僕は告白が出来ない。
だってそうだろう。
リスクが高すぎる。
たぶん、気持ち悪いとか言われて。
クラスで噂になって。
僕は1人、肩身の狭い思いをしながら学園生活を送ることになる。
そう考えると、怖くて。
小心者だなって自分でも思う。
けれど、そんなリスクを抱えてまで告白しようとは思えなかった。
想いを相手に伝えるだけで満足……なんてこと、もちろん考えられないし。
それってさ。
全面的にリスクが降りかかってくるんだよ。
なんでそんな怖いこと出来るのかな。
恥だけ晒して。
弱み握られて。
その先にある物ってなんなんだろう。
もしもだよ。
付き合えたら、そりゃ嬉しいよ。
仲良く出来て。
特別になれて。
でも、リスクと天秤にかけたとき。
告白しない方が幸せな気がしてしまう。
だから、僕はいつも本気にならないようにして、どこか自制しているんだと思う。
好きで好きでどうしようもないってレベルにまでは達しない。
そう心がけているから。
どうにもならない存在なんだって認識をする。
それでも。
人並みに恋はしてきた。
遠くから見ているだけだけれど。
伊集院慎之介くん。
同じクラスになってからいつも気になっていた。
かわいくて。
少し、クラスの雰囲気になじめていないような雰囲気。
あまり高校としてのレベルは高くないし、まじめそうな慎之介くんには合わないのかも。
僕もなんだかなじめないし。
少し、勝手ながら親近感がわく。
別に、告白するつもりもないし、ただ毎日見ていられれば満足なんだ。
「なにボーっとしちゃってんの?」
後ろからバシっと背中を叩かれ、一瞬体が固まった。
「……びっくりするから、あんまり急に……っ」
「声かけんなって? お前がボーっとしてっからだろ」
「そう……だけど」
「なに見入ってんの? あの美人さん?」
「っ違……」
「最近、お前ずっと見てるよな。あれは駄目。1組の悠真とデキてんぜ?」
違うって言ってるのに。
……本当は違わないけれど。
「別に、関係ないし」
「へぇえ。お前が見入ってたって、言っちゃおうか」
「だ…から、見入ってないからっ。いい加減なこと言うなよ」
こいつは、人をからかうのが好きなんだろう。
僕とは中学時代からの付き合いで、僕はこういうタイプの人間と絡みたくないのに、いつも突っかかってこられて困っていた。
僕だけってわけではないだろう。
こいつは誰にでも話しかけるやつだ。
うっとおしいと何度も思った。
「お前さ、売店行くだろ。昼」
「……行くけど」
「ついでに俺のも買ってきてよ」
なんで僕が。
これって、パシらされてるよな。
でも、本当に僕も売店に行くわけで。
ついでに余分に一つ買うくらい大したことはない。
だからこそ、いつも断り損ねている。
「……もし、僕が売店に行かなかったらどうするの?」
「なんで? お前行くじゃん」
もしもの話をしているのに。
……面倒だから、今日はパシられよう。
幸い、こいつが誰か友達を呼んで4、5人分全部となれば話は別だが。
今のところ、こいつ1人だけだし。
「嫌なの?」
「……別に」
「お前とおんなじのでいいよ」
「わかった」
いつもこうだ。
おまかせってことだろう?
逆に迷う。
もし、嫌いなパンでも買ってったらどうするんだ?
