「おめでとう〜♪」
2時間目。
今日も、朝からかったるくって、1時間目はサボった。
授業中だろう。
ドアを開ける俺を出迎えてくれたいやみらしい声。
「…なんだよ…」
なにが楽しいのか、くすくす笑うような、たくらみでもあるような。
そんな表情をクラスの大半が浮かべる。
「拓巳くん、今日から、クラス代表♪」
一人が、大声でそう伝えてくれる。
普段、くん付けなんてしねぇくせに。
「何言ってんの?」
「1時間目に、決まったの」
たしかに、ついこないだまでクラス代表だった奴は、1年の10月にして退学したよ。
1時間目は担任の授業だったよ?
だからって、なんで俺?
「ふざけんなって」
「だってさぁ。先生、早く決めろってウザいし?」
「みんな賛成したし」
「俺はしてねぇっての」
「でもまぁ、こーゆうのって、多数決じゃん?」
はいはい、そうですか。
「…クラス代表っつっても、なんもすることねーよな?」
「そうそう、気楽にいけって」
「じゃ、なんかあったら、お前ら、ちゃんと協力しろよ」
俺が、しょうがなく引き受けるのに大して、周りのみんなは変に拍手でこたえてくれる。
「…ちょっと、静かに…っ」
「先生、授業やってたんだ…?」
俺が、前のドアから入ったせいで、近くにいた先生に、にっこり笑って問い掛ける。
「何、言っ…」
「はいはい、一致団結の場を、先生っつー立場の人が、壊すわけ?」
「今は、授業中だろっ? お前、遅刻しといてなんだその態度は」
「遅刻は関係ねーだろーが。授業料払ってやってんだから、損するのはこっちだっての。別に、損したからって、てめぇに文句は言わねぇから、お前もだまっとけって」
「拓巳、最高♪」
周りからも、賛同の声がかかる。
先生はというと、ついにキレちゃったのか、教科書をまとめ出す。
「…やる気が出たら、職員室まで呼びにくるように…」
そう言ってドアへと向かう。
「ばぁい♪給料ドロボーさん」
俺らは、そう先生を見送った。

「やっぱ、クラス代表は拓巳だろ。1時間目、いてもお前になってたって」
俺にいつもノってくれる友達の一人、悠真が、一番後ろの席から俺に言う。
「深月はどうしたよ」
俺は一番前の窓際の席。そこにかばんを置きながら悠真に聞こえるように、声を大にして言った。

いつも、クラスのリーダー的存在になるのは俺で。
ある意味、姫的存在になるのが、深月だった。
ついでに言うなら、俺の兄貴の元彼だったりもする。
俺以外でクラス代表に選ばれそうなのっつったら、深月なんじゃないかと思ったわけだ。
「もうすぐ来んじゃねぇの?」
さっき、みんな賛成したとか、誰か言ってなかったかって、おい。
まぁ、多数決で勝つくらいの人数は来てるけど。

「おっはよ〜♪」
ねらってんのかってくらいタイミングよく、ドアを開けたのは、当人、深月。
「あれ? 2時間目って、木藤じゃなかったっけ」
さっきまで授業をやってた…かはわかんねぇけど、教室にいた先生が木藤だ。
「俺が、追い払った」
「えーっ、なんでさぁ」
「ウザいからに決まってんだろって。ちょっとしゃべってただけで、今は授業中だとかなんだとかぬかしやがって」
「あはは♪ま、確かにウザめだけど。でも顔いいし」
「顔だけだろっての」

深月は、大きな袋から、小さな袋を出して、俺と逆側…廊下側の一番前から順番に一つずつ配ってく。
1週間に1回はあるな。
調理部の深月は、新作のお菓子だとかは、味見という名の毒見で、俺らに食わせる。
いつも廊下側から配ることもあり、俺の席に来るのは、一番最後だった。

