翌日。
いつもの電車に悠真はいなかった。

それだけで不安になる。
避けられてるんじゃないかって。
心当たりもある。

昨日、ブレスレットを見られたから。
俺と悠堵さんが繋がっているってバレてしまったから。

だからって、なんてことない気もするけれど。

透と悠堵さんだって、知り合いだ。
それは係り決めのときに、透のブレスレットを確認していたから、悠真も知ってるだろうし。
それで悠真が透に冷たく接するということもなさそうだし。
大丈夫だろ?

それでも気が気じゃなかった。


学校へついて、1組を覗くが悠真の姿は見当たらなかった。
自分の教室へ行くと、透の姿。

「あ、慎之介、おはよ〜♪」
朝から透のテンションは高い。
「おはよ」
「どうしたの? 暗いねぇ」
暗い。
暗いか。
「そうかな。そんなことないけど」
なんとなく隠してしまう。
なんでもないフリをして、1日を過ごそうと思った。
だって、実際、なんでもないことなのかもしれない。
たかが、キスされなかっただけで。
意識しすぎてる。

それに、悠真だって。
いくら兄貴と仲が悪くても、俺まで嫌うってことはないだろう?


こないだ電車で知り合った東琶を思い出した。
悠真の友達で。
悠真のことで知りたいことあったら教えてやるよって。
そう言ってくれていた。
もともと、悠真が悠堵さんと仲が悪いってのも、東琶から聞いたことだ。
だからって、一度会っただけの人に、いろいろ聞くのも躊躇した。
まるで俺がものすごく悠真のこと好きみたいじゃないか。
いや、たぶんそうなんだろうけれど。

こんなことで、苦しいとか思ってる今、やっぱり自分の気持ちを再認識した。

まだ時間はある。
俺はもう一度、1組の方へと向かった。

いつの間にか悠真はいた。
どの電車に乗ったんだろう。
俺より前?
俺より後だとしてこの時間にいるってことは特急に乗ったんだろうか。
それとも、誰かの家に泊まってた?

俺の知らない人たちと、仲良く話している。
呼び出していい雰囲気ではない。

前のときは、なぜかすぐ俺に気付いて駆け寄ってくれた。
今は?
気付いてないだけ?
気付いてないフリ?

「なにしてんの? お前」
後ろからの声に、振り返ると東琶だ。
「あっ……別に…っ」
「1組ってことは悠真に用事?」
「そういうわけじゃ…っ」
「呼べば? …代わりに呼んでやろうか」
「いいよ。今、他の奴らと話してるみたいだしっ」
「やっぱ、用事だったんか」
企むような笑み。
あいかわらず、はめられてしまう。
「いい…。ホント、呼ばなくていいからっ」

呼ばれても困る。
第一、理由が無い。
なんでここ来たのか、自分でもよくわからないし。


俺、すっげぇうっとおしいじゃん。
そりゃ、悠真みたいに係り決めの最中に他の教室に入り込むほどではないけれど。

「ホントに、なんでもないからさ」
そう告げ、俺は立ち止まっている東琶を置いて、早歩きで自分の教室へと戻った。

「慎之介、急にいなくなるから、どうしたのかと思った」
「あ…別にちょっと出歩いてただけなんだけどさ」
透が心配して聞いてくれる。
ホント、なにしてんだ、俺。

上手く考えがまとまらなかった。
1時間目が終わり、休み時間。

「慎―♪」
いつもみたいに元気な声。
悠真だ。
教室の中へ、あいかわらず堂々と入ってくる。
「な…に」
「ん? 朝さ。なんか用だった?」
東琶が言ってくれたんだろうか。
それとも、本当は気付いてたんだろうか。
東琶の方を見てみるが、他の奴らと話していて俺の視線には気づいてくれない。

