「宮本先生、おはようございます」
 比較的席の近い桐生先生が声をかけてくれる。
「あ、おはようございます。土曜日はどうもありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。……夜に奏汰くんから電話あったよ」
「え、そうだったんですか。どういう……」
「ここじゃなんなんで。昼、またご一緒してもいいです?」
「はい、喜んで」
 なんか、嬉しい。
 またお昼に誘ってもらえちゃった。
 俺、前回や土曜日、上手く話せてる自信とか無かったんだけど、とりあえず不快な思いはさせてないって思っちゃってもいいんだよな、これ。
 あ、悪いお話だったらどうしよう。
 それにしても、いつの間にアドレス交換してたんだろ。

 そういえば、奏汰からは俺も電話があった。
 あんな夜中に。
 あれで煽られて、なんだかエッチな気分になってしまったんだよ、俺も。
 そうだ。
 俺のせいじゃない。
 奏汰が煽るから。
 奏汰っていうか、椿さんのせいかもしれないけれど。
 確実にあれ、Hなことしてるよな。
 最後までしたのかな。
 俺、奏汰にどう思われてんだろ。
 男とやっちゃったってやっぱ思われてるかな。
 ……事実だけど。
 でも、奏汰だってたぶん椿先輩と……。
 その気がなくても流されてしてしまうこともあるのだとわかってくれれば、こちらとしてはありがたい。
 いや、奏汰が嫌がってるのだとすれば、流されていいわけじゃないけれど。
 ……結局、今の俺って、昔の友達には言えないことしちゃってるんだよな。
 


 2時間目。
 3年6組の教室に入ると、すぐさま一番前の席についている凪が手をあげる。
「はいはいはーい! 質問!」
 鐘が鳴ったとはいえ、まだざわついたまま。
 それがいいこととは思えないけれど、とりあえず静かな状態で質問されるのも困るから先にさくっと聞いておこう。
「なに? 手短にな」
「うん。土曜日、宮本先生、合コンしてたでしょ」
 ……ああ、面倒なことになった。
 見られてたのか。
「いや、そういうんじゃないんだけど」
「いいのかなー。柊先生に言っちゃおうかな」
「柊先生はもう知ってるからっ」
「あ、なんだ。わかった上での合コンなんだ?」
「だから、合コンじゃないってっ」
 ただ、男女の数が一緒なだけ。
 ……そう奏汰に言われてるけれど、合同コンパであることに変わりはないのかもしれない。
 なんか、合コンって響きはあまりよろしくない。
 どうしても、出会いを求めている人たちの集まりみたいで、後ろめたいし。
 ……後ろめたいって思うのもなんか違うのかもしれないけど。
「あの、どうして知って……」
「うーん。……秘密」
「秘密?」
 ……まあ、いま、無理に聞き出すことでもないか。
 授業時間中だし。
「とにかく、変なこと言ってないで、授業は始めるから」
「わかったよー」

 授業を始めるが、正直、凪の言葉が気になっていた。
 合コンってのもだけど、秘密って。
 どこからそういう情報が漏れてしまうのだろう。
 やっぱり直接見られたってのが濃厚か。
 別にやましいことをしているわけじゃないんだし、いいけれど。
 ……柊先生に言っておいてよかった。
 偶然だが、朝、女性も一緒だと伝えることが出来た。
 これを俺が言わずに別の生徒から聞きでもしたら、なんだか隠してたみたいで。

