俺が本気で落ち込んでるとか思ったのか、悠真は今日、手を出してこなかった。
 
 何事もなく、教室へ。
「おはよー」
 元気よくそう声をかけてきてくれたのは透。
「…おはよ」
「…元気ないねぇ。なにかあった?」
 なにか、ありまくり。
 なんでもないよーなんて。
 すぐバレるんだろう。
「ちょっと…昨日さぁ…」
「あ。もしかして痴漢にあった?」
 なんですぐわかるんだろう。
 つい、言葉が途切れる。
「やっぱり? あそこ、よく出るんだよ。俺もあったから」
「え、透も?」
「しかもかっこいいじゃん? 結構、俺、何度かやっちゃったなー」
 やっちゃった?
「嘘っ。最後まで?」
「あれ? 慎之介はやってないの?」
 俺は、そっと頷いて、やってないと示す。
「…そっかぁ。なんかねぇ。俺、断れなくって。最後までしちゃった」
 断れないってのは、俺もよくわかる。
「俺の場合、途中でナツさんと悠堵さんが来て、助けてくれたんだよ」
「おー。そっかぁ」
「でも…結局、ナツさんと最後までしちゃって…」
「え?」
 透が、俺の言葉を疑うように、聞き返す。
「だから…ナツさんとしちゃって…」
「……そう…なんだ…。ってか、慎之介って、最後までしたことなかったんじゃなかったっけ? ナツさんが初めて?」
 結構、恥ずかしいこと聞いてくるよな…。
「まぁ…そうなるけど」
「あの人、うまいよねっ」
 うまいよねって…。
 俺は初めてだし、薬入ってたし、結構わけわかんなかったんだけど。
「…ナツさんともしたことあるんだ…?」
「え…まぁ、うん…」
 透って、よくわかんないな…。
「透は、結構、誰とでも平気でするタイプなんだ?」
「あ、そういうの慎之介は嫌い? 俺、割り切って出来るタイプで…。ほら、ナツさんには彼氏がいて、俺にもいるし」
 彼氏がいるのか…。
「…割り切ってやるとか…よくわからないよ、俺」
 ナツさんは、もちろん、俺を好きで抱いたわけじゃないってのはわかる。
 薬があったからってのは、言い訳というか口実で。
 ナツさんから見たら、割り切った行為だったのだろう。
 俺は、わけもわからずにしたって感じだけど。
 正兄は、いろいろ教えてくれて。
 なんか、割り切った…いわゆるセックスフレンドとかそういうのとはまたちょっと違う感じがする。
 
 悠真は?
 なんとなく、そういうのに近いような。
 このまま、ずるずる電車で手を出され続けてたら、日課みたいな物になってしまうんじゃないだろうか。
 それは駄目だよな。
 駄目だとは思うんだけど、気持ちいいことってやっぱり好きで。
 求めそうになってしまうから。

「うーん…。難しいかな…。でも、好きな人とやるのとは全然違うから…だから、割り切れるんだよね」
 好きな人と…。
「……俺、したことないし…」
 なんてやつなんだろう。
 好きだと思った相手とはしたことがなくて。
 よくわからないまま、こういった行為してて。
 微妙…に理解出来ない。
「そっか。好きな人、出来るといいね」
 にっこり笑って俺にそう言ってくれる。
 すごくかわいらしいかった。
  
