「…はぁ…」
誰もいない…って、俺はいるんだけど。
一人きりの図書室で、大きくため息とかついてみる。
でもため息なんてついたところで、悩みや考え事が吹っ飛んでくれるわけでもないし。
意味のない行動だってのは、わかってた。

明日は、修学旅行で。
俺ら3年生は、午後の授業がなかった。
彼女の陸と図書室で昼休みに待ち合わせをして。
本当だったら、今、ここで陸とラブラブ〜な予定だったのに。
びっくりなことに宮本先生がいて、俺が陸にいろいろしてるとこ見られちゃって。
陸は宮本先生に気づいてないみたいだったんだけど、そのまま、続けるわけにもいかないっしょ。
途中でいきなりやめた俺を、陸が不快に思って逃げちゃったわけ。
しかも、陸は、行為中に『駄目』って口走っちゃったことで、自分に非があると思い込んでるし。
違うんだけどなぁ。
そんなわけもあり、陸は帰っちゃうし。
俺は、宮本先生を責めるわけにもいかないし。

一人、ここに残ってるってわけだ。

宮本先生には、『全然大丈夫だから気にしないで』みたいなこと言っちゃったけど。
実際、よくわかんねぇ。
俺らが好きあってるのにはなにも変わりないし、支障もないんだけど。
ただ、結局、俺は、これからどうすればいいわけ?
今回のことは、なにもなかったみたいな態度をとるってわけにもいかないだろうし。
俺だって、陸が好きだから、いくら駄目とか言われても、ホントはやりたかったりするっての。

考えがまとまらなくって、
どれくらいの時間、こうやってボーっとしていたのかわからない。
ドアの開く音に気づきそちらを見た。
「…拓耶…?」
ドアの先には、湊瀬先輩が立っていた。
「あれ。先輩…」
時計を見ると、もう5時間目が終わって休み時間に突入していた。
「拓耶…。めずらしいね。あ、明日、修学旅行だっけ」
3年のクラスから図書室ってのはわりと離れているから、短い休み時間にここに来る3年生ってのはほとんどいなかった。
教室の近い4年生でもあまり来ない。
実際、俺ら以外には、誰もいなかった。
「そうなんすよ。修学旅行」
先輩は、借りてた本を返し、また別の本をすばやく選んで借りていた。
「読書家ですねぇ」
「そうかな。次の授業が自習でね。その時間、利用しようと思って」
「そっか」
「……拓耶は…? なんかあった?」
「え…」
なんかあったって…?
どういうことだろう。
驚いて先輩を見ると、『やっぱり』と言わんばかりに、軽いため息をつかれてしまう。
「めずらしく、曇ってるよ」
俺の表情が?
「わかります…?」
「なんとなくね…」
「そっか。まぁなんつーか、彼女と上手くいかなくって」
軽いノリでそう言うと、先輩は、本を傍らに置き、俺の腕を軽く引っ張って。
あろうことか、俺の体を抱き寄せた。
「え…」
別に、抱かれるくらいどうってことない行為だよ。
だけど、まさか湊瀬先輩にやられるとは思ってなくって、つい、言葉を失っていた。
「…拓耶さ…。めちゃくちゃ苦しそう。すごく、無理やり笑ってる感じがして、見てるこっちがつらいって」
俺を抱きしめたまま、俺の頭を手で支えてくれながら、やさしくそう言ってくれる。
「先輩…」
「たまにはね、人に頼りなよ。拓耶って、なんでも一人で抱え込むだろ…?」
優しいな…湊瀬先輩って。
なんか、涙出てくる。
「俺…。彼女に手、出せないんです…」
少しだけすがりつくように、先輩の背中に回した手でシャツを掴みながら、そう言うと、先輩は、俺の頭をそっと撫でてくれた。
「でも、とりあえず、したことはあるんだろ…? 前、美術室で言ってたよな。確か、ほら。彼女が純粋だから、付き合いだして3週間くらいたってから、やったって…」
そう。
前、美術室で、付き合ってからどんくらいでやったかって話になったことがあって。
そう言ったのは覚えてる。
「あれ、前の彼女…。今の…陸とは、まだ…キスとかはしますけど…」
たぶん、驚いてるんだろうけど、湊瀬先輩は、あえてなのか、そんな素振りは見せないで、『そっか』ってやさしく言ってくれた。
「前の彼女とは、だいぶ違うんだ…?」
「ん…。陸は、そういうの、苦手なんです、たぶん…。不安とか恐怖とかあるんだろうけど…」
「うん…。はじめは、やっぱみんな、そうだろうね。不安とか恐怖とか…あると思うよ」
「だから、陸が怖がったり嫌がったりしても、俺は、理解出来るんだけど…。でも、実際、拒絶されたらって思うと…怖くて…。俺が、陸を不安がらせたり、怖がらせたりするのかと思うと、なにも出来なくて…」
先輩は、俺の頭をいい子いい子するみたいに撫でながら、そっと強く抱きしめてくれる。
「…拓耶はいい子だね…。陸はさ…そういうの苦手ってなると余計、やりにくいかもしんないけどさ…。たとえば、やるのが嫌で、拒絶しちゃったとしてもだよ? 拓耶がやりたいと思ってくれることは嫌じゃないだろうからさ…。ましてや恋人同士なんだし…。むしろね、拒絶して、そこで拓耶がやめちゃったら、陸も罪悪感で苦しいと思うよ」
あぁ。当たってるや。
駄目って言われて、あれは宮本先生がいたから、ちょうど止めたんだけど。
陸、俺にごめんって言ってたし、罪悪感、感じてるっぽかった。
「じゃぁ、どうすれば…っ」
「拓耶の方が、不安がってるやん…? 大丈夫だよ。お互い好きなんだろ? 逆に、拒絶されても、拓耶は、ショック受けたり、それからまったく手、出さなくなったり、そういった態度とったら、陸が、罪悪感で苦しむってこと、忘れないようにしなよ」
「はじめから、なにもしない方がいいってことはないですか?」
「そうだね…。なんていうか、陸もさ…。たぶん、拓耶が気ぃ使って、やらないっての、もう気づいてるんじゃないかな…。だから、拓耶に気を使わせちゃってるって思ってるかも…」
罪悪感、感じてる?
「もう、どうすればいいのか、わかんなっ…」
「大丈夫だってば。落ち着けって。やりたいって思われるのは、うれしいはずだし、恋人同士なのにそう思われないのは、逆に不安だろ」
じゃぁ、今、中途半端にしか手、出してない俺って、もう陸を不安にさせてたりするんだろうか?
「おまえら、お互い、気ぃ使いすぎなんじゃないかな…」
そう…なのかな…。
湊瀬先輩って、すごいな、やっぱ。
いろんな人が、この人に頼ったり甘えたりしちゃうの、すごくわかる。
すごくすごく、いい人なんだ。
俺は、少しだけ甘えて、もう一度強く、湊瀬先輩をギュっと抱きしめた。
「ありがと…」
そう言う俺に、
「どういたしまして」
明るくそう言って、軽くポンって、俺の頭を叩いてくれる。
なんか、涙が出るほど嬉しいや。

