入学して、2ヶ月半。6月半ば。
 自宅から学校まで通っていたがやっぱり通学時間がかかりすぎるということで、遅れながらも寮へと入らせてもらうことになった。

 部屋は空いてるらしいし。
 よかった。
 でも、俺のせいで多少入れ替えとかあったりしちゃったんだろうか。

 自分の寮の部屋を確認してインターホンを押す。
 中から出てきた人は、なんだか不良っぽい人だった。
 この人恐いかも。
 髪、真っ赤だし、目も青いし。
 やっぱり、自宅からがんばって行った方がよかったかな。

 でも、ルームメイトになるんだよね。
 3年生の人らしいんだけど。
「あの、架月岬です。今日からこの部屋に……」
「岬ね。知ってる。俺、真乃凍也。よろしく」
 そう言って、手を差し伸べてくれる。
 俺は、その人と握手をして、部屋へと入り込んだ。

 第一印象は、そんな感じ。
 恐い人だと思った。
 たぶん、悪い人ではないと思うんだけど。


「岬、酒飲む?」
 真乃先輩はそう言いながら、唐突にお酒のビンを取り出す。
「えっ……いえ……」
「そぉ? 遅ればせながら入学祝いでもしようかと思ってさぁ」
 悪い人じゃないんだろう。
 だけれど、ちょっと変わった人だと思った。

 少し、違う。
 俺とは。
 不良?
 俺が真面目すぎるんだろうか。
 別に、俺だって『未成年だから』とかどうとか言うくらい真面目な考え方してるわけではないけれど。

 こういう場合、薦められたお酒は飲んだ方がよかった?
 まぁ大丈夫だよね。

「なにか、俺に聞きたいこととかある?」
 そう言われても。
 なにを聞いていいのか。

「あぁ、ベッドはそっち使っていいから。あと、机はこれね。夕食のとり方とかは今日、一緒に行けばいいよな。あとは……その都度、聞いて?」
 ほら。
 悪い人じゃない。
 なにも言えないで俺が困ってると、教えてくれるし。
 でも、俺が恐がってるって伝わっちゃったりしてるんだろうか。

 俺って、ノリ悪いかな。
 沈黙とか耐えれないかも。
 人見知りしちゃうし。
 というか、なんか恐いし。
「ちょっと、寮内見てきます」
「寮内探索? 一緒に行こうか?」
「え……あ、いいんですか?」
 二人でいるこの部屋での沈黙に耐えられないからなんだけど。
 せっかくそう言ってくれてるわけだし、俺、ずっとこの人と一緒の部屋なわけだし。

「お願いします」
「了解♪」
 そう、悪い人じゃない。

 俺らは二人で寮の部屋を出た。

「あぁ、一応地図貰ってんだっけ? でも、もう一度説明するな。地図には載ってないこともあるし」
そう楽しそうに言ってくれる。

「ここ、和室で管理人がいるんだけど、ほとんど見ることないかもね。出入り自由だから、中にあるお茶菓子とか貰ってってOKなんだ」
 そう言って中に入り込むと、置いてあったお茶菓子を取って、俺に渡してくれる。
「あ……ありがとうございます」
 管理人さんのじゃないのかなぁって思うけど。
 いいんですか? って、聞きにくいし。

「で、ここは応接室。誰かいるね」
 少し大きめの広間?
 なんていうんだろう、病院の待合室みたいだ。
 大きなテレビがある。

「こんにちはー」
 真乃先輩が、そこにいた子に声をかける。
 知り合い?
「え……あ、こんにちは?」
 相手の子、戸惑ってるみたいだし、初対面なんだろう。

「もしかして双子? なんかそっくりな子見たことあるんだけど」
「あ、兄貴だぁ。髪の毛、明るい子でしょ」

 この人、人見知りしないのかぁ。
 相手の子もだけど。

「じゃあねー」
 って。
 俺らはその子から、離れてまた歩き出す。
「あそこも自由にテレビ使ったりしていいから」
 にっこり笑ってそう教えてくれた。

 次は、寮の食堂。
「あ、岬、誰かと一緒に食べる約束とかしてた?」
「いえ、してないです」
「そ。よかった。じゃあ、あとで一緒に来ればいいな」

 いろいろと教えてくれて。
 また、自分たちの部屋へと戻る途中だった。

 前から金髪で、真乃先輩と同じように目の青い生徒。
 いかにも、不良って感じのする人がやってくる。

「お♪ お前も探索?」
 真乃先輩が、そう声をかける。
 この人は友達なんだろう。

「一人でいまさら探索するわけねぇだろ。お前んとこ行こうと思ってきたけど、ルームメイトくる日だっての忘れてたわ」
「悪いね。今日は、岬のために費やすから、お前の相手はしてらんないよ」
 冗談だと思うけど、つい『俺のことは、おかまいなく』って、言いそうになる。
 もちろん、口は挟めないし、俺は黙ったまま。
「これ、届けに来ただけ」
 そう言うと、その先輩が真乃先輩にタバコを手渡すのが目に入った。
「サンキュー♪」
「じゃあな」
 それだけ。
 その人は去っていく。