「はい。拓巳〜」
「今日はまともに食えんのかよ」
「ひどいね、いつも食えるだろって」
調理部だけあって、料理の腕は確かだと思う。
まぁ、うまいさ。
だけど、『うまいよ、これ』なぁんて、褒めるタイプじゃねぇしな。
「はい、あ〜ん」
袋から取り出したクッキーだと思われる物を、俺の口元に差し出してくる。
「あ〜んじゃねぇよ。たまには自分で食わせろ」
「あっつぃねぇ、ご両人♪」
悠真の奴、古臭いこと言いやがって。
それにノって、クラスのほかの奴らも、俺らを盛り上げてくる。
「深月ちゃん、口で渡してあげれば?」
楽しそうに、そう声がかかった。
マジですか、おいおい。
「いいコト言うね。拓巳、ちゃんと受け取ってよ♪」
深月は、そうにっこり笑って言ってから、俺の机をどかす。
イスに座ってた俺に、前向きにまたがってから、一口サイズのクッキーを俺の目の前で、口に咥える。

「拓巳くん、激しいの見せてよ」
「深月ちゃんが、喘いじゃうくらいのやつ、よろしく」
周りが、盛り上がって、そう言うのを、なんでもないことのように、深月はそのまま、俺の頭に手を回す。
「…しゃーねぇな…」
今日からクラス代表だし?
俺だって、期待は裏切れねぇわけよ。
深月の頭に手を回して、引き寄せて。
クッキーを咥えたままの深月の口に自分の口を重ねた。
「ん…っ」
小さく声を洩らして、深月は、俺の髪の毛に指先を絡める。
どうやらクッキーの方は俺に全部くれるつもりらしい。
差し出されたクッキーを口の中で砕きながら、飲み込んでいく。
その間、深月とは、唇を重ねるだけ。
食べきった証明みたいに、俺は、深月の口に舌を差し込んでやった。
「っんっ…」
それに応えて、体を俺へと密着させながら、腕を俺の頭に回して深く口を重ねる。
「っはぁっ…ぁっ」
騒いでた周りのやつらが一気に静まる。
舌が、絡まりあう音が、近くのやつには聞こえてるのかもしれない。
何度も重ね直して。
わざと、舌がつながってるところを、外野に見せ付けて。
「ぁっんぅ…」
深月が少し、大きめに声を洩らす。

何度目だろう。
唇を離して、いやらしく舌先だけ絡めあって。
やっと、そっと引き離れる。
唾液の糸が引くのを、見守ってるのは、俺と深月以外にも何人かいただろう。

「よかったよ、お二人さん♪」
悠真が、宴会での掛け声みたいにそう言って、沈黙をやぶる。
それとともに、周りのやつらも、俺らに言葉を送っていた。
俺と、深月も、まんざらでもなく。
それはべつに、キスすることがじゃなくって。
そうやってはやし立てられたりするのがだ。
キスするとかどうとか、そういった意識はしてなかった。
ただ、周りが盛り上がる材料になれれば、俺は楽しくって。
深月もそうだろ。

「うるさいぞ、お前らっ!」
そうドアを開いて入ってきたのは、また別の先生。
「…なんすかねぇ、先生」
俺が、席を立って、先生の前へとかったるいながら、ポケットに手を突っ込んだままで行く。
「お前ら授業は…」
「してるように見えます?」
「だから、どうしてしてないんだ」
「そんなの、木藤先生が授業してくれないからなんすけど? 俺らのせいじゃないっすよ。ねぇ?」
チラっと、クラスメイトの方を見ると、みんな楽しそうに笑いながら、賛同の言葉を飛ばしてくれる。
「俺ら、なんもしてないのに、いきなり出てっちゃって」
「わけわかんねぇよな。理由なら木藤に聞けば?」
みんなが口々に言うと、少し、困った様子で、それでもそれを悟られないようにしてる先生が、かっこ悪すぎる。
「あ、先生、食べます?」
深月が、クッキーの入った袋をご丁寧に、両手で、先生に差し出す。
「何、言ってっ」
「せっかく生徒が、作ってくれてるんだぜ? 受け取ってやれよな」
「そうそう」
どこの先生が授業中にクッキーもらうよ。怒りに来たのになぁ?
だけど、そう言われたら貰わざるえないだろ。
「…いらない…?」
少し、悲しそうな顔で、深月は先生を上目遣いに眺める。
「そういう…わけじゃ…」
「よかった♪」
半ば無理やり、先生の手に袋を渡して、『あとで感想聞かせてください』なんてにっこり笑って言いながら手を振る。
こう言われちゃぁなぁ?
居たたまれなくなった様子で、先生は、教室を出て行く。

