一人で出来てよかったという気持ちは薄い。
 なんだか、罪悪感みたいなものを感じてしまう。
 一人でしてしまって。
 普通なのに。  

 
 百合音の存在が自分にとってどれだけ大きかったのか。
 それを理解する。
 傷つけたくないのは、ただの情じゃなくって、好きだからなのだろう。
 

 会いに行かなきゃ。
 そう思ったときにまた不安が過ぎる。
 怖い。
 俺といない日々を平気で過ごした百合音と会うのが。
 数日前までは、どうせ百合音の方から我慢できずに会いに来るんじゃないかってことも考えてたけど、実際には来てくれなくて。

 約束したから、それを守ってくれているだけ。
 わかってる。
 それでも寂しかった。  

『明日の夜、行っていい?』
 そうメールをすると、すぐに
『いいよ。待ってる』
 って返事が来た。
 メールせずに、直接行ってもいいんだけれど、二人だけで会いたくて。
 先に伝えておけば、確実に百合音は一人でいてくれるだろう。
 もっとも、急に行っても、気を使って先輩が出てってくれることも多いけど。



 翌日。
 学校にいる間、気が気じゃなかった。
 夜のことばかり考えてしまう。
 
 借りっぱなしだった傘を持って百合音の部屋を訪ねた。
 いつもと違う緊張感。
 ドアが開かれるが、なんとなく怖くて、俯いていると腕を引かれ部屋の中へと入れられる。
「っっ!」
 少し強引で、掴まれた腕が痛くて、顔を上げた瞬間、目の前にいた百合音に口を塞がれた。
「んぅっ!」
 閉まったドアへと背中がぶつかって、深く口を重ねられて。
 舌が絡まる。
 けれど、以前みたいにゆっくりと丁寧な感じではなく、少し荒々しかった。
「んっ! んっ」
 急すぎて、頭が付いていかない。
 まだ考えがまとまらない状態なのに、百合音の手がズボンの上から股間のモノを掴む。
「んぅっ!」
 口も重ねたまま。
 舌で舌を絡め取られたまま。
 ズボンのチャックを下ろされて、ボタンを外されて。
 直接、掴まれると体が跳ね上がった。
「んっ! ぅんっ!」
「誠樹……うまく呼吸して?」
 熱っぽい声でそうとだけ言って、また口を重ねられる。
 百合音は俺の舌を味わうように吸い上げてくれて、俺は口が離れた瞬間に息を吸った。

 何度も重ね直すキスの最中の呼吸に慣れてきたのを見計らってか、ただ掴んでいただけの股間のモノを百合音が擦りあげていく。
「んぅっ! んっ……んんーっ」
「……さすがに息苦しい? しょうがないね。じゃあ、口じゃなくて耳にしようか」
 百合音の声が耳元でしたかと思うと、耳たぶに舌の這う感触。
 音を立てるようにして、耳の辺りを執拗に舐められる。
「んっ! ゃっ、んっ」
「……初めてだね。耳」
 ピチャピチャと音がして、恥ずかしくなった。
 それよりも、こんな急に。
 ゾクゾクして、体中熱くてたまらない。  

「んっ! ぅンっ!」
「……誠樹が感じて、そうやって鼻から洩らす声、すっごいかわいいよね。もちろん、口から出る声もかわいいけど。毎日想像してたよ」
 毎日とか。
「はぁっ……んっ」
「そ。誠樹はいっつも声殺すから、たまに息吐くときもかわいくて。ほぼ一週間も聞けなかったんだよ。苦しかった」
 百合音の言葉が上手く理解出来なかった。
 それよりも、久しぶりの百合音の指の感触が強すぎて。
 ……違う、以前より荒々しく、強めに擦り上げられている。
 立ってるのですら辛い。
 膝がガクガクする。
 持っていた傘はすでに床に落としていた。
 体を支えようと後ろのドアに手をつくがあまり意味を成していない。
「百合……音っ……ぁっ立ってられなっ」
「立ったままこんなにしちゃうことなかったもんね」
 そう言いながらも、手を休めてくれようとはしなかった。
 足が崩れるのが先か、イくのが先か。
 座りたい。
 そう訴えようと思うが、先にイってしまいそう。
「っ……んっ……ぅんっ! んっ!」
「……イきそう?」
 震える俺の体でそれがわかったのか、ジっと見つめられる。
「待って。久しぶりだし、飲ませて?」
 すでに以前、飲まれたことはあるが、あえて飲ませていたわけではもちろんない。
 やっぱりそれは恥ずかしい。
「ゃ……だっ」
 百合音はしゃがみこんで、俺の股間へと目の高さを合わせると、舌先で竿をつたう液を舐め取る。
「ひぁっ……ンっ」
「なんで? やなの?」
 ピチャピチャと音をたてられ、膝が折れる。
 しゃがみこんで、しりもちをついてしまっても、百合音は床に這い蹲るようにして俺のを口に含んだ。
「やぁっ……! んっ」
 座って楽になったというのにまだ、足がガクガクとしていた。
 ぬるぬるした舌の感触だけじゃなく、激しく吸い上げられて限界がくる。
「ぁっんっ……百合音っ……やぁっ、んーーっっ!!」