「…あのさ…。ナツさんって、よくわかんないんだけど」
 俺が、そう聞くと、透が少し考え込む。
「…うーん。うわさでね、ホントに取り仕切ってるのはナツさんの方じゃないかって話も出てるんだ」
「取り仕切ってるって…」
「ほら、悠堵さんが取り仕切ってて、悠堵さんは、ナツさんが好きだからなんでも従って
るってわけじゃなくって…。ホントは、ナツさんの方が取り仕切ってるんじゃないかって」
 ナツさんが上…?
「そん…な」
「普段は、全然わからないけど、もしかしたらそうじゃないかって。だって、いくら好きだとはいえ、悠堵さん、ホント、ナツさんだけに甘いし…。ナツさんが悠堵さんの彼女だからかもしれないけど、ナツさんに逆らう人もそうそういないしね。俺も、怖いから、結構、従うし」
 怖い…な…。
 でも、昨日の夜の態度は、ナツさんの方が上って感じだった。
 営業スマイルとはかけ離れてて。
 普段は、バレないようにしてる…とか…。
「ただのうわさでホントのことは、全然わからないんだけどね。…悠真さんなら、知ってるんじゃないかなぁ」
 こっそり、透が俺にそう聞く。
「…悠真…かぁ…」
 やっぱり、気になるし。
 聞いてみようかな。
 でも、そんなんいきなり聞いたらおかしいよな。
 でも、気になる。
 俺って、結構、探究心、強いんだよな。
「…聞けそうだったら、聞いてみるよ」
「うんー。どうなんだろうねぇ」



 
 なんか。
 考えることが多いな。
 ナツさんのこととかもだし。
 自分のことも。
 いっぱいいっぱいだよ。
 
 今日は、テスト返し。
 昨日の実力テストの分だ。
 早いな。
 順位結果まで出てる。
 まぁ、昨日、午後なにもなかったし、先生たちも時間があったのかもしれない。

「慎之介―っ、どうだった?」
 さっそく透が声をかける。
「…ん…。まぁ、一応、それなりに…」
「えーっと。1番っ!!?? すごーい。それなりじゃないじゃん。完璧じゃん?」
 完璧…。
 ではない。
「…でもさ、総合は1位だけど、ほら、数学2番だし」
「うーん。だれか、ものすごく数学が得意な人がいるんだねぇ。でも、すごいよ。俺はねぇ。7番だった。でもいい方だよねぇ?」
 同学年はほぼ300人いる。
 その中で7番なら十分、いいだろう。
 透も、結構、頭のいい子なんだな。
 ……まぁ、普通の高校で、どのくらいのレベルになるかはわからないけれど。
 でも、順位だけでなく、ある程度の難易度のこのテストで、点数もそれなりに取れている。
 ということは、少なくとも、7番の透まで、俺と透入れずに5人は、ある程度、頭のいいやつがいるわけか。
 少し、安心した。
 馬鹿だらけじゃなくってよかったよ。


 今日はどうやら、係り決めらしい。
 最低、ひとつはなにか係りをやらなければいけないらしく、黒板に自分の名前を埋めていく。
 定員割れはあとで話し合いでもして決めるようだが、そんなの面倒だから、みんなもう早い者勝ち状態。
「…慎之介、一緒になんかやろっか」
「うん。なにがいいんだろー。なんでもいいんだけどさ。俺、仕切るのとか苦手だから、そこら辺パスしてくれれば」
 そのときだった。
 前のドアが思いっきり開く。
 その音に反応して、クラスの大半がそっちへと顔を向けていた。
「な。慎。係り、決まった?」
「っなっ…」
 悠真だ。
 俺を見つけて、そう聞いてくる。
 休み時間ならわかるよ。
 1組では休み時間なのかもしれないけれど、普通、ドアが閉まってるのに、こんな堂々と…っ。
「慎って、誰だ…?」
「さぁ…。うちのクラスのやつなんだよな」
 後ろの方で、こそこそそう言う声が聞こえる。
 返事でもしてみたら、一気に注目されちゃうじゃないか。
「…慎?」
 ずかずかと、教室の真ん中あたり、俺の席まで来るもんだから、もうどうにもならない。
「……まだ」
 そう答えるしかなかった。

 たぶん。
 悠真が普通のやつだったら、こんなにも注目されることはなかったんだろう。
 周りのやつらの大半が、悠真のこと、知っちゃってるせいだ。
 そうでなきゃ、もっと普通、無視するだろ?
 なんでこんなシーンとしてんだよ。
 先生も先生だ。
 見守ってんじゃねぇよ…。

