「こないだは1本だったから、今日は2本に増やしてみようか」

 やっぱり定期的に抜かないといけないわけでさ。
 見計らって来た百合音がそう言う意味はすぐに理解できた。

 どう断ればいいんだろうな。
「まだ……先に進みたくないんだけど……」
「怖い?」
「……うん」
 怖いというわけではないが、百合音が止めてくれるんじゃないかって。
 そう思って頷いた。  

「わかった」
 その言葉にほっと一安心。
 けれど、されるがままにズボンと下着を引き抜かれていく。
「……百合音。脱がなくても……」
「どうして? それじゃあ入れにくいよ」
 その言葉で一気に緊張感が高まった。
「なんで? 入れないだろ?」
「入れるよ。誠樹は先に進むのが怖いんでしょう? だから1本の太さでもう少し慣らしてあげる」
「っ……1本も……やだよ」
「こないだは急だったから無かったけど、今日はローション使ってあげるからね」
 なに、こいつ話進めてんだよ。
「前だけでいいってば」
「俺はしたいよ」
「俺はやだ」
 百合音の目を見て言えなくて、つい顔を逸らす。
「寝転がって」
 俺の言葉は無視?
「やだって」
「わかったから」
 絶対、わかってねぇ。
 それでも、肩を強く押されると無理に抵抗することも出来ず寝転がってしまう。  

 百合音の手がいつもみたいに俺のを掴んでそっと擦り始めると一気に体が熱くなった。
「んっ……ぅんっ」
「後ろ……せっかくこないだ入ったんだし。間空けちゃうとまたキツくなるかも」
「はぁっ……今日は、いい……」
「ホントに?」
 ホントにって?
 百合音が俺のを擦り上げたまま、もう片方の手の指で後ろの入り口付近をそっと撫でた。
「……入んない……っ」
 そう俺が言うと、少し指を上へと移動させ、ぐっと押さえつけられる。

「んぅん……っ!!」
 こないだと同じ場所。
 そこの奥、内部に前立腺があって、それを外から押さえつけられる。
 何度も。
「ぁっ……んっ! んっ」
 なんでもないフリしたいのに、変に体がビクついた。
 どうせなら中から……いや、それじゃ百合音の思うツボだろ。
 俺が嫌がればたぶん、しないはず。
 そう考えている隙を見計らってか、百合音がローションを俺の股間辺りに垂らしていく。
「ひぁっ!!」
「ごめん。冷たかった?」
「っいきなり……っ」
「うん、ごめんね」
「ん……」
 素直に謝られてしまうと、こっちもなんだか強く言いづらいし。
 たっぷりと濡れた股間を、百合音の左手が緩やかに擦りあげる。
 右手はローションをまとった状態で俺の太ももや、後ろの入り口付近を行ったり来たり。
「はぁっ……ぁっ……んっ! 百合音っ……ゃだっ」
「どうして……?」
 ぬるぬるしたローションの感触が気持ちよすぎておかしくなりそう。
「待っ……ぁっ、待ってっ」
「……うん」
 百合音は俺に従ってか手を止めてくれていた。
「なに?」
「はぁ……。抜く……だけでいいから」
「どういうこと?」
「だからっ……」
 変にいやらしくしないで欲しい。
 ただの処理として、抜いてくれればいいのに。
 すごい声出そうになるし。
「あんまり、エロいことすんなよ」
「誠樹は今、エロいことしてるって思ってるんだ?」
 違うのかよ。
「だってっ」
「いいよ。それ。嬉しいから。いままではただ本当に抜いてただけだけど。今はちゃんとこれがエッチな行為だって認識してる」
「違っ」
「違うの? じゃあどうして待ってなんて言ったの?」
「だって……」
 エロく感じたから。
 結局、百合音の言うとおりだ。
 いままでみたいに、ただ抜くだけでいいって。
 いまこの行為はそうだと思ってないって言ってるようなもんだもんな。

