3年6組…。
よりによって、このクラスの授業に遅れるとは。
でも、桐生先生がかわりにいてくれたおかげで少し助かった。

3時間目の3年6組での授業は結局、その後、桐生先生から引き継いで。
今日の数学の授業は、それで終わり。
3年生は明日の修学旅行の準備で、午後授業がないから。
4時間目は、各クラスでの学活みたいなもんが入っていた。

というか、柊先生、俺が午後、授業ないってことくらい知ってるだろうに。
わざわざあんな時間帯にやらなくっても…。
だからって、午後だったらよかったかどうかとか、疑問だけど。


「じゃぁ、明日のバスの席、決めるから」
3年3組。俺のクラス。
なんか、修学旅行とかわかんなくって。
わざわざバスの席とかって決めるのかなぁ…。
言ったあとで気になってくる。
でも、こんなこと、いちいち、ほかの先生に聞きに行くわけにもいかないし。
乗るとき手間取って、俺のクラスだけ遅れるのも嫌だし。
「…隼人…ちょっと」
一番前の席の御神隼人を呼び寄せて。
「…去年のキャンプのときとか。バスって席決めた…?」
やっぱ、気になるから。
あぁあ、俺ってなんて先生なんだっ。だって、わからないし。
あとで、『わざわざ席決まってるのなんて、うちのクラスだけじゃん』とか文句言われたら嫌だし。
「一応、決めましたよ。後で、代わってる人とかもいたけど」
そっか。
一応決めといて。
あとから、別に代わりたいやつは代わってもいいってことにしよう。
絶対、その席に座らなきゃ駄目なんて、決めちゃったら、つまらないしな。
「そっか。ありがとな」
よし。とことん、アバウトにしよう。
うちのクラスは自由をモットーにして。
一応、決めることは決めるわけだから、先生とかにもなにも言われないはずで。
でもって、勝手に代わってもとやかく首を突っ込まないようにしよう。
そうすれば、きっと生徒も楽しく過ごせるはず。
俺も、気が楽だし。
いいのかどうかはわからないけど…。
いいんだよね、きっと。結構、アバウトな学校だからな。

俺って、どっかの班と一緒に行動するんだろうか。
でも、生徒って、そういうのうっとおしがるかも。
一人で行動して、生徒が危ないことしてないか、さりげにチェックとか入れればいいのかな。
まぁ、なるようになれということで。

後ろの黒板に張り出されたバスの座席表に、班の代表者が名前を書き込む。
高3ともなると、あとは自由に誰かが仕切ってそこらへんは決めてくれるから安心だ。

しばらくすると、班長のうちの1人。風見鈴が、俺のところへ座席表を持ってきてくれた。
「どうも。あ。鈴、前の方だから、俺と席近いね」
だから、なんというわけでもないが。
先生ってのは、前の席って決まってる。
一番前の列は、俺のために空けられていた。
「うん。宮本先生は、どこに座るの?」
前の列。4つの席。
窓側とかがいいよな。
でもって、運転手の後ろじゃない方。
「ここかな」
ドアに近い窓側の席を指差す。
「ふぅん。あとの3つは、誰も座らないんだ?」
「…ん。クラス持ってない先生が、各バスに乗るみたいなんだけど…。まだどの先生がどのバスにくるかわからなくって…」
俺みたいな新米教師が、一人ってことはあんまり考えにくいんだけどな。
誰が来るんだろ…。
保健の先生って、ホント、ついてくると思ってたんだけどな。
学校にも生徒はいるわけだし、ほっとけないか。
となると、ほかに、そういった生徒の怪我とか面倒みる先生がくるんだよな、たぶん。
担任の先生以外にどの先生がくるのかさっぱりだ。
たぶん、美術の先生とか、3年を受け持ってる先生が来るのかなぁとは思ってるんだけど。

明日になれば、わかるかな。
俺も気になるけど。
みんなも気にしてるよな。
同じバスにどの先生が乗るかで、ノリとか変わるし…。


やっと4時間目も終了。
なにも忘れてないかなぁ。
まぁ、忘れて困るものって、ほとんどないよな…?
でも気になってしょうがない。
俺はまた、桐生先生のところへ行くことにした。

