あれから、2週間。 
 あいかわらず、僕は告白できずにいる。
 いや、するつもりはないんだけれど。

 たまに桜井くんと目が合ってしまうようになった。
 そのたびに、笑顔をむけられドキドキする。
 こんなにも目が合うのは、僕が見つめすぎているせいだろうか。

「そろそろ、ガチで好きになった?」
 東琶は、本当にうっとおしい。
「……わかんない」
「また、中途半端な感じなんだ? で、桜井に恋人出来たら諦めんの?」
 でもって、次の好きな人を……。
 このままじゃ東琶の言うとおり。
 チャラい人間かもしれない。  

 実際に、人に迷惑はかかってないだろうし。
 告白しまくって振られ続ける人よりはチャラくないと思うけれど。
 でも、こんなにも好きな人を代え続ける僕はチャラい要素があるとも思った。

「わっかんなくてもいいからさー。とりあえずなにかしろ近づけよ。お前、あれ以来桜井としゃべってなくね?」
 しゃべってはいないが、目は合っている。
「っつーか、分かりやすいし。お前があいつのこと好きだって、本人にバレてんじゃね?」
 確かに、見すぎてるかもしれない。
 最悪だ。

「あ、そうだ。お前お礼言ってねぇだろ。一応、助けてもらってさ。あれ言って、ついでに告るとか」
「しないよ」
「はあ? なんなの、お前」
 お前がなんなんだ。
「言えって。告れねぇなら告れねぇで、接点持つくらい始めてみればいいだろ」  

 確かにそうは思う。
 告白できなくても、もう少し接点くらいは。
 見てるだけでも幸せではあるけれど。
 僕自身、毎回これじゃあなって本当は心のどこかでわかってる。
 だから、ずけずけとそれを指摘しないで欲しいんだけれど。

 自分でわかってるから。

「それともまた、告るレベルにまでは達してねぇの?」
 そうかもしれない。
「……お礼は、言うよ」
「お。じゃ、流れで……」
「その先は、わからないから」
 告白はしない。
 そう言おうと思ったが、またなにか言われそうで止めておいた。
「まあ一歩前進かー。こっそり見ててやるから、がんばれよ」
 いちいち見るなと言いたかったのに、またバシっと僕を叩いて行ってしまう。  

 最悪だ。



 今日はクラス委員の集まりがある。
 それが1時間弱で終わって。
 桜井くんが教室に戻ってくるまでには、他のクラスメートは下校しているだろう。  

 お礼、言わないと。
 ゆっくりと帰り支度をしていると、だんだんとクラスメートが減っていく。
 東琶も、いなくなっていた。
 別に、証拠として見ていて欲しいわけでもない。
 あとから、お礼は言ったと言えば済む。
 ほっと一安心して、僕は持っていた本を読み始めた。
 

 時間が経つにつれ、どんどんと気が気じゃなくなってくる。
 僕、どうすればいいんだろう。
 お礼言って。
 ……やっぱりそれだけしか無理だ。

 リスクを負ってでも、伝えたいってレベルじゃないのかもしれない。
 好きではあるんだけれど。

 なんとなく告白しようかって思うのも、東琶が言うから。
 東琶に馬鹿にされたくないから。
 僕自身の意思とは言い切れない。


「あれ?」
 あ。
 桜井くん。
 もうそんな時間?
 僕を見つけて、にっこりと笑ってくれる。
「残って読書?」
「あ……あの」
 そうだ。こないだのお礼。
 桜井くんに合わせるよう立ち上がった。
「桜井くん。あの、ちょっと経っちゃったんだけど、この前、僕が転びそうになったとき、支えてくれて……ありがとうって言いたくて」
 言えた。
 お礼を言うくらいならなにもリスクはない。
「わざわざそれ言うために待っててくれたの? どういたしまして」
 桜井くんは僕の方へと歩み寄り、その手が僕の腰にそっと触れた。
「細いよね。転んだら危なそう」
「あ……ホントに助かったよ」
「顔赤いけど。大丈夫?」
 そう言って、もう片方の手が頬に触れる。
 桜井くんの手が冷たく感じた。
 僕の頬、火照ってる。
 恥ずかしい。
「大……丈夫っ」
「本当? すごい熱い」
 熱い。
 あれ。
 桜井くんの顔、近づいてきて。
 このままじゃ、やばいんじゃ。
 頭が追いつかなくて、口が重なってしまう。
「んっ」
 嘘だ。
 桜井くんと僕、キスしてる。
「……口、開いてくれないの?」
 近距離で、そう言われても。
「僕……っ」
「そう、そのまま開けてて」
 もう一度。
 重ねられた口の隙間から舌が入り込む。
 舌先が絡んで、頭が混乱した。
 どうして。
 
 そりゃ、桜井くんのこと好きだし。
 駄目ってわけじゃない……と思うけど。
 少し桜井くんの体を押すと、そっと口を離してくれる。
「嫌?」
 嫌じゃ……。
「かわいいよね、響くん。俺のこと、好き?」  