 恥ずかしい。
 座り込んだ俺の前、百合音が喉を鳴らして、俺から出てるのを飲むのがわかる。
 最後の最後まで。
「っ……や」
「ん……。いや?」

 やっと口が離されても、俺は力が抜けてなにも出来ないでいた。


「……誠樹が来てくれて、嬉しかったけど……もしかして、よくない答えが出たってこともあるんだよね?」
 確かに、離れて自分の気持ちが定まって。
 それが好きとは限らない。
 悪いほうの答えが出た場合でも、百合音を待たせるだけ待たせて無視ってことはしないだろうし。
「よくなくはねぇけど……」
「じゃあ、とりあえずもっと触らせて」

 普段から、なんとなく俺が断れないで流されてはいたけれど、こんなに強引な百合音は初めてかもしれない。
 さっきとか、いきなりだったし。
「こんな……ドア先でっ」
「ごめん。すごい、誠樹のこと触りたくてたまんない」
 そう言うと、今度は俺の体を抱えてベッドへと下ろしてしまう。

「誠樹……我慢出来ないかも」
「え……」
「……見てるだけでいいから、先にここで抜いていい?」
 いつも俺ばかりで、百合音が抜くことなんてなかった。
 ……あとで、一人でしてたのかな。
 よくわからず頷くと、寝転がる俺の足元で、百合音が自分のモノを取り出す。
 もう大きくなってるのは、さっき俺を見たからか。

 そういえば、こんな風に興奮している百合音を見るのは初めてだ。
 なんだかんだで、冷静に俺のを処理してくれてたって感じだったから。

 百合音が、手で擦りあげていく姿をつい目で追ってしまう。
「誠樹……足、触ってていい?」
 初めて見る百合音に、戸惑いつつも頷くと、百合音は俺の右足の靴下を脱がして、足の甲を撫でた。
 くすぐったくて身をよじる。

 俺、見てるだけじゃなくてなにか手伝った方がいいんだろうか。
 いつもしてもらってるし。
 そうは思っても、言い出せない。  

 百合音が俺の足を撫でながら、自分のを擦り上げてて。
 自分がされているわけでもないのに、体が熱くなる。

「……ん、誠樹、どうした?」
 出しっぱなしだった俺の股間を百合音がそっと触った。
 あ、俺、また勃ってたんだ……。
「俺っ……」
「いいよ。もっかいイこうか?」
 そう言って、俺のを擦り上げてくれようとするけれど、百合音自身は中断しているわけで、申し訳ない気持ちになる。
「……あとでいいからっ……お前、先で」
「優しいね、誠樹。ココ、どうして勃っちゃったの? ……俺の見たから?」
 百合音の見て勃つとか。
 ……否定出来ない。

「一緒でもいい?」
 百合音はそう言うと、俺のズボンと下着を脱がしていく。
「なに……っ」
「汚れちゃうかもしれないからね」
 脱がされて、足を開かされて。
「ね。誠樹。重ねたらどんな感じだと思う?」
 重ねたら。
 答えを想像するより先に、百合音の体が俺へと覆いかぶさる。
「んっ!!」
 百合音のが、俺のに当たって。
「ぁっ……つい」
「熱い? ……熱いね」
 俺のこと見下ろしながら、腰をゆするようにして、互いのモノが擦れあった。
 焦らされるような刺激なのに、それでも見下ろされて、まるでHをしているような体勢で、ものすごくいやらしい気分になる。
「百合音……っぁっ……んっ」
「かわいいね、誠樹……じれったい? すごい、腰浮かせてる……あとでちゃんと強くしてあげるから、もう少しだけ堪能させて?」
 擬似Hみたいなもんだろうか。
 少し荒い百合音の息遣いが聞こえてくる。
 百合音が言うとおり、腰が浮いて、まるで百合音のに自分のを擦り付けているようだった。

