「凍也、ちょっといい?」
 夜、食堂へと向かう途中、そう俺に声をかけてきたのは、寮の管理人をしている須藤さん。
「なに? 久しぶりに俺と遊んでくれるの?」
「それもいいけど。お前、いまルームメイトいないだろ」
 須藤さんの言う通り。
 1年と2年の頃にはいたけど、3年になったいま、俺にルームメイトはいない。
「あれってどう決めてんの? 俺が問題児だから1人なの?」
「ある程度、真面目な子のところに後輩を割り当てるって考えもあるけど、なにも不真面目だから1人ってわけじゃないよ」
「ふぅん……」
 でも不真面目認定は、されてるわけか。
「それで……1人なの、どう?」
「ん? いいよ。いつでも人呼べるし?」
「うん……」
「けど、今年は後輩と一緒だって思ってたから、ちょっとだけ残念かな」
 だからといって、いまさら変えられるもんでもないだろうけど。
「あ、もしかしてルームメイトと喧嘩して変わって欲しいやつとかいた?」
「基本的にそんなわがままは通らないよ。虐めレベルなら考えるし、勝手に部屋変わってる分には黙認するけど」
「だよねー」
 じゃあ、いったいなに?
 思わず首を傾げる。
「……実は、自宅から通ってた1年生が1人、やっぱり寮から通いたいみたいでね」
「え……」
 いまは6月。
 2か月ちょっと通ってみて考えが変わったってこと?
「凍也、いまさらだけどルームメイト増えても平気?」
「俺の部屋に来るの?」
「凍也がいいなら。出来ればダメって言って欲しくないけど」
「ダメじゃない」
 友達の凪が、ルームメイトの後輩になにか教えてあげてたり、かわいがってるの、すごく羨ましいと思ってたんだよね。
「どんな子? もう学校にはいるんでしょ」
「1年5組の架月岬って子。寮に来るのは1週間くらい先の予定だよ」
「岬ね。了解! やったぁ、ありがとう、須藤さん!」
「凍也が乗り気でよかったよ。よろしく」

 上機嫌で食堂に向かうと、凪と、そのルームメイトの啓吾が向かい合わせで夕飯を食べていた。
 俺は注文したうどんをテーブルに置いて、啓吾の隣に座る。
「凪、啓吾、聞いて聞いて!」
「なに? いいことでもあった?」
「実はもうすぐ俺にもルームメイトが出来るんだ〜」
「もうすぐって……そんなことあるんですか?」
 啓吾は箸をとめて俺に尋ねた。
「そうそうあることじゃないんだろうけど、自宅通いしてた子が、寮通いに変えたいんだって」
「へぇ……。凍也先輩、嬉しいんですか?」
「うん。お前らのせいで俺もルームメイト欲しくなったの」
 凪と啓吾は、お互いきょとんとした表情で顔を見合わせる。
 どうやらわかっていないらしい。
「なんか仲良くしてっし、楽しそうだし、俺も後輩に慕われてぇし」
「俺の部屋来てよく啓吾くんのことかわいがってんじゃん」
 たしかに俺は凪の部屋で啓吾と居合わせるたび、かわいがろうとしてはした。
 それでも、凪の方が当然、啓吾といる時間は長い。
「かわいがり足りねぇの。もっとイチャイチャしてぇもん」
「俺は別に凍也先輩といちゃついても全然いいんすけど、ルームメイトってそういうもんでしたっけ?」
「程度に差はあると思うけど、仲良くするもんだろ」
 啓吾は長身で、かっこいいタイプの男だけれど、どうにも下の子って感じが隠せていない。
 兄が2人いるらしいし、かわいがられ慣れているんだと思う。
 そういう俺にも兄がいるけど、弟や妹はいない。
 だからこそ、年下の面倒をみたい気持ちだけは人一倍、あるのかもしれない。
「ってか啓吾、俺といちゃついてもいいんだ?」
「割り切って少し遊ぶくらいなら」
「タチ?」
「どっちもいけるけど、深敦とするときタチだから、ネコの方が抵抗ないかな」
 深敦ってのは、啓吾の恋人だ。
 ときどき凪の部屋で居合わせる。
「えー、啓吾くん、どっちもいけるの!? 聞いてない!」
 凪がここぞとばかりに食いつく。
「聞かれなかったんで」
「凍也がするなら俺もする!」
「凪先輩とすると、兄貴が面倒なんですよね」
 そういえば、凪の彼氏は啓吾の兄貴だったっけ。
 とはいえ同じ部屋だし、どうせ少しはしてるんだろう。
「じゃあ凍也も啓吾くんとイチャイチャするの禁止ね!」
「は? なんでだよ」
「俺のルームメイトだもん。俺の方が仲良くしたいの!」
 それはわからないでもないけど。
「まあいいよ。俺にもルームメイト出来るし」
「どんな子かわかってるの?」
「1年5組の架月岬って子。啓吾知ってる?」
「知らないけど、5組なら深敦と同中のやつがいたような……」
「なるほど……後でいろいろ聞きに行くかー」
 そう告げる俺を見て、凪は楽しそうに笑った。
「調べる気満々だね」
「いいだろ」
「俺も協力する」
「サンキュ」