そっと、体を離して、もう一度、軽くお辞儀をする。
「たまには、人に頼ったりするのもいいだろ? 気がラクになる」
にっこり笑ってそう言ってくれる。
「はい♪」
「うん…。よかった。ちゃんと笑えてるよ」
湊瀬先輩は、ものすごくやさしい笑顔をする。あったかいな。
置いてあった本を取って、湊瀬先輩は、『じゃぁね』って、図書室のドアの方へと向かう。
時計を見ると、いつのまにか、休み時間は終わってしまっていた。
「すいませ…先輩っ」
「自習だし、かまわないよ。まぁ自習じゃなくっても、いきなり話切ったりするつもりはないけど。俺の授業なんかより、大切だろ?」
「そ…んな…」
恩ぎせがましくもなくそう言ってくれる。
すごいうれしいや。
「ありがとうございましたっ」
「いえいえ」
本を持ったままの手を軽く振って、湊瀬先輩は、図書室をあとにした。



俺の中で、さっきまでのもやもやがなくなっていた。
陸のこと、好きなのは、ホントにホントで。
大切だし。
傷つけたくないし。
苦しい思いもして欲しくない。

そのためにも、あまり気を使わずにいることも大切で。
やりたいって言い方は、なんか悪いけど。
とにかく、気持ちだけは、ぶつけたい…なんて思うわけで。

なんにしろ、今、罪悪感、感じてるだろうし、どうにか解放してあげたい。
俺は、さっそく、寮へと、急ぎ足で向かった。



「陸…?」
部屋をノックして。
カギもかかっていないみたいだったから、そっと扉をあける。
「…拓耶…」
まだ、申しわけなさそうな顔してる。
ごめんね…って、心の中で呟いてから、立ち上がる陸の体を抱き寄せる。
「…っ…な…」
「さっき、途中でやめたのはさ…。ホント、図書室だからで。別に陸が嫌がったからとかじゃないから」
「…じゃぁ、俺が嫌がっても、お前はやるつもりだった…?」
そうきましたか。
「…わからないけど。やりたいよ」
これでどうよ。
少しだけ、俺の体に寄りかかって、その重みを強く感じる。
「顔、あげて」
少し躊躇してから顔をあげて、戸惑いがちに俺を見る。

