嘘だろ。
 周りのざわめきが一気に遠くなる。
 焦点が合わなくなる。

 いや、嘘だろ。
 もう一度。
 もう一度、しっかりと自分の持ってる紙に書かれた番号と、ボードに貼り出された番号を見比べて。
 やっぱりなくて。

 狙ってた第一志望が落ちたのはわかる。
 これはギリギリ、受かるか受からないかだと思ったから。
 だけれど第二志望。
 組み合わせ的に、あまり頭のいいところを受験することが出来なかった。
 けれど、悪いわけではない、まぁまぁのところ。
 俺にとっては、少しレベルが低いのではとか思うけれど、その高校で上位をキープってもいいかもしれない、なんて思ってた。

 それがまさか、第二志望まで落ちるなんて。
 ありえない。

 あぁ、解答ずれてた?
 そうとしか考えられない。
 なんにも落ち度はなかった。
 面接だってそれなりに出来た。
 というか、面接がもしも駄目でもそれをカバーするくらいに俺の内申点だとかちゃんといいはずで。
 駄目っつったら、解答ずれてたくらいしか思いつかない。



 こうして俺は、絶対に絶対に行かないだろうと思って適当に受けた、滑り止めのいわゆる馬鹿高校へ通うことになってしまっていた。


 ホンキで行きたくない。
 誰も知り合いいないし。
 いや、いなくてよかったのか。
 俺がこんな馬鹿高校通うだなんてバレたくない。

 そんなわけで、入学式。
 一人で高校へ向かって、周りを見渡す。
 知り合いがいないか一応、チェック。
 見つけたくないけど、いるのに知らないってのも嫌で。
 取りあえず捜してみる。
「なぁにキョロキョロしてんの?」
 そう声がかかりおそるおそる振り替える。
「………」
 と、思いがけず知らない人。
 少し安心。
 知らない奴だよなぁ……?
 ここにいることとなんだか真新しい制服からして一年なんだろう。
「別に……」
 としか言いようがない。
「ふぅん。クラスは? 見た?」
「あぁ。5組だった」
「ちぇ。違うんか。俺はね、1組」
「そっか」
「俺な、春日悠真っつーの。おまえは?」
 別に、クラスが同じやつを捜すのが目的ってわけでもないんだ?
「伊集院……」
「名前は?」
「………慎之介」
「慎之介な。じゃ、並ぼうぜ?」
 名前が古臭いだとか変だとか突っ込まれるかと思った。
 馬鹿なやつらって、よくわかんねぇから。

 なんだか気乗りしないんですけど、しょうがなく俺は、クラス順に並んだ。
 もちろん、春日悠真とはそこで別れて。



 クラスで。
 俺はどうしても、回りのやつらを少し見下してしまっていた。
 もちろん、心の中でだけだけど。
 どうせ馬鹿なんだろうなぁとか思うわけだ。
 だけど実際、俺も来ているわけだし、どっかには馬鹿じゃないやつだってまぎれてるかもしれないとか思うけど。
 いや、むしろそうであってほしい。
 俺と同じ苦しみを味わってるやつだっているはず。

 席の近いやつらとそれなりにしゃべって。
 少し不服ではあるが、なじんでしまっていた。
 この波に流されて、馬鹿になるという行為だけは避けたいものだ。
 だけれど、次第に感化されてしまいそうだなとは思う。
 どうにかしないと。