4年生の校舎。
こないだも来たけど、やっぱ慣れないな。
というか、今度はなにも確かめずに来ちゃって、桐生先生がどこにいるかさっぱりだよ。
しかも、4時間目終了直後の昼なんかに来るんじゃなかった…。
怖…。
「宮本先生…?」
そう声をかけてくれたのは、俺よりずいぶん背の高い…
誰だっけ…。どっかで見た…
「あっ、生徒会長だ」
つい、指を差してそう答える。
あぁあ、俺、なに言ってるんだよ。指差すなんて失礼だ。
というか、『生徒会長だ』はないだろっ。
「ごめっ…その…」
「いえ。合ってますよ?」
合ってればいいんじゃなくって…。
少し、生徒会長に笑われてしまっていた。
俺、先生なのに…。
確か、名前は伊集院総一郎。
「総一郎…だよね…」
「知ってたんですか?」
あ、よかった、合ってた。
「まぁ、生徒会の人たちの名前くらいは…」
「それはどうも。めずらしいですね」
俺が、4年生の校舎にくるのは、まだこれで2回目だしな。
「うん。桐生先生いるかなぁって」
「桐生先生なら、今、生徒会室で昼食とりながら遊んでるかと」
生徒会室で…?
「…それって、邪魔していいのかな」
「かまわないでしょ。そんな変な遊びじゃないし」
いや、変な遊びを想像してたわけじゃないんだけど、なんか恥ずかしくなる。
俺が、そう考えてたみたいで。
「俺も、今から行くつもりだったんで、一緒に行きます?」
おぉ。いい人だ。
「じゃぁ、一緒に…」
俺は、総一郎と一緒に生徒会室へと向かった。

コンコン
って、一応ノックしてから総一郎が生徒会室へと入り込む。
俺もそれに続いて、中へとお邪魔していた。
「あ、宮本先生♪」
一番初めに反応を示してくれたのは、こないだ知り合った優斗だった。
「こんにちわ」
「また桐生先生に用事?」
そのとおりですとも。
その声に反応してか、桐生先生が俺を見てにっこり笑う。
マージャン卓を囲んだままなんだけど…。
こういうのって、いいのかな…。
でも、俺、注意できる立場じゃないし。
生徒だけならともかく桐生先生までやってるし。
総一郎も、俺が注意できないってわかってるから、ここに桐生先生がいるって教えてくれたんだろうな。
普段、生徒会室なんて先生こないからやりたい放題だよな…。
「宮本先生。3時間目はどうも」
あぁあっ!!
すっかり忘れてたけど、3時間目にお世話になったんだった。
恥ずかしい。
会わなきゃよかった。
でもお礼言わないのもあれだし。
「…3時間目は…ホント、お世話になりました。すいません…。助かりました」
「いやぁ、悪いのはあいつだし。宮本先生は気にしなくてOKでしょう」
そう言ってくれる。
たしかに、悪いのはすべて柊先生だろう。
桐生先生がわかってくれる人で助かった。
「あ。明日、修学旅行だっけ?」
桐生先生の方からそう聞いてくれる。
「あ、はい。そうなんです…。で、なんか明日に備えるものとかあるかなって…」
俺、わけわかんないこと言ってるよな…。
でも、誰にも聞けないし、不安だし。
「そうですねぇ…。寝巻きとか歯ブラシとか? でも、なくてもまぁやってけるし。ホテルに置いてあるしな」
「ホテル…」
「あ。誰と相室?」
相室…。
やばい。知らない。
焦ってきた。