 タバコ。
 吸うのかぁ。
 まぁ、イメージに合ってるんだけど。
 つい、目線がそっちへと向いてしまっていた。

 俺らは自分の部屋へと戻って。
 真乃先輩は冷蔵庫から取り出したお茶を俺に入れて出してくれた。

 俺が、酒断っちゃったから、お茶にしたんだろうか。

「岬はタバコ吸う? さっき、気にしてたみたいだから」
 バレバレですか。
「いえ、吸ったことないです」
「そっか。あぁ、ほかにもいろいろ教えてやるよ。地図貸して? 落書きしていい?」
 俺は言われるがまま、今日学校で貰ってきた地図を手渡す。

「ここが俺らの部屋だろ?」
 そう言いながら、まず家の印を書き込む。
「で、ここ。2年の泉と4年の真辺雅先輩の部屋な。よし、四角マークつけとく。あとは……ここな。ここは2年の尚悟と4年の篠宮朱羽先輩の部屋。この二部屋は、中のやつ2人ともタバコ平気だから、俺たちの溜まり場になりやすいんだよね。もし岬も吸うことがあれば、この2部屋に…ってか、岬が吸うならこの部屋でもいっか」
 そんな裏情報があるのか。
「金曜日は、夜によく喫煙仲間で集まったりすんだけど、この2部屋のどっちかだろうな。岬もよければ来いな」
「はぁ……」
 なんか。
 よくわからない集会に誘われてしまったり。
 たぶん、少し違う世界の人なんだろう。
 悪い人じゃないんだけど。
 非行を普通だと思ってるっていうか。
 別に、俺も真面目じゃないけど。
 こういうのは隠れてこそこそするもんじゃあ……。
 一応、隠れてるのかな。

 そうこうしているうちに夕飯にいいくらいの時間になる。
 俺と真乃先輩は、寮の食堂へと向かった。

「なにがいい? オススメはね、チャーハン」
 そう薦められたら、チャーハンを食べざるをえない。
 まぁ、チャーハン、好きだからいいけれど。
「じゃあ、チャーハンで……」
「そこの自販機で食券買って、あの食堂の人に渡せばいいからね。上にジャンルわけがあるだろ? 麺類とご飯類と定食とで一応場所別れてるから、そこで渡すわけ。今日は、俺がおごってあげる♪ 岬は場所取りしておいて? そうだな。あそこのテーブル、取っといて? よし、じゃあお茶の用意も頼んだよ」
 にっこりそう笑って。
 俺が気を使ってしまうのを気にしてか、ちゃんと場所取りとお茶の用意を言いつける。
「はい」
 なんか。
 やっぱりいい人かも。

 お茶を2つ用意して、4人がけのテーブルについてすぐのこと。
「あれ、君一人?」
「でも、お茶二つ持ってるってことは、お友達も来るんだ?」
 そう先輩だと思われる人たちに声を掛けられる。
 結構かっこいい2人の男が、俺と向かい合わせで席につく。

「夕飯食べた後、俺らと遊ばない?」
「1年だよね。いろいろ教えてあげる」
 そう言いながら、頭を撫でてくる。

 もしかしなくてもナンパですか。
 どうしよう。
「俺……」
 ルームメイトの先輩が教えてくれるからいらないですとも言えないし。

「かわいいね。優しくしてあげるよ」
 頭を撫でてない方の先輩が、俺の頬をそっと撫でてくれるけど。
 俺はただ、どう断ればいいのかわからないでいた。
 どうにも出来ないでいると、前から来たすごい美人な生徒とふいに目が合った。
 先輩?
 にっこり笑ってこっちへと向かってくる。
「……ねぇ、じゃまなんだけど」
 美人な先輩は、俺の前にいる2人の先輩に向かって、後ろから声をかける。
 2人は顔をしかめながら、声の主を確認するように振り返った。
「あれ、真綾じゃん。真綾の連れ?」
「4人がけなんだし、空いてるとこ座ればいいだろ」
 それがわかってて、あえて邪魔って言ってるんだろうけどな、この真綾って呼ばれた先輩は。

「今、この子と話してる最中なんだよねぇ」
「そ? ……よければ俺が相手しますけど? 先輩」
 あれ。
 この人、先輩に向かって、邪魔とか言っちゃってたんだ?
 すごいな……。

