『みやもっちゃん、久しぶりー』
うっとおしい夏の気候についだらけそうになっていたときのこと。
高校の同級生、冴中奏汰から久しぶりの電話。
大学時代、奏汰は遠くの学校に一人暮らしで通っていて、ほとんど遊ぶことはなかった。
地元に奏汰が戻ってきた際には、みんなで集まったりもしたけれど。
やっぱり、なんだかんだで俺も同じ大学のやつらととるんでいたし。
たまにメールをすることはあった。
だから奏汰が今、地元で働き出したのも知ってはいたが、お互い社会人1年目。
ついばたばたしてもう7月だ。
「奏汰、いろいろ話したかったんだよ」
『マジかよ。全然連絡無かったくせに』
「まあそうなんだけど。結構忙しくて」
『俺も、まだ全然仕事覚えらんねぇんだけどさ。とりあえず息抜きがてら久しぶりに飲みたいなって。みやもっちゃん、忙しいの?』
「あ、忙しいって言ってもまあ精神的なものだし、とりあえず時間はあるから。金曜の夜とか土曜日とかなら結構空けられる」
『じゃあ4×4くらいで飲みしようかって話し出てんだけど、どう? 大丈夫?』
久しぶりの学生時代のノリについその場で、オッケーと口走りそうになり、慌てて口をつぐむ。
4×4でって。
「なに、合コン?」
『つっても女は花音な』
花音。
奏汰の双子の妹……あれ、姉だったかな。
そんなに女の子とつるむことが無かった俺でも、花音とは交流があった。
まあ必ずそのときは奏汰もいるんだけれど。
ホント、2人って仲良しだよな。
『そろそろ職場にも少し慣れてきたころだしどうかって』
そりゃ、学生時代、結構みんなではしゃいでて。
友達の友達が不意にいたりしたこともあったけど。
「合コンかー」
『でもそんな重苦しいもんじゃなくてさ。まあいつもみたいに友達の友達とかも誘って、みんなで飲むってだけ。だって花音だぜ?』
「まあ花音だしね。奏汰ともゆっくり話したかったんだけど」
『しゃべるしゃべる。今回みんな社会人の予定だし、ま、いろいろ聞けるんじゃない?』
確かに、いろんな職場の意見みたいなもんは聞いておきたいな。
やっぱり、この職場が合ってるかどうかってのは気になるし。
みんな、どう順応してるんだろう。
『みやもっちゃん、もしかして彼女いる?』
「え……」
彼女とか。
「……いないけど」
『じゃあ、オッケー?』
「いたとしてもそういう類のコンパじゃないんだろ?」
『まあ、男女の人数がただ一緒なだけって考えてくれればいいけど』
別に、男女の人数が一緒なだけ。
「うん。大丈夫」
こういう付き合いも大事だろうしな。
学生じゃないんだし、人と知り合えるきっかけって、もうこういうところからしかないかもしれない。
もちろん、職場の人とも知り合うし、付き合わなきゃいけない世間とかも出てくるだろうけど。
友達みたいな関係の人ってのは、動かなきゃ減る一方だよな。
『職場の人誰か連れておいでよ』
「え、先輩?」
『いや、同期でもいいけど』
「同期、あんま話してないんだよな」
『大丈夫? 職場で友達いねぇの?』
「話せる人もいるにはいるよ」
『そっか。じゃ、その人でもいいし』
「なに、いいって。人数足りてないの?」
『まあこっちで捜してもいいんだけど。俺も会社で仲良くなった先輩連れてく予定だし。花音も職場の人連れてくるんじゃないかな。みやもっちゃんだけ、一人ってのも』
……どうだろう。
一人とはいえ、奏汰と花音はいるんだよな。
けれど、奏汰も花音も会社の人がいてってなると流れとしては俺もか。
「先輩誘うのって、難しいかも」
『やっぱあんまりまだ打ち解けてないの? 心配だな、みやもっちゃん』
「打ち解けてないってわけじゃないんだけど」
『じゃあ、がんばれる?』
「奏汰って、普段から先輩と飲みに行ったりしてるの?」
『してるよー』
奏汰がしてるってことは、花音もしてそうだな。
もしかして、俺、あんまり職場で先輩たちと仲良くなかったりする?
