「あの…俺のバス…というか、3号車って、他にどの先生が座るんでしょうか…?」
やっぱ気になって、職員室に寄ったついでに学年主任の片山先生に尋ねてみる。
「宮本先生は3組でしょ? 1組か8組から順番に出てくことになるから、1組と8組には乗り合わせるけど、あとは、2人、2組と7組で、真ん中に挟まれる3組から6組は1人ずつだよ」
一人…ずつ…?
俺、一人?
「…そう…なんですか」
そうか。
8クラスもあるから、1、2、7、8で、余分に4人増えて、もう12人も先生がいることになる。
多いよ、多い。
全部のクラスのバスに乗り合わせるわけないか。
それに、車で行く先生とかたまにいたよな、昔。

俺らは、空港まで、バスで行って、それから飛行機だろ?
飛行機の座席とかどうなんだろ。
って、そんなこと聞きまくったら、あれだよな。
「飛行機の座席は、そのとき配るから」
「え…」
って、先に言われてしまった。
俺、不安そうな顔とかしてたかな。
「もっと気をラクにしてくださいって」
「あ…はい」
よかったよかった。
学年主任が、片山先生みたいに優しい先生で。
「飛行機かよ」
少し、ボソっとそう言う声が聞こえ、振り返ると桐生先生と樋口先生が、俺の視線に気づいて『なんですか?』と言わんばかりの笑顔を向ける。
…こっちから聞こえたと思ったんだけど…。
俺は、なんでもないと、首を軽く振って示し、また片山先生に視線を戻す。
「明日からまた、よろしくお願いします」
「いえいえ。そう気兼ねせず。学年主任ってだけで、立場は変わりませんから」
俺、新米だから全然違うと思うんだけど。




本当は、拓耶に、もう一度ちゃんとありがとうって言いに行きたいんだけど。
学生寮に行くのもなぁ…。
また、なんかの邪魔しちゃうかもしんないし。
やめた方がいいよな。

結局、本を借り忘れ、また図書館に行く気力もなかった俺は、自分の部屋にある昔からのお気に入りの本を持っていく事にした。



次の日。
修学旅行当日。
妙に緊張する。
昨日だってまともに寝たか今んなってわからなくなってきた。
なんか、意味わかんないけど。
「宮本先生。気をつけてくださいね」
運動場に立つ俺の後ろからそう声をかけてくれたのは柊先生。
意外といい人だ。
めちゃくちゃ緊張してたからこそ、なんか身にしみる。
「…柊先生…。ホントに行かないんですか…?」
「少しの別れは、再会したときの価値を上げます」
それって。
たとえば、『障害があるほど燃える』とか、そんなノリに近いのだろうか。
確かに、3日間別れれば、会ったときに、久しぶりってなるけど。
「一緒に行くのもいいですけど、こうやって見送るってのも、なんか新婚さんみたいでよくないですか?」
「聞いた俺が、馬鹿ってことですね」
「いえいえ。たまには離れてみるのも新鮮でいいってことですよ」
新鮮もなにも、俺、別に、そこまで長く柊先生と付き合いないんだけど…。
「離れてみてわかることもあるわけです。俺より、宮本先生がね」
「俺…?」
「そう。俺と離れて。考えてみてください」
遠まわしに、『離れている間も俺のこと、考えてて』とか言ってる…?
いやいやいや、違うだろう。
まぁ、ここ最近、どこからともなく絶えずひょっこり現れてて、絡まれてたからな。
離れてみれば、いろいろと柊先生に関して気持ちの整理がつくかもしれないというのは確かだ。
俺に、気持ちの整理をしろってこと…?
「…普段から、柊先生が来なければ、考えれるんですけど…」
「近くにいるのに、行かないことなんて、出来ないでしょう?」
そうですか、そうですか。
強制的に、離れようというわけですね。
「…わかりました。じゃ、見送ってください」
「新婚さんみたく?」
「普通の見送りで構いません」
あえて、軽くあしらってみる。
だいぶ、柊先生に慣れてきた。
柊先生の方は、それに対して、つまらないだとかそういった感情はないらしい。
むしろ、慣れる俺を、楽しそうに見てくれているようでもあった。

