「なんで約束破ってるんやん…?」
「んー…我慢出来なくなった…って、そんな理由じゃ駄目…?」
 優斗の部屋に行って、どうでもない話がちょうど途切れたときだった。
 そう切り出す優斗の言ってる意味ってのはすぐわかった。
 優斗の弟、啓吾のことだ。
「…じゃぁ、総一郎にやるなって言う約束した俺の方が馬鹿だった?」
「馬鹿ではないよ。我慢できなかった俺が馬鹿なんだろ…。ほら、すごく体とか好きなんだよね。誘われたらもうさ…」
 向こうに誘ってるつもりはないのかもしれないけれど。
 色っぽくって。
「無理やりやったわけじゃないから…さぁ…。一応、合意の上」
 優斗は、しょうがない…みたいにため息をついた。
「優斗がやらせてくれないし」
「だと啓でやるわけ?」
 この兄弟、なにかと似てるから。
「別に優斗の代わりってわけじゃないけど。そういう風に言ったら、啓吾くん、怒るだろうしね」
「馬鹿…」
 なにに対して馬鹿なのか。
 俺に対して、すべて…?
「…俺は、やらせないよ…」
「わかってるって」
 ベッドの上。
 俺の横に座り込んだ優斗は横から身を乗り出し、甘えるように俺に抱きついた。
「総一郎…。なんか、うまくいかない」
そっと顔を上げた優斗は俺の口に自分の口を重ねた。
優斗の舌が入り込んできて、俺の舌に絡まる。
俺はされるがままに、しばらく舌を絡ませていたが、優斗の手が俺の股間に触れるもんだから、そっと体を押して引き剥がした。
「…ん…総一郎…」
「相手が違うだろ…?」
「誘われると…我慢出来なくなりそう…?」
少しだけからかうようにそう言われた。
「ん…そうなるからやめな」
 優斗は少し笑いながら『わかった』と頷いて、ベッドに寝転がった。
「…啓は…誘うわけ…?」
 こんな風にあからさまに誘ったりするわけじゃない。
 それでも、手を出したくなるオーラを出しているというか、そんな感じ。
「…よく…わかんないけどさ…。かわいいから」
「はぐらかすなや…。まぁいいけど。啓がやりたがるならやってもかまわないよ、そりゃ。そこまで干渉とかしないけど…。弱いから…あんまいじめんといてな…」



 そんな話をしてから2日ほどたった。
 保健室で休んでいたらちょうど啓吾くんが来て
「運命っぽいね。巡り会い」
 そう言う俺に、
「偶然…でしょ…」
 そう言って、啓吾くんはベッドに寝転がった。

 保健の柊先生は今いないから、俺は気兼ねなく啓吾くんのベッドの方に行く。
 もっとも柊先生がいたところであまり気は使わなかったが。
 
 仰向けに寝転がる啓吾くんの髪をかき上げてやると、そっと目を開けて、少しだけまぶしそうに俺を見た。
 それがなにやらすごくかわいくて。
 そっと口を重ねた。
「ん…っ…」
 シャツの中に手を忍ばせて、直に肌を撫でてやると、それだけで少し体を捩じらせる。
 差し込んだ舌先を、軽く吸い上げられ、俺の指が胸の突起を掠めるたびに過剰に体を震わせて。
 こんな風にされたら、我慢なんてできないだろ…?
「…あいかわらず…だね…」
 口を離して耳もとでそう言うと、啓吾くんは軽く笑って、俺の手に自分の手を重ねた。
「先輩の彼女って、どんな人…?」
 なにを思ったのか不意にそんなことを言った。
「…気になる…?」
「少しだけ」
 啓吾くんはなんでもないみたいにそう答えて、天井をただボーっと見つめていた。
「…かわいいよ…。純粋で、俺の言うことはなんでも聞いてくれるし、自分からしてくれたりもするし…。責任感が強くって、お人よしで…俺のことを、すごく好きでいてくれる」
のろけてるって思う…?
 少しくらいは嫉妬とかしてくれるんだろうか。
 啓吾くんはというと、天井を見上げたままで。
 表情ひとつ変えないもんだから、少しだけつまらなく思ったときだった。
 少しだけ、目が潤んだように見えるのは、見間違えなんかじゃないんだろう。
「…啓吾くん…?」
「…別に、先輩が彼女をかわいがるから嫌だとか、そんなんじゃないんで」
 涙の理由を俺に誤解させないようにか、そうとだけ言った。
「…聞いたら…駄目…?」
 肌を弄っていた手でズボン越しに股間のものに触れてやると、そっと目を瞑り顔を横に向けた。
「…ん…別に…大したことじゃ…」
「じゃぁ、教えて」
 片手でズボンのチャックを下ろし、啓吾くんのモノを取り出して、直にそっとこすり上げた。
「…ぁ…ん…ただ…俺は、彼女とうまくいってないから…」
「…そう…」
どのくらいうまくいってないのかなんてわからないし。
 その状況まで聞いていいものなのかもわからない。
 ただ、俺が、それを思い出させるきっかけを作ってしまったのかもしれなくて。
 それは目を潤ませるほどのことで。
 聞いたのは啓吾くんの方だけど、なにも考えずに、彼女の話をしたことを後悔した。

