ……もう1人来ると思うけど気にしないで、休んでて」
「はい」
もう1人……来るのか。
でも気にしないでって言ってくれたし。
保健室は一応、体調悪い生徒が使うものだし。
いてもいいよね。
僕からは死角になる机のある方向へと先生が向かう。
その背中を目で追った後、寝返りを打った。
直後くらいだ。
ガラっと、保健室のドアが開かれる。
東琶……にしては早い。
先生がさっき言っていたもう1人の人?
「あー、お腹空いた」
「お疲れさん」
そんな会話のやりとり。
やっぱり先生、誰かと一緒にここで食べるのが日課なのかな。
どこかで聞いた声。どこだろう。
「生徒、いんの?」
「うん。東琶の友達だって。東琶ももうすぐ来る」
「へー。あ、俺ら邪魔?」
「うーん、大丈夫……みたい」
ちょっと小さめの声でのやり取り。
東琶のこと知ってる人なのかな。
ホントに、東琶は顔が広いみたいだし。
それとも、保健室常連だから?
少ししてガラっとドアの開く音。
「あれ。椿先生じゃん。保健室で会うのなんか久しぶりじゃね?」
東琶の声。
「久しぶり。そんな頻繁には来てないからね」
保健の先生じゃない、もう1人の声。
椿先生。
そうだ、この声。
僕たちの数学を担当してくれる椿先生だ。
「なに? デート? やんの?」
「やんないよ。少なくとも生徒の前ではね」
「そ。まあいいけど」
東琶の声が、だんだんと近づく。
カーテンを開けられ、それに合わせる形で起き上がった。
「ヤキソバパンにしといたから」
「ありがと……。あ、お金、教室だった」
「いつでもいいよ」
そのあと、少しだけ妙な沈黙。
遠くで、先生たちが僕たちとはまったく関係ない話をしていたり、廊下からの声がわずかに響いていた。
いつも、パンを買ってきたりはするけれど、一緒に食べることなんてなかったし。
どうすればいいのかな。
「……響は俺が見てくるから大丈夫だって、透たちに言ってきたから、来ねぇよ」
そう。
いつも一緒に昼ご飯を食べるのは透くんと慎之介くんだ。
その2人のことが浮かぶか浮かばないかのタイミングで先に言われてしまう。
別に、ただの寝不足で保健室に来ているだけだし、わざわざ見に来てくれると思っていたわけではないけれど。
「わかった」
とりあえず、少し面倒な部分もあり、そう答えておいた。
「……お前の寝不足な原因さ。俺じゃねぇってんなら、なにか、聞いたら駄目?」
寝不足の原因。
さっき、東琶に俺のせいかって聞かれたとき、違うって答えてしまっていた。
答えるまでに少し間が空いちゃったから、疑っているのかもしれないけれど。
聞くなよって言えばいいのかな。
駄目だって答えてみる?
さっき聞かれたときも考えたけれど……原因か。
昨日、東琶があんなことしてきて。
気持ちがよくて。
僕が、東琶をオカズに1人Hしちゃって。
自己嫌悪に陥って。
だから、結局の原因は、僕だ。
僕が、東琶で……。
少し顔を上げると目が合ってしまい、慌てて逸らす。
「響……」
「僕……僕のせいだから」
「……桜井のことは? もう大丈夫かよ」
桜井くん。
好きかもしれないって思っていた相手だ。
それなのに、桜井くんは僕のこと体しか見てなくて。
……体だけでも評価されたのならまだいいのかもしれないけれど。
すごく、嫌な思いをした。
……したはずなのに、少し忘れてしまっていた。
「大丈夫」
そんなことよりも、東琶が気になって。
「俺が煽ったせいであんなことになっちまって。俺は後悔してんだよ」
後悔?
……確かに。
東琶に煽られて桜井くんを待ってみた。
少しだけ前進した。
けれど、告白をしたわけでもないし。
僕自身、なんていうか恥はかかずにすんだと思っている。
桜井くんに『俺のこと好き?』って聞かれたけれど、答えてはいないから。
桜井くんの方が自意識過剰だって言ってしまえばそれまでで。
「……本当に、大丈夫だから。平気だし。少し忘れてたし」
「……忘れてた?」
「結局、大して前進出来なかったし」
「いや、そうじゃなくてさ。……お前、あいつに襲われかけたんだぜ? なにのんきなこと言ってんの?」
……そうなんだ。
そうなんだけど。
「よく……わからないよ」
「……悪ぃ。せっかくお前が忘れてたってのに、結局俺がぶり返させちまって」
東琶は、自分のせいで僕が桜井くんに襲われかけたとでも思っているんだろうか。
さっき言ってた。『俺が煽ったせいであんなことになっちまって』って。
……そういうことだよね。
東琶も寝不足だって言っていた。
いろいろと、考えてくれているのかな。
「……東琶、呼んだらすぐ来てくれたし。なにもなかったから、大丈夫」
そう言うと、僕の手に東琶の手が重なった。
いきなりのことで、少しその手がビクつく。
撫でられて、その手を取られて。
東琶の口元へ。
え……。
手の甲に口付けて、舌先が這う。
僕の手、東琶に舐められて……。
なに。
あまりにも予想外の出来事に頭が混乱していた。
手を引けばいいんだろうか。
ほら、いつもみたいに条件反射で。
なんで、出来ない?
