本当はたぶん、悠真が好きなんだ。
だけれど、エロいことも好き。
がむしゃらに求めてしまうから。

悠真は俺がお前を求めてんのだって、体がうずくからだとか、欲求不満だからとか。
そんな風に思ってそうだ。
実際、そういう部分もあるだろうし、以前はそうだった。
だけれど、違ってきているのは、それが他の人じゃたぶん満たされないってこと。

精神的にも、きっと求めてる。


目を覚ますと、手を繋いだままの悠真。
あぁ、ずっと繋いでいてくれてたんだ…?
それだけで体温が上昇する。

こんなにエロいことしてきたのに。
手を繋いでいるって。
たったそんだけのことに、顔が熱くなる。

「あれ、慎之介、起きたんだ?」
「ん…」
「そろそろ帰る?」
腕時計に目をやると、8時過ぎ。
家にもなんにも連絡してないしな。

「うん…」
「……駅まで送るね」
「ありがと…」

妙な感覚だった。
自分から、誘うようなことをして。
涙まで見せた。

寝る前に話した会話。
俺のこと、エロいと思ってんだろって。
泣きながら言った俺のこと、悠真はどう思ってるんだろう。

エロいって思われたくないわけじゃない。
だって、そう思われるのはしょうがないだろ。

ただ、悠真を求めてる俺の感情ってのが、まったく伝わってないから。
もちろん、伝えてないんだけれど。
それがもどかしくて。

どうすれば伝わるんだろうとか。
やってる最中は、なにを言っても、体が欲しがってるだけだと思われそうだし。
かといって、なにもしていないこの状態で、いちいち言うのもいいわけくさい気がした。

いつかは伝えないとって、そう思うけど。


「慎之介、俺のこと恐い…?」
駅までの帰り道、不意にそんなことを聞かれる。
だけれど、悠真は俺の方は見てなかった。

恐いって?
そんなことを思ったことはなかった。
「別に……」

好きだって。
今、このタイミングで言ってしまっていいのか、なんだかわからなかった。

「…お前は?」
俺のことなんて、恐いわけがないのに、ついそう聞き返してしまう。

「俺は恐くないよ。…慎のこと、好きだし」
あっさりと、そう答えてくれる。
恥ずかしいからとか、わけのわからない理由で言い留まっている自分が情けない。

「…嫌われるのは恐いけどね」
つけたしみたいにそう言って、またいつもみたいににっこり冗談っぽく笑った。

「…嫌わねぇよ」

好きという言葉を口にすることは出来なかった。
それでもなんとか、嫌いじゃないことを告げることは出来た。
「ありがと」

いつものおちゃらけた感じでもなければ、真面目すぎる感じでもなくて。
やさしい口調。
少しなにを考えているのかわからなくて、変な感じがした。
だけれど、その『ありがと』って思ってくれる言葉が嬉しくて。
嬉しいのと、それにちゃんと応えてあげてない自分が情けないのと悔しいのと。
わけのわからない涙が溢れそうになった。

改札口まで来てしまい、とうとうお別れ。
別に、また明日会うんだけれど。
「じゃあ…」
「あのさぁ。慎之介…」

俺を呼び止めるように、別れの挨拶を遮る。
少し真剣な面持ち。
というか不安そうな。
どういう表情なんだ、それ。
「なに…」
「ブレスレット、どうしたの…?」
腕時計を見たとき?
起きたら、手を繋いでた。
そのときか?
わからない。
もしかしたらもっと前から見られてたのかもしれない。

妙な緊張が走る。
「これ……は…」
悠堵さんと悠真は仲悪いって。
でも、わかってるよな。
これ、悠堵さんのオーダーメイドのだって。
わかってるから今聞いてんだろ?
「…知り合いに貰って…」
「…いつ?」
普通だったら、なんでいちいちそんなこと聞くんだって言い返してそうだけど。
なんとなく、そんな反発は出来なかった。
「ちょっと前に…だけど」
「…そう」
にっこり優しく笑ってくれた。
けれど、俺は気が気じゃなかった。

なにを考えているんだろう。
「じゃあね。慎…」
悠真がそっと俺に口を重ねようとする。
つい、逃れるように顔を俯かせてしまっていた。
きっと、俺の頬を掴んで上を向かせて口を重ねるんだろう?
周りに人はいなかっただろうか。
瞬時にそんな考えが過ぎる。
が、そんな考えとは裏腹。
俯いた俺のおでこあたりに、悠真が口付ける感触。

「……っ…」
「ばいばい♪」
顔をあげた俺ににっこり笑って手を振ってくれる。

なにそれ。
よくわかんねぇよ。

キス、しないのかよ。
別にいいんだけど。
もともとするつもりじゃなかったし。
おでこにされたし。

どういう意味なんだよ。

そりゃ、人目もあるし、わかるけど。

なんでしてくれないんだよ。

悠真に背を向けたら涙が溢れた。
キスしてもらえなかった。

拒んでも求めてくれるのが当たり前だと思ってたから。

下なんて向かなきゃよかった。
素直に受け止めればよかった。

どうして、自分はこんな風なんだ。
欲しいなら欲しいって、言えばいいのに。
態度で示せばいいのに。

だって。
普段ならくれるだろ。
ブレスレットのせい?

俺の考えすぎ?
なんとなくおでこにしただけかもしれない。

明日。
明日になればまた、してくれるよ、きっと。

それでも気が気じゃない。
なんだかもやもやした気持ちのまま、俺は家へと帰った。