「…啓吾くんの彼女がうらやましいな…。こんなに啓吾くんに想われて。涙の理由が、啓吾くんの彼女だなんて…少し…俺としては残念」
「…残念…?」
「そう…。俺のことで、悩んだりはしてくれないんだろ…?」
「…悩んでほしいわけ…?」
「…というか…俺のこと、考えて欲しいなって」
 啓吾くんは、軽く笑って、自分でシャツのボタンをそっと外した。
「…少しは考えますよ…。先輩のことも」
「少し…?」
「…でも気楽な関係だからこそ、イイんだろ…? 悩んだりしたら、愛もないのにさ…俺らが会ってる意味とかわかんねぇ」
つまりなに…?
なにも考えずに気楽にやれる関係だからこそ、俺らは楽しめて。
悩むんだったら、お互い彼女がいるんだから、わざわざ会う必要性ってのはなくなるって…?
「…そっか…。じゃぁ、逆。俺が、啓吾くんの悩みを解消してあげるとか」
 予想外だったのか、少しきょとんとした表情を見せて首をかしげた。
 ゆるゆると擦りあげるだけだった手の動きを、少しだけ早めて愛撫してやると、その表情を歪ませて、俺から顔を逸らした。
「んぅ…っ」
「…啓吾くんのためにさ…出来ることってないかな…」
「ンっ…ぁっ…な…」
 ない…って言おうとした…?
「俺に…何が出来るんだろ」
「はぁっっ…ん…出来な…だろ…。セックスしか…」
 感情もなくそう言われると、やはり少しは俺だって傷つく。
「…出来ないね…。そんくらいしか」
 あえて、そう言った。
「…そう思ってるんだろ…? 俺が…」
 いやみで言い返そうとした。
 俺が啓吾くんに出来ることは、欲求不満の解消だけで。
 どんだけ悩んでても、なにも助けることなんて出来ないんだろって。

 それなのに。
 なぜか、言いとどまった。
 
 いやみなんかじゃなくって。本当にそれしか出来てないと思ったら、なんとなく言えなくなっていた。
「…否定しろって…」
 そう言われて、やっと、少しだけ安心できた。
 啓吾くんの方もわざとそういう聞き方をしたんであって、本心からそう言ったわけじゃないって。
「出来るもんならしたいけどね」
 わからなかった。
 何ができるのかなんて。
「何が出来るんだろう…」
 つい、一人で呟いていた。
「…出来ることをすればいいんじゃねぇの…」
 そう言って啓吾くんは、膝を軽く立てる。
「出来ること…ね」
 それがさっき言ったことを指しているのだろうというのはわかった。
 それで、何が解決するのかとかはまったくわからないけれど。
 ズボンに手をかけ、そっと剥ぎ取っていく。
 シャツだけを残して脱ぎさった姿は、とてつもなく色っぽくて。
 少しだるそうに髪をかきあげるしぐさでさえ、見入ってしまうほどのものだった。



「…出来ることが、必ずしもしていいってわけじゃないんだよね…」
 なにも深く考えず、そう口走っていた。
 それを聞いてなのか、啓吾くんは、ゆっくりと体を起こして、俺を見る。
「いまさら罪悪感とか感じ出したわけ…?」
 彼女に対して…?
 それよりももっと別の理由。
 