「ちょっと、ついてきてくれます…?」
そう言われ、ただ、『わかりました』と、ついていく。
なんだろ。
運動場のすみ。
大きな木のところまで連れていかれる。
「あの…なにか…」
「やっぱり、別れる前に、俺のこと、ちゃんと頭ん中、残して欲しいから?」
…から…?
俺の腕を取って引き寄せると、柊先生は、口を重ねる。
「っんぅっ…」
なにしてんだよ、この人は。
大きな木にもたれかかる…というよりは、柊先生によって、押し付けられていた。
「ンっ…んぅっ…」
押しのけようとする手に力が入らない。
送り込まれる唾液が、顎を伝った。
柊先生の片手が、俺の股間あたりをズボンの上から何度も擦りあげる。
「っんっ…ンっ…んぅンっ」
口を解放されても、なにも言い返せない。
「はぁっ…ぁ…っ」
ズボンの上からでも、十分、気持ちいい。
「ンっ…ぁっ…ぁくっ…」
「されたい…?」
「はぁっ…何…っ…?」
「いえ。別れる間、別に浮気してもかまいませんから。頭では俺のこと、考えといてください」
そう言うと、俺を解放して、頭を軽く叩いてから、『じゃあ』って別れを告げる。
柊先生が、行ってしまったあと、つい脱力からそこに座り込む。

わかんない人だ。
でも。
俺、されたいとか、思った。
はぁあ…。
好き…なのかな…。

ってか、浮気してもいいって…?
それ以前に、まだ柊先生が本気だとは言ってないんだけど。
しかも中途半端なところでやめましたね。もう…。

「宮本先生♪」
俺に気づいたのか、拓耶が話しかけてくれる。
めずらしく、一人。
俺が、こんなとこで座り込んでることに関しては触れないでいてくれた。
もしかしたら、柊先生は、拓耶がくるのが見えたから、やめたとか…?
……そんなことないか…。
「早いな」
「ん。宮本先生としゃべろうと思ったから♪」
にっこり笑ってそう言うのが、冗談なのかよくわからない。
「元気?」
不意にそんなことを聞かれ、つい首を傾げてしまう。
「元気なんだね♪」
なにを読み取ったのか、そう言うと、俺の頭をポンポンっと叩く。
「なっ…拓耶っ…先生を叩くとはなんだっ」
「いーじゃん。友達になってよ」
「なんだよ。俺に教わることはなにもないって言いたいのか?」
「違うって♪どうしてそう裏をかくかなぁ。遊ぼ♪」
遊ぶ…?
…こういう関係も、悪くないか。
しゃがんで、拓耶がなにかカバンから取り出すのを見守る。
「あのな…拓耶…。ありがとな」
そっと言うと、うつむいたまま、少し笑うのがわかった。
決して、からかうような笑いじゃなくって。
「どういたしまして♪」
楽しそうにそう言ってくれる。
拓耶が、カバンから取り出したのは、アメリカンクラッカーだった。
「…なつかしいモン、持ってるんだな…」
「一度、やりだすとハマらない?」
いや、ハマるけど、今の、高校生が持ってるとは思いがたい代物だ。
「どこで売ってるわけ?」
「んー。だいぶ前、銀行でもらった」
なまなましいな。
棒のついた新型でなく、玉二つをそれぞれ紐で吊るし、そこに輪のある旧型だ。
拓耶は旧型のアメリカンクラッカーを二つ、取り出し、ひとつを俺に渡す。
「どっちが長引くか勝負」
「えっ」
俺、あんまりやったことないのに。
「拓耶、出来るんだ…?」
「出来るよ♪」
「ん。じゃぁ、5回、下で溜めてからスタートな」
「ラジャ♪」
躊躇してたら、出来ないんだよな。
力学的にもそうだと思う。
まっすぐ振り下ろせば出来るはずなんだよ。
ただ、その理論に反射神経がついてきてくれるかで。
上でぶつかったあとは、無理に引き上げずに、はじける玉たちに任せておいて、軽く流れにそって、引き上げて。
問題は、下でぶつかったあと。
これが、いい具合にぶつかって弾けて広がったあとに、振り下ろす。

