椿さんがなんとなく仕切ってくれて、会計を済まし、外へと出る。
女性陣を見送り、男4人が残った。
「みやもっちゃん、いい先輩の下で働けてよかったね」
「あ、うん。奏汰も」
奏汰がこういう機会作ってくれたおかげで、桐生先生を誘うことが出来た。
まあ、まともに誘えてはいないんだけど。
「なんか、あそこの学校って男ばっかみたいだし、みやもっちゃん結構男ウケよさそうだからさ。変なことになってないか心配だったんだけど」
酔ってるのかなんなのか、冗談っぽく奏汰が俺に言う。
変なことに。
なっちゃってはいる。
「あ……」
って、なに俺、返答に詰まってんだよ。
心配ってことはやっぱり、そういうのはナイって考えなんよな、奏汰は。
「宮本先生は、わりと若く見えますし、生徒も友達感覚で話せることが多いみたいで。すごく慕われてますよ」
すかさず、話を聞いていたであろう桐生先生が口を挟んでくれた。
フォローしてくれてるような、話をずらしてくれているような、そんな感じ。
「そうなんですか。まあ確かに、みやもっちゃんよりふけてる高校生とかいそうだよね」
「男子高校生のノリってやつですかね。そういうのに馴染めてて羨ましいです」
「……とんでもないです」
絶対、桐生先生の方が馴染めてますけどね。
というか、桐生先生は優しいなぁ。
奏汰の前で、俺の顔立ててくれてるっていうか。
「椿さんと奏汰くんは、今日、なにで来たんですか?」
「ああ、電車です。飲むかなって思って。桐生さん、飲んでないですよね」
「まあそう酒強くないんで、代行とか頼むほどじゃないかなって思いまして。よければお二人とも送りますよ」
「そんな、大丈夫ですよ」
「どうせなんで、もう少し男だけで話してみたいかなって」
二人は初め遠慮しているみたいだったけど、結局、桐生先生が送ることになった。
「宮本先生、最後でもいいですよね」
「あ、はい」
家の距離関係はよくわからないけれど、どっちにしろ最後で構わない。
先に帰るのも悪いし。
俺が助手席で、椿さんと奏汰は後ろ。
「……そういえば、奏汰って花音と一緒には帰らないんだ?」
「女子は女子だけで話があるんだと。それに俺、一緒に住んでないし」
「え、そうだったんだ?」
「会社の近くのマンション借りてんだよ。椿さんも一緒」
一緒。
一緒ってのはなんだ。
マンションがなのか、もしかして一緒に暮らしてるとか。
え?
「ちょうど、手ごろな値段で近くにあってね」
そう椿さんが教えてくれる。
「あの、一緒のマンションってことですか」
「うん、そう。……一緒に住んでると思った?」
「あ、はい、ちょっとだけ」
そんな勘違いをしてしまったのがなんだか恥ずかしい。
いや、別に変じゃないだろ。
男同士で同棲。
同棲っていうか、ルームシェアってやつ。
「あの、みやもっちゃんはさておき、桐生さんは男だらけの学校、どんな感じです? 男にもモテそうですよね」
奏汰が冗談なのかわからん質問をなげかける。
大丈夫かなー。
桐生先生、嫌がってないといいけど。
でも、奏汰のこういうノリがもし嫌だったら、車で送るなんてそもそも言い出してないよな。
「モテるとかそういうのは無いですよ」
「なんか、男女問わず好かれそうで」
「あんまりおだてると、本当に抱くよ? 奏汰くん」
やりかねないな。
「あはは。桐生さんて、椿さんみたいですねー」
笑いながらそう言うけど、どういうことだ。
「椿さんて……普段そんな感じなんですか」
つい、口を挟んでしまう。
「ええまあ。あわよくば奏汰を抱こうと思ってるんで」
「ね、こういう冗談ばっか言うんだよ、この人」
冗談なのか?
危機感無いな、奏汰。
いや、ちょっと前の俺も、そういう危機感持てない人間だったけれど。
「あわよくばって?」
冷静に、それでも楽しそうに桐生先生が聞く。
「セクハラで訴えられても困るし。ノンケだろうし」
あ。
ノンケって確か柊先生が言ってたな。
宮本先生の同級生ってノンケですよね?