「いや…別に用ってほどじゃないんだけど…」
「どうしたの?」

優しいいつもの悠真のままだ。
ちゃんとキスしてくれなかったから気になるだなんて。
言えるわけないだろ。

ブレスレットのこととか、気になることはたくさんあるけれど。

「悠真……。今日さ。一緒に帰れる?」
「………うん。いいよ」
少し間を置いて、悠真はそう答えてくれた。
その間が気になるけれど、問うことはもちろん出来なかった。

このままじゃ、もやもやする。
今日、一緒に帰ってはっきりさせたいと思うから。

俺のこと。
エロいだけって思われたくないし。

相手が悠真だからだって、ちゃんと伝えたいとは思うし。



今日も淡々と授業を終え、すぐに放課後。
つくづく俺の学校生活は悠真中心なんだなと実感させられる。
そう。
今は、授業なんてどうでもいいって思っちゃってるんだよ。

クラスの奴らに見られるのも微妙で、俺の方から悠真のクラスへと向かった。
廊下で待ってると、少しして悠真が出てきてくれる。

「慎、ごめんね、待った?」
「いや、待ってないよ」
2人で駅の方へ。
妙に緊張した。
「…悠真、なんか用事あった?」
「別にないけど?」
「…なんか…迷ってるみたいだったから」
俺と一緒に帰るのを、少し躊躇したような…その姿が気になっていた。
「んーん。誘ってくれて嬉しいし♪」
冗談めかすようにそう言ってくれ、少し安心した。

電車に乗り込んで。
気を使ってくれているのか、悠真はなんでもない話を振ってくる。
今日の授業中の先生の話だとか。
でもやっぱり、違う。
俺が誘ってんだよ。
電車に2人。
前みたいに、手を出すとかなんとかしろっての。

俺に興味がなくなったのかよ。

「……慎。どうした?」
会話が途切れ、俺をジっと見てくれる。
どうしたもなにも。

「悠真こそ……。どうしたんだよ」
「ん…?」
「いつものお前じゃないみたいだ」
泣きそうになってくる。

なんでキスしてくれなかった? とか聞くことは出来ないけれど。
苦しくてたまらなくなってきた。
「悠真……俺、昨日…なにかした…?」
「え? 忘れちゃったの?」
「いや、そうじゃなくて…。悠真…なんか、変わった気がして…」
俺も、ナツさんや兄貴としてから自分でものすごく変わったと思った。
変わってしまうことが、人に与える影響の大きさを知る。

悠真はいつもみたいに即答してはくれなかった。

「聞いていいの…?」
少し間を置いてそう言うと、俺の右側に座っていた悠真は身を乗り出し俺の左手を掴んだ。

引っ張られて、袖を捲くられる。
ブレスレットが露わになり、めちゃくちゃ緊張した。

「誰に貰った?」
なんとなく、恐く感じた。
なにが恐いんだろう。
俺も、悠真と同じで、悠真に嫌われるのが恐いんだろうか。

昨日も、このブレスレットのこと聞かれた。
そのときは知り合いに貰ったって答えた。
その答えは間違っていない。

「言いたくないなら、言わなくていいけど」
そう言われても、ここで言わなかったら結局、今の状態から抜け出せないわけで。
なにも変わらないまま、たぶん、俺はもやもやし続けるんだろう。

「悠堵さんって…知り合いがくれたんだよ」
そう言うと、そっと俺から手を離してくれた。

悠堵さんの名前を出すことは、俺が悠堵さんと悠真の関係を知っていると言っているようなもんだった。
知らないのなら、あえて名前を出す必要性はない。
隠せそうにもないから、言うことにした。

「…本人に直接…?」
「うん」
「…慎之介は、その人がどんな人かって、わかってんの…?」

呼び方が慎から慎之介に変わっていた。
真面目に話したいってことなんだろうか。

「少ししか、知らないよ」
「少しって?」
「……なんか、ココらへん、仕切ってるとか、族だったとか」
「どういういきさつで、貰うことになったの?」
いろいろと、聞かれてる。
だけれど、しつこいだとかは感じなかった。
ただ、なにか間違ったことを言わないようにしなくちゃって、そういう焦りみたいなもんが働く。
「テストがあった日、午後の授業なかっただろ? クラスメートの透と、ラーメン屋に行って…。そこで居合わせたんだ。ラーメン屋の店長さんと仲がいいみたいで…」
いきさつ。
そこまで話したあとで、悠堵さんにキスされたことを思い出した。
そのお詫びもかねてもらったんだと。
そんなこと、言えるわけがない。
「少し話してるうちに、流れでくれたんだ」
そう言うしかなかった。

「…慎之介がそのブレスレットをしてるのに気付いたのは昨日だよ。知り合いにちょっと前に貰ったって…。

慎之介、痴漢に襲われて、知り合いにヤられて、お兄さんとやって、変わっちゃったって言ってただろ。
もちろん、それはいまさら俺がどうこう言う事じゃないけど。
その知り合いが、悠堵じゃないかって。昨日から気になってた。

