東琶。
ああもう最悪だ。
頭ん中、東琶のことがチラついてしょうがない。
「っんっ……ぅんっ……」
東琶はあのとき、先端を弄りながら、擦りあげてくれて。
気持ちよくって。
「ぁっ……東琶ぁっ」
なに僕、東琶の名前、口にしちゃってるんだろう。
あんなの初めてだったから。
駄目だ、頭がボーっとする。
気持ちいい。
「ぁっ……あっ、んーーーっ!!!」
いままでいろんな人のこと好きになったけれど、その先、どうしようかなんて考えてもいなかった。
だからその人でHなこととか想像したりもしなかったし。
1人Hのときだって、全然関係ない本とかがオカズだった。
……実際に身近にいる人でなんて。
最悪だ。
しかも、今日、東琶にされて1回イったってのに。
明日、どういう顔すればいいんだろう。
告白も、されたんだった。
明日なんてこなければいいのに。
そうは思ってももちろん無理で朝になってしまう。
学校に行く足が重い。
あまり眠れなかった。
席についても、気が気じゃない。
大丈夫。
東琶の席、離れてるし。
「響くん、おはよ」
あ。透くんの声だ。
「おはよう」
「あれ、少しボーっとしてる?」
わかっちゃうかな。
「ちょっと、寝不足かも」
「そうなの? 保健室で休んだら? 先生、結構寝不足って理由だけでも休ませてくれるよ」
保健室……行くほどでもないよね。
「もうちょっとがんばってみて、無理だったら行こうかな」
「うん、そうしなよー。無理しないでね」
やっぱり透くんは優しいな。
優しくされるとドキドキしてしまう。
「はよー」
あ。
東琶の声だ。
間違えもしない。
「あ、東琶。おはよ」
透くんがそう答えるけれど、僕はなんとなく顔を逸らしてしまっていた。
別に、いつも挨拶してたわけじゃないし。
いまだって、たぶん僕じゃなくて透くんに向けた『おはよう』だ。
気配で、東琶が遠ざかるのがわかると、ついため息が出た。
「東琶となにかあったの?」
「え……」
そう……だよね。僕、あからさまに避けちゃってるような……。
でも前から、そんなに仲はよくなかったし。
「別に……」
「ならいいけど」
ばれてないよね……?
午前中は基本、関わることはない。
けれど問題は昼だ。
いつも必ず声をかけられる。
パン買ってきてって。
そうか、今日は声をかけられる前に行ってしまうとか。
でも、あまりにも日課すぎて良心が痛む。
憂鬱だな。
その前に4時限目。
外での体育の授業はさすがに厳しかった。
「……お前、顔色悪すぎるけど」
東琶に声をかけられる。
せっかく、昼までは何事も無く過ごせると思ったのに。
「……大丈夫」
「保健室、行けば?」
「大丈夫だから」
「いや、行けって」
本当にうるさいな。もう。
ほっといてくれればいいのに。
「ちょっと、寝不足なだけだから」
「じゃあ、保健室で寝ろよ」
「……昼休みに行く」
うるさいので、そう言っておいた。
言っておいたんだけれど、駄目だったみたい。
日に照らされて気持ちが悪い。
貧血か。
「響くん?」
透くんの声か。遠い。
視界も白黒だし。
座ろう。それがいい。
そう思い、しゃがみかけたところで、体が浮く。
「せんせー。こいつ貧血みたいなんで、保健室連れてきます」
東琶の声。
僕、東琶に抱えられてるんだ。
「あ……降ろしっ」
「保健室着いたら下ろすって」
恥ずかしいだとか感じる余裕がなかった。
ただ、気持ち悪くて。
東琶にされるがまま、保健室へ。
ベッドの上に下ろされ、横になると、やっと視界が戻ってきた。
「急に起き上がんなよ」
「……大丈夫だって」
「大丈夫じゃなかっただろ」
「もう、大丈夫だから」
「また気持ち悪くなんぞ。そのままにしてろって」
このまま寝てしまえば、昼休み、売店に行かずに済むのかな。
売店の前に、いまこうやって東琶と関わっちゃってるけど。
「動くなよ、お前」
そう言われ、面倒でなにも応えずにいると東琶が離れていく。
……授業に戻るのかな。
少しして、軽く横を向いている僕のおでこに、水で湿らせたと思われるタオルが置かれた。
気持ちいい。
今日1日は、これで終わればいいと思った。
沈黙が妙に気まずい。
「東琶……。その、もう1人で大丈夫だから。ありがとう」
一応お礼を言って、さりげなく帰るきっかけを与えてみる。
けど、こいつが僕に便乗してサボろうだとか考えてたら……。
「1人がいい?」
……バレた。
けれど、保健室だし。
わざわざ、長く付き添ってもらうわけにはいかないかなって思うじゃないか。
普通だ。
なにも僕が罪悪感を感じることはない。
「お前が、体調崩すって珍しいよな」
確かにそうだけれど。
「俺のせい?」
東琶のせいって。
「関係ないよ。……ちょっと寝不足なだけだから」
「だから、それは俺のせいかって」
寝不足の原因。
……確かにそうだ。
東琶に、好きだって言われて。
頭が混乱して。
でもそれより、僕が東琶を1人Hのオカズにしちゃったことの方が大きい。
あんなことしちゃって。
恥ずかしくて。
「……違う」
「なに、今の間」
思い出してしまうと顔が熱くなった。
「俺は、寝不足だよ。お前のこと、混乱させたんじゃないかって」
気が気じゃなかったってこと……?
