しばらく椿くんとは距離を置くことになった。
そう決めたわけではないけど、避けようと思えば避けられる。
そもそも、俺が椿くんの方へ出向くことはなかったし、椿くんが来なくなっただけなんだけど。
つまり、椿くんの方が俺を避けているってことだろう。
あれだけきつく言ってしまったのだから、気まずくなってしまうのも理解できる。
ただ、やっぱりノンケがゲイを理解するなんて無理だった……なんてことは思わない。
それもあるけど、俺が椿くんに望み過ぎて、引かせてしまったのだろう。
俺だけの一例で『ゲイはめんどくさい』なんてことは思わないで欲しいけど。
もう少し期間を置いたら、何事もなかったみたいに戻れるだろうか。
そんな淡い期待を抱く。
何事もなかったときがよかったのか、椿くんへの気持ちを自覚してしまった今となっては、それもわからないけど。
保健室の窓から、生徒に紛れてサッカーボールを蹴る椿くんを眺める。
「……子どもみたい」
無邪気な姿に、つい頬を緩めてしまう。
……そうか。
椿くんは、子どもなんだ。
まだ、ゲイがなにか、新しい世界をよくわかっていない子ども。
子どもに腹を立てるのは、大人じゃない。
椿くんは、なにも悪くない。
少し期間を置いて、椿くんがまた保健室を訪ねて来た。
「……生徒、いない?」
「いないよ」
冷静になにか考えてくれたのか。
考えた上でなかったことにするとして、それを告げにきてくれたのか。
立ったまま身構えていると、椿くんは緊張した面持ちで、口を開いた。
「あの……さ、俺、やっぱり佐々のこと好きなんだけど」
……冷静に考えられなかったのか、勘違いか。
「それって、恋愛的な? 椿くん、ノーマルでしょ」
「そうだけど……佐々なら……!」
イケるって?
その言い回しはダメだと思ったのか、椿くんはぐっと口をつぐむ。
だから俺から聞いてあげる。
「……俺で勃つ?」
「え……あ……」
「別に欲情しないといけないわけじゃないけど、そういう気にならないなら、ただの友達でいいよね」
椿くんは、ぶんぶんと首を横に振った。
ただの友達としての『好き』ではないらしい。
「ちゃんと、佐々で……その……」
「……オカズにした?」
言いづらいことを代わりに言ってあげる。
椿くんはだいぶ動揺していたけど、否定はしなかった。
「……ごめん」
「謝らなくていいよ。でも、想像の俺と現実の俺は違うかもしれない」
というか、たぶん違う。
「大丈夫……だと思う。佐々は? 俺じゃ欲情しない?」
椿くんは、心配そうな瞳で俺を見下ろす。
「……するよ。欲情する」
もともと俺は、ノンケじゃないし。
椿くんみたいなのはタイプだし。
男である俺に、欲情するなんて言われたにもかかわらず、椿くんは、嬉しそうに頬を緩めた。
「佐々……」
椿くんは少しだけ真剣な表情を見せた後、俺の顔を掴んで上向かせると、口を重ねてきた。
椿くんは俺をオカズにしたらしいし、俺も椿くんに欲情するなんて答えたら、まあOKみたいなものだろう。
軽い口づけの後、俺が拒まないのを確認して、もう一度、口を重ねられる。
今度は、舌を差し込まれて、俺は椿くんの温かい舌に自分の舌を絡めた。
「……はぁ……佐々……」
長めのキスの後、椿くんは思った以上にうっとりした表情を浮かべていた。
「……はぁ」
俺は、一つため息を漏らす。
やっぱり、椿くんはかわいいけれど、少しなにかが足りない。
固定概念みたいなものがあって、これまで生きて培ってきたものだろうから、仕方ないけど。
付き合うなら、その辺はもう少しどうにかしてもらいたい。
「……椿くんは、俺のこと好きなんだよね?」
「うん……」
「俺も……嫌いじゃないよ。好き。好きだけどね。椿くん、たまに……相手のこと、あんまりよく考えてないなって思ったりすんだよね」
少し冷たいかもしれないけど、はっきり言わせてもらう。
こんなことを言う俺の方がノンデリで、相手のことを考えてあげられてないんだろうけど。
「あ……俺が、佐々のこと想像したりしてるから? やっぱり、嫌……だった? 言わない方が……」
オカズにしたことを後ろめたく思っているみたいだけど、そういうことじゃない。
「違うよ。聞いたのは俺だし。まあ……『佐々ならイケる』って発言は、ちょっと引っかかったけど」
その発言をしたときのことを、思い返しているのかもしれない。
椿くんは、小さく頭を下げた。
「ごめん……」
「あの日も謝ってくれたし別にいい。男は恋愛対象じゃないけど俺は特別ってことでしょ」
「うん」
「だから、悪くないよ。悪くないけど……」
椿くんは、きっと抱くことしか考えてない。
俺になら抱かれてもイイ……なんて考えは、頭にないだろう。
もしかしたら……あるだろうか?