普通は、飲みに行ったりしてるんだろうか。
まあ、柊先生と家でってのはあるけれど、あれは別だ。
「……誘えそうだったら誘ってみるけど」
『うん。無理だったら早めに連絡くれれば。日にちは? 今週の土曜夜でいい?』
「いいよ」
『一応、土曜日で他の人たちにも予定聞いておくから。場所と時間はまたメールするな』
「わかった」
『じゃ、またなー』
あいかわらずそうでなによりだ。
学生時代のときとノリが変わっていない。
それはさておき。
……誘える先輩なんていないよなぁ。
奏汰がなんだか心配してくれるから保留にしちゃったけど。
それに、奏汰は職場の先輩と気軽に飲みに行ける仲みたいでなんだか羨ましかったし。
まあ可能性として、ちょっと考えてみるとしよう。
まずはそれなりに年齢近い人がいいよな。
もしくは近くに見える人。
奏汰とか花音のテンションが学生のノリだろうから、片山先生や秋山先生はもちろんパス。
一番仲がいいのはやっぱり柊先生だけれど、ちょっと違うよなぁ。
樋口先生は『そんなことしてる暇があったら、生徒のこと考えてみたらどうです』なんて言いかねない。
あの人自身、そこまでまじめってわけではないだろうけれど、俺がなにも出来ていないから、突っ込まれる要素が多そうで。
たぶん、行ったらあの人、人気は出そうだけれど。
なんであの人って、どちらかといえばローテンション気味なのに、人気なんだろう。
クールとも違うし。
俺が見てないだけでハイテンションなときもあるのかな。
酔うと……いや、酔ってテンションの高い樋口先生とか、想像出来ないな。
となると、桐生先生だ。
あの人は、たぶん20代後半だけれども、そうは見えない。
もちろん、俺と同い年にも見えないけれど、それって見た目というよりはオーラみたいなもんだよなぁ。
先輩の貫禄?
こういう子供みたいなノリ、大丈夫なのかな。
けれど一番、なにかと相談に乗ってもらっている気もするし。
というか、俺の状況をわかってくれているというか。
それでも誘い辛いよなぁ。
翌日。
一応、職員室で桐生先生の様子を伺うが、やっぱり難しい。
奏汰には悪いけど、誰か別に用意してもらうか。
そう思っていたときだ。
「……宮本先生。よければお昼、一緒にどうですか?」
桐生先生の方からそう声をかけてくれる。
「え……いいんですか」
「はい」
……というか、俺、ちらちら見ちゃってるのバレたかな。
「なに、2人でご飯食べるの?」
樋口先生だ。
「そ。お前は来るなよ」
「……ふーん」
ふーんって。
……怒ってんのか、拗ねてんのか、なんとも感じてないのか、なんだかよくわからない。
「今日はちょっと2人で話すことがあるから、智巳ちゃんとは、また今度に……」
「別に。あたかも俺が一緒に昼ごはん食べたがってるみたいな言い方しないでくれますか」
「ごめんごめん。俺が、智巳ちゃんと食べたいから」
「まあいいですけど。宮本先生、桐生に手出されないように気をつけてくださいね」
「え……」
「大丈夫だって。しないから」
そんなわけで、2人で数学準備室へと移動する。
それより俺、気付かれてるよな。
だから、誘ってくれたんだよな。
「すいません、俺……桐生先生のこと結構見ちゃってて。気付いてましたよね」
「……まあ。でもそんな硬くならずにさ。とりあえず一緒に食べよ」
「はい……」
やっぱりいい人だ。
少し手が早いみたいなところは問題だけれど。
ご飯を食べている間、桐生先生は最近話題になっているニュースの話や、家に来た野良猫の話をしてくれた。
俺が『なにを話せばいいんだろう』って考える隙なんてものは無いに等しい。
安心出来る。
この人なら、コンパに行っても俺が心配する要素ってのは少ない気がするな。
「ところで、なにかありました?」
少しして、本題と言わんばかりに桐生先生が話題を振ってくれた。
「……大したことじゃないんですけど。実は昨日、高校時代の同級生から電話がありまして。飲み会をしようと」
「へぇ。学生時代の友達と社会人になってからも楽しく飲めるって、いいね」
「友達2人が、それぞれ職場の人連れてくるみたいなんですよ」
「職場の人?」
「はい……。だから……俺はどうしようかと」
うわ、なんて言い方してんだ。
だってもうどう言えばいいのか。
「じゃあ、ちっちゃい同窓会ってわけでもないんだ?」
「そうですね。なんていうか、俺たちまだ社会人になったばっかなんで、情報交換とか……」
「へぇ。おもしろそう」
……どうしよう。
誘っていいんだろうか。
つい、会話が止まってしまう。
「……その枠、空いてるの?」
少しだけ間を置いて桐生先生の方から聞いてくれる。
「あ……はい、あのっ……」
「じゃあ、行きたいな」
にっこり笑って、桐生先生が俺の頭を軽く撫でた。
「え……あの」
「ああ、ごめん。つい撫でちゃった」
「いえ、それはいいんですがっ。……一緒に行ってくれるんですか?」
「宮本先生が、よければですけど。他に誰か誘うつもりだった?」
この人、やっぱすごくいい人だ。
言い出せない俺のこと気遣ってくれたし、しかも自分から行きたいって……。
「あ、あの、少し女の子いても平気です?」
「高校時代の同級生って女の子だったんだ?」
「双子で、男と女なんですけど。俺は男の方と特に仲がよくて……。一応、メンバー的には4,4くらいになりそうなんですけど」
平気かな。
やっぱ、男だらけの飲み会を想像させちゃってただろうし……。
「うん。女性の意見ってのもたまには聞いてみたいし」
よかった。
「あの、すいません。ありがとうございます」
「いえいえー。俺、飲み会好きだし」
「そうだったんですか」
「あ、飲み会っていうか、みんなで語るのとか。暇な時間あれば、今度行きましょう?」
お……これって、誘って貰えてる?