よし。ばっちりシュミレート。
「いいよ。準備出来た」
「宮本先生、なんの準備してたわけ? まぁいいけど♪じゃ、いくよ」
「うん」
「じゃ…1…2…3…4…GO♪」
そのGOに合わせて、拓耶と俺の持ってるクラッカーが、大きくカチカチと音を立てる。
うるさ…。
意外に響く。
「宮本先生、出来るじゃん♪」
悪いけど、俺には、しゃべる余裕がない。
気を抜いたら、外しそう。
そう思ってたのに。
「なにやってんの?」
後ろからかかる声に、びっくりして、タイミングがずれる。
「あぁあっ!?」
案の定、外した。
「俺の勝ちだ♪」
「今のはっ…話し掛けられたからっ。だからっ」
「わかったって。今のは、なしね♪」
意外にもあっさりそう言われると、それはそれで、申し訳ないような気がする。
ムキになってしまった自分が恥ずかしい。

無視してしまっていた声の主を、振り返って確かめると、桐生先生…。
「話し掛けて、悪かったね」
少し楽しそうに笑いながらそう言う。
「いえっ…あの、俺の集中力が足りなかっただけで…でも、無視とかするつもりでもなくって…っ。決して桐生先生が悪いわけじゃ…っ」
「じゃ、俺の勝ちだ」
含んだ笑顔で、拓耶が言う。
あぁもう、意地悪だ。
「なつかしいもん持ってんのな。誰の?」
「俺の♪」
「拓耶、久しぶりだな。貸してみ」
この2人、交流あるんだ……?
桐生先生は、いとも簡単に、アメリカンクラッカーを上下に振り鳴らす。
簡単そうにやる仕草といい、すごい…。
俺、しゃべる余裕もなくなってたのに。
「すげぇね、桐生先生♪さすが、年食ってるだけあるっつーか♪」
「なぁんか、余計なこと言っちゃったね、拓耶くん」
そう笑いながらも、左手を差し出す桐生先生に、暗黙の了解で、拓耶がもうひとつ、俺の持ってたクラッカーを渡す。

まさかとは思ったが、左手でも、クラッカーを鳴らし始める。
「おぉおっ」
拓耶が、心底驚いていた。

右手と同時にやり始めるならまだしも、右手はすでにやってる最中だし。
そこから左を入れるのは、タイミングも速度も違うわけで。
右手の速度を保ったまま、左を…っ。

すごい…ひとつでも、難しいのに。
つい、尊敬のまなざしで、拓耶と一緒に見入ってしまう…。

けど、両手でアメリカンクラッカーやってるのって、なんかかっこわるい…。
まぬけみたいだ。
ただよかったのは、桐生先生が、それを簡単にやってるってこと。
めちゃくちゃがんばって真剣に2つやってたりしたら、なんともいえない無駄な努力というか。
そりゃ、簡単にやってるのも、サーカス団のピエロみたいだけどさ…。

「はい、終わり♪」
なにが『はい』なのかわからないが、そっと安全にクラッカーの動きを止める。
これもまた、高度だよな…。
「すげぇ、すげぇって。教えてっ」
拓耶がすっかり桐生先生のテクニックに惚れている。
「もちろん♪いつでも、持っておいで」
俺も、習いたい…かも。
でも、そこまで、俺、桐生先生と仲良くないし。
「両手をそれぞれ切り離して考えるんだよ。右は右。左は左。慣れもあるだろうけど。セックスにも応用出来るから♪」
…えげつな…。はじめ、ちょっとなるほど、とか思った自分を悔やむ。
「あはは♪右と左、同時に攻めれるってわけですな♪」
ノるなよ、拓耶ぁ…。
一人、話に入れず、視線をそらす俺に気づいてなのか、桐生先生は、少し笑って、俺の肩に手をおく。
「受け子ちゃんには、いらないテクかな…」
耳元で、そう囁く。
この人の囁き声って、なんか、色っぽいよなぁ。