「椿くん、俺なら抱けるってことだよね?」
一応、確認してみる。
「う、うん」
「俺になら抱かれてもいいって意味じゃないよね?」
「え……」
まるでそのことはまったく考えてなかったのか、椿くんは言葉を失っていた。
抱かれる想像は……できないのか。
「結局、椿くんは、俺のこと、ノーマルの恋愛の延長でしか捉えてないんだと思うよ」
図星だったのか、椿くんは言葉を失い、俯いてしまう。
どうにか、想像しようとしているのかもしれない。
俺に抱かれる想像。
……まあ、難しいだろう。
「別に、タチ専門……抱く側オンリーの男もいるし、それでもいいんだけど。自分が抱くことしか考えられてないのに、同性愛のことわかった気になるのは……違うと思う」
なるべく、少し柔らかい言い回しを選んで指摘する。
それでも、大人になってこんな風に指摘をされるのは不快だろう。
申し訳ない気もしたけれど、こういうちょっとした引っかかりを正さないことには、椿くんと付き合えない。
正されることを受け入れてくれる人じゃないと。
もちろん、俺の考えの押し付けでもあるし、理解できないなら理解できないで、そっとしておく。
付き合えそうにないねってだけの話だ。
俺も、無理やり自分色に染めたいわけじゃない。
相手は、もともとノンケの男だ。
「……ごめん。言い過ぎた。やっぱり俺の方が、相手のこと考えられてないね」
頭を冷やすべきなのも俺。
ノンケの人に理解されないなんてこと当然なのに、どうしてこんなにモヤモヤしてしまうのか。
椿くんがわかった気でいるからってだけの話じゃない。
椿くんにわかってほしいから……?
そもそも、俺がノーマルの気持ちを理解していないのに。
「ごめんね、椿くん。理解しなくていいから」
俺はそう告げると、椿くんに背を向けた。
「待って……!」
椿くんが、俺の腕を掴んで引き留める。
「あの、考える。ちゃんと考えるから」
「……なにを?」
「佐々に……抱かれること……」
やっぱり、いますぐには想像出来ないらしい。
「……その、佐々は、考えれるの? 俺を抱くとか……」
ノンケの椿くんは、こんなガタイのいい自分が中性的な人間に抱かれるなんて、うまく考えられないんだろう。
同時に、自分がそんな対象に見られるとも思ってない。
「……考えられるよ」
「じゃあ、俺に抱かれることは? そっちが嫌とか……」
「……考えられるけど、あまり好きじゃないかな」
とくに椿くんが相手だと、それこそノーマルの延長みたいだし。
都合のいい女がいれば、そっちの方がいいとか言いそうだし。
ノンケを相手にしている限り、たぶん、女に対する劣等感は付きまとう。
抱かれる立場なら、なおさら。
「椿くんがノンケでいる限り、椿くんには抱かれたくない」
「いや、佐々を抱く時点で、ノンケじゃなくない?」
「そうかな。好きな相手が望むなら、絶対入れさせないなんてことは思わないけど。椿くんが、俺を女みたいに扱ってるうちは、ないかな」
「女みたいにしてるつもりは……」
ないとは、言い切れないはずだ。
だって、椿くんはいままで、女しか相手にしてこなかった人だろうから。
「……椿くん、座って」
「え……」
俺は椿くんに腕を掴まれたまま、椅子へと誘導する。
促されるがまま座った椿くんを、俺はじっと見下ろした。
「椿くんより背の高い女はいなかったでしょ」
「……まあ、うん」
「男だって、そういないか。別に見下ろされたくらいで、女扱いされてるとはならないだろうけど。これは、ただ椿くんが、一方向からしか見れてないんじゃないかって話」
そう告げると、俺は椿くんの顔を上向かせて、口を塞いだ。
「ん……」
差し込んだ舌で椿くんの舌を絡め取りながら、唾液を送り込む。
「ん、ん……」
「舌、出して」
そう告げて、もう一度、口をふさぐと、どうにか椿くんは舌をのばしてくれた。
舌を吸ってあげながら、そっとアゴから喉のあたりを撫でて、示してあげる。
「ん……う……」
長くゆっくり……濃厚なキスの後、口を離して見下ろすと、椿くんは少し涙ぐんでいた。
「はぁ……は……」
「……こんなに上向いて長くキスすんの、苦しいでしょ」
「あ……」
「舌も……出すの辛かったよね」
椿くんは、さっき俺が撫でた喉のあたりに手を添えながら、小さく頷いた。
「ごめ……ん」
「別に、謝らせるつもりはなかったんだけど」
「さっき、佐々のこと、上向かせて……思いっきりキスして。こんな苦しいなんて、思ってなくて……」
「これくらい当り前で、そんな苦しくないって思う子もいるだろうけど。少しは……相手の視点に立って考えてくれたら嬉しい」
「……うん」
思った以上に響いたのか、上を向いているのがつらかったのか、俯いてしまう椿くんを眺める。
ただ、つい視界に入ったズボンが、少し盛り上がっていることに気付いた。
「…………」
……なんで?
そう言いかけてしまったのを、ぐっと堪える。
キスで勃つとか、中高生じゃあるまいし。
でも、ホントに俺相手で勃つらしい。
苦しかっただろうに。
女扱いしたわけじゃないけど、女の子みたいに見下ろされながら苦しいキスさせられて勃起とか、どういうつもりだろう。
案外、素質があるんだろうか。
そう思ったら、俺まで心臓が高鳴ってくる。
「……椿くん、大丈夫?」
なにも気づかないフリをして尋ねると、椿くんはハッとした様子で、顔をあげた。
頬が真っ赤に染まっている。
「だ、大丈夫! その、今日はもう、帰ります!」
慌てて立ち上がると、椿くんは保健室を急いで出て行った。
もしかしたら、椿くんが俺に抱かれる想像ができるようになる日も、そう遠くないのかもしれない。
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