あのときはありえないくらい緊張してた。

 推薦入試当日。
 俺と同じ中学のやつは見当たらないし、面接なんて初めてで。

 とりあえず体育館に受験番号順に座らされた。

 受験生が集まるまで、知り合いのいるやつらは少し雑談なんかもしてたけど。
 俺は1人だし、知り合いがいたところで、雑談なんて出来るのか、いまいちわからなかった。


 それなのに。
「ねーねー。何中?」
 前のやつが振り返って俺に声をかけてきた。
 こういう態度は、受験に反映されないんだろうか。
「……南中だけど」
「南中? ふーん。他に誰か一緒のやつは?」
「たぶんいない」
「そっか。てか、まだ10分あるけど、ここ寒いよな」
「そうだね」
「時間前でも、集まったら移動すんのかな」
「……するんじゃないかな。ここにいても無駄だし」
「そっか。そうだな」
 なんか、ちょっとバカっぽいな。
 失礼だけど。
 この人よりは俺、ちゃんとした態度取れるんじゃないかな。
「……緊張とかしないの?」
 少し気になって聞いてみる。
「緊張してもしなくても、やること変わらないなら、しない方が楽じゃない?」
「どういう意味?」
「緊張したってしょうがないかなって」
 まあそうなんだけどさ。
「難しいよ」
「少なくとも、俺よりは頭良さそうだし、大丈夫だって」
「そんなのわからないよ」
「落ちたら落ちたで、一般入試受けるっしょ」
「そうだけど」
「じゃ、今日は落ち着いていこうぜ」
 ポンっと肩を叩かれる。
 ちょっと馴れ馴れしい。
 でも、本当に少しだけ落ち着いた。
「うん……。あのさ。名前、聞いていい?」
「名前? 近藤泰時だよ」
 泰時くん。
 直後、先生らしき人が数人来て、周りが静まる。
 さすがにしゃべれる空気じゃない。
 泰時くんはにっこり笑って、前へと向き直った。



 それから数日後、中学校の先生から受かったという報告を受けた。
 母親は、高校に直接結果を見に行ってくれて、受験番号の貼り出された掲示板の写真を見せてくれた。

 俺の番号と。
 1つ前の番号。

 泰時くんも、受かったんだ……。
 じゃあ、高校で会えるかな。



 入学式の日。
 名前を探してたら、自分は3組だった。
 ついでに泰時くんの名前も探す。
 ……4組か。
 まあ隣のクラスなら体育とか一緒かな。

 体育館で、クラスごとに整列すると、俺の斜め少し前に泰時くんの姿を見つけた。

 緊張するほどのことでもないのに、妙に心臓がバクバクする。

「……泰時くん?」
 まだあたりはざわついてて、少しくらいの雑談は許されそうな空気だった。
 俺の声に気づいてか、泰時くんが振り返ってくれる。
「え……」
「受かったんだね」
 まあ、知ってたけど。
「ああ、うん」
「クラスは違うけど、体育とか」
「あ、ちょっとその」
 俺の言葉を遮るよう声をかけられる。
「なに?」
「……同じ中学だっけ?」
「え……」
 どういう意味?
 同じ中学だっけって。
「……違うけど……」
「やっぱ、そうだよな。うーん。小学校一緒だった?」
 ってか、なに言ってんの。
 もしかしてさ。
 もしかしなくても、俺、覚えられてない?

「ま、まあいいや。そろそろ始まりそうだし。また今度ね」
「ああ、うん、またな」
 これ以上、みんなの前で、自分が忘れられてることを晒したくはない。
 ざわついてるけど、近くの人には聞かれたと思う。
 最悪だ。

 自分の列に戻る。
 ふと、視線を感じ隣を見ると、目が合った。
 背の高い、黒髪の生徒。
 泰時くんと同じ、4組だ。
「……聞いてた?」
 無言で目を逸らすのもなんだか態度悪いし。
 声をかけてみる。
「ごめん。聞くつもりはなかったんだけど」
「いや、いいよ。……一度、会っただけだから、忘れられててもしょうがないっていうか、普通っていうかさ」
「まあ、少ししたら思い出すんじゃないの?」
 軽い感じでそう言ってくれた。
 変に、忘れてた泰時くんのことバカにして欲しくないし、これくらいたいしたことじゃないって俺も思いたいし。
「うん、ありがと……」



