なんとなく勘が働くときってある。
移動教室の帰り。
自分のクラスの方へと戻る途中、やらた俺を見る少しガラの悪い生徒たち。
あぁ。
生徒会の人たちか?
偶然なんだけど、移動教室から自分のクラスまでへと向かう方向が、ちょうど生徒会室と同じ方向だから?
ほら。
やっぱり、途中で止められる。
「お前、どこ行くの?」
自分の教室ですけど。
あえて試してみたくなる。
「…生徒会室ですけど?」
そう言う俺の腕を掴んで
「いま、出入り禁止だから」
そう言うそいつを振りほどき、俺は生徒会室へと向かう。
もちろん追いかけられるし?
喧嘩を吹っかけてくる奴もいた。
そいつらを蹴り飛ばしつつ。
まぁ、自己防衛ですから、俺は悪くないなんて思いつつ。
「会長の邪魔すんなよっ」
そう声が響くもんだから深雪先輩が関係ありそうで。
初めは単なる好奇心だったけど、ほっとけないでしょう。
生徒会室まであと少し。
少しかわいらしく見える生徒がこっちを見てにっこり笑う。
「樋口智巳くんでしょ」
そう言い当てられ、足を止める。
「…そうですけど」
たぶん先輩だろうと、敬語で答え、様子を伺う。
「君さ。桐生くんに手、出しちゃったんだってね」
なんで知ってるんだろうって。
思ったが表情には出していないつもりだった。
それなのに、
「昨日、プールサイドでの2人を見た人がいるんです」
そう教えてくれる。
あぁ。
そういえば、昨日。
プールサイドで深雪先輩に手を出していたときに、誰かに覗かれてたっけ。
「気づいてましたよ。誰かまではわからなかったんですけど。でも、深雪先輩がせがんで来たんで止めなかったんです」
「桐生くんってね。生徒会長のお気に入りなの。だから、みんな生徒会長が言うように桐生くんのことを名前で呼ぶやつもいなかったし。生徒会の人が、見張ってる。下手に手を出すと、生徒会を敵に回す事になるけど?」
この学校で生徒会というのもがどれくらいの強さのものかはわからなかった。
「望むところですよ」
「ここに来るまでにいた人たちは、倒してきたの?」
「まぁ…そうですね」
そのかわいらしい先輩だと思われる人は、企むような笑みを見せる。
「…じゃあ…協力してくれません…? してくれるのなら、とりあえず、ココは無傷で通してあげます」
そう話を持ちかけられた。
無傷でって。
この人がそんなに強いとは思えないけれど。
「生徒会の人じゃないんですか? 俺の敵に回るんじゃ…?」
「こっちだって、相手は選びますよ。会長だって、馬鹿じゃない。権力で桐生くんが手に入ると思ってるわけでもないし。ただ変な虫が付けば、痛めつけるってだけです。
その点、あなたを変な虫だとは思わない。というか、喧嘩じゃ歯がたたなそうですからね。
意外にもあなたは強いようですから。
僕もね。水泳部に一人、協力してくれる子が欲しかったんです」
「水泳部に…ですか」
「その事情は後で話します。いまのあなたは桐生くんのことで気が気じゃないようですし?」
まぁその通りだ。
「…行っていいですか?」
「はい。僕の名前は良介です。会長に、僕に協力して欲しいって言われたと伝えてもらえますか?」
「わかりました」
生徒会室には、やはりというかなんというか。
会長に襲われてる深雪先輩。
「すいません、深雪先輩、返してくれますか?」
「お前か…。1年で生意気なやつ」
「そうですか? あ、あんたが差し向けた人たち。そこら辺で寝転がってるんで」
「じゃあ、割と腕は立つわけか」
さっきの良介先輩と同じく、関心してくれて。
ついでに良介先輩の言葉を思い出す。
「そういえば、良介先輩に、協力して欲しいって言われました」
会長は、俺をジっと見て。
「良介さんが?」
もう一度、確認するように俺に聞く。
さん付け?
「…さっき、そこで会って。水泳部に一人、協力者が欲しいって」
「なるほどね」
理由がわかったのか、軽く笑って。
「…まぁお前、強いみたいだし。あまり敵に回してもいいことないんだろうな」
そう言ってくれるのは、良介先輩の効果もあるのだろう。
「…桐生のこと、どうして名前で呼ぶんだ?」
「…中学時代からの知り合いだからです」
知り合いではない。
俺が一方的に知っているだけだ。
ただ、こう言った方が、無駄な争いは避けられると思った。
「俺一人じゃこの人を抑えられません。でも、会長一人でも難しいと思うんですよ。 一緒にどうですか?」
このまま、この会長から深雪先輩だけを奪って逃げるのはたぶん無理だと思う。
だけれど、置いて帰るわけにもいかないし。
見過ごすわけにもいかない。
会長一人じゃ難しいだなんて、本当は思っていなかった。
たぶん、深雪先輩は相手をしてしまうだろう。
だからこそ、俺はこの場から離れられなかった。
俺の意見に賛成してくれて。
この二人、したことないんだなぁと思った。
前にもしてたんなら、この人、俺を追い出して一人でやっただろ?
一人じゃ難しいんだって、思い込んでくれた?
俺らは2人で、深雪先輩とした。
ただ、このとき出された条件。
というか、こっちから吹っかけたんだけど。
「深雪先輩の後ろは俺が戴きたいんですけど」
会長は、そう言う俺をジっと見て。
「それを君に譲って、俺になにか見返りはあるのか?」
そう聞くもんだから。
「……なにがイイですか。代わりに俺が、相手しましょうか」
たぶん、それくらいでないと、この人の心が動くことはないだろうなと思った。
「…まぁ、それでもいいけど。あんまり気が進まないな。でも、君が自分の体を犠牲にしてもいいとまで思える気持ちは、わかったよ。別のヤツに相手させよう」
別のヤツ…ね。
「…いいですよ」
そう答えた。
『約束だから』という言葉を交わし、その日は生徒会室を後にした。
数日後。
俺のところへ来てくれたのは、良介先輩。
「少しお話したいんですけど」
協力して欲しいと言っていたやつのことだろう。
「なんですか?」
「実はですね。桐生くんに悪い虫がつかないように、いろんな役員が監視してるんですけど、部活中は、部長の悟が見てくれてるんですよ」
悟先輩が…。
こないだ、俺が深雪先輩に手を出したのを見てたのも悟先輩か。
「…そこでですね。樋口くんには、逆に悟の監視をして欲しいんですよ」
「…悟先輩の?」
「えぇ。桐生くんに手を出さないか。…もちろん他の部員にもですけど」
「深雪先輩はともかく、他の部員にだったら、いいんじゃないですか」
そう言うと、良介先輩は軽く笑ってみせる。
「桐生くんが襲われないように見てるんじゃありません。悟が、誰かを襲わないように見て欲しいんです。……僕、悟の彼氏ですから」
悟先輩の彼氏…。
このかわいい先輩が?
でもそういうことなら納得だ。
「わかりました」
「はい。ありがとうございます。それとですね。宮原くんが呼んでます」
宮原くん…?
「…俺、その人知らないんですけど」
「うん? 副会長だよ。生徒会室にいると思うけど」
…会長が言っていた、誰かとやるってやつだろうか。
「じゃあ、僕が引き合わせましょう」
少し上機嫌な様子で、俺と一緒に生徒会室へ向かう良介先輩はなんだかかわいらしかった。
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