そう思うと、こいつの好きそうなパンを考えて買ってしまう自分がいて。
なにか突っ込まれると面倒だからと、自分も同じパンにする。
なんで僕、こいつに合わせてんだろ。
「で。話戻るけどさー。慎之介のこと、好きなの?」
戻るもなにも。そんな話してないのに。
「……だから、そうじゃ……」
「お前、分かりやすいっての。ぼーっと眺めて。いっつもいっつも同じパターン」
「……そんなこと」
お前に言われたくはない。
けれど、こいつの言うことは筋が通っている。
僕の嫌いな友達。
友達かどうかもわからない。
「まあ、慎之介は駄目だと思うけどさ。たまには見てるだけじゃなくって行動しろよな」
違うと言ってももう無理っぽいな。
僕は否定するのを諦めた。
「行動って言われても」
「仲良くなる努力とかさー。告るとかあんだろ」
お前みたいに誰にでも声をかけるチャラい男とは違うんだ。
「……そういうんじゃないし」
「ホント、お前見てっとイライラする」
そんなこと、わざわざ僕に言わなくていいのに。
僕なんて見なければいいのに。
「お前、結構前からいっつも目ぇつけては、他の男に取られてっだろ」
だから、僕はどうにかなろうだなんて思っていないから。
「で、別の男と仲良くしてる姿、寂しそうな目で見つめちゃってさ。なんなの、それ」
そんなにも、僕のこと監視するなよ。
「その後、また別の好きになれる子捜すわけ? その繰り返しでさ。お前楽しい?」
楽しいわけが無い。
けれど、それでいいと思ってる。
……いいと思おうとしてるんだ。
「もう……ほっといてよ」
少し怖い気もしたが強めに言ってみる。
恐る恐る顔をあげると、冷たい視線をなげかけられた。
「……ま、いいけどー」
どうでもいい……って意味合いだろう。
やっと、僕の傍から離れてくれ、ほっとした。
最悪だ。
こいつと同じクラスだなんて。
せっかく、中学卒業して離れられると思ったのに。
こんなにむかつくのは、生理的に受け付けないせいもあるけれど、僕自身の恋愛のあり方に対して、正論をぶつけられている気がするからだ。
見てるだけじゃ始まらないって。
わかってる。
わかってんだよ。
わかってる上で、始めてないんだから。
いちいち言うな。
昼休み、僕は売店に向かって、パンを購入した。
……自分の分と、あいつの分。
むかつくけれど、一応引き受けてしまったわけだし。
こんな雑務も出来ない人間だと思われてしまうのも不服だ。
けれど、ほっといてよなんて言ってしまったからな。
『怒ってたから買ってこないかと思った』とか言って、他の人に頼んでいるかもしれない。
あいつのグループは、似たようなやつばかり。
ちょっとチャラい雰囲気で声がかけづらい。
「あ、響くん、一緒に食べよ」
いつもそう優しく誘ってくれるのは、クラスメートの透くんだ。
……以前、好きになったこともある。
あいつと、透くんがHしたって噂を聞くまでは、好きだった。
嫌いになったわけではないけれど。
僕が透くんのこと好きだって、気付いてたよな、あいつ。
最低だ。
……別にあいつが僕のことを気遣う義理なんてないけれど。
慎之介くんも一緒にご飯を食べる。
こうやって、好きな子とご飯食べれて。
学生時代のいい思い出になればいい。
そう思うだけなのに、あいつが余計なことを言うせいで、なんとなく惨めな気分になった。
「おい」
また。
バシっと叩かれる。
今度は頭。
「……いきなり」
「それはもうわかったから。戻ってんなら声かけろよな」
お前のグループには行きたくない。
ついでと言って、グループみんなのパシりにされそうだし。
「聞いてんの?」
謝るつもりはない。
「……聞いてるよ」
パンを渡すと、代わりにお金をくれる。
当たり前だけれど、少しだけほっとする瞬間だ。
「サンキュー。お前、ヤキソバパン率高くね? ま、俺は好きだから大歓迎だけど」
……お前が好きそうだから、それにしているだけだ。
「響くん、いっつも東琶の分も買ってきてあげてるよね」
「……頼まれて仕方なくだよ。僕も売店だからついでなんだけど」
「慎之介、俺と響くんと東琶、同じ中学だったんだよ」
透が、そう慎之介くんに教えてあげていた。
「そうだったんだ。俺、あんまりクラスの人、まだ覚えてないんだけど。東琶はこないだ電車で一緒になって少し話したよ」
少し話した。
東琶は、人見知りしないから。
誰にでも話しかけるから。
わかってる。
僕は関係ないって。
それでもなんだか、東琶に取られたような気がして、嫌になった。
僕の方が一緒にご飯も食べてるし、仲がいい気もするけれど。
あいつはチャラくも見えるが、顔はいい。