にしても、そんな風に言われると、両手クラッカー技を覚えるのが、恥ずかしくなってくるじゃないか。
いいよ、いいよ。
一人で、がんばってみよう。

「あっと。そろそろ生徒集まってきたな。俺、ちょっと行かなきゃなんないから…」
少し慌てたように、桐生先生は俺たちに別れを告げた。

「拓耶。悠貴は一緒じゃないんだ…?」
「宮本先生としゃべるから先行くって言ってあるし。悠貴は、彼女と一緒に寝てると思うから」
冗談でもなく、普通にそう言う。
「悠貴…彼女…」
どう言えば、いいかわからず、単語を無駄に並べてしまっていた。
「うん。2年生。すげぇ美人だよ。退屈よりは、危険を選ぶって感じだね」
…古い歌の歌詞にあったよな…。
退屈よりは危険を選ぶって。
退屈よりも…だっけ…?
知ってんのかな。
まぁいいや。
「陸ほどじゃないけど」
少し楽しそうに、拓耶は俺に言う。
退屈どうこうじゃなくて、美人って方だろう。

あえてなのか、陸のことを言ってくれる。
別に、知られてもかまわないってな感じで。
そうされると、見てしまった俺の罪悪感ってのも少し薄れた。
あいかわらず、いい奴だな。
「陸は…いい子だよね…」
「でしょでしょ。数学苦手だけど」
「…うん…。でも、がんばってる」
「俺が、教えてやってんの♪」
そうだったのか。
「悠貴の彼女より、かわいいし、純粋だし、いい子だし♪」
ホント、好きなんだな。

…でも、後ろに悠貴いるんですけど。
これは、どうなんだ。
「陸はいい子だよなぁ」
拓耶の上から、わざとらしくそう声をかぶせていた。
「…でも、悠貴の彼女の方が、エロくて積極的で、いやらしいかなぁ♪」
悠貴に気づきながらも、振り返らないで俺にそう教えてくれる。
でも、それ、イイトコなのか、よくわかんな…。
「拓耶って、お世辞でも、ほかの奴のこと、陸より上に言わないよな」
「陸以上なんていませんから?」
ラブラブですこと…。

そう。
結局。
2人、大丈夫なんだろうか。
仲直り、してくれたんだろうか…。
ついため息が洩れる。
「宮本先生♪俺らのことは、そう気にしなくていいよ。大丈夫♪」
バレたのかな。
そう言ったあと、指で校舎の方を指す。
「え…?」
見れば、先生たちは自分のクラスの前にそれぞれ立っていて。
生徒もたくさん集まっていた。
「やば…っ」
「じゃね♪また」
「うん」
俺は、いそいで、3組の生徒の前に立った。

というか。
じゃね…じゃなくって、拓耶と悠貴もつれてくるべきっだったような…。

つまらない…って言ったら悪いんだけど、校長の話が終わって、みんなバスに移動。
1組、2組のあと俺のクラス。
生徒たちがみんな入り込んだあと、最後に俺がバスに入る。

俺の席……
「…あれ…? 鈴…?」
俺の席じゃないけど、運転手の後ろ、一番前の席に鈴が座り込んでいた。
その隣には陸。
「宮本先生、席、変わっちゃだめ?」
『元の席にもどれ』なんて言えないし。
鈴の席には、また別の生徒が座ってる。
陸の席は忘れちゃったけど…。
まぁ、いっか…。
「うん。いいよ」
どっかの席が空きなんだろう。
「班長、班員が全員ちゃんといたら、手、あげて」
そう言うと、ちゃんと6人が手をあげる。