って。
意味は、その気がないってことって言ってたけど。
そうか。
その気って、男に気があるとかそういう意味か。
奏汰はまるで冗談としか受け止めていないようで、笑っていた。
しばらくなんだかギリギリラインの話をしつつも、マンションに着いてしまう。
「みやもっちゃん、また飲もうね」
「うん、ありがとう」
「桐生さんも、ありがとうございました! また色々お話聞かせてください」
「こちらこそ、どうもありがとう」
あ、俺も椿さんに何か挨拶した方がいいのかな。
「椿さん、その、今日はありがとうございます」
「……宮本くんて、やっぱりモテるでしょ」
「え……?」
「男に」
「おぉっ……いえ、そんなことはっ」
って、俺慌てすぎだし。
しかも、普通に『なに言ってるんですか、もー』とか笑って流せばいいものをっ。
「冗談ですよ。こちらこそありがとうございました。またぜひ一緒に」
「……はい」
冗談だったのか。
全然わかんねぇ。
「桐生さん。わざわざ送ってもらっちゃってすみません。ありがとうございます」
椿さんがそう桐生先生に声をかける。
「いえ、大した距離じゃないですし」
「よければまた。次はもっと深い話でも」
「いいですね。ぜひ。ありがとうございます」
椿さんて、絶対、ゲイかバイだよなぁ。
そういう人との深い話はすごく興味がある。
まあ、奏汰の前じゃちょっと無理そうだけれど。
2人と別れ、車の中は俺と桐生先生だけになった。
「桐生先生、あの、ホント今日は付き合ってくださってありがとうございます」
「うん、すごく楽しかったよ。女性と話すのもなんだか久しぶりで新鮮だったし。奏汰くんかわいいし」
奏汰がかわいいのは、ほら、桐生先生から見たらだいぶ年下だからだ。
あれ、ってことは俺もになっちゃうけど。
「ね、宮本先生はどう思う? 椿さん」
「え……どうって」
「奏汰くんのこと、本当にまだ抱いてないのかなぁって」
まだって言いましたね。
「奏汰の様子からして、なにもなさそうですけど」
「奏汰くんがそういうフリしてるかなって。ほら、奏汰くんは宮本先生のこと、普通にノーマルな人だと思ってるわけだし」
ありえなくは無いけれど。
「あいつ、そんなに嘘上手くないかと……」
「じゃあ、奪われるのも時間の問題かもしれませんね」
やっぱり、椿さんがガチで狙ってるってことか。
「椿さんて、やっぱり、その……あれですよね」
「うーん。バイっぽいなぁ」
ですよねぇ。
「聞いてた? 俺、最初にあの人にかわいいって言われたんですよ」
「……聞いてました。あの、気分害してないかちょっと気になってました」
「ああ、それは平気なんだけどさ。俺のことかわいいなんて言う人、バイくらいでしょ」
「バイ……ですか」
ゲイでなく。
そう思ってしまったのが通じたのか。
「自分で言うのもなんですけど。俺、ゲイよりバイの人に好かれるみたいで」
そう教えてくれる。
なんか、男も女もどっちもいけるって人のツボでもついてるんだろうか、桐生先生は。
「ゲイかバイかってわかるんですか」
「柊は、ほとんどゲイだね」
なんか、さわやかに言われてしまい、つい噴出しそうになる。
「……そうですか」
「宮本先生は、ゲイに好かれやすいタイプかな」
すごく返答に困るな。
俺はゲイに好かれやすくて、桐生先生はバイに好かれやすいって?
「俺って女っぽいですか?」
「いや、それは違うよ。もちろん好みにもよるけど。ゲイは、男が好きなんだからさ。男として、ちゃんと好きなんじゃない?」
そっか。
だから、そもそも女扱いされてるとかそういう概念、取っ払うべきなのかな。
相手はゲイなんだからさ。
てことは、相手がバイだったらどうなんだ。
男として好きなのか、それとも男を女に置き換えて好きなのか。
あ、もしかしたら抱きたいし抱かれたいっていう、欲張りな感じなのかも。
「宮本先生は、嫌?」
「え……?」
「柊に好かれて」
少しだけ、真面目なトーンで聞かれてしまう。
この手の話は、誰にでも言えることじゃない。
今、言わなければ俺は一人でずっと抱え込んでしまうだろう。
桐生先生なら、いろいろと事情もわかってくれている。
「……嫌じゃないですよ。でも……よくわからないです」
自分がどうしたいのかわからなくて。
桐生先生になんて言えばいいのかもわからなかった。
「宮本先生は若いから、世間体とか気にする要素はたくさんあるでしょうね」
「……はい」
「世間体を気にせず勢いで突っ走れるほど子供でもないですし。難しい歳でしょ」
「……はい」
桐生先生の言う通りだ。
「結婚の話になったとき、すごく考え込んでましたね」
うわ。
バレてた?
なんだか恥ずかしい。
「俺、この学校で、周りに桐生先生や樋口先生や、そういうゲイに理解のある人多くて、少し馴染んじゃってたんですけど。でもやっぱりっ……結婚出来るわけじゃないですし。結婚とか、そんな重苦しいこと考えてたわけじゃないんですけどっ」
「わかるよ。そういう壁、一度はぶちあたると思うし。というか何度か? 男同士ってそんな簡単じゃないよ」
この人って、意外とまともな考えも持ってるんだな。
いや、なんていうか、ちゃんとした一般常識っていうか。
俺すごく失礼なんだけど。
でも、ちょっと意外だった。
なんか、結婚とかはまだ考えてないけどとりあえず、今、好きだから男と付き合っちゃってるよーくらいのノリかと。
いずれ、お見合いとかして、いまの彼氏とは別れる……とか。
まあ厳密には付き合ってないらしいけど。
「桐生先生は、どう考えてるんですか。今の……彼女さんらしき人のこと」
「あいつのいいようにしたいと思ってますよ」
「いいように……ですか」
「世間体や環境、いろんなもんがあいつの周りにはあるわけでさ。好きって気持ち押し付けて、あいつへの負担大きくさせても悪いし。いまはまだ向こうはそういうこと深く考えてないだろうけど。あいつが俺を好きでいてくれる限りは、ずっと傍にいたいって思ってますよ。あいつが、俺より世間体を取るのなら、できる限り、それも理解したい」
極端な話、周りの反対押し切って駆け落ちして海外で挙式……なんてことはしないってことだろう。
世間体って大事なんだよ。
たぶん、俺も柊先生のことが好きで。
でも、世間的に無理かもって思うことは多々ある。
いま、すごく考えさせられてるし。
もし、それを柊先生に告げたら、どう応えてくれる?