 ……なんて、いちいち気になりもするけれど、そもそも柊先生にとってはそんなこと、どうでもいいのかもしれない。
 まあ、ノンケかどうかは気にしてくれたみたいだけど。



 昼休み、桐生先生と数学準備室で落ち合う。
「桐生先生、奏汰とアドレス交換してたんですね」
「というかまあ、椿さんとなんだけど。椿さんから、奏汰くんに教えていいかって連絡があって。その後、奏汰くんから連絡がね」
 なるほど。
 椿さん、桐生先生のこと結構気に入ってるみたいだったしな。
「ざっくり言うと、男同士の恋愛についてみたいな内容だったな」
「……俺も、夜中に奏汰から電話あったんですよ。桐生先生の後かもしれません」
「そうなんだ? 宮本先生じゃないけど、奏汰くんも同性愛に対して結構考えちゃってたみたいでさ。まあ俺の周りには結構バイもゲイもいるし、そう変なことじゃないって言っちゃった」
「俺の方には、俺が男とやってないかって確認みたいな連絡が……。でも、その後ろに椿さんいたみたいで。たぶんあれ、襲われてました」
「やっぱり? まあお似合いなんじゃないかな。……宮本先生は、昔からの友達が男とそういう関係になっちゃうの、どう思います?」
 どうだろう。
 なんだか、ちょっとだけ安心するような。
「……変な親近感沸いてます。俺も、結構引けないとこまで来ちゃってるし」
「仲間が出来たってとこ?」
「そうですね。俺も、元々はノーマルでしたから」
「それって、もう過去形なんだ?」
 過去……だよな。
 もう、柊先生のこと気になって仕方ない。
「俺、柊先生の交流関係とかちょっと気になっちゃってるんですよね」
「交流関係?」
「俺たちが飲みにいった日、誰かと宅飲みしたらしくて。……そういうのいちいち気になっちゃって……って、すいませんっ、関係ないことべらべらと」
「いや、いいよ。まあ、柊にも友達くらいいるだろうしね」
 そうなんだ。
 それはわかってる。
「そういうのって、聞いたらやっぱうっとおしいですよね?」
「聞くって?」
「その……誰と飲んでたかとか。そりゃ、聞いたって知らない人かもしれませんけどっ」
 桐生先生は、にこにこと笑って、俺の頭をそっと撫でた。
「聞いたらどう? 些細なヤキモチを受け入れられないほど柊も子供じゃないでしょ。どっちかっていうと、嬉しいんじゃない? 少しくらいは反応されたいのかも」
 どうだろう。
 とりあえず聞いても大丈夫ってことだよな。
「奏汰からの電話の後、俺、ぼーっとしててつい柊先生に電話しちゃったんでず。柊先生、少し酔ってたみたいなんですけど、俺の前ではそういうなんていうか、素の状態にあんまりなってくれなくて」
「柊のこと、酔わせたい?」
 ……どうだろう。
 酔ったらどうなってくれるのかな。
 まあ素になるようなことは言ってたけど。
「あの人、素になるとどんな感じなんでしょうね」
「まあ、宮本先生にはちょっと早いのかもしれないから、素にならないようにしてるのかも」
 俺には早い?
「それって、どういう意味です?」
「宮本先生はここに来るまでノーマルだったわけでしょう? 例えばフェラ1つとってもまだ抵抗あるみたいだし」
 フェラ。
 そうだ。
 抵抗あるどころか、まともにしていない。
「そうですね。俺、結局まだまともに出来てないんです」
「……ああ、結局出来てないんだ?」
「途中まではしたんですけど……」
 俺って駄目すぎる。
 フェラの1つや2つ出来ないでどうすんだよ。
 こんなんじゃいつか愛想つかされる。
 ……もしかしてもう、愛想つかされちゃってたりしないだろうか。
「柊は柊で、宮本先生のこと考えてるんだよ、きっと」

 そっかな。
「なんか俺、すごい桐生先生に聞いてもらっちゃってすみません。話せる相手、いなくて」
「いいよ。いつでも聞くから」
「ありがとうございます」

 桐生先生って、ホント優しいなぁ。
 あの人自身は、どういう恋愛してるんだろう。



 放課後、柊先生と約束した。
 ちょっと緊張してしまう。
 保健室に入ると、予想通り柊先生は1人だった。
「ああ、宮本先生、いらっしゃい」
「えっと、お疲れ様です」
「そう緊張しなくていいですよ」
 とはいえ、改めて少し話したい、なんて言われたら緊張するに決まってる。
「あの、お話ってなんでしょう」
「……これといって明確な用件があるってわけじゃないんですけどね」
「違うんですか?」
「まあ座ってください。もう少し、土曜日のこと知りたいなって」
 やっぱり気にしてくれるのか。
 そうだ、俺もこのタイミングで。
「あのっ……代わりってわけじゃないんですけど、俺も土曜日のこと知りたいです」
「え、土曜日って?」
「だからその、柊先生が宅飲みしたって……」
「気になる?」
 気になる。
 けど、そう答えるのがなんだか恥ずかしい。
 うっとおしくはないはずだ。
 だって、俺も聞かれてるし、同じ。
「少し多く飲んだんで、俺、宮本先生から電話かかってきたときちょっと酔ってましたね」
「俺と飲んだときは、そこまで酔ってなかったですよね……」
「せっかく宮本先生といるのに、酔って記憶が曖昧とかじゃもったいないでしょう?」
 俺との時間をちゃんと覚えていたくて……なんて前向きに解釈していいのだろうか。