「っていうかねぇ。その子、真乃先輩の連れだよ? さっき一緒にいるの見たし」
「え……マジで?」
「そうそう。まぁ声かけるくらいならいいけど? 軽い気持ちで手出しちゃったりしたらやばいよねぇ。真乃先輩、怒っちゃうかも?」

 真乃先輩って、有名人ですか。
「ね? 俺にしとこ?」
「いや、真綾の彼氏も恐いんだけど」
「いーの、あの人は別に。今日の夜、相手して?」
 そういいながら、真綾先輩は半ば無理やり2人を連れて行く。
 俺に、ウィンクを残して。

 俺が困ってるの見て、助けてくれたんだよね?
 真綾先輩……いい人だ……。
 というか、真乃先輩ってやっぱり恐いイメージ?

「ねぇねぇねぇ。いまさ、なにがあったの?」
 入れ違いで、今度はかわいらしい雰囲気の生徒が俺に声をかけてくる。
 この人も先輩かな。
 こういう人は、なんとなくしゃべりやすい。
「あ、あの2人の先輩が俺に声掛けてきて……。いろいろ誘われて困ってたら、真綾って先輩が助けてくれたんです」
「へぇえ。真綾ちゃんってねぇ。気まぐれだから。よかったね。ちょっと、聞こえたんだけど、真乃の連れって……」
「はい。真乃先輩のルームメイトで。連れてきてもらったんです」
「あー、じゃあ、岬くんだ。ね、そうでしょ」

「はぁ……そうですけど」
 俺のこと、知ってる?
「凍也ねぇ。あぁ見えて面倒見たがりだから。後輩のルームメイトが出来るのすっごい楽しみにしてたんだよ。それなのに、今年の部屋割りで1人になっちゃって、ルームメイトいないの残念がっててさ。よく俺の部屋に来て1年と遊んでんの」
 真乃先輩が1年と2年のころは、ルームメイトは先輩だったんだな。
でもって、2ヶ月半は1人だったと……。
「だからホント、岬くんが来ることになって、すごく嬉しがってるんだよ」
「あの、俺の名前とか知ってるんですね」
「うん。先に名前とかクラスとかの情報はもらえてて。凍也は見に行ってたかも」
 知らない間に、見られてたのかな、俺。
「凍也、わざわざ俺に名前とか教えてくれたし、一緒に夕飯食べるのとかも、ホント楽しみにしてたんだよね」

 そんなに、楽しみにしてもらえてたのか。
 なんか恥ずかしい。
 でも、俺って期待はずれだったりしないだろうか。
 お酒とか断っちゃったし、タバコも吸わないし。

 そうこうしてるうちに、真乃先輩が現れて、テーブルへとチャーハンを置く。

「おう、凪じゃん。どうした?」
「んー。凍也の連れだって小耳に挟んだから声掛けてみたの」
「どう小耳に挟むんだよ」
「真綾が、凍也と岬くんが一緒にいるの見たって言っててさ。で、岬くんがナンパされてたのを助けたみたいで」
「真綾いたんだ? っていうか、ナンパされてたって……」
「ちょっと声かけられて返答に困ってたら、その、真綾先輩が間に入ってくれたんです」
「そっか。大丈夫?」
「はい」
「じゃあ、俺もなんか取ってくる。この席、一緒にいい?」
「いいよ。取ってきな」

 凪って言われた先輩が、食券売り場の方へと向かって行く。
「今のは俺のクラスメートで白石凪な。で、さっき真綾って奴と会っただろ? あいつは2年で。美人だからすっげぇいろんなやつに目、つけられてる人」
 そう真乃先輩が教えてくれる。
「白石先輩も、美人っていうか、かわいらしいですね」
「あいつも結構、かわいがられてるからなぁ。岬もかわいいよ」
 にっこり笑ってそう言われても。
 冗談……なんだろうか。
 お礼を言っていいものなのかもわからない。
「はぁ……俺は……」
「かわいいって言われるの、嫌?」
「えっ? そういうわけじゃないですけど」
「よかった」
 真乃先輩って。
 やっぱりなんか変わった人のように思えた。


 真乃先輩と2人だとなんだか少し恐いような……緊張するんだけど、白石先輩がいると少し落ち着ける。
「岬くんは、部活入ってんの?」
「いえ……それほど運動が得意ってわけでもないんで、文科系でなにかあるかなぁとは思ってるんですけど」
「文科系? 美術部とかは? 俺の彼氏がね、美術部の部長なんだよ」
「……白石先輩は、彼氏さんがいるんですか」
「うん。岬くんは?」
 俺?
「俺は……え、彼氏ですか?」
「うん。もしかして、ノーマルなの?」
「あまり男とか女とかの意識は薄いですけど……。付き合ってる人はいないです」