 東琶が言ってた。
 本人にもバレてんじゃないかって。
 最悪だ。
 ここで、好きって応えたらどうなるんだろう。
 馬鹿にされるんじゃ。

「Hなことしていい?」
 Hなこと?
 一歩後ずさると、自分の椅子へと座り込んでしまう。
 立ちなおそうとしたが、その前に桜井くんの手が、僕の股間をそっと握る。
「っ……っ!」
「擦って、気持ちよくしてあげるから。響くんの中、入れていい?」
 布越しに擦られると、体中が熱くなっていく。
「んっ! ……ん……」
 
 僕の中、入れていいかって。
 桜井くん、やりたい……ってことだよね。
 それって、僕のこと好きだから?  

 ……違う、僕が桜井くんを好きで。
 それがバレているから。  

 つまりなんていうか。
 ただやりたいだけ……?

 体目当て。
 それって、体だけでも認めてもらえたってことなの?
 けど、ただ『こいつやらせてくれる』って思われても困るし。
「ゃ……っんっ」
「硬くなってきた。こういうの初めて?」
 初めて。
 人の手でこんな。
 布越しなのに、すごい。

 ……怖い。
 僕の体しか見てない桜井くんが。
 このまま、突っ込まれて。
 気持ちよかったよって言われて。
 僕は満足できるの?
 桜井くんが気持ちいいなら、嬉しいだなんて思えるの?
 思えないよね?
 それって、好きじゃないから?

「やっ…」
 逃げたいのに。
 逃げられない。
 体、動かないし。
 ゆっくりと、ズボンのチャックを下ろされていく。
 やばい。
 
 助けてよ。
 誰か。
 こんなの見られても困るんだけど。
 見られて……。
 
 東琶の顔が浮かぶ。
 こっそり見ててやるって。
 見てるなら助けてくれればいいのに。
 僕、嫌がってるように見えない?  

「東琶……っ」
 どこ。
「ん……。どうしたの、響くん」
「東琶……っ」
 見てるんなら早く。  

「桜井」
 横から響く声。
 東琶の声?
声のする方に目を向けると、東琶の姿。
「東琶。お邪魔だよ」
「悪ぃ。悪いんだけど、やめてくんない?」
「どうして」
「今度、別のやらせてくれるやつ、紹介すっから」
「どうしようかな」
「こいつ同中だけど、やたらまじめでさ」
「後が大変って?」
「そ。それに、俺が先に目、つけてたから」
「……しょうがないな。ホントに、貸しだよ」
「サンキュー」
 
 2人の会話が、よく理解できなかった。
 桜井くんが、何事もなかったみたいにバイバイって僕に手を振った。

 別のやらせてくれるやつ、紹介すっからって。
 それでいいんだ?
 後が大変って?
 本当に、僕、都合よくやらせる男として見られてたってこと?

 涙が溢れてきた。
 最悪だ。  

 だから、僕は遠くから眺めているだけで満足だったのに。
「……東琶のせいでっ」
「……俺のせい?」
 東琶に言われて、一歩近づいてみた。
 前進してみた。

 やっぱり傷ついた。
 涙が止まらない。

 さっきまで桜井くんが触れていた僕の股間へと東琶の手が触れ、その瞬間、払いのけていた。
「……まあいいけど」
東琶が僕の机に座る。
 そっと頭を撫でられ、よくわからないけれど、余計に涙が溢れた。

 僕は、桜井くんが好きじゃない。
 そうなんだ。
 本気にならないよう、自分で加減してただけでなく。
本当に、好きじゃない相手だったのかもしれなくて。
 また、軽い気持ちで人を好きだと勘違いしてたんだろう。

そんな自分にも泣けてくるし、桜井くんから見る僕の価値の無さにも泣けてくる。
 僕を撫でる東琶の優しさにも涙が溢れた。


「いつもさ。お前のこと見てて。お前が誰かのこと目でおっかけてんの見てるとむかついて。その視線の先にあるやつのことで、悲しんだりしてんのにもむかついて。けど、どんどんターゲットかえるお前見てたら、ホントなんなんだって思ったし。本気じゃないのかなって、疑って……期待した」
 期待?
「お前って、告白するの苦手なんだろ。好きな奴に近づくのも苦手。苦手でも、本当にその気があったら、がんばれると思うんだよ、俺は。だから、煽った」
 煽ったって?
 僕はなにも応えられず、ただ、東琶の言葉に耳を傾けていた。
「煽って。お前、がんばれるくらい桜井のこと、本気なのかなって思ったりして。本気なら、俺は口ださねぇし。本気じゃねぇなら、もういちいちそういうやつのことで、一喜一憂すんなって思うし」  