とりあえず、生徒のことはわかってるんだけど。
1泊目は大部屋で3班合同。2泊目は2人か3人部屋で。
俺って、そのときどこにいるんだろ…。
大部屋は、先生の集団がどっかにあるんだよな、たぶん。
2泊目は…?
どうなんだろう。
「…わかりません…」
桐生先生は、俺のその言葉に、マージャン牌を取り落とす。
「知らないの?」
ものすごく驚かれてる…?
「はい…」
俺、馬鹿だ。
あぁあ、どうしよう。
「柊先生とは一緒じゃないんですか?」
そう突っ込んできたのは、優斗。
どうしてそこで、柊先生が出てくるんだよ。
「柊先生は、行かないらしいから」
「じゃぁ、現地で発表かな。まぁ、気ぃラクにしとけばいいでしょ。学年主任とかが部屋番、そこで発表してくれるだろうから」
そうか。
大丈夫だよな…。
「1泊目の大部屋は、寝巻きとかさすがにないけど、まぁないならないで寝れるよな。で、あと備えるもんっつったら、一応保険証とか。金さえありゃ、なんとなかるって。実際、金なくてもなんとかなりますし」
そっか。
大して構えなくても大丈夫なのか。
安心した。
「まぁ、がんばってください」
がんばるっ!?
一気に不安が復活。
がんばらなきゃならないことがあるのかっ!?
「あぁあのっ、どこをがんばるんでしょう」
あぁ、俺、普通に、ありがとうございます、がんばりますって言えばよかったのかっ!?
また、少し桐生先生に笑われてしまう。
「そんなたいしたことじゃないけど。襲われないように?」
そう言う桐生先生に合わせて、優斗や総一郎まで少し笑う。
「なっ…。そんなことっ」
「なくても、からかわれないように」
「…からかわれ…」
るよな…。疲れそう。
「…はぁ…。がんばります…」
「宮本先生、拓耶知ってますか? 俺のかわいい後輩だから、仲良くしたって欲しいな」
「え…」
拓耶…。
優斗の後輩? あ、部活が一緒なのかな。
いつも、からかわれてますよ…。
「ほら、宮本先生のクラスの子と付き合ってますし。俺、あの2人のこと応援してるから。宮本先生も協力したってや」
陸と付き合ってるんだっけ…?
「う…ん…。わかった」
なにをすればいいのかわからないけど。
「あ、でも拓耶たちって、あんまり付き合ってることおおっぴらにしてないから、そこら辺、よろしく」
難しいな。
逆にかかわらない方がいいのでは…。
というか、どうして俺が協力することになってるんだろう。
結局、なにもしなくていいんだよな…?
あ、部屋代わったりするのかなぁ。
それを、俺は見て見ぬフリをすればいいのだろうか。うん。
「どうもありがとうございました。じゃぁ、俺、もう戻ります」
「はいよ。明日からがんばって」