こんな状態が、日常茶飯事だった。
3時間目。
11時。
昼前のちょうどいい天気。
俺は屋上に行くと、そのまま、寝転がって空を見上げた。
「拓巳♪」
上から太陽の光をさえぎって、深月が覗き込む。
「あぁ。深月も、昼寝?」
「昼寝にはちょっと早いけどね」
そう言いながら、俺の隣に寝転がる。
「…あのさ…。拓巳にずっと前から言いたいこと、あったんだ」
少しだけ、いつも、みんなの前でいるときとは、違ったテンションで、そうつぶやいた。
少し隣を見て伺うが、深月は俺を見る様子もなく、上を見上げていた。
「なに…」
俺もまた、上を見上げた。
「…拓巳は、盛り上げるためにしてるんだよね」
「…なにを」
「俺と、キスとかさ…」
行き成り聞かれて、少しあっけにとられる。
「そうだろ」
なにも考えずに、ほぼ反射的にそう答えていた。
「そっか」
そう言った声が、なんだか無償に、『残念』ぽくって、言った後で、ものすごく胃のあたりが重くなる感覚。
「…なんだよ。お前は、違うとか言うわけ?」
「うぅん。俺も、そうだけど」
そうは言うくせに、横を向いた深月は、俺の腕にしがみついた。
「なんだよ」
「盛り上げるっていう、理由がないと…出来ないから…だから、そういう理由でしてるんだ…」
「…じゃぁ、ホントは、どういう理由でしたいわけ…?」
あまり自分で考えるのは嫌だから。
たとえば、ネガティブに考えすぎたり、うぬぼれたりしそうで。
それより、聞いた方が早くて確実だから。
上を向いたまま聞く。
「…好きだから…したい…」
切羽詰ったような声。
俺の腕にしがみ付いたまま、俺を見ずに答える。
「…理由なんて、自分で決めればいいだろ」
「駄目だよ。じゃぁ、拓巳は、好きだからって理由で俺がいきなり教室でキスしだしてもいいわけ?」
盛り上がるから。
盛り上げられて。
期待に答えて、キスをして。
「教室は、やばいだろ…」
「じゃ…今…。好きだから、していい…?」
「なんで、俺に聞くわけ?」
「そりゃ、一方的に、俺が好きだからってすることも出来るけどっ。あえてしていいか聞いてるんだよ。…したいよ…」
言いたいことはわかる。
俺に言ってほしいんだろうなってのもわかる。
あえて、焦らしたりしたくなっただけ。
俺だって、もっともっと、深月の口から、いろんな気持ちとか聞きたいから?
でも、あまりにも、苦しそうな声を出すもんだから、俺の方もそうそう苛めてられなくなる。
それ以前に。
俺は、言っていいのか…?
兄貴の元彼に。
「…すれば…? 深月がしたいなら」
わからなくって、そっけなくそう答えてしまっていた。
「……拓巳は絶対受け身系なんだ…。わからないよ。してもいいって言われても、わかんないよ」
「いいっつったらいいんだよ…」
深月は、俺の上にのっかると、上から俺を見下ろす。
「…うん…」
深月は、上からそっと口をつける。
「ん…っ」
し慣れたはずのキスが、いつもと違う風に感じるのは当たり前だろう。
いつもと違って回りに人がいなくて。
二人きりで。
妙な緊張感が漂う。
「んっ…」
差し込まれた舌を吸い上げてやって。
後ろからシャツの中に手を入れる。
「んぅっ…んっ」
背中を撫でてやって。
舌先から唾液が伝う。
口元を離して、俺の方を、少し照れた表情で見下ろした。
「…拓巳…しちゃうよ…? 最後まで…。応えてくれる?」
「あぁ」
あぁ…なんて、軽く答えていいのかよ。
「裏切らない?」
「うん」
うん…って…?
そんな保障あるのかって。
答えるのとは裏腹に、気持ちがあせる。