 最悪だ。
「お前がいつもと違うんだろっ。こんなん使ってっ」
「誠樹、ぬるぬるなの好きそうだったから。嫌い?」
 そう問いながら、また手で擦りあげていく。
「ぁっっ……ん……待っ……あっ」
「気持ち良さそうだよ。いつもよりおっきくなってる」
 嘘だ。
 いつもよりとか、俺でもそんな勃起率わかんねぇってのに。
 恥ずかしすぎて、顔が熱くなる。
 百合音の顔を見ると目が合った。
「ね。気持ちいい?」
「ぁっ…っ百合……音っ……ん……俺っ」
「うん……よさそう」
「あっ……なん……で……っ?」
「腰、浮いてきてるし。すごい、良さそうな顔してる」
「俺っ……ンぅっ!」
「ん。どうしたの? 誠樹」
 体がビクついて、それを押さえるようベッドを握った。
 ローションをまとった百合音の手は本当に気持ちが良くて。
 百合音に擦り上げられているというより、ぬるぬるとしたそういう筒状の……穴みたいなとこに自分、入れてんじゃないかって錯覚して、腰が動く。
「んぅっ……んっ! ぁっ……んぅんんんっ!!!」

 イってしまったというのに、百合音は手を止めようとしなかった。
「ぁっあっ……ん、百合音っ!!」
 搾り出すように擦りあげられ、残った精液が溢れていく。
 残さないためなのか。
 それでも、そんな風に刺激されたら、おかしくなりそうで百合音の腕に手をかける。
「やめっ……もうっ」
「……駄目だよ。まだイけそうだもんね」
「なに……っ」
「まだ、こんなに硬いし」
 イったのに。
「誠樹は本当に、ぬるぬるしたのが好きなんだね」
 そのぬるぬるした指先が、後ろの入り口を丹念に撫でて、いままさに押し入ろうとする勢いだ。
「ぁっあっ……やだっ」
「ヒクついて。入れて欲しそう」
 何度も、付近を行き来して、少しだけ入ってるんじゃってなくらいに押さえつけられる。
 股間からは手を離して、百合音は身を乗り出す。
「キスしようか」
 俺を見下ろして、にっこり笑って。
「っ……や……だ」
「どうして、そういうこと言うの?」
 俺の拒絶を無視するようにして口を重ねられた。
 舌が絡んで、その状態のまま、ゆっくりと指先が入り込んでくる。
 だから嫌だっつってんのに。
「んーっ!! ぅんんっ」
 口が開放されても、百合音は俺の顔の近く。
 頬に口付ける。
「ね……。指1本、奥まで入っちゃった。怖くなかったでしょう?」
 そういう問題じゃない。
「はぁっ……あっ」
「こないだは、誠樹、初めてのフェラだったもんね。後ろ感じる余裕あった?」
 前回、舌でなめられながら後ろを弄られて、気持ちよくて。
 今回は?
 後ろだけ。
 探るよう指先が中で動く。
「やぁ……っぁっ」
「イイ? 怖い?」
 近くにある百合音の腕にしがみつくみたく爪を立ててしまっていた。
「んっ……百合音っ……あっん」
 前立腺を刺激されると、ものすごい気持ちよくて頭がボーっとしてくる。
 なんていうか、ふわふわして。
 不思議な感覚。
 どう発散すればいいのかわからない。

 くちゅくちゅと音を立てながら指を動かされ、まるで女みたいだと思った。
 こんな足を開いて。
 そう自覚すると、恥ずかしくなってとっとと済ませたくなる。
「……んっ、百合音……っあ、もぉっ、やっ……だっ」
「気持ちイイ?」
「あっ……んっ、あっっ」
「かわいい声」
 やばい。
 声殺さなきゃ。

 そう思い手で塞ぐ。
「駄目だよ。押さえないで」
「っんん……」
「ね。また誠樹のこと縛らなきゃいけなくなっちゃうよ」
 なんでそうなんだよ。
「っやっ……」
「だから、手、外して声出して」
 従いたいわけじゃないのだが、縛られるのも嫌でしょうがなく手を外す。
「ぁ……んっ、あっ……ぁあっ……やっ」
「すごいね、誠樹……。俺の指にあわせて声、出ちゃうんだね」
 最悪だ。
 恥ずかしくて涙が溢れる。
 けれど百合音の言うとおり、百合音の指のタイミングに合わせるように声が出てしまう。
 出さないと苦しくてしょうがない。
「もっ……あっ……やぁっ」
「ん……もっと強くして欲しい?」
 首を横に振りたいのに、それをする余裕もなかった。
「後ろだけでイクのはまだ難しいかな。前も擦ってあげるからもう1回イこう?」
 前も後ろも。
 濡れた音を立てながら、擦り上げかき回されていく。
「ひぁあっ……あっあっんぅ……っぃっ……あっいくっ」
「いいよ」
「やぁあっ……百合音っ……あっあぁああっっ」