嬉しいかも。
「はい、ぜひ」
今回付き合ってもらう手前、断れないだとかそんなんじゃなくって。
本当に、誘われて嬉しかったし、今度、桐生先生と行けたらなって心からそう思った。
「宮本先生、その同級生にはいろいろ恋愛相談とかしたりしてるの?」
「え……してませんよっ」
出来るわけがない。
「なるほど」
「あ、あのっ。俺が学校でこんなんだってのは言わないで欲しいんですけどっ」
慌ててそう言うと、桐生先生がなんだか愉しそうに笑う。
え、大丈夫ですよね?
「うーん。こんなんって?」
「……えっと、その」
「男に襲われてるってことかな」
一気に顔が熱くなる。
否定出来ない。
「あぁあの、それっ」
「大丈夫ですよ。まあそれなりにメンバー見て合わせますから」
それ、信じていいですよねっ?
やっぱり、桐生先生でよかった。
「ありがとうございます……。でも、桐生先生、無理しないでくださいね。その、恋人がいるのにこんな合コンみたいな……。合コンではないんですけどっ。いるって言ってくださっていいですから」
普通だったら、合コンで彼女の話ってタブーだろうけど。
彼女がいたって、桐生先生は充分魅力的だと思うし。
無理な嘘は……ねぇ。
それ以前に、合コンじゃない。
ホント、男女の人数が一緒なだけなんだってば。
「……恋人がいるのにって、俺のこと?」
「……そうですけど」
というか、桐生先生じゃなきゃ誰だ。
「恋人、いませんけど」
「え……」
いないって?
さらっと、桐生先生が教えてくれる。
そりゃ、いままで聞いたことなんてなかったけれど、当たり前のようにいると思っちゃってたから……っ。
「そうだったんですか」
「うーん。柊と宮本先生って付き合ってはいないんでしょう?」
「っ……付き合ってないですけど」
「そんな感じ。正式には付き合ってないけど、付き合ってる人とするようなことしちゃってる相手はいる。ああ、セフレとかそういうんじゃなくてね。普通に、俺は好きだし、向こうもたぶん好いてくれてんだけど」
俺も、柊先生のことが好きで、柊先生も俺を好きでいてくれる。
……たぶん。
だけれど、正式に付き合っているというわけではない。
そんな感覚なのかな。
心境が同じで少し気がラクになる。
「まあ面倒でたまに『彼女いる』って言うこともあるけど。彼女に近い存在だしさ」
いるって言ってもいないって言っても、嘘じゃないって感じだな。
「で、いつやるの?」
「一応、土曜日の夕方あたりどうだろうって話になってはいるんですが」
「今週の土曜なら、なにもないよ。大丈夫」
よかった。
これでなんとかなりそうだ。
「向こうの会社の人たちの都合もいま聞いているところなんで、もしかしたら変更ってこともありうるんですが、とりあえずは今週の土曜日で予定してもらえたら……」
「了解。俺、車出しますんで」
「え、そんなっ」
それはまずいよな。
やっぱ、後輩の俺が出すべきで……。
「俺が、出しますっ」
「みんながいると話せないこと、そのあと夜通し友達と話したりしないの?」
確かに、全員での集まりが終わった後、奏汰と2人で語りたい気もするけど。
となると、桐生先生の足がなくなっちゃうわけで。
いや、もし、奏汰と夜通し語るにしても、桐生先生は先に送り届ける。
「大丈夫です。もし、友達と話すことになっても、桐生先生送りますから」
桐生先生は、うーんと考え込んでしまう。
もしかして、俺の車乗るの、嫌だったりするのかな。
自分で、自分の足、キープしたいとか。
どうしようかと考え込んでいると、桐生先生が俺を見てにっこり笑った。
「宮本先生。俺、酔って変なこと口走ってもイイですか?」
笑顔でなんてことを。
「え、急にどういうことですかっ」
「やっぱ、車乗ってないと、お酒勧められるでしょう? 調子乗って、強いの飲んじゃったら、俺、口滑らさないかなーって」
いや、それは困る。
困るんですけどっ。
でもだからって、お酒飲んで欲しくないから車出してくださいとか。
言えるわけがない。
「……あからさまに困ってくれてなんか、嬉しいな」
「え……」
「いや、冗談。最近ちょっと、胃痛するんで、酒断る口実に、車、使わせてくれません?」
胃痛?
「大丈夫ですかっ? あの、ご飯とか食べられるんですか?」
「あ、マジでホント、そんな心配してくれなくていいから。酒は控えとこうかなって自分で思ってるくらいで」
みんなの前で、胃が痛いんで酒はちょっと……なんてわざわざ言いたくないだろうしな。
「じゃあ……桐生先生、車で……」
「はい。土曜日よければ、家まで向かえに行きますよ」
「申し訳ないです、そんなっ」
「じゃ、場所次第でまた考えましょう」
先送りにされてしまった。
まあとりあえずはいいかな。
桐生先生と連絡先を交換する。
なんだか嬉しい。
ほら、少し距離が縮まった気がして。
ちょっと土曜日が楽しみだな。
奏汰に連絡しないと。
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