深月は、俺にすがりつくようにして、首筋に口付けた。
「拓巳…好き…」
軽く舐めあげて。
俺のシャツのボタンを外していく。
俺だって好きだけど。
舌先で、胸の突起を舐めながら、少し腰を動かして、ズボン越しに俺のモノに自分のモノを擦り付けるみたいにする。
「…深月、やらしー…」
「んっ…やらしぃよ…俺は…。してよ…拓巳…」
俺は、その言葉に従って、逆に深月を押し倒す。
「あ…拓巳…」
「されたいんだろ…」
「うん…」
「じゃ、立ちなって」
深月をたたせて、手すりを掴ませる。
「…拓巳…。運動場が見える」
「あぁ。見られるかもな」
腰を引き寄せて、後ろからズボンを脱がせると、深月は、自分から足を片方引き抜いて、大きく広げた。
「拓巳……」
俺も手すりに腕を乗せ、深月を見ながら、そっと後ろの秘部を、舌で濡らした指で撫で上げる。
「っはぁっ…ぁっ…」
「腰寄ってるっての。やらしぃな」
「拓巳だって…。焦らさないでよ」
軽く笑いながら、そう言う深月の耳を軽く舐め上げて、ゆっくりと、指を中へと押し込んだ。
「っンぅんっ…はぁっ…」
「お前、犯すと、みんなにシバかれそう」
深月は、姫だから。
もうたくさん経験してるのはわかるけど。
「拓巳は…みんなから、愛されてるよ」
「ま、俺ら、すでに名物だもんな」
いつも。
俺ら、絡んでるし。
「ね…もっと入れて…」
「…兄貴とも…こういうこと、してたんだろ…」
深月に誘われて。
不意によぎったのが兄貴のことだった。
「…してたよ。付き合ってたからね…」
そう。
つい半年前。
中学3年生のころ、深月は、俺の兄貴と付き合ってて。
どうして別れたかとか、いつ別れたか、ちゃんとしたことは知らねぇけど。
「俺って、兄貴の変わりだったりするわけ?」
別に、気にしてない…そんなノリで聞いてみる。
本当は、気になってることだけど。
「…拓巳って…やっぱり、拓耶と似てる」
少し笑って、俺の兄貴の名前を出す。
「だけど…別に拓耶の変わりってわけじゃないよ…。俺ら、別れた理由ね…。拓巳のせいもあるんだよ」
思いがけない言葉。
「…俺…?」
「結局は俺なんだけど。俺は、拓耶の友達のさ、陸っていたじゃん…? 拓耶って、俺といるより陸といる時間の方が大事にしてるみたいで。それも俺のせいかもしんないんだけど、俺、陸にも少し嫉妬してたし。拓耶も拓巳に嫉妬してたんだよ。うまくいかなくなったってのかな…。俺…ホントはさ…」
少し、気まずいような声を出す。
続きがなかなか言い出せないようだった。
にしても、兄貴が陸といる時間の方を大事にしてたのが、深月のせいって…?
やっぱ、兄貴とうまくいってなかったから?
だから、兄貴も、友達との方に気持ちが向くわけで。
で…。ホントはなんなんだ。
「俺が兄貴と似てるから、好きとか言うわけ?」
「違うっ…。拓巳が好きなんだよ。ね…早くしてよ…」
俺は、なんだか腑に落ちないまま、差し込んだ指先で中を探った。
「っんっぁっ…はぁんっ…拓巳ぃ…」
「…兄貴のこと、忘れたわけじゃねぇんだろ…?」
「っぁっんっ…なっに…っ」
忘れたって言われても、うれしくねぇけど。
俺だって、一応、自分の兄が悪く言われるのは嫌だし。
まぁ悪くってわけじゃねぇけど?
そうあっさり兄貴のこと忘れてほしくない。
「拓巳が…っ…好きっ…もぉ、いいじゃんかぁっ」
理由とか理屈とかいいわけとか。
そういうのはどうでもいいって?
「…まぁ、いっか」
「っ…拓巳のそういうきっぱりしたとこ…すごく好き」
考えれば考えるほど、悩みこむのはわかってる。
結局、好きあってりゃいいじゃんってか。
俺は、深月が好きで。
深月も俺を好きでいてくれて。
……それでいいのかよ…。