 立て続けに2回も。
 やっと百合音は指を引き抜き手を止めてくれていた。

 結局、1本だけだったけれど。
 このままじゃこういう行為がエスカレートするのは目に見えていた。

 こいつは、俺のこと恋人だと思ってるんだろうし。
 実際、気持ちはいい。
 絶対イヤかって言われたらそういうわけでもない。
 抜いてもらうのには、慣れちまってるしな。

 ただ、百合音の気持ちが俺より重いから。
 というか、俺とは違ってるっていうか。

 もしもだよ。
 ただのセフレみたいな感じだったり、友達同士で最後までやっちゃうってだけならばまだわかる。
 けど、こいつは俺を本気で好きで。
 それに応えられるか自分でもわかっていない状態で、受け入れてもいいものかどうか。
 
 俺の百合音に対する気持ちは、友達としての好きだとか、友達を独占したいだとか。
 そういうものなのかもしれないし。
 こないだはつい、百合音のこと、全部教えろよなんて言っちゃったけど。
 自分の気持ちはよくわからないままだった。
 

「……疲れたからもう戻るよ……」
「誠樹、ここで休んでいいよ?」
 精神的に休まらない。
「戻るよ」
「そう。わかった」
 そう言いながらも、俺の体を拭いてくれる。
「いいって、自分で……」
「いいから。拭かせて?」
「ん……」

 そういえば、こいつのって一度も見たことない。
 あ、トイレで隣に並んだときとかはあるんだけど。
 俺みたいに、なんていうか勃った状態の。

 勃たないわけじゃないよな。
 だって、1人Hしてるって言ってたし。
 やっぱり、最終的にやる段階にいくまでは、俺の体のことだけ考えてくれているとか?

 俺ばっか。
 だからって、手でしてやるのも下手すぎて無理だろうし。
 
 そうか。
 俺、百合音になにもしてやれてないんだな。
 百合音のこと、嫌いじゃないよ。
 俺よりも仲のいい誰かが百合音の傍にいたら、たぶんむかついたりするのかもしれない。
 けど、それはただの独占欲だと思うし。
 好きだけど、温度差がある。
 春の暖かさと、真夏くらい。  

 重いってのが悪いんじゃなくて。
 それに応えられていないのが、申し訳ないと思ってしまう。  

 百合音が勝手にしていることとはいえ、されてばかりで。
 返したことなんて一度もなかった。

 

「百合音……。なんで、俺なの」
「え……?」
「俺ってめんどくさいだろうし、なにも出来ないし。そばにいるが当たり前みたいになってるけど、だからこそもう空気みたいなもんでさ。あえて、好きだとかそういうのって、感じるの?」
 百合音は、俺の予想を裏切らず、にっこり笑った。
「面倒だなんて思ってないし。なにも出来なくないよ。そばにいるのが当たり前だって思ってくれてるのも嬉しいし。当たり前なんだけど、好きってちゃんと感じてる。俺が誠樹を好きなことがもう当たり前すぎて、誠樹は好かれてる実感ないかな」
 まあ好かれてるとは思ってたけど。

 よくわからない。
  
「……誠樹は、そばにいるのが当たり前すぎて俺のこと好きって、感じられないの?」
 あ。
 そうだ。
 結局、俺がそうなんだ。
 言い当てられ、体がこわばった。
 言い当てられたっていうか、俺がバカなだけで、自爆したようなもんだけど。  

 自分が、好きだとか感じられないから、百合音はどうなんだって聞いてるみたいだったし。
 
 好きかどうかわからないよ。
 それって、そばにいるのが当たり前だからなのかな。
 
「少し、離れてみようか」
 俺が、以前から考えていたこと。
 少し離れて、距離を取って、百合音のこと考え直してみたいって。
 それを逆に提案される。
 自分が思っていたことなのに、百合音の方から言われると、少しイヤな感じがした。
 不安みたいな。ちょっとチクっとする感じ。
 なんだこれ。
「う……ん」
「誠樹だって、1人で考えたいこともあるよね。気持ちがわからなくなってるのなら、一時離れることも大切だよ」
「……うん」
「当たり前すぎたことから離れてみて、わかることがあるかもしれない。お互いにね」
 なんで。
 なんで、俺いま泣きそうなんだろう。  

 百合音の方から、離れてみようだなんて。
 俺のための行動だよ、わかってる。
 けれど、こいつは異常なまでに俺に執着してさ。
 それが当たり前で。
 離れるだなんて選択肢、こいつには無いと思ってた。

 俺が言えないから……百合音の口から俺が言わせてる?