だから、モテるんだと思う。
友好的だからかもしれないけれど。
「おーい」
下校時間。
また、あいつの声。
なんでそんなに僕に構うんだ。
聞こえないフリをして、僕は1人帰り支度をしていた。
それなのに、またバンっと背中に衝撃を感じる。
いちいち叩かなくていいのに。
その衝撃によろめきながらも、振り返ろうとしたそのときだった。
近くにあった自分の椅子に足を取られ、体がよろめいた。
最悪だ。
このままじゃ僕、教室で尻餅つくんじゃ。
机に手、付かなきゃ。
なんとか体制を整えようと頭では考えるのに、いまいち体が動かない。
それもそうだ。
一瞬の出来事だもの。
反射的に動けるのならまだしも、考えて動く余裕なんてあるはずもない。
結果、転ぶ。
そう理解した直後、なにかにぶつかり、僕は転ばなかった。
「大丈夫?」
後ろから、誰かに体を支えられている。
「……あ……」
「東琶、危ないよ」
僕の体を間に挟んだまま、後ろの人は東琶にしゃべりかけた。
「ちょっと、叩いただけだろ」
「なんで、叩くの? 普通に声をかければいいのに」
僕が思っていたことだ。
「俺がいなくて倒れてたら、大変だったよ」
「……わかったって。うるさいなぁ」
東琶は、少し不機嫌そうだった。
僕は振り返って声の主を確認する。
同じクラスで、こないだクラス委員に決定した桜井くんだ。
腕が、僕の体を支えていて、急にそれが恥ずかしくなった。
「っ……もう大丈夫だから……」
そう言うと、そっと僕を解放してくれる。
「よかった」
にっこりと笑いかけられ、一気に体が熱くなった。
また人を好きになってしまいそう。
叶わないのに。
眺めているだけでいいんだけれど。
「じゃ、俺はこれで」
ひらひらと手を振って、背を向ける桜井くん。
……お礼、言いそびれちゃった。
「……お前もいーかげん、チャラいよな」
後ろから、東琶の声。
現実に引き戻される。
振り向くと、冷めた目つきで僕を見る東琶の姿。
「チャラいって……僕が?」
「そ。すーぐ人好きになってるし」
「……関係ないだろ。人に迷惑かけてるわけでもないし」
「んな風に、転々と好きなやつ変えてさー。遠くから眺めるだけ眺めて? なにそれ」
うるさい。
わかってる。
「少しいいなって思っただけで、いちいち東琶に言われることじゃないよ。なんでチャラいとか……っ」
「じゃあ、始めてみろよ。いっつもいっつも、告らずに自分の中だけで溜め込んで? 今回は本気ってとこ、見せてみろって。無理? 結局、いつもと同じ。本気じゃねぇから、ポンポン代えれんだろ。チャラい恋愛」
チャラい男に。
なんでこんなこと言われるんだろう。
むかつく。
けれどまた正論。
僕の恋愛は本気じゃないのかもしれない。
本気にならないようにしているんだけれど。
だから、告白せずに眺めてるだけで満足だったり。
想いが伝わらなくても、我慢出来たり。
相手に恋人が出来たらすぐ諦めがつく。
中途半端な恋をたくさんしてきている僕はチャラい人間なのだろうか。
「せめてさ。告らないにしても、一途に思い続けるとかねぇの?」
一途に。
恋人がいるのに、それは相手に迷惑だ。
そんな未練がましくて、ストーカーみたいなことするつもりはない。
「……東琶とは、考え方が違う」
「だったら、受け流せば。なにイラだってんの」
なんで、つっかかってくんだよ。
「もう……ほっといてって言ってるのに」
僕のこと、見ててイライラするなら見なければいいのに。
「お前さー。……やっぱイラつくわ。その鈍感さ」
東琶の手が、僕の手に触れて、反射的にそれを払った。
そうだ。
体がもうこいつのこと拒んでる。
「……桜井のこと、気になってんだろ。だったら、次こそ告れよ」
これは応援じゃない。
脅しだ。
告らなければ、チャラいだとか小心者だとか、馬鹿にするんだろう。
「なんで……っ。別にまだ桜井くんのこと……っ」
「まだ? これから好きになりそうなんだろ」
そりゃ、あんな風に優しくされて。
なにより、東琶のことを注意してくれた人だもの。
意識する。
いままで、好きになった人がことごとく東琶と仲良くなってて、嫌な気分にさせられた。
桜井くんなら……。
「まあ本気じゃないなら、告らなくてもいいけど」
煽ってるだけ。
わかってるのに、反発しそう。
本気かどうかなんてわからない。
けれど、東琶は嫌いだ。
「関係ないから。ほっといて」
僕は東琶から逃げるようにして、そう言い残すと、さっさと教室をあとにした。
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