班員が嫌いで、そろってないのに手をあげる…とかないよな…。
うーん…。
「数えてきましょうか?」
そう言ってくれたのはバスガイドさん。
「あ…お願いします」
数えつつ後ろまで行ってくれて、帰ってきたバスガイドさんは、
「生徒さん、36人いますよ」
そう伝えてくれた。
大丈夫だな。うん。
「もう出発していいですか?」
「あ、お願いします」
運転手の人に頼むと、1組、2組のバスの後ろをついて、空港の方へと出発した。



「宮本先生、ゲームしない?」
「ゲーム?」
「うん。4人まで出来るから」
そう言って、鈴がゲームボーイを1つ貸してくれる。
陸と鈴の持ってる物と線で繋がれていた。
3人で、電源を入れたぐらいのときだった。
「あははは♪俺が王様」
すっごい、声響くんですけど。
まだバスに乗り込んですぐだし、周りがそんな騒ぎまくってないって理由もあるけど。
「……あのさぁ…。俺のクラスじゃない子が来てるみたい…」
「2人、入れ替えみたい」
鈴はそう教えてくれる。
「ちょっと見てきていいかな」
「うん。じゃ、その間、2人で進めてるからね」
俺は、いったん、ゲームボーイを返して、声がした後ろの方へと向かった。
「じゃぁ、3番の人、かおるちゃんにディープキスをどうぞ♪」
一番後ろの5人がけの椅子。
真ん中あたりに座り込んだ拓耶が、俺と目が合ったからか、ワザと俺を見たままでそう言う。
 かおるちゃんって…俺だよな…。
「3番、俺だね」
そう言ったのは、桐生先生。
「なんでっ…」
「まぁまぁ…」
腕を引っ張られ、バスが運転中でゆれていることもあり、桐生先生の体の上へと、自分の体がよろめく。
 抱きしめられて、後ろから頭を捕まれ、そっと口が重ねられた。
「っんっ…」
そっと舌が入り込んできて、俺の舌を絡めとる。
「っンっ…っ」
なんか、桐生先生に対して嫌がることも出来ないし。
さりげには逃げようとしてるんだけど。
軽く舌を吸い上げられるような感覚に頭がボーっとする。
そっと口を離すと、いやらしく唾液の糸が引いた。
「っはぁ…っぁ……」

「はい。じゃ、棒回収〜」
拓耶の声で、現実に戻る。あわてて、桐生先生の体からどいた。
「っちょ…なんで、いるんですかっ!?」
拓耶と悠貴はこの際、いいよ。変わってるんだろう。
「いやぁ、宮本先生が心配で」
「そういうこと」
樋口先生まで…。
「…いいんですか…。ついてきても…」
「まぁ、いいんじゃない? ちゃぁんと、生徒たちには課題作っといたし」
「邪魔するわけじゃなし? 俺らは2人で同じところに遊びに行くだけだから?」
いまいち、納得できないけど、俺が言える立場じゃないしな…。


「なんで…俺のバスにいるんですか…」
俺のって言っても別に、自家用とかじゃないけど。
「宮本先生が心配で来たわけですし。このバスに乗らないと…」
俺が心配ってわけでもないんだろ…?
ただ、乗り込みやすいだけだろ…。
つい、そう思ってしまう。
「悠貴は…?」
「俺は智巳先生ラブだから」
あ。
拓耶が、図書館で言ってた智巳ちゃんってもしかしなくても、樋口先生のことだったのか。
そうにっこり笑って下さっても…。
「じゃぁ、拓耶は…」
あぁ、陸ラブだから…?
「俺はいっつも悠貴と一緒だから♪桐生先生も智巳ちゃんも好きだし」
陸のことにはふれないんだ…?
やっぱ、普段は付き合ってるって雰囲気、見せないようにしてるのかな。
心の中では陸のこと、考えてるに決まってるのに。

俺がなにか考え込んでるのがバレたのか、拓耶は立ち上がると
「…宮本先生、陸と一緒になにしてたの?」
俺の耳元でそう聞いた。
「え…」
「もちろん、ホントは陸のこと、気になって気になってしょうがないよ」
そう静かに言う拓耶の方に顔を向けると、声のトーンとは裏腹に、にこにこ笑ってるだけ。
「…ん…。鈴と陸と俺で、ゲームしてた」
「そっか♪」
「……。じゃぁ…また…」
ってのもなんか変だけど、俺は前の席へと戻った。