そう見送られ、俺はさっさと自分の部屋へと戻ろうとした。
けど、ふと思い立って。
バスの中とか一人、部屋でいるとき暇かもしれないと思い図書館へ向かった。

もうすぐ5時間目が始まる時間帯。
さすがに、こんな時間帯じゃもう誰もいない。
ここで昼食をとるのは一応禁止だし。
遊んでた人も、もうすぐ授業ってことで戻ったんだろう。
俺が、本を選んでいるときだった。
本棚の向こう側に人影が。
ここの本棚。
本抜くと、少し隙間があって、向こう側見えるから…。
本棚越しにそっと覗き込むと、拓耶と、後ろ姿だけど、たぶん陸だった。
そうか、3年だから、この時間にいてもおかしくないな。
というか、明日の準備するために、早く帰れるんだけどな…。
ここにいるなんて。
まぁ、俺も、明日のための本選んでるから一緒か。
「…な…。だから、一緒に行動とか出来ない?」
「…別に拓耶と行動したくないわけじゃないけど。あとからみんなに言われそうで」
「気にし過ぎだってば。ただ、友達として一緒に行動するだけ」
「…ん…。わかった」
やっぱ、陸はいい子だなぁ。
って、俺立ち聞きしてどうするんだよ。
でも、今動くと、見つかりそうでいまさら動けなく…。
俺は、そっとしゃがみこんで、拓耶と陸が出て行くのを待つことにした。
別に、今見つかっても大丈夫だとは思うんだけど。
なんか、話を立ち聞きしてしまった後ろめたさもあって、『実はここにいました』なんて拓耶たちにバレると気まずいし。
俺が入ってきたときは、あたりがざわついてたから、バレなかったのかな。
今はもう、授業始まっちゃって静かなんだけど。
拓耶と陸は、俺には気づいてないみたいだった。
たぶんだけど。
それとも、俺がいても関係ないのかな。
ただ話してるだけだしな。
「部屋は…? 代われそう?」
代わってなにするんだよ、ってツッコみたい。
別に、好きな友達と一緒の部屋ってなだけだろ。
付き合ってるからって、俺、過剰に反応しすぎだ。
「わかんないよ。出歩くと怒られるかもしれないし」
おぉお、いい子だ。怒らないのにな。
「じゃぁ、俺がそっちの部屋行くのは?」
「わざわざ…そんな…。悠貴はほっといていいのかよ。同室なんだろ?」
悠貴と拓耶は仲良しだからな。
ほっといて陸の部屋くるのも、ちょっとかわいそうだよな。
「智巳ちゃんも修学旅行行くらしいから。悠貴は智巳ちゃんとこ遊びに行くと思う」
智巳ちゃん…? 悠貴の彼女とかかな。
でも行くらしいってことは、確実じゃないんだ…?
3年生じゃないのかな。わかんないや。
「…そっか…。じゃぁ…いいよ」
いいのかっ? って、俺がツッコむことじゃないけどっ。
俺は、拓耶が陸の部屋に来たのがわかった時点で注意とかすべきなんだろうか。
見て見ぬフリすべきなのかな…。
わかんないよ。
「いい…?」
って、拓耶の声がするもんだから、もうさっき、いいって言っただろ、とか思って聞き耳を立てる。
すると、意味が違ったみたいで。
「…ぅん…」
小さな声でそう答える陸の声がしたかと思うと、拓耶が陸の頬をそっと両手で掴んで、口を重ねるのが見えてしまっていた。
「っンっ…」
図書館が静かすぎるせいか、クチュ…って、いやらしい音がこっちまで聞こえてくる。
これは、やばいでしょう。
俺、拓耶たちの本棚にせめて背を向けた方がいいのかな。
でも、いまさら…。
もう少しでも物音立てたらやばいだろう。
逆に、今のうちにするべき?
たしか、この2人、付き合ってるって、おおっぴらにしてないとか…。
だったら、俺に見られたって知ったりしたら、嫌だよな。

布の擦れる音がして。
拓耶…っ。
頼むから、陸の服とか脱がせないでくれってば。
「拓耶…っ…誰か…来るかも…」
そうだよ。というか、すでにいるって。
「ん…。口でだけ」
おかしいよ。
わからないでもないけどっ。
全部やらずにそこでとめるのは、確かに、まぁいいけどっ。
「そんなの…してもつまらないだろ…?」
うーん。たしかにやる側は、なにも欲求が満たされるわけじゃないし…。
やりあえばいいんだろうけど、って俺、なに考えてるんだか。
「陸は…? 気持ちよくない?」
「…いいけど…」
「陸が気持ちいいなら、いい」
拓耶って、ホント、陸のこと好きなんだな…。
そう言うと、チャックの下りる音が響く。
ホントにしちゃいますか。
「っン…」
擦りあげられる音とかまで聞こえてくる。
やばい。ごめんよ、陸…。
「っはぁっ…ンっ…くンっ…っぁっっ…拓耶…っ」
「…嫌なら、言って…」
「違…っ…っはぁっ…アっ…っ」
濡れた音が耳につく。
もう俺は、そっちも見れずに、いわゆる体操座りで、顔を伏せ、丸くなる。
それでも拓耶が、陸のを丁寧に舐めあげてるのとか、いやらしく想像してしまっていた。
「あっ…っんぅっ…だめ…」
すごく色っぽい、甘い声を洩らした後、少し大きな音がして、つい顔をあげて見ると、陸がそこへと座り込んでいた。
その瞬間、拓耶と本棚越しに目が合ってしまった。
慌てて目をそらすこともできないし。
少し表情を強張らせるが、すぐ俺ににっこり笑ってから目線を逸らし、しゃがみこんだ。
「じゃ、やめよっか」
「っ…な…んで…」
そんなこと、イキナリ言ったら、そりゃ陸だっておかしく思うだろ。
「っ…俺が…だめとか言ったから…?」
本当は、俺がいるからなんだろうけど、拓耶がそんなこと、言えるはずもないだろう。
かといって、いまさら、『やっぱり人がきそう』なんてのもおかしいし。
「やっぱ、こういうとこでやるのって、陸、やだろ?」
「…俺が、だめって言っちゃったから、やる気、失せたんだろ…?」
「そうじゃないって」
「俺、どうしてもやっぱ少しは嫌がったりしちゃうし。だけど、拓耶が嫌なんじゃないし…。……ごめん…っ」
陸が悪いわけじゃないのに。
謝って、図書館を出てってしまう。
拓耶も、呼び止めれなくって、ため息をつくだけ。
そりゃ、呼び止めてもどうとも言えないよな…。