「っはぁっ……んっ! ん、百合音……っ」
「すごい……かわいい」
 そう言うと、百合音は体を起こし、俺の膝を掴んで閉じさせる。

 百合音のを太ももに挟んだ状態。
「使っていい?」
「っ……こんな」
 こんなの。
 以前だったら絶対拒否してた。
 けれど、百合音のを手でうまく擦れるわけでもないし。

 頷くと、百合音が腰を揺らして俺の内股を擦っていく。
 それだけでもゾクゾクするし、なにより俺と百合音のが擦り合わさって気持ちよかった。
「んっ! ぅんっ! 百合音っっ」
「うん……ごめん、誠樹、足りないよね? 待って。後ろ、向こうか」
「……なに」
 別に足りないというわけではなかったが、百合音がそう気遣ってくれるもんだから、なんとなく流れで後ろを向く。
 四つん這いにさせられて、足は閉じさせられる。
 百合音のを挟んだまま。
 やばい。すっごいこの体勢恥ずかしいかもしれない。
「ローション、使うね」
「え……?」
 まあこいつがローション持ってるってのはわかってたことだけど。

 尻の辺りをトロリとした液体が流れる感触。
 太ももまで垂れてくる。
「……ヒクついてる。ココ、一人でなにかした?」
 百合音の指先が示すよう入り口を撫でた。
「ぁ……」
 まるでなにかを確認するみたいに、ヌルヌルと撫でて、入りそうで入らない感触に自分でもソコがヒクついてしまうのが理解できる。
 
 内股で挟まる百合音のと、自分のが触れ合って、焦らされている気分だ。
 入り口付近を撫でていた百合音の指先が、少し下へと下がっていく。
「っ…ん、ぅんっ!」
「……覚えてる? 前立腺」
 外からじゃ足りない。
 中から。
 中から突いてくれたらきっと気持ちいいのに。

 昨日も自分で一人Hしたとき、前だけじゃ難しかったが中に指を入れたら気持ちよくてイくことが出来た。
「百合音っ……」
「なに? すごい締めたり緩めたりして。欲しそう」
 恥ずかしいことを口走りながら、それでも百合音の指先が少しだけ入り込む。
「んっ……」
 少しだけ。
「……なんか、このまま導かれそうなんだけど。前はこんな風じゃなかったよね」
 以前はそこに指を入れられることに対して、不安の方が大きかった。
 けれど、自分でも入れてみて、大丈夫なのだという認識と、そこが気持ちいいということを頭でも理解した。
「はぁっ……んっ」
「腰まで、寄せて。欲しいの?」
 こないだまでは、入れて欲しくないと思っていた指。
 百合音の指。
 俺の指とは全然違う。
 俺のより、何倍も気持ちいい指先だ。
「っ……ぅん…」
「なに?」
「っぁっ…」
「泣かないで? 泣いてちゃわからないし。いじめてるわけじゃないんだから」
 力が入らず肘がベッドにつく。
 体を丸めるようにして、自らの股間を見ると、先走りの液が垂れてていやらしいと思った。
 百合音のと、密着している。
 少しだけ入りこんだ指先が催促するみたくわずかに動く。
「っんぅっ……」
「欲しい?」
 俺は丸くなったまま、それでも頷く。
「言って?」
「……欲しい……っ」
「うん、よく言えたね」
 まるでご褒美と言わんばかりに、俺の背中を撫でながら、ゆっくりと指先が入り込んでくる。
「ぁあっ!! んーっ!!」
「すんなり1本、入っちゃったね。やっぱここ、使ったんだ?」
 ゆっくり、まっすぐ入れられただけなのに。
 百合音の指だとやっぱり全然違う。
 