「後ろ、にぎやかそうだったねぇ」
「うん…。なんか、桐生先生と智巳先生もついてきたみたいで…」
「桐生先生、いるんだ?」
鈴って、桐生先生と仲いいのかな…。
「呼んじゃ駄目かなぁ?」
「え…。俺は…いいと思うけど…」
陸の方に目を向ける。
「俺も、別にいいけど?」
俺らの了承を得てから、鈴は後ろへと向かう。
「あ、気をつけなよ」
運転中なんだから。

陸と二人になると、ついいろいろ考えてしまう。
陸は、俺が図書館で、陸と拓耶がいろいろしちゃってるのを見たっての、知らないんだよな…。
もしかして拓耶から聞いたかもしれないけど。
「宮本先生…。あまりぎこちなくしないで下さい」
少しだけ恥ずかしそうに俺を見る。
「え…」
俺は、陸の隣の席へと座った。
「昨日…見てたって拓耶から聞きました。見ちゃったの、気にしてるんだったら、別に気にしないでいいし…」
やっぱ、言ったのか。
「ごめ…。陸…。俺、見ちゃって…どうすればいいのかわからなくって…。陸の方こそ、気にしてるだろ…?」
 そりゃ、先生に見られちゃったら気にしないはずがないだろ。
「…ん…。でも…」
「陸の方こそ、気にしないで…って言っても、無理かもだけど…えっと…」
オロオロしちゃってた俺を見てなのか、くすくす笑う。
「え…」
「なんか、キリないんで…。お互い、気にしなくっていいってことで、いいですか?」
かわいいな。あいかわらず。
「うん…」
「俺…。あのとき嫌がっちゃって…。そのせいで、拓耶がやめてくれたのかと思ったんです。拓耶はいつも俺のこと考えて行動してくれるから…」
拓耶って、ホント陸が好きだよな。
というより、いい奴なんだよ。
「うん…。拓耶もあのあと、俺に、気にしなくていいってすっごい言ってくれたよ」
「…全部、自分で抱え込むんですよ…。つらいこととか…全部」
「…うん…。そういうタイプだよね。すごい強いよ…」
俺のこと、すごく気遣ってくれる。
「俺、いままで、いろんな人に隠してきてたんで、あんまり人にこういう話、したことないんです。見られたこともないですけど…」
「…俺も…。というか…俺、この学校来てから初めてのことだらけで…。話なんてする相手、いなくって…」
柊先生以外にさ…柊先生のこと、誰に聞くんだよ。
「…宮本先生…なら…いいかなって思うんです…」
少し、顔をそらしつつ、そう言った。
「いいって…」
「話…出来そうな先生だって…いままでにいないタイプの先生だから…」
あ。
なんか、俺、いまめちゃくちゃうれしいかも。
頭がポーっとする。
「…先生…?」
「あ…うん。ありがとう。いろいろ話してもらうのって、すごくうれしいから…」
「先生は大人だし…聞いてくれると、俺の方だってすごくうれしいです」
大人って言っても…。
男同士の恋愛に関しては、まだまだ初心者ですが。
「あ…あのさ…。俺も、陸に…話聞いてほしいんだけど…」
「え…」
だって、俺、本気で誰にも話せなかったし。
「桐生先生とか、なんか…申し訳ないけど、純粋な気持ちとかさ…そういった話に乗る感じじゃないし…。先輩だから、そんなこと話したりしたら、迷惑かもってな感じもあったりで…。あ、陸ももちろん迷惑だったらいいんだけどっ。…生徒とも話せなくって、俺、いつも一人で考え込んでて…。こないだも、俺が窓でボーっとしてるとき、話しかけてくれてすごい嬉しかったんだよ。誰に話せばいいかって…。あ、柊先生にって陸は言ってくれたけど…その…柊先生に言えないこともあるわけで…」
「はい」
俺が、混乱しながらもグダグダ言ってるうちにも、にっこり笑って陸が答えてくれる。
「あ…」
「話してください」
「ありがと…」
すごくうれしいや。
「ありがとうっ」
ついついうれしくって陸の体を抱きしめる。
なんていい子なんだ。
くぅう。大好きだよ。