 その後、深敦と同中の智明って子を紹介してもらって、岬のことを少し調べさせてもらう。
 部活はとくに入っていないらしい。
 それも、家が遠かったせいなのかもしれない。
 昼休み、購買で買ったパン片手に、教室内で弁当を食べる岬をドアの外から眺める。
「声、かけねぇのかよ」
 付き合ってくれた友人、霞夜が俺の隣で呟いた。
「いまはな」
 先に会って、やっぱり家から通うとか、ルームメイト変えて欲しいとか言われてもやだし?
 まあそういうことはないと思うけど。
「1週間後には、あの子のこと、かわいがれるのかぁ」
「それ、どういう意味で言ってる?」
「まあ、いろんな意味だけど?」
 あんなかわいい子だし、やっぱり、少しくらい手を出したい欲もある。
 霞夜は、呆れた様子で俺から視線を逸らした。
「少しは自重するよ。わりと真面目そうだし。あ、俺、怖がられるかな」
 少し不安になっていると、霞夜が俺に肩をぶつけてきた。
「普通にしてりゃ、問題ねぇって」
「酒とかたばこ、隠した方がいい?」
「どうせバレるだろ。コソコソする必要ないんじゃね?」
 たしかにそうなんだけど。
「ああいう真面目でおとなしそうな感じの子ってさ。本当だったら俺とルームメイトになってなかったって思うんだよね」
「どういうこと?」
「一応、それなりに相性の良さそうなやつ同士、同じ部屋にしてるんじゃないかってこと」
「1年だし、わかんねぇだろ」
 だとしても……だ。
「俺が不真面目で後輩に悪影響だから、1人にさせられたんじゃないかって思ってたからさ。そんなところに行かされることになっちゃって、なんつーか、かわいそうじゃん?」
 もうすぐルームメイトになる岬に目を向けたまま、隣の霞夜に告げる。
「考えすぎだろ。1人で気楽だって思ってた奴んとこ行かなきゃなんねぇプレッシャーくらいはあるかもしんねぇけど」
「そんなん気にしなくていいのにね」
「実際はな。でも、アイツは気にするかもしんねぇって話」
「じゃあちゃんと歓迎してあげないと」

 岬を眺め続けていると、俺に気付いた智明が近くにやってきた。
「凍也先輩、岬に用事なら、呼んで来ましょうか」
「いや、呼ばなくていいよ。あと、俺が岬のこと見に来てたのも秘密で」
「俺の口からは言わないでおきます」
「ありがと。岬の好きなもんとか、わかれば教えてくれると嬉しいけど」
 俺がそう告げると、隣にいた霞夜がまた俺に肩をぶつけてきた。
「そういうのは、自分で直接、聞いた方がいいんじゃねぇの?」
「歓迎会するから、ちょっと先に知りたいだけ」
「盛大にやりすぎて、びびらせねぇようにな」
「わかってるって」
 俺たちのやりとりを見て、智明が小さく笑う。
「好きな食べ物とか、さりげなく聞けたら聞いておきますね」
「よろしくー」
 そうして、智明と別れた直後、
「お前らなにしてんの」
 後ろから声をかけられる。
 振り返った先にいたのは、智巳先生だった。
 去年まで、俺たちの学年の数学担当だったけど、今年は1年を担当しているらしい。
「智巳先生、いいところに」
「つーか、もうすぐ授業始まるし」
「すぐ戻る。あのさ、智巳先生の目から見て、岬ってどういう子? 教えてよ」
「なんで?」
「智巳先生、人のこと見る目ありそうだし? 俺、もうすぐ岬とルームメイトになるんだよね。でもまだしゃべったこととかなくて」
 智巳先生は、なるほどといった様子で頷くと、意外なことを口にした。
「凍也がルームメイトなら、安心かもな」
「え……」
 岬は真面目だから、俺なんかとルームメイトじゃ危ないとか、言われると思ったのに。
「どういう意味?」
「あいつ、ちょっと天然っつーか、抜けてる感じでね。かわいいし、目つけてるやつもそれなりにいるんだろうけど、いまんとこ本人は無自覚っぽい。寮生活になったら、マジで誰かに食われんじゃねぇのって思ってたから」
「それで、なんで真乃だと安心なんだよ」
 すかさず霞夜が突っ込む。
「用心棒的な? 凍也のルームメイトだって解かれば、多少は抑止力になんだろ」
 まあ、どちらかといえば怖がられることの方が多いし、智巳先生の言うことも理解できる。
「だから、俺、岬のルームメイトに選ばれたのかな」
「ん−……須藤さんなら、そこまで考えてるかもね」
 そっか。
 そういう子か。
「それって、俺が食っちゃうのはあり?」
「どうだろう。俺はわかんないけど、須藤さんはいいと思ったのかもしんないね。手出す出さないはさておき、ある程度、早いうちに周り固めたら?」
 智巳先生の言ってる意味がよくわからなくて、俺はすぐさま聞き返す。
「周り固めるって、どういうこと?」
「凍也と、凍也の友達のやべぇやつらバックにつかせるってこと」
「やべぇやつらって……」
「お前、朱羽とか雅とかとつるんでんだろ」
 智巳先生が言う朱羽とか雅ってのは、どっちも4年の先輩で、やばいっつーか、敵に回したくないタイプの人たちだ。
 教師が生徒のことをやべぇやつなんて言うのはどうかと思うけど。
 喫煙仲間でもあるし、やべぇのは否定できない。
 智巳先生も、本当はそこまでわかってそう。
「とりあえず、もう授業始まってるから、一応、教室戻れ?」
 智巳先生に言われて気づく。
 いつの間にか、チャイムが鳴ってたらしい。
「ごめん! 教えてくれてありがとー」
「そんじゃあな」
 教室へと入っていく智巳先生を見送った後、霞夜と一緒に、自分達の教室へと向かった。