 今日はクラスに入っても、明日の説明だけですぐ帰宅だった。
 痛いことに、学校から家までも少し遠かったりする。
 電車でわざわざ通うことになってしまっていた。

「慎之介〜」
 駅へ向かう途中、そう呼ばれる声に振り返ると、朝会った悠真。
「大声で呼ぶなよ」
「なぁ、クラスどうだった? 俺んとこね、担任がすっげぇかわいいの」
 俺の意見は無視ですか。
 まぁ、どうでもいいけど。
「別に。大してなんにも……」
 やばい……なんか俺、こいつに対してそっけないかも。
「そっけねぇな。まぁいっか。電車?」
 あっさりそっけないとか言われたし。
「電車だよ。お前は?」
「悠真って呼べよ。あ、お前名前長いよな。慎だけでいい?」
 何を言い出すんだ、こいつは。
 たしかに長いけど。
「別にいいけど。そんな困る長さでもないだろ?」
 じゅげむじゅげむ…じゃあるまいし。
「なんだよ。大声で呼ぶなっつーから、嫌なのかと思った」
 聞いてたのか。
 こいつなりに気を使ってるとか?
「どう呼んでくれてもかまわねぇよ」
 というか。
 俺、今後もこいつとかかわるのか。
「じゃ、慎。俺もね、電車」
 そう言うと、悠真はヒラヒラと定期をみせびらかした。
 俺の1駅前。
 乗る電車、一緒なのか。
 まぁクラスも違うけど、登下校でこうやって会うだけの関係も楽しいかもしれない。
「路線一緒だな」
 俺も定期を見せて示した。
「あ、ホントだ。やったね」
 お互い改札口を通りホームへと出るが、昼という時間帯と路線の関係上、俺らの乗る2番線にはほとんど人がいなかった。
 というかベンチに座り込んでる人とかはいるけれど、実際、電車に乗るっぽいのは俺らだけだった。
 ほかにも、俺らと同じ制服のやつらはもちろん見かける。
 だけれど、ほとんどが、別のホーム。
 線路をはさんだ向こう側にいた。

