「あぁ、ごめんね。もうちょっとだけ、待ってくれる…?」
 伊集院先輩の部屋に行ってみた。
 どうしてかって、聞かれてもわからなくって。
 ただ、深敦とも上手くいかなくって、気分が落ち込み気味で。
 伊集院先輩が、いつでも部屋に来ていいと言ったから、ちょっと立ち寄ってみた。
 そこで見たのは、伊集院先輩がセックスをしている姿。
 別に、伊集院先輩に彼女がいるのは知っていたし。
 俺にだって彼女がいるし、2人とも割り切っていた。
 割り切ってはいたけれど、相手が相手だ。
 伊集院先輩の下で喘いでいるのは、俺の兄貴だった。
「ぁっ…啓…っ? んぅ…っ…」
 兄貴は俺に見られたことに関しては、特になんとも思ってないようだった。
 でも、俺は、ものすごく気まずさを感じていた。
 それは、兄貴がやってるからとかじゃなくって。
 伊集院先輩の部屋にわざわざやってきたところを兄貴に見られてしまったのが妙に、恥ずかしいような気分にさせられた。
「あっっ…はぁっ…ぁっあっ」
 自分でも思う。
 俺と、そっくりの声。
 兄貴はメガネを外すと、いつもより少し幼く見えて、容姿も俺にそっくりだった。
「別に…用があって来たわけじゃねぇから…」
 俺は、伊集院先輩の方も見ずに、そうとだけ言って、ドアを閉めた。  


 
 

 なんで…行ったんだろう。
 なにもかもが上手くいかないもんだから、気晴らし…?
 上手くいかないときってのは、なにをやってもきっと駄目で。
 俺は、遊びに行っているルームメイトのいない自分の部屋で、一人、ベッドに寝転がった。
 兄貴にも、手、出してたんだ…?
勝手に伊集院先輩は、彼女以外には俺としかしてないと思っていた。
 ホント、誰とでもする人なんだ…?
 そこに、両思いっていう愛だとか、そういうものがあるかないかであって。
 それが、伊集院先輩の彼女なんだよ。
 だったら、俺はなんなんだ…?
 兄貴と同じくらいの存在…?
 いや、兄貴は、伊集院先輩の友達であるから、俺はそれ以下…?
 ちょっと2人になると、ただ、流れでやっちゃうだけ…?
 ホント…やること以外、大した話もしたことないし、普段は、お互い彼女がいるせいで、変に避ける部分もあった。
 わかんないな…。
 そのまま、俺は、考えることを放棄して、眠りについた。



「ん…っ…」
 舌を絡めとられる感触。
 深敦…?? なわけないか…。
 口を離された直後、そっと目を開けると、目の前には、伊集院先輩の姿があった。
「な…に…」
「それはこっちのセリフ…。さっき、来てくれたでしょ…。どうして…?」
「別に…用はないって…」
 そう言う俺の股間を伊集院先輩はそっと布越しに撫で上げながら、俺の考えを見透かすように、ジッと見下ろした。
「用がないのに、来てくれたんだろ…」
 わかんねぇってば…もう…。
 ズボンと下着を淡々と脱がせられる手を止める言葉も思いつかない。
「…ノリ気じゃない…?」
 そう言いながらも、伊集院先輩は、寝転がっている俺の股間へと顔を埋めて、舌先で俺のモノを舐め上げた。
「…ん…やめろって…」
 そんなセリフしか思いつかない。
 なんでやめて欲しいのかもわかんねぇし。
「ンぅ…っ…くっ…」
 別に、やるくらいどうってことないだろっての。
「…せっかくなんだし…楽しもうよ…」
 楽しめる心の余裕みたいなものがなくなっていた。
「な…。なんで…俺とやるわけ…?」
「…したくない…?」
「…そうじゃ…。だって…彼女とかいるし…」
「別れれば、啓吾くんは納得してくれるんだ…?」
 そうなじゃなくって。
 彼女がいるのに、俺とやる意味とかなんなんだよ。
 あぁ。やっぱ。別れれば納得…?
 というか、彼女がいなかったら。
 そうだったら、欲求不満の憂さ晴らしの俺を使うだとか、わかるのに。
 彼女が相手してくれるのに、なんで俺ともやるんだよ。
「愛がないセックスは嫌い…?」
 軽く笑いながら冗談めかすように言って、伊集院先輩は舌で濡らした指先を俺の中へと入れていった。
「んぅっ…ぁっ…ぁあっ…」
「じゃぁ、逆に…啓吾くんは、なんで俺とするの…?」
 別に…。
「……欲求不満…解消…」
「そっか…。その言葉の重みとかさ…わかってる…?」
 …重み…?