というか。
俺、どうすればいいんだろ。
2人の関係、悪くしちゃってる?
せっかく、修学旅行前で、一緒に行動する約束とかしてたのに。
このままじゃ、修学旅行中も、気まずくて、約束したけど、たぶん一緒に行動も出来なくて。
となると約束はどうなるんだ? ってことになって余計こじれる気がっ。
俺のせいで、めちゃくちゃになってる。

だからって、いきなり拓耶に謝ったりしたらやっぱ変だろうか。
拓耶も床に座り込んで。
俺も、その場を動けなくって、しばらく沈黙が続いた。

「宮本先生…」
拓耶に呼ばれて、そっと顔を上げる。
拓耶の方は、顔を伏せたままみたいで、こっちを見てる様子もない。
怒ってるんだろうか。
本当に申し訳ないって、思ってるんだけど、思ってるだけじゃどうにもならないのもわかってる。
「あまり、気にしないでください♪俺ら、こういう関係なんで」
こういう関係って…?
明るく、軽いノリで言ってくれる。
「なぁんか、勘違いされたっぽいけど、あとで、陸にはちゃんと弁解するから♪」
俺。
この2人のこと、協力したかったのに。
逆に邪魔しちゃってる。
どうすればいいのかわからない。
生徒のこととか全然思いやれてないし。
人に頼ってばっかりで、なんにもわかってないし。
「っごめん…拓耶……ごめん…」
教師に向いてないのかなぁ?
みっともないけど、次から次へと涙が溢れてくる。
俺はまた顔を伏せて、どうすればいいかわかなくって。
ただ、拓耶に謝っていた。
「だから。気にしなくっていいって♪」
そうやって、拓耶が言ってくれれば言ってくれるほど、余計に涙が溢れて。
俺って、無力なだけじゃないんだ?
生徒に慰められて。
迷惑かけて。
むしろ、いない方がいいのかもしれなくて。
どうすればいいのかわからなくなる。

もう。
いっそのこと、やめてしまおうか。
そりゃ教師が大変な仕事だってのはわかるし。
生徒のことで、いろいろ精神的にも考えさせられたり、負担を受けるのだって、覚悟してた。
だけど。
これは違う。
俺は、生徒の負担を軽くしてあげる役割の存在であるべきで。
俺が、負担を重くしてどうするんだよ。
いらないどころか、邪魔じゃんか。
俺自身がやめたいかどうかじゃなくって。
やめるべきなのかもしれない。
生徒のことを考えると、俺みたいなのが教師じゃ、駄目なんだ…。

俺が、顔を伏せて泣きながら考え込んでいると、いつのまにか拓耶が、こっち側に来ていて、俺の頭に手を置いて。
「ネガティブに、一人で考え込んでない?」
少し楽しそうに、そう言った。
「現実を見てるだけだよ」
「そぉ? どんな現実?」
拓耶は、俺の隣に座り込んで、肩を並べる。
いつもみたいな、からかった感じとは少し違っていた。
「…生徒に相談することじゃないよ」
「どうして?」
どうしてって言われてもな…。
「宮本先生さ。気、使いすぎだって。柊先生だって、生徒に相談とかたまにしてるみたいだし」
柊先生が…?
相談って、し合える関係ってのがいいのかなぁ。
一方的にされようと思っても無理なんだ…?
相談はしてくれてこそ信頼できて、相談できて。
だから、俺も生徒のこと信頼して、相談しないと、信頼してもらえないんだ…?