「平気……だから」
「……俺がお前のこと好きだっつっても、あんな風に抜いてやっても。お前は全然混乱しねぇの?」
しないわけがない。
「平気だっつーんなら、またしてもいいわけ?」
また?
「っ……」
不意に見上げてしまい、東琶と目が合った。
「……んな不安そうな顔すんなって。しねぇから」
ため息をつくようにそう言われほっとする。
けれど心臓はバクバクしたままだった。
僕のこと好きって東琶は言っていた。
昨日、僕を見て……欲情してたんだよな、あれ。
東琶も、1人Hのとき、僕のこと想像したりするんだろうか。
いや、僕は実際にされてしまったから重ね合わせているだけで。
東琶は僕になにかされた経験が無いから、想像も出来ないかもしれない。
でも、僕見て勃ってて……。
ああ、やっぱり混乱する。
「じゃ、授業戻るから。お前ちゃんと寝ろよ」
「……うん」
なんだか変な感覚だ。
こんな扱い、東琶にされたことなんていままでなかったし。
そりゃ、自分が学校で体調崩すことも今までなかったから当然といえば当然なんだろうけど。
……なんとかやり過ごせた。
今日、東琶と接点持つのが不安でしょうがなかったから。
意外と大丈夫かもしれない。
そう思うと一気に眠気が……。
頭に置かれた濡れたタオルの感触が気持ちいい。
東琶が置いてくれた。
嬉しいような恥ずかしいような。
とりあえず、今は寝させてもらって、体調、元に戻さなきゃ。
チャイムの音で目を覚ます。
4時限目終了か。
「おはよう。気分はどう?」
その声に目を向けると保健の先生……だよな。
えっと、名前は思い出せない。
いままで一度も関わったことなんてなかったし。
「あ……すいません、勝手に寝ちゃって……」
「いいよ。保健室空けてたのは先生だし。体操服着てるってことは体育だったんだんでしょ? 今日、日差し暑いもんねぇ。まだ春だってのに」
「はい……。ちょっと寝不足かもしれなくて……」
「うん。なんならまだ寝ててもいいし。あ、でも昼ご飯はちゃんと食べた方がいいね。食欲は? 食べれそう?」
そこまで空いてはいないけど、食べれなくはないな。
いま食べなきゃ、後でお腹空いても困るし。
「大丈夫そうなんで……」
食べに行ってきます、と言おうと思ったときだ。
ガラっとドアの開く音。
「あー、先生戻ってたんだ? どこ行ってたんだよ」
……東琶の声だ。
「ちょっとね。なに。先生のいない間に来たの?」
東琶は、保健の先生と親しいのかな。
「まあね。ちょっと」
そう言って僕の方を見る東琶と目が合った。
「……お前、昼食べれんのかよ」
「……うん」
いつも、売店でパンを買うのは僕の役目だった。
僕が行かなきゃ東琶の分もないわけで……それでわざわざ来たんだろうか。
「……なにお前嫌そうな顔してんだよ。今日は俺が行ってくるから。なにがいい?」
東琶が……?
「いいよ……僕がっ」
なんか、後が怖いし。
「いっつもお前に行かせてんだから、たまには俺が行ったってなんの貸しにもなんねぇよ」
後が怖いって思っちゃったの、東琶に伝わっちゃったかな。
「……なんでも、あるやつでいい」
「言えばいいのに」
「それが、残ってるかわからないし」
「……わかった。ここにいろよ」
……ここにいろって言われても。
でも先生もまだ寝てていいって言ってくれてたし。
とりあえず、東琶が帰ってくるまではここにいようか。
|
|