 顎を指先で軽くなでてやると、顔をこっちに寄せてくれる。
 そのまま、口を重ねても。
 体は熱くなるのになぜかせつなくて。
 背中に手を回して引き寄せると、啓吾くんは俺の体をまたぐようにして、身を寄せた。
「…ん…何考えてるんやん…。イライラする…」
 俺が、ついいろいろ考えて、何もしないでいるからか、小さめの声でそう言った。
「あぁ、ごめん、つい…」
「ただやってりゃいいやんか…」
「…それで啓吾くんはいい…?」
「いい…」
 そう言うと、啓吾くんは自分の指を舐めて濡らそうとするもんだから、俺はその手を取って、止めさせる。
「…な…に…」
「後ろ向いてよ…」
 なんで…と言いたそうではあったが、何も言わずに俺に背を向ける。
「ね…そのまま四つん這いになって」
 頼むように言ってみると、啓吾くんは少し笑ってそれに従った。
 双丘を割り開き、そっと舌で濡らしていく。
「っひっあっ」
 指でも入れられると思ったのか、過剰な反応を見せる啓吾くんにますますなにか掻き立てられるものがある。
 舌先を尖らせ中へ差し込んでやると、耐えられないのか、啓吾くんの肘が折れ、シーツにオデコを付けるような格好になり、まるで腰だけを高々と上げているようだった。
「んぅっ…ぁくっ…ぁっあっっやっ」
 奥まで届かない刺激が物足りないのか、自然と啓吾くんの腰がこちらに寄る。
 俺は、口を離して、自分の指を舐め上げ濡らすと、啓吾くんの中へとそっと押し入れた。
「あっ…あくっぅンっ…せんぱ…ぁっっ」
「気持ちいい?」
「んっ…ぁんんっ…やぅっ…奥っ」
 すごくかわいいと思った。
 啓吾くんは、俺のこと、少しは好きでいてくれてるんじゃないかと思ってた。
 そりゃあ嫌われてはいないと思う。
 どっちかしか選択がないのならば、嫌いよりは好きを選んでくれるだろう。
 だけれど、彼女のことで悩まれて。
 俺といるときぐらい、忘れていてくれればいいのに。
 いつのまにか、嫉妬していた。
「っやっん…やっ……っ」
 つい、考え込んでいて、行為に専念出来ないでいると、啓吾くんは我慢できないみたいに、腰を寄せる。
「優斗の言うこと…ちゃんと聞いておけばよかった」
「…っん…っあっ…」
 どういう意味かと問いたげに、顔をあげ振り返った。
「彼女って存在が肩書きだけみたいになってきてるんだよね。啓吾くんのことばかり考えてる」
 指を増やして中を掻き回すと、ビクンと大きく震え上がって体を仰け反らせる。
 俺の動きで感じてくれるのを、なんだかものすごく嬉しく思った。
「ぁあっあっ…くっんっ…やぅっ」
「だけど、啓吾くんにとっては、ただやるだけの相手なわけなんだろ…」
「っな…ぁっあっ……もぉっ…いい…っ」
 いいというのは、指でもう慣らしてくれなくてもかまわないということだろう。
 そっと引き抜くと、啓吾くんは、体をこちらにむき直した。
「俺だって…先輩のこと考えたりしますよ…」
 啓吾くんは、俺のズボンのチャックを下ろし、俺のを手にとって擦り上げる。
「確かに俺には彼女がいるし、そいつが好きだけど…。先輩が俺を相手にするみたいに、いろんな奴とやったりするのは、嫌だって思う」
 また、やられる側とやる側じゃ、違ったりするんだろうな。
「それは…好きとは違うわけ…?」
「…違うんだと思う」
 理解できないこともない。俺もたぶん、それに近い。
 次第に硬さを増す俺のから手を離すと、啓吾くんは体を寄せる。
 俺の背中に手を回し、ゆっくりと腰をおろしながら、自分から俺のを飲み込んでいこうとするもんだから、それを手伝うように双丘に手を這わした。
「っくっ…ンぅ…」
 全部入り込んでしまうと、一息つけるかのように、そっと口を重ねあった。
「先輩…。俺…わがままなんすよ…。ほかのやつらと同じに見られたくない…」
「同じだなんて思ってないよ」
 啓吾くんは軽く笑うと、俺の肩に手をかけて、体を上下に揺らす。
「っあぁあっ…やんっ…あっ…あっ」
 内壁で擦り上げられて、声が漏れそうなくらいで。
 それより、耳元で漏らす啓吾くんの声がまた色っぽくって、たまらなくて。
 俺も啓吾くんの体を支えながら下から突き上げるように揺さぶった。
「はぁっあっ…もっとっ…んぅっ…ぁンっあっ」
 啓吾くんは、彼女相手のときは、男側だから、俺とやるのとはまたまったく違うのかもしれない。
 だけど、俺はそうじゃなくって。
 どっちにしても、男役だから、啓吾くんを特別視すると、本当に彼女の存在があやうくなる気がした。
「あっ…んっぁっ…そこっあっ…ぁあっ」
 啓吾くんの手に力が入り、俺の体に爪を立てる。
「ひぅっンっ…ぁあっあっ…ぃくっンっぁっ…中にっ」
 何度も突き上げられる感覚にか、啓吾くんは涙を流しながらそう訴える。
「ん…中ね…出すよ…」
「あっ…ぅんんっ…来…ってっあっ…出っ…やぁっあぁああっっ」
 体を大きく震わせて欲望を放つ啓吾くんを抱きしめ深くつながったままで、俺は啓吾くんの中へとソレを放っていた。
   