体が動かない。
東琶の舌先が、指の付け根を這い、とうとう指先を含まれる。
軽く歯を立てられる感触。
吸い付かれるような圧迫感。
熱い。
東琶の舌だけじゃない。
僕の体自身、熱を帯びているようだ。
なんだか、とてつもなくいやらしいものを連想してしまう。
昨日の出来事が頭に浮かんだ。
東琶が、僕のを。
口に含んでくれて。
「っっ……」
やばい。
なんだか、呼吸か少し荒くなる。
下を向いて視界から逃れた。
けれど、東琶はあいかわらず僕の指先に舌を絡めていた。
こんなのおかしい。
そう思うのに、なにも抵抗出来ない。
なんで。
なんで抵抗出来ないんだろう。
こんな行為で、変なことを連想している自分に負い目があるから?
わからない。
混乱していると、僕の目の前に指が差し出される。
指。
東琶の?
人差し指が僕の唇に触れて、そっと撫でていく。
「出来る?」
小さい声で、耳元で問われる。
「なに……」
「これ」
しゃべるために、一旦離された舌がまた僕の指に絡まっていた。
含まれて、吸われて。
まるでピストン運動みたいに出入りさせられて。
「っ……」
あんなの。
無理に決まっているのに。
荒くなってしまっている呼吸のせいで薄く開いた口の隙間に、待ち構えるよう指先がセットされる。
「響」
なんとなく催促された気がして、しなきゃいけないような気までして、ゆっくりと舌を差し出した。
東琶の指先に舌が触れる。
こんなことをして、後でからかわれるんじゃ……そう思った矢先、ゆっくりと指先が入り込む。
第二間接くらいまでだろうか。
入った指が、舌の上をそっと撫でていく。
「っ…んっ」
僕の指は、東琶に舐められて。
東琶の指は僕が。
わけもわからず開いてしまっている口の中を指が這っていく。
「……してよ。響」
その言葉に目を向けると、僕の指先をいやらしく咥え込んで吸い上げている東琶が視界に入り、体が熱くなった。
いやらしい。
熱い。
催促するように、指先が舌を何度も撫でる。
「んっ……」
僕は、口を閉じ東琶の指を咥え込んで、軽く吸う。
指を吸う行為はとてつもなく恥ずかしかったけれど、なぜか気持ちが落ち着いてくる。
赤ちゃんが、ミルクも出ないのにおしゃぶりでおとなしくなるのと一緒なんだろうか。
……なに考えてんだろう、僕。
頭がボーっとする。
「響、そのまま、唾飲んでみて」
唾?
「ん……んぅっ…」
難しい。
指が、邪魔で上手く飲み込めない。
「ぅンっ……んっ」
「……もう少し、抜いてやるから」
少しだけ東琶の指が退いていく。
それでも飲み込めそうで飲み込めない。
自分の舌がすごく東琶の指に絡まってしまっている気がした。
なんとか飲み込むと、それがわかってなのか、東琶の指が軽く出入りを繰り返す。
「そ。マジでいいよ。お前の舌、やらしく動いてた」
そう言って、また僕の指先を何度か吸い上げていく。
たぶん僕がしたみたいに、唾を飲むようにして、吸われたり、押し出されたり。
駄目だ。
指、咥えられてるだけなのに。
勃っちゃいそう。
っていうか、もう……っ。
最悪だ、こんなの。
やっと、お互いの指を引き抜いてくれるが、僕はもう顔も体も熱くなってしまっていた。
「……ちょっと、歯立てすぎ」
東琶はそう言うと僕がさっきまで舐めていた東琶の指の歯形を確認し、舌を這わす。
その後、咥え込んで舐めていた。
……間接キスだ。
間接ディープキスって言うのかな。
自分自身、なにかされているわけでもないのに、ものすごくドキドキしてたまらない。
「……響、お前一人の方がラクだろ。もう行くから。ちゃんと食べろよ」
まるで、なにもなかったかのようにそう言われ、僕はなんとか頷いて示した。
東琶にとってはなんでもないことなのかな。
それとも、なんでもないフリしてくれてるのかな。
わからないけれど、東琶は別れの挨拶みたく僕の頭をポンっと叩いた。
「あ、東琶。あり……がと」
「なんのお礼?」
なんのって。
「……パンだよ」
「そ。じゃあな」
なんだか東琶、嬉しそうだったな。
僕がお礼言って。
それで嬉しいって……思ってくれてるのかな。
「じゃ、先生まったね」
東琶の声が響く。
……先生たちに僕たちの会話、聞かれていなかっただろうか。
大丈夫……だと思っておこう。
小声だったし。
先生たちは先生たちで、僕たちのことは気にせず会話してただろうし。
それにしても、体が熱い。
昨日、東琶で一人Hしちゃったけれど、今日もまた東琶のことを考えてしまいそう。
すごいエロいことでもした後みたいだ。そんな気分。
指をちょっと舐めただけだけれど。
……僕、なんで舐めてしまったんだろう。
なんていうか、空気?
雰囲気に流された。
断ってもよかっただろうに。
なに空気読んじゃってんだろう、僕。
熱いよ。
学校なのに。
あんなの嫌だって、言えばよかった。
困るって。
…………なんで困るんだろ。
体が熱くなるから?
東琶の舌、気持ちよかった。
あんなことされるなんて。
東琶は僕が舐めた指を、口に含んでいた。
恥ずかしいよ、あんなの。
無意味な行為だし。
理解出来ている。意味のない行為だって。
けれどつい、まだ乾ききっていないさっきまで東琶に舐められていた指に、そっと舌を這わした。
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