「でも、どうせなら俺も酔った柊先生、見たいです」
「見てもそうおもしろくないと思うけど」
「だって、一緒に飲んだ人は見たのに……っ」
「……じゃあ今度、機会があれば」
 約束、というよりはなんだかはぐらかされた気分だ。
「宮本先生……。暗いですよ」
「え、あ……大丈夫です」
「そう? 本当に、酔ってもただぐだぐだしてるだけですよ、俺は。大好きな相手をちゃんとその人だって認識せずに抱くのも嫌ですから。そんなに見たいです?」
 見たい。
 ……というより、俺よりも気を許せている相手がいるんだなってことがなんだか寂しい。
 当たり前なのに。
 俺が知らない柊先生の一面を知っている相手。

 答えられずにいると、柊先生がそっと俺の頭を撫でた。
「俺が、芳春以外の誰かと宅飲みして酔っちゃって、妬いてくれる?」
 ああ、直球で聞かれてしまう。
「そのっ……別にいいんですけど。飲むのも酔うのも柊先生の勝手ですし。なんていうか……」
「正直ね。俺も酔うつもりはなかったよ。けれど、あのとき『今頃、芳春も別の男と飲んでるのかな』なんて考えてたら、なんかね。飲みすぎちゃった」
 俺のこと、考えてたら?
「……だから、ただのヤケ酒。なにも色っぽいことは無いよ」
 そう言って、俺の腕を引く。
 俺がなにかを答える隙もなく口を重ねられた。
「んっ……」
 ヤケ酒ってことはつまり、ちょっとヤケになってたってことで。
 それって俺が、合コンみたいなことしたからだよな。
 そんなことでいちいちなにか言われたら、俺の自由はなくなってしまう。
 けれど、直接言われたわけじゃない。
 俺が、聞きだしてしまったのだ。
 本当は、なにも言わずに見守ってくれていたのに。
「はぁ……せんせ……」
「まだ、ちゃんと付き合えてないからね。不安なんですよ。変な男に誘惑されないかって」
 確かに、俺と柊先生は付き合っていない。
 柊先生とこんな関係になってしまっているのも、柊先生が強引に俺を襲ったのが始まりだ。
 拒めなかった。
 柊先生は柊先生で、俺がふらふらと別の男に走らないか、心配してくれているのだろう。
 ……返事、してないから。
 付き合ってって言われた返事。
「柊先生。俺……」
「うん、どうした?」
 好きです?
 付き合ってください?
 ……そんなこと言うのか、俺は。
 まだ社会人1年目だぞ。
 いきなり職場で恋愛ってどうなんだ、それ。
 付き合って無くても結構もうアウトかもしんないけど。
「俺、誘われたからってふらふら付いて行きません」
「そう? 俺のときみたいに流されちゃわないかなって思って」
「確かに元々はそんな気なかったですけど。流されたのは、相手が柊先生だからです。……先輩だし、一応、尊敬してた人だし」
「……尊敬してくれてたの?」
「なんていうか、まあ……」
 ずるいなって思ってた。
 生徒に、たくさん相談されてて、相談されやすい立場で。
 けれど、結局は人柄なんだ。
 生徒たちと仲のいい、桐生先生や樋口先生を見ていてそう思った。

「かわいいな、芳春は。ここでヤっちゃっていい?」
「なに言ってるんですか、いきなり」
「俺が相手なら、流されてくれるんでしょう?」
 残念ながら否定出来ない。
「……でも、出来れば家がいいです」
「そうですか。じゃあ1回ここでやって、今度、家でもしましょう」
「1回はここでするんですかっ」
「俺の要望と芳春の要望、1つずつでちょうどいい」
 ちょっと違う気がするんですけど。
 まあ、家でしたいとは思っている。
 うまく丸め込まれた気がしてならないけど、しょうがないかな。
 とりあえず、今回はまた流されてしまおうか。