テストがあった日に、悠堵に貰ったんだろ…。その日って、同じ日だよね」

確かに、悠堵さんと知り合って。
ブレスレットを貰った日と、俺が痴漢に襲われておかしくなっちゃった日は同じだ。

俺と、悠堵さんがやったと思ってる…?
「違……っ」
「違う?」
「確かに、貰ったけど…っ」

「慎之介は、悠堵が……俺の兄貴が恐いから、俺に従ってくれるの?」
「…なんで…?」
「みんなそうだよ。俺の兄貴が恐くて、俺のことも恐いって。
慎之介ははじめ、俺のこと知らないんだと思ってた。うん、知らなかったよね、はじめは。

変わっちゃったあの日に、悠堵のことも知ったんだろ。
それで、俺のこと知って、俺に対する態度変わったのかなって。
ね…。知り合いってさ。俺の兄貴…?」
悠真は、あまり声のトーンを変えないで、あえてなんだろうけれど、なんでもない感じで俺に聞いた。

俺が、悠堵さんのこと知って。
悠真のこと、恐く感じるようになったから、だからあまり抵抗しなくなったと思ってるのか?
そんなんじゃない。

本当に、あれからエロいことを好むようになっちゃったかもしれないけれど、それよりも、悠真のこと、好きになってきたからだ。

悠堵さんは関係ない。
恐くて、抵抗せずに受け入れてたわけじゃない。

「違うよ……」
「悠堵のおかげでいろいろ助かったこともあるよ。
でも、あいつの力で慎之介が手に入っても嬉しくないし。
俺があいつの弟だからって、恐がって欲しくないし、慎之介が俺を拒んでも、悠堵がなにか慎之介にすることはないと思うから。
嫌なら嫌がってくれていいんだよ」

少し寂しそうにそう言った。
俺が拒まなくなったきっかけの日。
ブレスレットを貰った日。
「…違うってば…。恐くないし、嫌なら嫌がってるから…っ。こんな風に、お前と一緒に帰るなんてことも、自分から誘ったりしない」
悠真はやっと俺を見て
「ありがとう」
そう笑ってくれた。

それでもまだ、少し浮かない表情。

「悠真…。知り合いとやったって言ったけど、悠堵さんじゃないから…」
「…違う人…?」
「痴漢に襲われたとき、悠堵さんは助けてくれたんだよ。悠堵さんが、痴漢を相手してる間に、悠堵さんが付き合ってるラーメン屋の人と……」
悠真は、俺の手をそっと握った。
「そっか…。悠堵に貸しが出来たね」
「…貸し?」
「慎之介のこと、守ってくれた」
ナツさんにはやられたけど。
頷くと、悠真は、俺の口へと口を寄せた。
「ん…」
今回は、昨日と同じ過ちはしない。
そのまま口を重ねた。

悠真が、キスをしてくれるだけで、こんなにも嬉しいだなんて。
頭がおかしくなったとしか思えない。
恥ずかしいくらいに、心臓がドキドキしていた。

「じゃあ…悠堵のことは関係なくて。本当に、エロくなっちゃっただけってことでいいの…?」
エロいことを知った。
そう。
気持ちいいことされたいって、感じるようになって。

でもそれだけじゃない。
悠真のことを意識し出したから。

「半分だけ…あってる」
「半分?」
「俺……っ。
はじめは、悠真が言うように、エロいだけだって思ってた。
だから、エロいことしたくて、悠真にされても拒まなくなったけど、悠真は俺のこと好きって言ってくれるから。
ただ、欲求不満ってだけでやるのは、失礼な気がして、避けようとも思ったんだよ」
いままで言えなかったことを、打ち明けようと思ったら、なんだか涙が溢れてきた。

「でも、一人で玩具使っても、全然、足りなくて…っ、悠真のことばかり頭に浮かんじゃって…っ。
だから、昨日、悠真と一緒に帰ったのに、悠真は俺としてから、なんだか浮かない表情で、帰りにキスもしてくれなくて…。
悠真じゃないと…駄目なのに…っ」

ものすごく恥ずかしいことを言っているのは、なんとなく理解出来たが、涙が溢れて視界がぼやけて、たぶん、少し混乱していた。
いままで、溜め込んでいたものを全部吐き出したくて。

 悠真は、俺の体を抱きしめてくれて、そっと頭を撫でてくれた。
「ごめんね。ありがと、慎之介…。ね…。今日、うちに来れる…?」
俺は、抱きしめられたまま、そっと頷いた。

恐い人の弟だから従ってるわけじゃない。
エロくて、体が欲しがっちゃうだけじゃない。
俺は、悠真が好きだから。
体を重ねたいと思うんだよ。

悠真は体を離すと俺に軽くキスをして、にっこり笑ってくれた。

なんだか照れくさくて、服の裾で涙を拭い、俺はブレスレットを、カバンの中へとしまいこんだ。