 つい、昨日の自分を思い出すよう腰が揺れる。
 揺らすと、百合音の指が中で動いてくれているようで、たまらなくなった。
「うん、誠樹がじれったいって思ってるのはよくわかったよ。で、ここは? まさか誰かに入れられたとかじゃないよね?」
 あ、それ疑われてるんだ?
 そりゃ、百合音に入れられるのを少し拒んでいた俺が、一人のときに使ったとは考えにくいだろう。
 けれど、誰かとしただなんて思われては困る。
 いまさら、なんでもないとは言えないし。
「っ自分でっ……」
「一人Hしたんだ? ここ使って?」
「……ぅンっ! もうっ」
「あとで見せて? 誠樹が一人Hしてるとこ」
 そんな。
 一人Hってそもそも見せるもんじゃないよな?
「ゃだ……っ」
「どうして? ちゃんとできたか見てあげる。どういう一人Hしたか見てみたいな」
 ゆっくりと、百合音の指先が焦らすみたいにぐるりと内壁を撫でていく。
 頭でなにか物事を考えている余裕など無くなっていた。
「ぁあっ……あっあっ……ゃだっやっ」
「なにが嫌なの?」
「も、焦らさなっ……」
「じゃあ、どこがイイ? ……教えて?」
 そう言いつつも、的確に俺が気持ちイイと思う場所で指先を止める。
「あっ……あ、そこっ」
 そこを押さえつけながら、もう片方の手が不意にローションをまとった状態で俺の股間のモノを掴み上げ、いきなりのことに体が跳ね上がった。
「ひぁっ!! ぁぁああっ!!!」
「ん? びっくりしちゃった? ごめんね。ああ、イっちゃったの? どうしよう。もう1回、イけそう? まだ後ろも少ししかしてないし」  

 もうイくとか。
 恥ずかしいと思うと同時に、百合音が俺のを擦りあげるもんだからまた余裕が無くなっていく。
 すっきりとした感じでもない。
 なんていうか、まだ足りない気持ちがあるせいか、自分でもまた勃ってしまっているのがわかる。
「ゃあっ……んっ! ぅんんっ」
「我慢しなくていいから。声も出して。ココがいいんだよね。たくさん押さえてあげるから」
 そう言って、中に入り込んだ指先がぐにぐにと内壁を押す。
 前立腺だろう。
 前に回った手は、俺のを擦ったり、亀頭を撫でたり。
 ローションの絡むような濡れた音が響いた。
 まるで腰を抱えるようにして、百合音は俺の太もも辺りへと腰を打ちつける。
 百合音のが、内股ですごく熱く感じてしまう。
 足を開こうにも、百合音の両膝で抑えられていて開けない。
 こんな後ろから。
 入れられているのは指だし、手で擦られているだけだけれど、いままでとはまるで違う。
 そもそも、以前はこんなHな行為ではなかったんだ。
 ただの処理で。
 ちょっとそれがエスカレートしていただけ。

 今は?
 犯されてるみたい。
 不意にそんなことが頭の中に浮かび、一層体が熱くなった。
「はぁっあぁっん、百合音ぇ……っ」
 エロいよ、なんだこれ。
 わけわかんねぇ。
 俺、なにしてんだろ。
 素股ってやつか。
 でも指入れられてる。
 百合音の息遣いも、エロいし。
 なにより、百合音が感じてるって証拠のモノが俺に密着しちゃってるわけで。
 熱い。  

 つい、触れてみたくなり、手を伸ばして俺の足から覗く百合音の先端に指先を触れる。
「……ん、どうしたの? 誠樹」
 少しぬるっとしてるのはローションが垂れてきているからなのか。
 それとも、百合音の?
 気になって、確かめるみたく何度も亀頭を撫でてしまう。
「百合音のっ……あ、っん、ぬるってっ」
「うん……気持ちイイからね」
「出て……っきてるっ?」
「誠樹が、そんな……風に触ったら……溢れちゃうって」
 途切れ途切れにそう言ってくれる。
 俺の指、気持ちいいの?
 こんなんで?
 俺も、百合音の指が気持ちよくてたまらない。
 百合音が、俺の亀頭を撫でるみたいに俺もまた百合音のを撫でる。
 見えないけれど、後ろからまるで俺ん中かき回すみたいに腰を回す百合音が脳裏に浮かんだ。
 内股がかき回される。
 俺ん中も、百合音の指がかき回して、気持ちイイところを何度もついた。
「んっ! ぁあっあっっ……百合音っ……あ、もうっ」
「俺も、イきそう。いい?」
 いいに決まってる。
 そう頷いて示す。
 というか、いつも俺なんて勝手にイってんのに。
「あっぁっん、やぁっあっあぁああっっ!!!」