指を引き抜いて、すでに硬くなってしまっている自分のモノを押し当てる。
「っ拓巳…っ…」
「間違っても、兄貴の名前呼ぶんじゃねぇぞ…」
「呼ばないよ…。逆…だもん…」
泣きそう…もしかしたら、泣いてる…?
「逆…?」
俺が聞き返しても、なにも答えてくれなくて。
ただ、腰を俺へと寄せる。
「っ早くっ…もぉ…」
体だけじゃなくって、精神が、おかしくなってるような深月の中へと、自分のモノを押し入れていく。
「っっぁあっ…拓…っ」
なんちゅー受け入れやすい体してんだか。
別にゆるいってわけじゃねぇけど。
兄貴に嫉妬してるんだろうか。
怒りはこないけど、少し、残念っつーか。そんな感じ。
「兄貴とさ…やっぱ、重なるだろ…」
そう聞いてやる。
重ならないはずがない。
俺と兄貴はそっくりで。
先生もよく俺らを間違えていた。
俺はそれが嫌で、中学時代はあまり学校に行かなかったし、よくサボってて。
俺は、どちらかといえば、先生には嫌われるタイプだった。
兄貴は逆。
まじめってわけでもないのに、先生からは好かれるタイプだった。
「っ…もっ…ぃいっ…拓巳…っ」
答えには、なってなくって。
俺も、別にしつこく聞くつもりはないから、何も言えず、奥まで刺し込んだモノで、軽く内壁をこすり上げた。
「っはぁっ…ぁっあっ…」
兄貴がどうかは知らないけど。
こういうのも、似てたりするんだろうか。
深月なら知ってる…?
だけど、そこまで聞いたら、さすがに、深月がかわいそうっつーか。
聞きたいんだけど、答えられないって、困るだろうなって。

でも、言われなくてもわかってる。
どうせ、似てるんだよ。
「深月…」
「っぁっあぁんっ…拓巳ぃっ…もっとっ…ぁっあっ」
そういう風に、兄貴の名前も呼んだりしたんだろ…?
あぁ。
俺って、すっげぇネガティブ。
つーか、これは、事実だろう?

俺は、兄貴には適わないって思ってて。
ずっと、そうだから。
なにもかも、兄貴の方が上で。
逆に、そんな兄貴が、俺は好きでもあった。
自慢の兄貴だったから。
兄貴にだったら、別にいいって思った。
だからだろうな。
深月のこと好きだって、きっとずっと前から思ってたけど、無意識のうちに、そんな気持ち、殺していた。
だって、兄貴の彼女だから。
兄貴が、深月のこと好きなのも、わかってたから、俺は、兄貴に譲ってたんだ。

それが今、こうやって、俺がやっちゃっていいのかよ。
兄貴のこと、裏切るみたいで。
だけれど、体が嘘つけないっつーか、もう駄目で。
「っぁっ…拓巳っ…あっ…ぃいっ…」
俺の名前を呼んでくれる声に、ひどく反応してしまう。
「深月…」
好きだよ、すごく好きなんだ。
だけれど、言えるかよ。
兄貴…。

兄貴と深月はもう別れてるから、いいんだろうけど。
だけど、だからって『待ってました』みたいに、俺が貰っていいわけ?

お下がりみたいなのも嫌だけど。
それよりも、兄貴が好きだから。
好きになっちゃ、いけない相手なんだろうなって思うわけだ。
「っ深月…俺っ…」
「っゃっ…あっ…やめな…でっ…」
なんでもない行為だろ、そうだろ…?
そう自分に言い聞かせる。
なんで、俺、こんなとこだけ真面目なんだよ。
なんでもないから、いいだろ…?

深月が好きだから、いまさらながら兄貴に嫉妬だってするし。
深月が俺を好きだと言ってくれるのだって、兄貴の変わりなんじゃないかって疑う。

気持ちはこんなに迷ってるのに、それとは裏腹に、体の方は、勝手に気持ちよくなっていく。
逆に、やってる最中だからこそ、考えがまとまらないのかもしれないけど。
「っ拓巳ぃっ…もっ…イくっ…ぁんんっ…あっあぁああっ」
ご丁寧に予告してくれて、深月が欲望を吐き出す。
俺もまた深月に続いて、出してしまい、感情と一致しない体に、変に罪悪感みたいなものを感じた。



