角田陸



 あれ。
 拓耶からの着信。
 こんな朝早く?
 「拓耶? どうした?」
 『……あのさ。今日、受験だから』
 「うん。知ってるよ。がんばってね。もうちょっとしたらメールしようかと思ってたんだけど」
 『8時の電車で行こうと思ってる』  
 ……拓巳か。
 「……そんなこと、俺に教えていいの?」
 『どうして』
 「……会いたいよ」
 『…………うん』
 「会って。言っちゃおうかな」
 俺が、拓耶のこと好きだって。
「なんて。今、言うのは迷惑だよね。さすがに」
『いいよ。今言ってくれないと』
 受験前なんだけど。
『……言ってくれたら、陸を選べる』
 俺を選べる。
 
 そう……なんだよな。
 今日の受験、受かったら拓耶はそっちの学校へ行くことになるわけで。
 落ちたら俺と一緒のところ。
 けれど、自らこの受験、落ちるってのはちょっと。

「それは悪いよ……。せめて俺がそっちの学校で、がんばってくれるならともかく。レベル落とすなんて」
『選ぶのは、俺自身だから』
「いいのかな」
『言って欲しい』

 ……拓巳。
「ホント、お人よしだなぁ。わかった。とりあえず駅まで行くよ」
『うん』
「本当はずっと迷ってたんだ。ぼんやりとだけど、言おうかどうか。後押ししてくれたおかげで、どうにか一歩前に進めそう」
『よかった』
「ああ、あと。俺、間違えないから。拓耶と拓巳」
『……悪ぃ』
「いいよ。ありがと」
 
 告白する?
 いいのかな。
 落ちるのを願うわけじゃないけれど。
 受かったら、拓耶と過ごす学園生活はもう終わっちゃうわけでさ。
 だとしたら、最後。
 俺は寮暮らしになるし、離れ離れだ。
 その前に、言いたいことだけ言っておくってのはアリかな。
 
 うん。
 行こう。
 
 
「拓耶!」
「あれ? 陸? なんで?」
 拓巳、ホント勝手に拓耶の携帯使ったんだな。
「今日、受験だなって」
「そうそう。ちょっと緊張するよな」
「うん。がんばって」
「ありがとー」
「あのさ」
「うん?」
「本当は、ずっと好きだったんだよ」
 軽いノリで伝えてみる。
 ほら、 あまり重く受け取られちゃったらさ。
 拓耶、受験どころじゃなくなりそうだし。
 そうだったんだーって笑い飛ばせるレベルくらいに軽くね。
 
 そう思ったのに。
 やばい。
 なんかちょっと、声でなかった。
 泣きそうな声。
 だって。
 本当にずっとずっと好きだったから。
 
 他の人を好きになる拓耶を傍で見てきて。
 俺はただ、拓耶の幸せを願った。
 
 けどね。
 なんで、こんなに俺の事苦しめるの?
 開放させて。って思ってた。
 
 ああ。やっぱり今ここで言うことじゃなかったよな。  
 俺、がんばってたんだよって言ってるみたいで、嫌な感じ。
 
 「じゃ、受験がんばれよ」
 「ちょ、陸!」
 「なに」
 「……あとでまた話そう」
 「なにを?」
 「なにをって」
 「ああもう、電車来たから」
 「陸……。触らせて」
 「なにそれ」
 笑う俺とは反対に、真剣な表情で腕を引かれた。
 そのまま、抱き寄せられる。  

 こんな風に、抱きしめられるの初めてだっけ?
 いや、冗談でギュってされたことくらいあったよね。
 
 こんな駅で。
 恥ずかしいし。
「行ってくる」
 耳元で拓耶の声がした。
 もう一度、がんばってって言おうと思ったのに、声が出なかった。
 代わりに頷く俺の頭を、ポンっと叩いて、拓耶は電車に乗った。
 ねえ。俺、最後に伝えて、開放されたかったんだ。
 開放させてよ。
 それなのに、こんなことされちゃたまらない。
 
 落ちればいいのになんて、思ってしまう自分がいる。
 がんばってって思ってたのに。
 最低だ。
 今の俺、拓耶が落ちるの期待してる。  

 拓耶……拓耶。
 ずっと好きだった……。
 違う。
 俺、いまでもまだ好きだから、こんなに苦しいんだ。  

 まだ拓耶に触られた感触が残っている気がした。
 なんで、あんなことしたの?  

 余計な優しさは人を傷つけるんだよ。
 でも、あとでまた話そうって言ってくれたよね。
 よかった。
 俺、嫌われてない。  

 離れても。
 忘れないでいてくれるよね。