「俺、数学の教科委員になったから。慎もそうしろよ」
 そう言われ。
 黒板に目を向けると、すでにそこには2人、名前が書かれている。
「あのさぁ。同じクラスでもないんだし、そんな教科委員で一緒になっても、なんにもな
いよ」
 会計とか、学祭委員とかならともかく。
「まぁ、気持ちの問題じゃん?」
「…俺、数学苦手だし」
 あ、苦手だからこそ、教科委員になると逆にいいかもしれないけれど。
「苦手なの? 俺、理数系得意だからさー」
 理数が得意?
「…もしかしてさぁ。お前、数学1番だった?」
「…そこまで、得意じゃねぇよ。1番、俺のクラスにいたけどな」
 1組に、1番の人が…。
 どんな人なんだろう。
 ちょっと気になったり。
「そっか。でも、もう数学の教科委員、埋まってるから」
 そう言って、黒板を指差す。
 わざわざ、話し合ってまで、奪い取る係りでもないし。
「…埋まってねぇじゃん」
 そう悠真に言われ、もう一度、目を向けると、そこが空欄になっている。
「……………」
 おかしい。
 絶対、埋まってた。
 見間違いなんかじゃなくって。
 微妙に消したくさい跡が残ってる。

「…慎之介…。数学の教科委員にしよっか」
 少し、緊張した口調で透が俺に言う。
「…でも、さっき埋まってたよな?」
「っ…まぁ…。気が変わって変えようと思ったんじゃないかな」
 透も、さっきまで埋まってたっての、知ってるよなぁ。
「…誰か、数学の教科委員、やりたいやつ、いる?」
 悠真が、そう周りのやつらに聞く。
「お前、人のクラスで何やってんだよ」
「慎が聞かないから聞いてるだけじゃん」
 周りのやつらは、誰もやりたいなんて言うやつはいないし。
「じゃ、慎に決定。もう一人は、君? 慎の友達?」
「あ…うん」
 すると、悠真はいきなり透の手を掴み、自分の方へと寄せる。
「っな…」
 つい、俺の方が声をもらしていた。
「…ふぅん…。これ、貰い物?」

 昨日、悠堵さんにもらったブレスレットだ。
 それに目をつけてたのか。
「うん。昨日、ちょっと」
「よし。名前は?」
「佐渡透。佐渡島のサドって字で、さわたり」
「了解」
 なにが了解なんだか。
 黒板に、『伊集院』と『佐渡』の文字を悠真が書き入れると、先生の方に歩み寄る。
「どうも♪失礼しました」
 見えないけれど、笑顔でも飛ばしてそう。

 その後、素直に帰るかと思いきや
「先生、伊集院くん、もう係り決まったんでー。他の人たちが話し合ってる間、5分だけ、俺に貸してくんない?」
 そう頼むのが聞こえる。
「っなに言ってんだよ。先生、いいです。俺、ここにいますから」
「そうだな。別に5分くらいかまわないよ。ちゃんと戻ってこいよ」
 なに言ってんすか?
 まぁ、そういうの厳しい先生じゃないんだろう。
 厳しい先生だったら、俺、変に目、つけられちゃうだろうけど。
 そこら辺はよかったかも…。
「さんきゅー。さすが、話わかってんじゃん」
 なにやら親しげにそう話すと、俺の手を取る。
「ちょっ…」
「行っておいで」
 先生もそう言うし。
 俺はしょうがなく、悠真に続いて廊下へと出た。


「なんなんだよ」
「いいじゃん? それより、今日、悩んでたみたいだけど。なんかあったんだ?」
 それを心配してたとか?
「別に。お前が手、出してくるから困るってだけ」
「そんなの、いつものことじゃん♪」
 いつもってほど、日課になってないだろ。
 だけれど、楽しげにそう言ってから、俺の顔をつかむと、口を重ねてしまう。
「んっ…」
 舌を絡められて。
 駄目だ、嫌がること、放棄しちゃうって。
「んっ…ぅん…」
 散々、口内を味わった舌が離れていくころに、やっと、意識が正常に戻りだしていた。