そっと、体を離して、落ち着く。
「鈴、遅いな…」
「後ろで遊んでるのかもね…」
「…ちょっとだけ、見てくるよ」
俺は陸には悪いと思いつつも、少しだけ様子を見に行った。
「鈴…? 陸、待ってるよ」
「うん、ごめん。なんか、深刻そうに2人、話してたから」
あ、俺らのせいか。
「いや、いいんだよ」
「じゃ、行こう」
鈴の言葉に合わせて、前に戻ろうとする俺の服を引っ張る人が一人。
「…拓耶…?」
そんな俺をよそに、鈴と桐生先生は、前へと進む。
立ち上がった拓耶は、俺の耳元にまた口を近づける。
今度はなにを言うつもりなんだ…?
「…陸、かわいいでしょ…」
少し含みがあるようにそう言われる。
「え…」
「抱きごこちとか」
見られ…てた…か。
「ごめ…あの…つい」
「ま、いいけどさ♪ずいぶん仲良くなったね」
今度は、普通に、なんでもなくそう言った。
「うん…ちょっと」
「そっか。ってかさ…。桐生先生連れてかれると、俺、ここに居づらいんだよね…。悠貴、マジで智巳ちゃんラブだから」
そうそっと冗談っぽく楽しそうに教えてくれる。
「じゃぁ、拓耶も前くる…とか…」
「陸が嫌がるかもしんないし、いいよ。少し、お邪魔虫になってる」
そう言って俺を見送ってくれた。


「遅いよー」
鈴にそう言われ、俺は空いている桐生先生の隣へと座る。
「はい」
また、鈴に渡されたゲームボーイの電源を、今度は4人そろってONにした。
「鈴、4つも持ってきたんだ?」
「違うよ。さすがにそんなに持ってないって。1つはルームメイトから借りて、あとの2つは陸が用意してくれたから」
「陸、2つ…」
「ひとつは…友達のだよ」
少しだけ言いとどまった態度が、なんか拓耶のじゃないのかなぁとか思わされる。
って、俺、変に意識しすぎだ。
拓耶のだろうが別にいいじゃんか。もう…。

4人で、ゲームに熱中しているうちにも、もうすぐ空港だというバスガイドさんの声が響く。
「じゃぁ、そろそろしまおうか」
俺がそう言うと、素直に鈴と陸は片付けの準備をした。
やっぱいい子だ。たまらなく。
「…結構、いい感じに教師してるじゃないですか」
楽しそうに桐生先生に言われてしまう。
あぁ、もしかして少しは本当に心配とかしてくれてたんだろうか。
「…うちのクラスはいいんですけど…。なんか、苦手なクラスとかあったりで…」
「んー。この学年のことなら智巳ちゃんに相談した方がいいかも」
樋口先生…?
「去年と一昨年、この学年の数学担当だったから」
つい首をかしげてしまった俺を見てか、そう説明してくれる。
そうか。
俺が今年は受け持ってるけど、今の3年が1年や2年のときは樋口先生が受け持ってたわけで…。
どうだったんだろうな…。
「あの…俺…」
あまり樋口先生と話したことない…なんて、桐生先生に言うべきじゃないよな…。
「なに?」
「いえ、なんでもないです」
「そぉ? ま、俺も智巳ちゃんも暇だから、なんでも聞いてくれてかまわないから」
にっこり笑ってそう言ってもらえるとすごく安心する。
しかも樋口先生もいいのか。
また、俺が言い迷ったことをあえて追求しないのとか、すごくいいよな。
ただ、どうでもいいだけかもしれないけど、無理に聞きだされるのとかって、やっぱ嫌だし…。

