智巳先生と別れて、俺は3年の教室に向かった。
自分のクラスじゃない、隣のクラスを覗く。
担任の先生も1限目の先生もまだいなかった。
ちらっとだけ確認して、すぐにドアから離れる。
それでも、あいつは出てきた。
「おはよ」
「気付くの早すぎだろ」
「凍也の視線、感じたから」
岬とは大違い。
「……これからサボるんだけど」
そう告げると、
「俺もサボろうかな」
少し期待していた答えが返ってきた。
何も話さず、ただ屋上に向かう。
今日は天気がいい。
屋上の日が当たるフェンスの前に腰を下ろすと、そいつも隣に腰を下ろした。
こうしてただ座って。
なにも話さなくて。
ときどきセックスして。
そういう友達で。
すごくラクで、好きだった。
気を使わなくてよかったから。
勝手に涙が溢れてきて、自分は情緒不安定なんだと思った。
こいつは鈍感じゃない。
絶対気づいてる。
それでも、何も言わない。
そういうところも全部、好きだった。
違う。
いまでも好きなんだ。
俺の周りには、心配してくれる人が多すぎて。
気づいてるくせに、ほっといてくれる人なんてほとんどいないから。
身を乗り出してきたそいつが、俺の頬を撫でる。
目を伏せた瞬間、溜まっていた涙が零れ落ちた。
口を塞がれて、舌を絡めとられて、少し頭がぼんやりして。
おかげで、気持ちが落ち着いてくる。
言葉なんていらない。
そう思って、俺はいつも言葉にしてこなかった。
「はぁ……めんどくさいだろ、俺」
顔を俯かせて、口が離れた瞬間、呟く。
「めんどくさくてもいいよ」
「ラクだから、セフレだったんじゃん?」
「ラクだからセフレになって……好きだから続けてたんだろ」
好きじゃなきゃ続けてない。
いまは……続いてない。
「終わったじゃん……俺ら」
「俺は終わらせたつもりないよ」
顔をあげさせられて、もう一度、キスされる。
好き。
こいつの好きは、友達の好き。
友達のキス。
全部わかってる。
痛いほど。
まだ少し痛い。
俺とは違う好きだから。
「……もうすぐルームメイト、出来るんだけど」
「ああ、いま1人だったんだっけ」
「かわいい子で……好きに……なるかも」
少し声が震えた。
こいつが少しでも傷つけばいいのにって思ってる。
嫌がってくれたらいいのに。
「そんなかわいい子なんだ?」
「ん……」
「じゃあ、もうやめよっか」
そう告げられて、俺はまた泣きたくなった。
いや、もう泣いていた。
そんな俺の頭を撫でながら、
「前に、凍也が俺に言ったんだよ」
そう教えてくれた。
ああ、俺、こんなこと言ってたんだ。
俺も、こいつのこと傷つけてた。
終わったのは、恋人を作ったこいつのせいだと思ってたけど。
ずっと友達として接してくれてたこいつを裏切って、俺の方からやめようって切り出した。
恋人じゃなくて友達だから、やめるとか終わるとか、そんなのないって思ってたこいつに、終わりを告げたのは俺だった。
あのときこいつは、なにも言わずに頷いた。
だったら俺も、頷いたらいい。
そう思うのに、気持ちがぐちゃぐちゃで。
されるがまま、もう一度、キスをした。
「……なにこれ……別れのキス?」
「ん……ただキスしたくなっただけ」
「なんだよ、それ」
「わかるだろ。凍也なら」
わかる。
ただしたいってだけ。
俺も、ただしたい。
意味なんてない。
「終わらせたつもりないって……お前、本気で思ってんの?」
「思ってる」
「さっきやめよっかって言ったのは? 終わらせるつもり?」
「凍也の真似しただけ」
お前の中では、まだ続いてんのかよ。
終わらせるつもりもないのかよ。
「ホント……バカじゃん。なんでずっと続いてるとか思ってんだよ」
「友達だから」
「小学生かよ」
「そうかもね」
ホント、バカ。
「ルームメイトのこと……好きになりそうって俺に言われて……どう思った?」
「ん……思った以上にショックだった」
「へぇ……」
「あの日、凍也が拗ねたのもわかるなー」
「拗ねたとかじゃねぇし。ふざけんな」
睨みつける俺を見て、そいつは小さく笑った。
「……あーあ」
やっぱり、嫌いになれないわ。
「つーかお前、間違ってるし。好きになんないならやっていいって話だったろ。セフレの条件」
「それはまた別の好きだろ。好きでもないやつと、セフレも友達も続けらんないって」
「……そうだけど」
「凍也が俺とセックスしてくんなくなったのは『そっちの好き』になっちゃったから?」
「黙れ」
「黙らないよ。かわいい」
「お前、結局、やめたくねぇの?」
「うん……やめたくない。別の意味だけど、凍也のこと好きだから」
ああ、別ね。
わかってる。
とっくにもうわかってる。
むかつく。
「……セックスすんの?」
「凍也がしたくないなら考える。俺はしたいけど」
「お前の彼女は? 結局、恋人優先すんだろ。そいつがやめろって言ったら……」
「言わないよ。友達付き合い制限するようなやつなら、付き合ってない」
「……俺のルームメイトは……わかんない」
「うん。凍也がルームメイトのこと好きになって、俺よりそっちを優先したいって思ったら……そんときやめたらいい」
本当は俺だってやめたくない。
ルームメイトが許してくれたらなんて、淡い期待を抱いてしまう。
「俺って最低だなー……」
「凍也が最低なら、俺も最低だよ」
「お前が最低なのはもうわかってんだよ」
「でも好きだろ」
「ほんと……マジでやなやつ」
好きだけど。
「しょうがねぇから、続けてやる」
面と向かって言うのもなんだし、少し顔を俯かせながらそう告げた。
「ありがとう。好きだよ、凍也」
「そういうのやめろ。続けるってことは……もう好きになんねぇって意味だから」
「もう? まるで以前、好きだったみたい」
「黙れ」
「でも、俺と同じ意味の好きではいてくれるんだよね」
めんどくせぇ。
「言わなくてもわかってんだろ。好きじゃなきゃ、続けねぇよ」
せっかく視線から逃れられてたのに、また顔をあげさせられる。
「わかるよ。でも確認させろよ。新しいルームメイトとか、恋人にはこんな泣き顔、見せらんないよね?」
アゴを掴まれて、逃げるに逃げれない。
「……見せらんねぇかもな」
「俺には見せれるの?」
言って欲しいんだろうな。
「見せたくて見せたわけじゃねぇけど。いいよ。ダチだし、見られても」
仕方ないから、欲しがってる言葉を言ってやる。
「ありがとう。おかえり」
抱き着いてくるそいつの頭を引き剥がしながら、もう一度、今度は俺から、唇を重ねた。
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