桐生先生の場合は、きっと、そういうの理解してくれて、悪いのはお前じゃないよって言ってくれるんだろう。
でも、辛いな。
好きで、両思いなのに。
世間体とかに阻まれて、別れるなんて。
それならいっそ、初めから付き合わずに、深い友達くらいでとどめておいた方が、永遠なのかもしれないなんて考えてしまう。
「桐生先生自身は、結婚とかは……」
「ああ、俺はいいです。あいつがいたら二人で。あいつがいなくなったら一人でいるってだけで」
もう一生独身でも構わないってことか。
「俺の父親はそういうのに理解あるんですよ。母親はだいぶ前に亡くなっているので」
「そうだったんですか」
「だから、俺としては受け入れる体勢、出来てるんですよね」
「ゲイの人たちって、みんなそういう考えなんでしょうか」
「どうだろう。ああ、そういえば俺の友達が、高校生のときから付き合ってる彼氏とずっと同棲してますね。戸籍上はお互い独身だけれど、それでずっと一緒にいるってのもいいと思います。男同士での恋愛に対して、世間の偏見はまだあるでしょうけど、独身男に対しては、そう無いですからね。日本じゃ行き着くところはそこらへんじゃないでしょうか」
結婚っていう肩書きが欲しいわけじゃなくて、傍にいれたらいいんだもんな、たぶん。
男と同棲して数年も立てば、カミングアウトしなくてもおのずと周りは察してくれそうだ。
「あと、智巳ちゃんはたぶん、言うタイプだよ」
「言うって……」
「相手の家にでも行って、両親に言っちゃうだろうなーって」
「ええっ。えと、ゲイですとか?」
「そう。親説得しちゃうだろうね。いや、まあ結婚とかはせずにだよ。説得させて、公認で同棲とかしちゃいそう」
相手が本気だってわかれば、さすがに親もそうそう反対出来ないってことか。
あの人なら、ホント、うまいことやりそうだ。
「俺はそこまで強くないんですよね。うまく説得する自信もないし。例えば世間の反対を押し切って結婚とか同棲とかしたとしてさ。万が一にも俺が死んだら、あいつは一人になっちゃうでしょ。そういうの考えると、強引にいまあるあいつの環境を崩すことは出来ないよ」
そこまで深く考えなくても。
なんて思いもするが、結局いずれはぶちあたることなのかもしれない。
一番いいのは公認で同棲なんだろうけれど。
「桐生先生は相手がもし世間体を気にして去るのなら、止めないってことですか」
「……そうだね。相手が望んでないのに強引にこっちに連れ込むのはね。世間が受け入れてくれるのならありがたいけど。でも、出来る限り去られないよう努力はしたいよ」
好きだからこそ、ってことだろう。
なんか辛いなぁ。
お酒飲んでるせいもあってか、ちょっと泣きそうになってきたし。
「俺……柊先生のことどうすればいいのか、わかりません……」
そんなこと、言われても桐生先生だって困るだろうに。
つい口に出してしまうと、運転したまま、そっと俺の頭を撫でてくれた。
わけもわからず涙が溢れて、今が暗くてよかったなんてことも頭に浮かんだ。
「柊のこと、好きになって後悔してる?」
「……それもわかりません……」
「世間はどうあれ、少なくとも、柊や俺は宮本先生の味方ですから。好きだからこそ悩むんですよ。不安なことがあるのなら柊に伝えてもいいと思います」
「それって、重くないですか」
「宮本先生は軽く考えられない人でしょう? 柊がそれを受け止めきれないくらいなら、申し訳ないけど、二人は合わないんじゃないかって」
そうだ。
ずっと悩み抱えて無理に付き合うのも難しい。
打ち明けて、それを受け止めてくれるような人じゃないと。
「……はい」
「まあたぶん柊なら受け止めるだろうなって思ってるからこそ言ってるんですよ。本当に二人が合わないだなんて思ってませんから」
「はい……その、すいません。なんかいろいろ」
「いえいえ。応援してますよ」
応援とかちょっと恥ずかしいんですけど。
でも桐生先生っていい人だな。
柊先生に、ちょっと今度、相談してみよう。
……でもどう聞けばいいんだろう。
絶対、難しいよな。
とりあえず、今日はいろんな話が聞けてよかった。
桐生先生の話ってなんか勉強になる。
仕事のことも恋愛のことも。
また、こういう機会、あるといいなぁ。
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