坂井百合音



 もう10年以上前になる。

「百合音って、女みたいな名前だなー」
 そうやって俺のことをからかってくる子と、誠樹はいつも喧嘩して。
 強いから勝っちゃうんだよね。
 元々悪いのは相手のほうだって、先生も気付いてるんだろうけど、一応、注意されたりしてさ。
 喧嘩両成敗ってやつかな。  

 でも、誠樹は注意されても、まったく気にしてなくて。
 俺と遊んでくれるんだ。  

 女みたいって言われるのは、好きじゃなかったんだけど。
 もし言われてなかったら、誠樹は俺のこと、気にかけなかったんじゃないかなって思うんだよ。
 
 だから、嫌いじゃない。
 誠樹が助けてくれるから。
 
 誠樹は俺にとって、ヒーローで。
 誠樹の傍にいれば、ずっと守ってもらえる。
 そう思ってた。
 
 もちろん、そんなのは甘えだって今ならわかる。
 自分でなんとかするべきことだってあるとは思う。
 けどね。
 誠樹は助けてくれるんだ。
 そういう存在なんだよ。
 助けずにいることの方が、俺のためになるのかもしれないときであっても、たぶん、助けてくれる。  

 一番初めに出来た友達。
 一番の友達だ。

 そんな誠樹が泣いたのを初めて見た。
 すごく我慢しているみたいだったけど、溢れ出る涙を拭っていた。
 
 先生が謝っていた。
 それでも誠樹の機嫌はよくならなくて、俺は話しかけられなかったんだけど、なんとかしなきゃいけないと思った。
 
 後日、先生が誠樹のお母さんに話して、それが俺の母親に伝わり俺の耳にも届いた。

「誠樹くんね。大きくなったら百合音のお嫁さんになるって言ってくれたんだって。でも男同士は無理なのよって伝えてから、すごく落ち込んじゃったみたいで。百合音、誠樹くんにたくさん助けてもらったでしょう? だから今度は、百合音が誠樹くんのこと、助けてあげようね」

 守られてるだけじゃ駄目なんだって、そのときにわかった。
 俺も、誠樹を守らないと。
 誠樹だって泣くこともあるんだ。

「誠樹くん。大人になったら、僕のお嫁さんになってくれる?」
 そう言うと、誠樹は泣きそうな顔で、俺に
「バカだな。男同士は無理なんだよ」
 って教えてくれた。
 泣きそうな誠樹を見て、俺も泣きたくなったのを覚えている。
 普段なら泣いていた。
 泣いたら、誠樹が助けてくれるから。
 けれど、我慢した。
 俺が助ける番だから。
「ずっと守るから。お嫁さんになって」

 
 誠樹は覚えてないんだろうな。
 弱い俺なんかに助けられただなんて、たぶん不名誉だ。
 だから、思い出さなくていいよ。

 あのとき、誠樹は頷いて。
 俺にキスしたんだ。
 いま言ってもたぶん信じてもらえないんだろうなぁ。
 でも俺は忘れないからね。