 傍にいるのが当たり前なんだけど、それでも毎回イヤなくらい重くこいつの気持ちは感じてるんだ。
 だから、離れる理由は百合音じゃない。
 百合音の気持ちは、ちゃんとしてる。  

 俺だ。
 俺の気持ちが、不透明だから。
 それで、もやもやしてる俺を見抜いてくれているから。

 離れれば。
 そう思って、ずっと言い出せなかった。
 離れたいと思ってしまっていることに申し訳なさを感じていたってのが大部分。
 好きかどうかわからないからだなんて、言えるわけがない。
 それが今、逆に言われてんだよ。
 よかったじゃん、俺。
 なにこの苦しいの。
    

「じゃあ、誠樹、約束しよう。気持ちが落ち着いたら絶対戻ってくるって」
「……うん」  

今、お前のことちゃんと好きかわからないってバレてんだよな。
 ああもう本当にわかんねぇ。
 いるのが当たり前すぎて、離れるのがイヤだって。
 ただの独占欲やワガママじゃねぇの?
 好きとかわかんねぇ。
 だから離れるんだってば。
 ああ混乱する。


「すぐ、おいでね」
 それじゃ、かわんねぇじゃん。
 そう思うのに頷いていた。
「あと、忘れないで。俺は離れたいわけじゃないから。けど、誠樹の気持ちが不安定なら、そうすべきだと思った。待ってるから。なにかあったら他に頼らないで」
 口でなにか言おうにも言葉が浮かばなくて、俺はまた頷いた。

「じゃあ、最後にキスだけしていい?」
「…ん」
 頷く俺の頬を包み込んで、軽く口を重ねられる。
 唇と唇が、合わさるだけのキスだ。
「……百合音…………」
「ん……どうした?」

「もっかい……」
「うん」
 もう一度。 
口を重ねてくれる。今度は深く。
 舌が入り込んで、絡め取られて、変な音が頭に響いた。
「っんっ……ん……」
 差し出した舌先を、唇で挟み込まれたり、すごいやらしいキスだ。
 熱い。
 いつもだって、気持ちいいとは思ってたけど、なんか、感じて……。
「ん、んぅっ……!!」
「ん……誠樹……? どうしたの?」
「ぁっ……」
 言葉を挟まれて、髪を撫でられ、もう一度口を重ねられて。
 頭がボーっとする。
 もしかして酸欠?
 わかんない。
 必死で、百合音の腕にしがみついた。
「んっ……ん……っ」
 舌先が俺の舌を撫でてくれて、そっとゆっくり退いていく。
 自然と俺も舌を差し出していて、お互い口が離れても、舌先だけを絡めた。
「ん……」
 こんなの。
 自分でもいやらしいって思ってる。
 けれど、名残惜しいような、寂しいような気がして、止められなかった。
 だんだんと舌を差し出しているのが苦しくなってしまい、とうとうお互い、そっと離れていく。
 
 俯くと、俺たちの下にあった百合音の手の甲が濡れていて、たぶん俺たちの交じり合った唾液が垂れていたのだろう。
 俺が百合音の腕を放すと、百合音はなんでもないことのように濡れた手の甲に口付ける。
 なんだか、恥ずかしくて俺は顔を逸らしていた。

 熱い。
 まだ少し頭がボーっとしてる。
 体も、火照ってる。
 2回、イってんのに。
 また、したい。
 離れるって決めてまだ1時間……10分も経ってないってのに。  

「誠樹。もし1人Hしたくなったら教えるから」
「それじゃ離れたことになんねぇよ……」
「……困ったな。あまり溜めて欲しくもないし」
「溜まれば1人で出来るよ。どうしても無理だったら俺から行くから」
「わかった。でも、俺以外の人には聞かないでいてくれるよね」
 聞けるわけねぇだろ。
「うん」
「じゃ、ばいばい」
「ばいばい」

 いつもと同じ、別れの挨拶。
 それなのに、苦しいよ。
 百合音の部屋を後にする。  

別に、永遠の別れでもないし。
 俺が戻ればいつでも、迎え入れてくれるってわかってる。
 けど、一旦、離れて確かめるんだ。
 なにを?
 もう充分、俺わかってんじゃねぇの?
 
 最悪だ。
 涙とまんねぇ。