 
 気持ちよくて。
 百合音のことを考えていたら、声を殺し忘れていた。

 百合音は、後ろから俺の体を抱きあげる。
 されるがまま、俺は抱かれて。
 ……されるがまま、首筋にキスされた。

 いままでしてきた好奇心の行為とはなにかが違う。
 百合音にとって、いままでのが好奇心だったのかどうかはわからないけれど。
 俺のこと知りたくてしてきた行為だったのだろう。
 今回は、百合音自身も、欲求を満たしてくれたんだよな。

 百合音は、馬鹿みたいに世話焼きで、俺に執着してて。

 うっとおしいと思っていた。
 離れようと、何度でも思った。
 それでも、百合音はくっついてきて、いい加減、腹がたって。

 口に出して八つ当たりしたりすることはなかったと思うけれど、もしかした気付かれていたかもしれない。
 俺が、昔、逃げようとしてたこと。

 気付かない馬鹿なのか、気付いてて、それでも追いかけてくる馬鹿なのか。
 わからないけれど、俺の中、いま罪悪感でいっぱいだ。

 離れてみて、百合音がいかに俺のこと想ってくれていたのかを改めて知った。
 俺が、いかに百合音を必要としていたのかを。

「ごめん……っ」
「……なんで、謝るの?」
「百合音が……必要なのに、たまにうっとおしく思ってた」
「……わざわざ、教えてくれるんだね」
「……言っても、百合音なら許してくれるって甘えが俺の中にあるからだってわかってる。このまま、一人で溜め込むのも辛くて。許して……っ」
 百合音は、俺の体を抱きしめて、後ろから指先で俺の涙を拭う。
「許すもなにもないよ。わかってる。俺が、異常なまでに誠樹に執着しちゃってるって、自覚あるから。むしろ、そんな俺を受け入れてくれる誠樹は本当に優しいよね」
「自覚って……っ」
「ストーカーみたいで気持ち悪いなって、客観的に思ってみたことがあるんだ。けど……軽いトラウマかもしれない」
 トラウマ?
 思いがけない言葉に、意味がわからず振り返ろうと思ったが、一層強く抱きしめられて振り返ることが出来なかった。
「……ちょっと……痛い」
「ごめん。誠樹の泣き顔、見る勇気無い。俺が理由で泣かないで」
 
 俺の泣き顔。
 それが、見たくなくて、こんなにもきつく抱きしめて……?
「……振り返らないから」
「……うん」
 百合音の腕がそっと緩まる。
 少しだけ震えているように感じて、その手に自分の手を重ねた。

 前にも言われた。
 俺が、百合音のことで泣いたって。
 百合音はそれをもう見たくないって。
 もう大丈夫だなんて言ったくせに、俺はまたみっともなく泣いてしまった。
 
 けれど、それは百合音のせいではない。
 俺のせい。
 ……理由が百合音ってのは間違ってないかもしれないけれど。
「誠樹を泣かせたくなくて、傍にいたのに。……苦しめてたね」
「……違う。百合音の気持ちをちゃんと受け止められなかった自分が嫌なだけで。……百合音は悪くねぇよ。もう……受け止められるから。お前と比べて、俺の気持ちは小さすぎて、物足りなく思うかもしれないけど」
「そんなことない。いてくれるだけで充分だから」


 百合音の手が、俺の頬を撫で、促されるがままに軽く後ろを向く。
 口を重ねられた。
 いままでの、好奇心とは違って。
 さっきの、強引な荒々しいキスとも違う。  

 お互いの気持ちが通じ合った。
 そんな気がして、軽い口付けだったのに、それでも体中が熱くなった。



「……思い出さなくていいって、お前は言ったけどさ。聞いちゃ駄目?」
「なにを?」
「さっきの。トラウマかもって、原因」
「うん……トラウマなんて言葉使っちゃったけど、きっかけだと思う。やっぱ思い出さなくていいんじゃないかな」
 そう言われると、聞かない方がいいのかもしれない気になってくるし。
 きっかけか。  

「百合音は、それがきっかけで、変わったんだろ」
「変わったっていうか。……俺が守らなきゃって思ったかな」
「なに、守らなきゃって」
「あの頃は、いま以上に子供だったから。誠樹を守る騎士にでもなったつもりだったんだろうね」
 騎士って。
 過保護過ぎるし。
 それでも、いまはそれがありがたくて、一つため息をつく。
「……そっか」
「いまでも、そう思ってる。周りから見ても、誠樹から見ても、異常かもしんないけど。守らせて」
 
 そんな異常な騎士を肯定するよう、今度は俺から、もう一度、口を重ねた。