好きだよって。
何度も言うと嘘っぽいからあんまり言わないけど。
気持ちを込めて、そっと口を重ねる。
「…っ…」
陸の唇を舌で濡らして、軽く吸い上げてやってから、中に割り込ませた舌先で歯列をなぞり、敏感な歯茎の部分をもなぞる。
「んっ…ンっ」
俺のシャツを少し引っ張って、その刺激に耐えている陸がものすごくかわいらしい。
なかなか口を開いてくれない陸の頬をそっと撫でると、俺の意図がわかったか、そっと口を開いてくれる。
「っぁっ」
陸の舌の上を自分の舌で軽く撫でてから、すくい上げて絡ませて。
少し体を離して逃げがちになっていたが、それでも俺の腕を取った陸の手が、強く爪を立てる。
頭を支えて、深く口を重ねて。
ときどき、口を離して、口からも酸素補給をするが、すぐにまた、口を重ねた。
すべて受身系で戸惑いがちな陸の舌先を、そっと吸い上げてやる。
「っンっ…ぅンっ」
俺の腕に爪を立てていた手の力がなくなって、代わりみたいに、俺の体に陸が重くのしかかった。
まともに立っていられないようで、俺は陸の体をそっと支えたまま、床へと一緒に座り込む。
抱いたまま、キスをしたまま。
俺が下になって、寝転がる。
「んっ…」
少し嫌がるように、手で俺の体を押しのけるようにしながらも、行き場のない足でしょうがなく俺を跨ぐ。
「んぅっ…」
重力に従って、陸の口から、俺の中に唾液が送り込まれる。
それを最後の最後まで受け取るみたいに、陸の舌を吸い上げて。
名残惜しみながら、唇をそっと吸ってやりながら、口を離した。

陸は、自分が、俺の上に、足を跨いで乗ってしまってることを恥じて、それでも、慌てないで、さりげなく俺から降りた。
「…いきなり…何…っ…誰か…来たら…」
「こないよ。カギしめたし。雪ちゃん、帰ってくるにはまだだいぶ時間、あるし…」
ベッドにもたれるようにして座る陸に近づいて、ズボンの上からそっと股間のモノを撫で上げる。
「っやっ…んっ…」
ゆっくりと、じらすように、撫で回しながら、陸の首筋にキスをする。
「ンっ…っぁ…っ…」
首筋のキスを嫌がっているわけではないのだろうけれど、ビクンと体を竦めさせる。
「ね。足、開いて」
「………っ…」
俺の方を見ないまま、そっと頷くと、足をゆっくりと開く。
正面に回りこんだ俺は、陸のズボンのチャックをそっと下ろしていく。
「っ…や…」
嫌…?
あえて、聞かないよ?
陸は、つい洩らしてしまった声を消すかのように、俯いたまま、口を手で抑える。
取り出した陸のをそっと手で擦り上げてやると、その刺激に耐えるように、自分の指を噛んでいた。
「っンっ…ぁっ…拓耶…っ…くぅンっっ」
ピクンと体を仰け反らせた瞬間に、陸の色っぽい表情が伺えた。
俺は、床に転がって、手にしていた陸のモノに、そっと舌を這わす。
「っあっ…ンぅっ…ゃっぁあっ…」
口の中に含んで、舌を絡めながら軽く吸ってやると、陸は体をビクつかせて、自然と足を閉じようとしていた。
「やぅっ…ンっ…拓っ…ぁっ…や…だっ」
俺の頭を足ではさむみたいな状態になりながら、俺の髪の毛を軽く引っ張る。
「っやっ…だっ…もっ…離…っあっ…ぁんんっ…やぁっっっ」
俺の口に出すのが抵抗あるようで、必死で嫌がる。
別に構わない。
俺は、そのまま、口に含んだままで、舌で刺激を送ってやった。
「っやっぁっ…もっ…あっ…拓…っ、やぁっあっ…やぁああっっ」
足で強く俺をはさんでしまいながら、ビクンと体を震わせ、俺の口の中へと、精液を放つ。
俺は、それを最後まで飲み干してやった。