俺、生徒に諭されてるじゃんか…。
「…難しいよ…」
「なにが…?」
拓耶はやさしくそう聞いてくれる。
「……教師に向いてないかなって…」
誰かに聞いて欲しくて、そう言っていた。

「どうして、そう思うんだよ。教え方、うまいよ♪」
「…聞いてないくせに」
「聞いてるって。宮本先生の基本がちゃんと聞けてるから、俺は応用の授業に出ないのよ♪」
そりゃ、基本がしっかりしてれば、応用なんてのは、あとはコツだとかになっちゃうし。
出なくても…いいかもしれないけど…。
「あぁ、だからって、応用の授業をやる必要がないってわけじゃないけど? 悠貴とか数学苦手だから、応用の方の授業もちゃんと聞いてるだろうし♪」
悠貴って、数学苦手だったのか…。
俺って、やっぱなんにもわかってなくて。
つらい。
「教師になりたい…?」
「え…」
「どちらかといえば、俺は、友達になりたい」
その言葉に、拓耶の方を見ると、目が合って。
にっこり笑った拓耶は、不意打ちで、俺にキスをする。
「っ…!?」
「宮本先生♪生徒だからとか教師だからとか。気にしてもいいけど、気楽にした方が楽しいって」
「…わかんないって…」
「明日は修学旅行だし。楽しもって」
「…うん…」
生徒と一緒に、楽しめればいいんだけど。
そんなことが出来るのだろうか。
「拓耶…。陸と…仲直りしてくれよ…」
それが気がかりでならない。
「大丈夫だってば。そんなやわくねぇから、俺ら♪」
うらやましいことで。
「というわけで。部屋、代わってもOKなんだよね♪」
「え…」
同じクラス同士で代わるならまだしも。
クラスも違うし…。
俺って、知ってて止めなくっていいのか…?
知らずに過ぎちゃったならまだしも…。
でも、俺のせいで陸と拓耶がすれ違っちゃって。
仲良くなる機会くらいは作ってあげないと…。
「宮本先生―。そこで、悩むとこが教師らしくないトコ」
「え…」
「それとこれとは別って、注意しなきゃ♪」
「あ。そっか」
くすくす拓耶に笑われてしまう。
俺って、駄目だな…。
「俺は、好きだけど♪」
なにが…?
拓耶の方を見ると、子供でも扱うみたいに俺の頭を撫でる。
拓耶は、俺みたいな未熟な先生でも好きでいてくれるわけ…?
違う。
「教師と思ってないからだろ」
「教師らしいとかそんなんじゃなくっても。好かれればいいんじゃないの?」
そう…なのかな…。
そりゃ、教師らしくても嫌われちゃったら嫌だけど…。
だからって、生徒と同等でいるわけにも…。
「難しい…」
「あはは♪理屈じゃないし。数学の先生には難しいかも」
少しからかうみたいにそう言われる。
「なっ…。わかるってばっ」
「難しいって言ったじゃんか。…いいんじゃないの。わからなくっても。数学の先生なんだから♪」
拓耶はいつも楽しそうに俺にいろいろ話してくれる。
かといって、冗談でものを言うことは少なかった。
いつも、筋が通ってて。
ちゃんとしたこと言ってるんだよ。
もちろん、冗談も言うけど。

数学の先生なんだから…か。
少し…
だいぶかな。うれしい。
「わかった」
「…わかっちゃった? 数学の先生なのに?」
「違うっ」
「はいはい♪頭のやわらかい数学の先生ってことで♪」

俺は、こうやって、助けてくれる生徒と関われて。
教師には向いてないのかとかやっぱり思うけど。
教師になってよかったと思えた。