 わからない。
 東琶の考え、理解しがたいよ。
「がんばれないよ……。お前が煽るから、どうにか近づかなきゃいけないって思って」
「一歩、桜井に近づいたのは、桜井のこと考えてじゃなくて。俺が言ったから?」
「だって……チャラいとか言うし」
「お前にとってさ。俺の言葉って、重みある?」
 横から、頬を取られる。
 いつもなら払いのけていたかもしれない。
 僕は椅子に座ったままで。
 東琶は机に座ったまま。
 上を向かされると、そのまま口を重ねられていた。

 つい、反論するよう開いてしまった口から容赦なく舌が差し込まれる。
 舌先をなぞられて、唾液が入り込むのがわかった。
 こんなこと、東琶に。
 そう思うのに、体が熱い。

「んっ……っぅんっ」
 頭がボーっとした。
 そっと口を離されても、いまいち理解できないまま。
「……さっき、なんで俺の名前呼んだの? 俺が見てると思ったから?」
「……たぶん」
「たぶん? あんな熱っぽい声で呼ばれたらたまんねぇし」
 東琶はいつも僕を見てるから。
 助けてくれるような気がして。
 僕は東琶の名前を口にしていた。

「東琶……も、僕のこと体……っ目当てで」
「……お前みてーなめんどくさいやつと体のみの付き合いすっかよ。体目当てだってんならもっと楽なの選ぶし」
 あいかわらずむかつく言い回し。
 だけれど、体目当てってわけではないのだろう。
 それ以前に、僕なんか役に立つのかどうか。
「お前が嫌ならやらねーし。お前がいいならやる」
「……やだ」
「そこ普通、いいって言えよ」
 そう言いながらもまた、ポンっと僕の頭を軽く叩いた。

 ああ。
 僕、東琶こと気になってる……?
けど、なんかいつもの感覚とは違う。
 遠くから眺めていようって感じじゃない。
 こいつは、すぐに僕のところにくるから、僕から見ることなんていままでなかった。

 こんなに近くに。
 出来ればどうにかなってしまいたい気持ちにかられる。

 そう自覚すると急に恥ずかしくてたまらなくなった。

「響。なんで俺がいっつもお前の好きなやつ言い当てれるのか、わかる?」
 毎回毎回、すぐに僕の好きな人を言い当ててくる。
「僕がつい、目で追っちゃうから」
「目で追ってるお前、見てるから」
「……うん」
「お前は、結局ちょっといいなって思ったやつのこと追ってただけかもしんねぇけど。常に目で追うってさ、結局そういう意味なんだよ」
 目で追うのは、好きだから?
 僕は、それが本当の好きではなかったかもしれないけれど。
 あれ。
 東琶は僕のこと、見てるって。
「……響。お前のこと、好きだから」

 馬鹿みたいに僕につっかかってたのは、そういう意味だったの?
 鈍感って言ったのも? 全部?
 でも、イラつくとか言われた。
 イラつくのも好きゆえってこと?  

 うまく頭が働かない。
「なんで……っ」
「お前、マジで切れ目なく好きな人ぽんぽん変えてたし、言うタイミングねぇっての」
「でもっ」
 僕みたいな小心者を、東琶が?
「嘘だ」
 どうせからかってるだけ。
「桜井にも言ったけど。お前真面目だし、それはよくわかってっから。軽い気持ちで手出そうなんて思ってねぇよ。俺は本気だし」
「僕のこと、騙そうとして」
「してねぇって」
「……東琶、モテるのに。なんで僕なんだよ」
「お前が自覚ねぇだけで、お前のこと見てる奴結構いるし。俺とお前が、付き合ってるって思ってるやつもいる」
 付き合ってる?
 僕と東琶が?
「どうして、付き合ってるとか」
「本人に確認せずに遠めに見てるやつにはそう見えんだろ。いっつも、一緒の昼ご飯だし」 
 売店で買うパン。
 確かに一緒だけれど。
「ただ……パシリだよ」
「違ぇよ」
 でも、言われてみると、付き合ってることを隠してる2人って気がしないでもない。
 
「けど俺は、お前が俺のことそういう対象で見てなくて、なんとなく敬遠してるのもわかってっから。待つし。ちょっと考えてみて」
 考えるって。
 好きって気持ちに応えるかどうかだよな。
 敬遠してるのとか、やっぱりわかられてたんだ。
 それでも、つっかかってきてたのか。
「僕……」
「俺はいままで通り、お前に近づくし声かけるから。お前も、俺のことそういう対象で見て、気にしてくれんだったら、声かけろよ」
 東琶に言われて、しょうがなくしか気になる人に近づけなかった僕が、自分の意思で?
 難しいよ。
 けど、もし本気で好きになっちゃったら、自分から行きたいって思えたりするのかな。
……僕が行かなくても、東琶は来るだろうけど。  

「聞いてんの?」
「聞いてるよ。……わかったから」
 とりあえず、保留にさせてくれるつもりなんだよな。
 東琶の手がまた、僕の頭をそっと撫でた。

「待ってっから」
 その言葉に頷くと、涙がこぼれた。
 うん。これは、うれし涙だ。