「悠真っ」
「慎って美人だよねぇ。俺、大好きだなー。慎の顔」
 ったく、どうでもいいことを。

 悠真は俺を壁に押し付けると、そっと股間をなで上げて来る。
「っんっ…」
 一気に、体の体温が上昇するような感覚だった。
 いままでと違って、抵抗意識が吹っ飛ぶ。
 気持ちいいこと、期待してるような。
「っはぁ…っ」
 何度も俺のをズボン越しに撫でながら、耳に舌を這わされて、体がぞくぞくした。
「んっ…悠真…っ」
「首筋に残ってるキスマークは?」
 なにそれ…。
 俺、そんなん残ってんの?
「お前だろ…っんっ」
「俺、つけてないから」
 じゃあ、誰だ。
 確か、正兄にも跡残ってるとか言われたような…。
 となると、ナツさんか、痴漢か…。
 
 悠真は、俺のズボンのチャックを下ろして、その場にしゃがみこむ。
「っ…ここっ、廊下…っ」
「いいじゃん。誰も出てこねぇって」
 係り決めのせいか、無駄にうるさい教室からもれる声のせいで、俺らの声はかきけされ
るだろう。
 誰も出てこないという保証はないけれど、どうでもよくなってくる。
「もう、硬くしてんじゃん…。やらしーこと、考えてんだ?」
 そう指摘され、羞恥心が高まる。
 こんなの、俺らしくないのに。
 悠真は、俺の股間のモノを、そっと下から舐め上げた。
「っあっ…んぅっ」
 どかそうとしていた手の力が抜ける。
 気持ちよければもうどうでもいい。
 丹念に俺のを悠真の舌がじっくり這い回る。
「ぁあっ…んっあっ」
 ボーっとしてきて。
 周りの雑音すら遠ざかるような感じだった。
 
 頃合とみてか、悠真は俺のをくわえ込んで、唇で挟み込みながら前後に顔を動かす。
 亀頭に絡まる舌先が、ものすごく気持ちよかった。
「ぁああっんっ…ゃっあっ悠真ぁっあっんっ」
 このまま。
 イっちゃっていい…?
 俺、おかしいや。
 こういうの、普通だって思えてきてる。
「ぁんんっ…ぃくっあっ…駄目っあっ…んぅんーっっ」
 必死で口を抑えて。
 少しだけ声を殺して。

 悠真の口の中へと、たくさん出してしまっていた。



 力が抜けて、その場に座り込む。
 頭がうまく働かない。
「慎…? 俺、まだ慎のことよく知らないけど。なんかあったんじゃねぇの? 昨日から
ちょっと変わった」
 変わった。
 痴漢に会ったからだ。
 薬なんて入れられて。
 ナツさんに、やられて。
 正兄に、わけがわからなくなるほど、夜通しイかされた。
 変わらない方がおかしいだろ。
 普段の生活になんら変化はないかもしれないが。
 こういう行為に関してはもう、変わりまくり。

「なんか、違うな。変わった」
 何度もそう言って。
 
 変わった俺には、興味がなくなった…?
 とか、少し思うけれど、聞けるわけがない。
 そりゃ、まったく興味がなかったら、わざわざ会いには来ないだろうけど。
 
 なんか、少し不安に感じてる…?
 悠真が俺に興味なくなったらって。
 
「なんも、変わってないよ」
 そう言って立ち上がる。
「そぉ?」
「もう戻るから」
「んー。わかった」
 少し残念そうにそう言って。
 軽くキスをしてくる。
「じゃあまたな」
 悠真はそのまま、1組の方へと向かった。

別に。
悠真にどう思われようが、かまわないだろう?
気にしすぎだな、俺…。