 伊集院先輩は、少しだけ困ったように笑って、指で俺の中を掻き回す。
「っあっ…んぅうっ…あっあっ…」
「…俺も…ただの欲求不満解消に啓吾くんのことやってるだけ…。わかった…?」
 自分と同じことを言ってるのに。
 ものすごく、落ち込んだ気分にさせられるというか。
 ショックとか受けてる自分がいて、何も考えられなくなってきていた。
 別に、なにを期待していたのかわからないけど。
 どこか、期待してたんだろ…?
 伊集院先輩が、俺のこと、良く思ってくれてるだとか。
「困るね…。そうやって、悲しそうな顔されると」
「…ぁ……な…に…」
「わかった…? 重み」
「…あっ…な…んだよ、それ…」
「うん…? わからないならかまわないけど…」
 わかった。
 欲求不満だからやってるだけだなんて…
 そんなの嫌だって思ってる自分がいる。
 わかったけど…だからなんだってんだ。
「…はじめから…ただやるだけの関係だって、わかってただろ…?」
「ン…っぁっあっ…ぅんんっ」
 指の本数を増やされ、中を広げられると、もう気が気じゃなくなっていていた。
「だからって…ホントは、なんとも思ってない人とはやらないよ…」
「うそ…っぁっ」
「感じてきた…?」
「んぅっ…あっ…くっ…っぁっあっ…せんぱ…ぁっ」
「…啓吾くんのこと、かわいいと思ってるよ」
「ぁっ…ンなことっ…」
 なんだよ…。
 俺が、せっかくセックスに専念しようとしてるのに、変なこと間に入れるなっての。
 欲求不満の解消にもならんやんか。
「っぁ…もう…ちゃっちゃと…やっちゃってや…」
「…好きとか言おうか…? 盛り上がる?」
 少し、俺をからかうようにそう言ってから、そっと指を引き抜き俺の体を起き上がらせた。
「…言うなよ」
 俺も、少し笑ってそう答えた。
 先輩のモノを取り出して、手で愛撫しながら、俺はねだるように首元にキスをして。
 もちろん…痕なんかは残さないけど。
 体を跨ぎ、自分から先輩のモノを中へと飲み込んでいった。
「んぅうっ…くっ…ぁああっ…」
 中へと入り込んでくる衝撃に、耐えるように、伊集院先輩の背中に爪を立ててしまっていた。
「…どうして…言っちゃ駄目なわけ…?」
「はぁっ…ぁ…っ…な…ぁ…」
 その方が盛り上がる…?
 駄目…だろ…。
「好き」
 そっとそうささやくようにそれでいて、しっかりと聞き取れる声で言うと、そっと俺の首筋へと口付ける。
「ンっ…痕…残さんといて…」
「残したいな…」
「っいかんって…」
「…しょうがないね…。じゃ、動いて…」
「ン…わかってるって…」
 言われるまでもなく、腰が動きかけていた。
 伊集院先輩の体にしがみつく様にして、わけもわからず快楽を求めてなのか、体を動かしてしまっていた。
「あぁあっ…やぅっ…ンっんっ…はぁあんっ」
「…啓吾くんって…自分で動くと、我を忘れちゃうのか余裕がないのか…」
「っんぅっ…なっ…?」
「声…殺さないよね…」
 他にも考えることが多すぎて、声を殺すだとか、そんなことは忘れてしまっていたし、いまさらどうでもいいようなことのように思えていた。
 しかし、あえて言われると、急に羞恥心が高まる。
「ぁっ…んぅっ…くっ…」
「いいよ…殺さなくって…。すごく…好きな声だな」
「はぁっ…ぁっ…一緒やんんっ」
 伊集院先輩は、『どういう意味?』と、目で催促するようだった。
「やぁっあっあっ…駄…目…っ俺っ…」
「イク前に言って欲しいね…」
 抜き差しされる音が耳について、それに伴なって動く自分と突き上げられる感覚に、もうただ気持ちよさしか感じられなくなってくる。
 伊集院先輩の言ってる意味さえも理解しがたくなってきていた。
「あくっ…はぁっあっ…」
「何が…一緒だって…?」
「や…ぁああっ…もぉっ…」
「言ってよ。気になって、イケない…」
 そう言うと、少し俺から体を離して、俺の根元にキツく指を絡めた。
「っくっ…ぁっ…」
「そんな目で見ないでよ。気になるだけなんだからさ…。なに…?」
 それでも、伊集院先輩は、行為を止めないで、熱い肉棒を下から何度も突き上げた。
「ゃうンっ…あっっあンっっ」
「…早く…ね…。啓吾くんだって辛いでしょ…」
「ぁっ…声が…好きとかっ…言わんといてやっ」
 意外な答えだったのか、涙でぼやけた視界の中見つけた伊集院先輩は、きょとんとした表情を見せた。
「どうして…? 好き…なんだけど」
「なっぁっあっ…一緒やんっ…。優兄とっ…一緒の声やんかっ」
「…どう言って欲しい…? 確かに似てるし…? だけど好きってのに嘘はないし。だから優斗の声も好きなんだ…。でも、それじゃ、啓吾くんは、不満なんだ…?」
 おかしいな…。
 俺、どうして不満なんやん…。
 だって、兄貴とおんなじとこ、好きって言われても、なんもいい気しん。
 それって、俺だけを見て欲しいとか思ってるわけ…?