 今日は運がよかった。
 電車の本数が少ない路線だから、こうもすぐ来ることってなかなかないと思う。
 ほとんど待たずに俺らは電車に乗り込んだ。

 2人がけの椅子が、いくつも並んでるタイプの車両。
 適当な真ん中の辺に、俺らは座る。
 その車両には俺らしかいなくって、わりと気が楽だった。

 俺は窓際でひじをつきながら、そっと悠真を盗み見る。
 先入観のせいもあり、やっぱこいつも馬鹿なんじゃないかとか思ってしまうわけで。
 そこんとこ、どうなんだろう。
 いっつも笑ってそう。
 無駄にテンションとか高くって。
 つい、ため息が漏れた。
「なに…? 俺と帰るの嫌?」
 俺の方を覗き込んで悠真はそう言う。
「そうじゃねぇけど。悠真は、ココ、第一志望だったりすんの?」
「んなわけねぇよ」
 あっさりそう言われ、一瞬、ぽかんとしてしまう。
 けれども思えば、ココを第一志望にするやつなんてそうそういないか。
 どこ受けて落ちたかは、いろいろあるだろうけど。
 俺もいくら滑り止めでももうちょっといいとこ受ければよかった。
「まぁさ。馬鹿校だけど、ノリとかいいし。別に俺、勉強好きってわけでもないし、いい大学行きたいってわけでもねぇし? 勉強勉強って煮詰まってるやつらといるよりは、どうでもいいってやつらとつるんでた方がラクかなってのはあるよ」
 言われてみればそうだな。
 頭のいい学校ってのは行ったとしても、俺だって優越感にひたるくらいだし。
 実際、勉強のことばっかり考えてるやつらといたら、硬くなりそうだ。
 なかなか、いいこと言うな。
「慎は? 第一次志望じゃないんだろ?」
 少し、耳元で言われ、くすぐったいような感覚に身をよじる。
「ン……。違うよ」
「頭よさそうだもんな。あんまりこの学校のノリじゃないっつーか。いかにも受験に失敗してしょうがなく来たって感じ」
 まったくもって、ばればれ。
 まさにそのとおりだよ。
「俺、慎のこと、もっと知りたいんだよね」
何言ってんだか……そう思って横を見た先にいた悠真が、さっきまでのテンションの高いやつとは打って変わって、少したくらむような笑みを見せる。
「たとえば血液型とか無駄に知りたいし」
 なんか、声のトーンが恐いんですけど。
 なにも答えれずにいると、左側に座ってた悠真が少し身を乗り出して左手で俺の股間をさすった。
「っな……」
「童貞……? 一人で抜いてる?」
 あきらかに楽しむようにして、俺の耳元でそう聞きながら、片手でズボンのチャックを下ろしていく。
 やめろよとか言ってどかすべきなんだろうけれど、なんだか体が固まってしまっていた。
「もしかしなくても、処女かなぁ?」
 耳を軽く舐められて、下着の下から取り出されたモノを直にそっと擦り上げられる。
「っぁっ……なに」
「人にされんの、初めてなんだろ? 気持ちよくしてやるよ」
 そこまで言うと悠真は横から体を屈めて、つかんでいる俺のモノに舌をつける。
「っやめっ……やめろって」
 やっと、まともに声が出る。
 だけど体の方は、悠真をどかせないでいた。
「慎みたいな奴、すっげぇタイプなんだよね。一目見て、きたっつーか」
 そう言うと、俺のをなんでもない行為のように口の中に含んでしまう。
「っあっ……くっぅン」
 俺は、慌てて口を両手でふさいだ。
 場所も場所だし、やばいだろ。
 わざとっぽく、口を離して音を立てながら舌を絡める。
 いやらしい舌の動きが、自分からも見えて、恥ずかしさから顔が熱くなった。
「っぅンっ、ぁっ……やめっぁっ……悠真っ」
 声を我慢しつつもやめてほしいことを伝えながら、悠真の体をどかそうと髪に指を絡める。
 俺がどかそうとしてるのがわかったのか、さっきよりも強く舐めあげられ、力が入ってしまった手で悠真の髪を強く掴んでしまう。
「あぁあっ……」
 体がビクンと震えて、いやらしい声が、大きく響いてしまう。
 本当にこの車両だれもいなかったよなぁなんて、脳裏をよぎる。
 だけれど、確かめる余裕はなかった。
 片方の手を悠真の髪に絡めたまま、もう片方の手はどこかを掴んでないとわけがわからなくなりそうで、口をふさぐのを放棄して、前の椅子に手をかけていた。
「っんぅっあっ……はぁっ、っんっ、あっ……あっ」
 悠真にどうにかなにか訴えようと思って開く口からは、もういやらしい声しか出てこない。
「っぁうっんっ……悠真ぁっ、あっ、もぉっ……んぅンっ」
「なに……?」
 あえてそうとだけ言って、また、丹念に舌を絡ませられる。
「っひっぅっくっ……ぁっぃ、…っンっぁあっ……イくっ」
自分がどんなこと口走ってるかわかってるはずなのに、恥ずかしい言葉が口をつく。
「やっ……もっ……イ……くぅンっ、っぁっ……悠真っ、悠真ぁああっ」
 ビクンと体が震え、悠真の口の中へと欲望を吐き出してしまう。
 それを丁寧に全部飲み干され、俺はただもう放心状態だった。
「なんで……飲……」
 力なくそうとだけ言うと、
「電車、よごしちゃまずいだろ」
 そんな当たり前といえば当たり前な意見が返ってきた。

 もっと『なにするんだ』とか言うべきなのに、頭が働かない。
「おーい。大丈夫?」
 さっきまでの、よくわからない含み笑いとか少しサドっぽい精神はどこへ行ったのか、またテンション高めの悠真に戻っていた。
 そのせいか、俺も少し精神が戻りかける。
「っなんで……いきなり、こんな」
「いきなりじゃなきゃよかった? とか、ありがちに聞いてみたりして」
 ありがち……と付け加えれれてしまってはこっちも『よくない』はおろか、どうにも答えれない。
「やっぱ、イイよ、慎……」
 また嫌なトーンの声。
 いやらしい。
「最高。ほら、俺の名前呼んでイってくれたのとか」
 最悪だ。
 お前の名前呼んでイっちゃったのとか。

 恥ずかしいせいかわからないが、もうなにも言えなくなっていた。
 イライラする。
「怒ってる? これから、いっつもおんなじ電車だぜ?」
 本数が少ないこともあり確実に重なりそうだ。
 部活でもするか……。
「最悪……」
 そうとしか、言葉にならなかった。

 前途多難だと思われる高校生活は、まだ始まったばかりだった。