陸は、そっと足を広げて俺を開放するものの、自分の顔を手で隠して俯いたまま。
もしも、おいしかったとか言ったら、めちゃくちゃ怒るだろうな…なんて想像しながら、俺は、陸の腰に手を当てて、引き寄せる。
「っなに…っ」
悪いけど、今日は、ここでやめる気はない。

もし、陸が俺を拒絶して、俺がそれを受け入れて、やらず終いになったとして。
それで陸が罪悪感とか、別に感じてくれなかったとしても。
罪悪感とか感じないなら、まぁいいかってわけでもなくって。
俺自身がしたいってのもあるし。
それに陸は、罪悪感、感じるに決まってる。
もう付き合って3年目だし。そろそろ、陸も思ってるだろ…?


背もたれにしていたベッドの位置が後ろの方にいってしまったせいで、陸の体が軽く傾く。
起き上がろうと、床に手をつく陸を尻目に、俺は、陸のズボンと下着を膝あたりまで一気に引き抜いた。
「っ拓耶っ」
「…したいんだよ…。陸」
陸は、俺がまじめに言った頼みごとは、わりと嫌がらないでなんでも聞いてくれる。
俺自身が、そんなに陸に無理なわがままを言ったりしないってのもあるんだけど。
今回に関しては、陸自身、罪悪感があるからかもしれない。
なにも言えずに、そっと顔をそむける。

俺は、全部、ズボンと下着を陸の足から抜き取って、そっと、膝にキスをする。
「っン…っ」
陸が、自分の体を自分の腕で支えてるのが辛そうで、俺は、陸の後ろに体を割り込ませ、ベッドにもたれた。
「陸は、俺にもたれて…」
陸の体を足の間に入れながら、引き寄せて後ろから抱く。
「…拓耶…。俺…っ」
「…………」

やっぱり嫌?
怖くて聞けないよ。
嫌って言われたらどうする?
でも、陸が嫌がってんのを無視してやることもやっぱ出来ないし。
聞かないわけにもいかない。
嫌って言われたら。
もう、手を出すのは、やめよう。
そうだな。キスまでにしよう。
それでも、俺は、陸が好きだし。
それは、かわらないし。
陸だって、俺を好きでいてくれるよな…。
「…ごめん、陸。なんか焦ってた。…嫌…?」
あ。俺、馬鹿。
声、震えちゃってやがる。
なんて情けない声出してんだよ。
もっと軽く聞いてやらないと、陸だって断りにくいだろ。
わかってるのに、そんな声出しちゃって。
心とは裏腹に、陸の体を強く抱きしめてしまう。
あれだけ湊瀬先輩に勇気付けてもらって。
俺自身、いろいろ結論づけたはずなのに、怖くて涙が出そうになってくる。

「馬鹿…」
陸を抱いた俺の腕に、そっと手を絡めてそう呟かれる。
「え…」
「なに、お前、声震わせてんの…? 弱…」
「…弱いよ…俺は」
「…拓耶…俺だって…。こうゆうの恥ずかしいし、やっぱ苦手なのとかあるけど…。だけど…好きだから、絶対にやりたくないってわけじゃないんだよ」
めずらしく好きだといってくれて、それがうれしくて、俺はまた陸の体を強く抱きしめた。
「…というか…ホントは…拓耶のこと…もっと…知りたい…」
小さな声で、恥ずかしそうにもそう言ってくれた。
だけれど、その声色が、なんだか不安そうで、泣きそうで。
ほかにもなにかあるんだろうなと予想させた。
「…じゃぁ…いい…?」
「…ん…不安なんだ…」
「わかるよ」
「違う…んだよ…。拓耶はいろいろ知ってるし、いつも俺のこと思ってくれるから…行為自体は不安じゃないんだ…」
行為自身は不安じゃない…?
じゃあ、何が不安…?
「…不安って…」
少しだけ、予想がつく。
だけれど考えることを頭が拒んでいた。
「拓耶に嘘ついてたかもしれない」
「…嘘…?」
「…拓耶に、やられたら…俺…」
聞きたくない。
でも、俺に、陸の言葉を止める権利なんてないし。
むしろ、聞く義務があるはずで。
「…うん…言って…」
また、声、上ずってる。
俺は、弱いから。
聞きたくないから、そんな声で。
耐えるように、陸を強く抱きしめる。
「陸…。言って」
少し言い迷ってる陸に催促すると、そっと、手を絡めた俺の腕を見ながら、俯いて。
「………深月を思い出す…」
静かに、そう言った。