 そんなたわいもない話をして、食事を終えて。
 俺らはまた部屋へと戻った。


 俺が、ベッドへと腰掛けると、思いがけず、真乃先輩が隣に座る。
「岬って、あんまり悪い遊びしないんだな」
 悪い遊び?
 タバコとかお酒とか?
「……そうですね」
 それが普通だと思うんですけど。
「俺のこと、恐い?」
 直球で、真乃先輩に聞かれてしまう。
「……そういうわけじゃ……」
 ちょっと恐いけど。
「ただ、緊張はしています。人見知りするんです。なんか……俺の知らないことたくさん知ってるみたいだし……」
「そう……?」
 恐がってるって、伝わっちゃったかな。
 申し訳ない。
 たぶん悪い人じゃないってわかってるけど。

「岬は、俺とは違う真面目な道を歩んできたんだね。中学時代とか」
 俺側の人の方が多いんじゃないかな。
 そんな風に思っていると――

「……キスしていい?」
「え……?」
 かなり唐突に、尋ねられる。
 なに。
 いきなり。
 駄目って、わけじゃないけど。
 意味わかんない。
 冗談って感じでもないし。
「……なんで、ですか?」
「俺は岬とはたぶん違って、中学時代からたくさんの男と体の関係持ってたし、平気でキスとか出来るんだよね。でも、岬もおんなじだとは思ってないから、急にキスしたら怒るかなって。だから、許可もらおうと」
 それもちょっと違う気がするけど。
「別に、俺もそこまで真面目な考え方じゃないんで、キスとか好きな人としか出来ないってわけじゃないんですけど……ただいきなりだったんで、どうしてかなって思って……」
「したくなったからって、理由じゃ駄目?」

 顔を寄せてくる真乃先輩を嫌がることが出来なかった。
 恐いからとかじゃなく、断る理由がなくて。

「ん……」
 唇が重なって、舌が入り込む。
 初めての感覚に、顔が熱くなった。
 そのまま、真乃先輩はそっと俺を押し倒す。

 口が離れて、上から見下ろされて、頭がボーっとした。
 不良っぽくて恐いと思っていた容姿もなんだかかっこよく見えてくる。
「岬……」
 真乃先輩の手が、思いがけず俺の股間に触れて、体がビクついた。
「いい?」
「え……」
「……したこと、ない?」
 H……だよね。
「ない……です」
 少しだけ、沈黙が続く。
 真乃先輩は先に進むこともなく、俺を待っててくれた。
「俺……」
 こんな急に……。
 別に、この人嫌いじゃないし、恋人としかやらない……って、絶対的にそう思ってるわけではないけど。

 真乃先輩は、もう一度、俺に軽く口を重ねる。
「岬。いいよ。やめとこう?」
 そう言いながら体をどかすと、俺の腕を取って起き上がらせた。
「……なんか、すいません」
「いやいや、いいよ。俺のこと、手の早い男だって思った?」
「いえ、そういうわけでは」
 多少、思ったけれど。
 でも手が早いって言うより、こういう行為に関して、ライトに考えているというか。
 そういう感じかな……。
「ただ、どうしてしたいって思うんだろうって……」
 あ、また、ただしたくなったからって言われるかな。
 ヌければいいって考え方なんだろうか。
 キスがしたいってのと、Hがしたいってのじゃだいぶ違う。
 なんていうか。
 Hは、欲求不満の解消って気がするから。
「岬、犬は好き?」
「犬? 好きですけど」
「かわいい犬見たら撫でたくなったり抱きしめたくなったり、するだろ? かわいい子見たら、キスしてHしたくなる、そんな感じかな」

 真乃先輩は、そう例えてくれた。
 真乃先輩にとっては、そういうことらしい。

「もう一度、キスだけしていい?」
「……はい」

 俺らはまた唇を重ねた。
 真乃先輩の舌がゆっくりと俺の舌を絡め取っていく。
「んっ……ぅん」
 なんていうか、気持ちよくて。
 こんなに不良みたいで恐いのに。
 すごく優しいキスをしてくれる。
 頭をそっと撫でてくれて。
 ゆっくりと、名残惜しむように口が離れていった。

「じゃあ、ちょっと出かけてくるから。風呂場使っていいよ。おやすみ」
「はい……。おやすみなさい」

 真乃先輩が、部屋から出て行ってしまう。
 Hしようと思ってたくらいだし、用事があったわけじゃないんだろう。
 誰かとやりに行くのかな……。
 なんだか俺は、気が気じゃなかった。