そうこうしてるうちに、空港の駐車場に到着。
みんなでバスを降り、中へと入り込んでいった。


「お前らなんでいるんだ…」
学年主任の片山先生。
やっぱりというかなんというか怒り気味…?
あぁ、もしかして、バスに乗せた俺も共犯になってしまうのだろうか。
しかも、昨日、他に乗る人いないか確かめたのとか、なんか空席があるか確かめたみたいに思われそう。
桐生先生と樋口先生、あきらかに俺の近くにいるわけで、3号車乗ってたってのはもうバレバレだろうし。
「あぁあ、すみませんーっ」
つい不安で、そう口から出てしまっていた。
「いや、宮本先生が謝らなくってもいいんですよ」
片山先生は、謝る俺を慌てて制する。
「でも…俺…」
バスに乗せちゃった…とか言ったら、逆に桐生先生たちを敵に回しそうだし。
「俺らが、隠れて忍び込んでただけだから。宮本先生はなんにも悪くないし?」
少し冷めた口調だけど、そうやって樋口先生が、片山先生に言う。
なんか、冷めてる分、逆に台詞のあったかみを感じるな…なんて。
意味わかんないこと思ってみたり。
「それくらいわかってる」
この2人の性格、ある程度、把握してるのか…?
なんにしろ、俺が共犯じゃないことはわかってもらえてよかったかも…。
「授業はどうしたんだ?」
「ストライキ」
楽しそうに桐生先生が言うそばで、樋口先生は、すでにもう片山先生から目を離して遠くの売店を見ていた。
「なに言って…っ」
「あー、冗談だって。課題ちゃんと置いてきたから」
「それでいいと思ってるのか」
「よくなくっても、そうなわけ」
どんなことでも正論にする力とか持ってそうだな、この人。
「…言っとくけど、チケット、お前らの分ないぞ…?」
チケット…。飛行機の席のことか。
「今から、2人、誰か先生、帰るとか」
樋口先生、やっぱり聞いてたのか、あっさり残酷なことを。
「お前らが帰りなって」
少しあきれたように片山先生も返していた。
「冗談。実は取ってあるし」
取ってある…?
俺が樋口先生を見ると、俺の視線がバレたのか不意に目が合ってしまい、つい戸惑っていると、手品みたいに、絡めた手の中から飛行機のチケットが…。
「おぉお…」
つい声がもれる。
手品みたい…って言うより手品なのだろう。
「お前、どこから」
「いや、昨日、普通に頼んだから」
あ、やっぱり昨日の『飛行機かよ』っての、空耳じゃなかったんだ…。
にしても、昨日になって、やっと飛行機だって気づいたあたり、あまり計画性とかはなく突発的なものなのかもしれないな。こうやってついてくるってのは。
今日が平日じゃなかったら、席、取れそうにないよな…こんないきなり。
「勝手にしてくれ…」
そう言うと、片山先生は、1組の方へと行ってしまっていた。

「っつーわけで、俺らも一緒に修学旅行、行くから」
桐生先生がそう俺に言うけど…。
勝手な人だなぁ。
でも、実は少し安心したり…。
不安でいっぱいだったから。
樋口先生にも、これをきっかけに少しは仲良くなれるかなぁ…なんて。
樋口先生って、なんかそっけなそうで、怖いんだけど…。こうやって桐生先生についてきて、修学旅行来ちゃうくらいだから、見た目ほどそっけない人でもないんだろうな。

「宮本先生、よろしく」
いろいろ考え込んでると、樋口先生の方からそう言ってくれる。
「え…あ…はい、よろしく…です」
「いろいろ、話したいことあるし?」
話したいこと…?
なんだろ…。
変に怖いんですけど。
「はい…」
「そう不安がらずに。別に、調教しようとか、そんなんじゃないし」
そこまでの想像はしてないけど。
なんか、怖いこと言われんのかなぁとか。
先輩から、お叱りが…あるのかなぁとか…。
「またあとで。部屋、行くから」
「は…い…」
樋口先生…。
いったい、俺に、なにを言うつもりなんでしょうかね…。