 受かったかどうか勝手にチェックして。
 クラスもチェックして。
 お互い受かってよかったね、なんて言いあえると思ってた。  

 俺1人、ばっかみたい。
 泰時くんのおかげで、落ち着くことが出来て、ここに受かることが出来た。
 まあ、泰時くんがいなくても、結果は変わらなかったかもしれないけど。

 ……そういうの、全部俺だけが受けた影響で、泰時くんは関係なかったんだ。
 ただの気まぐれ?
 わかるよ、それも。

 たとえば、初詣とかで、偶然、隣になった人に「今日は寒いですね」って言っちゃうみたいな。
 ……そういうことでしょ。

 ああでも、なにこれ。
 たいしたことじゃないのに、なんか泣きたい。
 哀しいし、寂しいし。
 悔しい。

 ……俺、泰時くんのこと、好きなんだ。  




「かわいいねー、君。1年だよね?」
 入学式後、数人から声をかけられた。
 たぶん先輩で。
 たぶん部活の勧誘。
 なんとなく流して断った。
 正直、そんなんどうでもよくって。
 何人に声をかけられたかも覚えてないし、相手の顔も覚えてない。

 泰時くんにとっての俺も、たぶんその程度だったんだ。
 そう考えると、やっぱり忘れちゃっても普通かもしれない、なんて思えてくる。

 そうだ。
 普通。
 泰時くんは悪くない。
 ただ俺が、泰時くんの中に残れなかったのが、悔しかった。

 いまなら、さすがに大丈夫かな。
 朝、声かけた隣のクラスのって言えば、さすがに覚えてるよね。

 少しだけそんな期待をしてしまう。
 でも、俺は泰時くんの寮の部屋を知らない。
 クラスごとである程度まとまってるんだろうけど。
 一部屋一部屋回るわけにもいかないし。

 明日、声かけてみよう。
 早くしないと、また忘れられちゃうだろうし。



 翌日朝。
 1年4組の前で待ってみた。
 泰時くんが早く来るタイプなのか、そうでないのか、それもわからないけど。

 少しして、泰時くんの姿を見つけて、顔がほころびそうになるのをぐっと堪える。
「あの……っ」
「ああ。えっと……」
「昨日、俺っ」
「あー、そうそう。昨日、声かけてくれたよね」
 覚えててくれたんだ。
 それだけで、ほっとする。
 これでまた忘れられてたら、会話すら成り立たないような気がして。
「うん。昨日はいきなりごめん」
「いや、こっちこそ。俺のこと、知ってるんだよね?」
「うん……。でもその……一方的に知ってるだけで」
 咄嗟についてしまった嘘。
 だって……忘れられてたってやっぱり俺、思いたくないんだ。
 いや、嘘ってわけでもないか。
 実際、泰時くんの中で、俺は知らない人なんだし。
「あー、俺、同中のやつ多いから誰かに聞いた? まあいいけど」
「うん。あの、俺、笹田楓っていうんだけど」
「楓ね。よろしく」
「うん。よろしく。……クラスは隣だから、そこまで関わらないかもしれないけど。でも、体育とかは泰時くんと一緒だろうし」
「泰時でいいよ。てか、別に体育以外でも、放課後とかいつでも会えるしな」
「うん……」

「そろそろ教室入れよー」
 4組の担任らしき先生がそう声をかけてくる。
 もうそんな時間か。
「じゃあ、また……」
「じゃあな。楓」
 楓って、呼んでくれた。
 嬉しい。
 嬉しいのに、なんか苦しい。

 こうやっていくら話しても、また忘れられちゃうんじゃないかって。
 その不安が押し寄せて、気が気じゃない。

 近づいて忘れられるくらいなら、近づかない方がラクな気もするし。
 ひとまず、遠くにいた方がいいのかな。
 遠くにいるだけなら、傷も浅くて済む。
 ……なに考えてんだろ、俺。
 
 ばか泰時。
 お前が、覚えてればこんな悩まなくて済んだのに。