「っ…ぃい…よ、もぉ…っ言ったやん…っはやく…」
 伊集院先輩も約束は約束だね、と言うようにして、キツく絡めていた指を解いた。
「ホント…かわいくて困るな…」
 苦笑いした先輩は、俺の体を引き寄せて首筋に口を付けると、強く吸い上げる。
「っんぅうっ…やっ…ぁっかんってっ…やめ…」
「言い訳くらい…できるでしょ…」
 そうとだけ言うと、俺の胸元にも、痕を残した。
「っぁっやぅっ…くっ…なにす…」
「いいよ…。俺にもして…。したかったら…だけど…」
 俺は、自分が痕を残されてむかついたから仕返しなのか…。
 彼女へあてつけてみたかったのか。
 わからないまま、伊集院先輩の首筋に口付けた。
「ンっ…んくっ」
「…やばいね…。はじめに…優斗に忠告されたように…やらなきゃよかったね…」
 それって、つまりは、俺のこと、好きになりかけてるってこと…?
「はぁっ…もぉっ…どーでもいいってばっ」
 先輩は、軽く笑うと、また俺のリズムに合わせて下から突き上げてくれる。
「んぅっあっあっ…はぁあんっ…やぅっやんんっ…もぉ…っ」
「中で…いい…?」
「っいいっ…からっぁっ…あっ…やぁあっ…ぁああああんんっっ」
 気を失いそうなくらいに気持ちよくって、脱力した俺の体を、伊集院先輩は、抱き寄せてくれていた。




「…ね。俺らって、体の相性、絶対、いいよね…」
「知らないって…。俺らがやりまくってっから、体が慣れてんじゃないんすか」
「まぁ、それでもいいけど…。俺は、今のとこ、一番、啓吾くんがやりやすいかなって」
 わかるよ…。
 相性、いいんだろうなっての。
「…やりやすいのは…俺が、慣れてっから。別に相性じゃねぇって」
「そう…? 残念」
 残念…?
 相性…よかった方が、伊集院先輩はよかったわけ…?
「…兄貴とか、慣れてないからアレだろ…。やりにくくないっすか…?」
「嫉妬とかしてる…?」
「んなわけないやんか」
 あぁ。でも、なんていうか、『俺との方がいいだろ?』って聞いてるみたいな言い方になったな…。
「…ってか…優斗とは最後までしてないよ。俺は、指でやってやるだけ…。まぁ、かわりに口でしてくれたりはするけど…」
「…そ…か…」
 兄貴と、やったのかと思って、変に、イライラしてた自分が恥ずかしくなってきた。
「…いいと思わない? 相性。啓吾くんから見たら、俺はそんなに悦くない…?」
 答えがわかっているように、余裕の表情で伊集院先輩は、そう俺に聞く。
 俺もまぁ、真剣になりたくないから、軽く笑って、『いいよ』と、答えておいた。
「言い訳、考えなきゃね…」
 伊集院先輩は、俺の首筋を撫でながら、にっこり笑った。
「…まぁ、なんか本棚の本でも当たったってことでいいんじゃねぇの…」
「言い訳…するのに、2つも3つも変わらないよね…。もう1つ…いい…?」
「…駄目とは言わねぇけど…」 
 いいとも言えなくて…。
 そんな俺の首筋に、もう1つだけ痕を残して。
 意味もなく、2人の口を重ね合わせた。
「…じゃ…またね…啓吾くん…」
「…また…が、あるんすか…」
「俺はあってほしいな」
 伊集院先輩は、俺の頭を子ども扱いするように撫で、部屋を出て行こうとドアノブに手をかけた。
「…じゃ…また…」
 そう言う俺に、にっこり笑って振り返る。
 首筋のキスマークが、妙に目立った。
「…伊集院先輩…言い訳…するんすか…?」
「え…? どうして?」
「…別に…」
 関係を隠されるようなのって、なんだか気に食わないっていうか…。
「…しないでおこうかな…。かわいい後輩がつけてくれたって言うかも…」
 伊集院先輩は、つい、不機嫌そうにしてしまった俺を見てなのか、そう言った。
「いいよ。言い訳しろって。じゃぁ…もう行ってください…」
「…わかった。またね」
 またねって言葉って…。
 ものすごく意味のある重い言葉なんだと、変に身にしみていた。