「…拓巳…。俺のこと、嫌いなんだ…?」
しばらくして。
深月は、俺も見ずに、落ち着いた口調でそう聞いた。
「…なんで…?」
「だって…好きな人とやれたらさ、もっと、うれしかったりするもんでしょ…?」
俺が今、うれしそうじゃないから…?
「…悪ぃな…。頭が、まだ混乱中」
「どう混乱してるのさ」
「…おまえが好きなのって、俺なわけ…? 別に兄貴が好きなら好きで、そう言ってくれて構わねぇんだけど」
兄貴のことは、俺もやっぱ好きだから。
頭のいい学校の寮で暮らしている兄貴とはほとんど会う機会はない。
それに、さっき言ってた友達の陸。あいつとどうやら付き合うことになったらしい。
近くにいる俺が、兄貴の代わりにされても、しょうがないわけだから。

「違う…んだ…」
また、深月はそう言って。
少し申し訳なさそうに俺を見た。
「…3年前…拓耶に告白されたときね…俺は、ちゃんと断ったんだよ。拓巳が好きだからって」
思ってもいない初めて知った事実に、耳を疑う。
「…は…?」
つい聞き返す俺に、少しだけ笑ってからまた、言葉を続けた。
「…でも、拓巳って、全然、俺のこと見てくれないし、学校来ないし。そんな俺を見てさ、また拓耶が慰めてくれるみたいに、優しいこと言ってくれたりで。別に、気持ちを自分に向けたいだとか下心があるわけじゃないんだろうね。拓耶は、心からさ、俺のこと、応援してくれたんだ」
「…で、兄貴のこと、好きになったんだ…? で、付き合ったんだ?」
「…そりゃぁ、優しいし、嫌いじゃないし。どっちかって言われたら好きだよ。付き合ったのは…形だけな気がするんだ。俺が拓巳が好きなのに変わりはなくて。拓耶もね、それがわかってて、だけれど、俺のこと、相手してくれたんだ…」
まだ、頭が混乱中。
意味、わかんねぇ。
「…なんで、兄貴と付き合ったのか、いまいちわかんねぇんだけど」
「だって…っ…拓巳が俺のこと相手してくれないからっ」
俺が、相手しないのは、兄貴が深月のこと好きで。
そんなん知っちゃってたら、お前と仲良くなんて出来ねぇだろ…。
それでも今、高校生になって、兄貴と離れ離れになるとつい、忘れがちで、仲良くなっちまってたけど。
だけど、友達としてで、一線、引いてたはず。
「…だと…なんで、兄貴なんだよ。好きじゃ…なかったんだろ…」
俺に似てるから、重なる部分は、たくさんあるのかもしれないけど。
俺に似てたから…?
「…拓耶が…俺を見て…『俺じゃ、拓巳の代わりになれないか』って…言うもんだから…」
兄貴が…そんなこと言ったんだ…?
どうせなら、俺に深月の気持ちを教えてくれればいいものを。
だけど、どうせ言われても、俺は兄貴のこと考えちまって、深月と付き合うことなんて出来なかっただろう。
兄貴も、そこまで考えてたと思う。
「…ねぇ…拓巳…。ずっと前から、好きだったんだよ…」
兄貴…。
兄貴って、俺のこと、すごく評価してくれた…?
俺、さっき、兄貴の代わりなんじゃないかとか、散々思ってたけど、俺なんかじゃ、兄貴の代わりにもなんねぇよな。
何思ってたんだろ…。

兄貴は、陸が好きで。
うまくいってる…?
兄貴だって、深月が、俺と付き合うのを望んでたりするよな…?
「…俺も…好きだよ…」
ずっと前から、好きだった。
やっと言えた一言で。
ずっと言いたかったというよりは、ずっと気づけなかった。
気づかないようにしていたんだ。
「ホントなの…?」
兄貴…いい…?
俺の代わりになれるかって言い切って付き合ってたんだ。
俺自身が、深月と付き合って、残念がるようなタイプじゃない。
きっと兄貴なら、よかったって思ってくれるはずで。
「…ホント…」
頭の整理をつけて、素直に自分の気持ちを言葉にした。
「ずっと前から、好きだった」