 しばらく、啓吾くんは俺に抱きついたまま、動けずにいた。
「…先輩…。彼女と…うまくいってますか…?」
 不意にそんなことを聞いてくるもんだから、即答せずに、少し考え込んだ。
「…客観的に見ると、うまくいってるんだと思う」
「なにそれ…」
「啓吾くんが気になるから」
 外から見たらうまくいってるように見えても、精神的には混乱していた。
 彼女一筋…って胸をはって言えないんだろう。
「俺は、先輩が好きだとかじゃなくって…でも、先輩が彼女をかわいがる姿は好きじゃなくって…。ただ負けず嫌いなだけかもしれないんすけどね」
 少し楽しそうに笑って言った。
 負けず嫌い。
「それでも、嫉妬してくれてるわけなんだろ…?」
 照れ隠しかわからないけれど、『さぁ?』とだけ答えてくれた。
「そういうのって、嬉しい…」
 そう言うと、少し、難しい顔をして俺を見た。
「…そろそろほっといてくれないと…」
「…ほっとく…?」
「どうせあんたは、彼女の元に帰るんやん…? だったらそうやって…」
 苦しそうな表情をして。
 俺にそれを見せないようにか、顔を背ける。
「…優しく…すんな」
 仲良くなればなるほど、別れがつらくなるって…?
「帰らないって言ったらどうする…? ずっと…啓吾くんの傍にいるって言ったら…」
 そっと、啓吾くんの髪に指を絡めながら、そう聞いた。
「…心にもないこと、言わんといてや」
「心にもないことは言わないよ」
「彼女捨ててあんたが来ても、そんなんいつ俺も彼女みたいに捨てられるかわからんやんか」
「それが不安だから、受け入れてくれないわけ?」
「…違う…。無理…。俺が頼めば先輩は彼女と別れてくれるんじゃないかとか思ったこともある。このまま、先輩に優しくされてれば、なにも悩まず済むんじゃないかとか思うよ。でも」
「…なんとなくわかった」
俺は、あえて啓吾くんの言葉を止めた。
「啓吾くんがそう思うのは、別に俺が好きだからじゃないんだよね…。ただ、自然と、現実逃避っていうか…自分が妥当に幸せで楽しめる道を選ぼうとしてるっていうか」
「…好きだけど…でも、違うん。俺は……あいつに悩まされるし、むかつくこともあるし、馬鹿だし手がかかるし…いつ俺に飽きるかも、今、ちゃんと好きでいてもらえてるかもわからないけど…でも理屈とかじゃなくって…」
「うん…」
 好きなんだろう…。
 だから、たぶん。
 啓吾くんの彼女が啓吾くんを嫌いになったとしても。
 啓吾くんの心がこっちに完全に来ることはないんだろう。
 
そっと抱き寄せてやると、それに応えて啓吾くんも俺の背中に回した手に力を入れる。
「先輩のこと…好きになれたらよかったのに…」
 小さな声で、そう言うと、力尽きるかのように、俺へと体重を預けた。
 後ろからそっと頭を撫でてやると、静かに泣いているのが感じ取れた。

 結局、俺は。
 啓吾くんを悩ませるための材料にしかならなかったわけで。
「啓吾くんを好きでいることが、こんなに悩ませることになるとは思わなかった」
 もうこれで、終わりにしようと思った。
「…好きなんです…でも…っ」
 君には、俺よりももっと好きな人がいる。
 たとえば、その人といる方が苦しかったり悩んだりするのかもしれないけれど、それでも好きな人で。
「もう、いいよ。わかってる」
 俺が、優しく声をかければかけるほどに、啓吾くんは、体を震わせて、俺にしがみついたまま、涙を流した。