こんな場所でヤるなんて間違ってるし。
途中で駕崎のやる気失せてくれて助かった。
……そう思うのに胃が痛い。
なんで、こんな嫌な気分になってんだ、俺。
駕崎を失望させたかもしれない、それが気がかりなのか?
いや、普通だろ。
トイレでヤんのを拒むくらい。
そう思うのに、気になって、気がかりで。
あんだけ勃起してたもんも、いつのまにか萎えていた。
ああ、もしかして、俺のこと試そうと外で待ってたりするんじゃ……。
そう思い、そっと扉を開けてみる。
けれど駕崎の姿は見あたらなかった。
「……はぁ……」
相談出来る相手なんてもちろんいない。
……真乃に言っても絶対に、それくらいヤればいいだろって言うに決まってる。
白石もだ。
……つまり、4人中3人がトイレでヤることに抵抗なんてもん無くって。
俺だけが拒んでるのか。
俺が少数派?
というか、駕崎にとって俺は、めんどくさかったりするだろうか。
ベッドじゃなきゃ嫌だとか、いちいちこだわったりして。
こんなことで悩む自分も嫌だ。
きっと、俺と同じ考え方のやつは他にもいるはずだ。
それが誰なのか今は思いつかないけど。
自分は、たぶん間違ってない。
でも、駕崎だって……間違ってはいない。
つまり、俺たちはお互いの価値観が合ってない。
だったらなんで、付き合ってるんだろう。
友達で、唯一無二の親友で。
それでよかったんじゃないか?
……なんてこと、いまさら考えても遅い。
俺は、駕崎がかわいがっていた中学生に嫉妬したし、それがただの独占欲だったとしても、こうして体の関係を築いてしまった今、元には戻れない。
駕崎か俺、どっちかが妥協するしかない問題だ。
妥協してまで、付き合えるのか。
俺は……たぶん、付き合える。
けど、駕崎は?
妥協してくれるだろうか。
今、すでに妥協してる状態?
みんなのいる部屋に戻ったけど、駕崎はいなかった。
寄り道でもしているのかもしれない。
まだ寝るには早いけど、一応、消灯時間は過ぎている。
俺は決められた布団に寝転がったものの、なかなか寝付けそうになかった。
隣に来るはずの駕崎の布団を眺め、ぼーっとしていると、どれくらい経ったか、やっと駕崎が戻って来た。
少しホッとする。
戻って来るなんて当たり前のことだけど。
今日は寝て。
明日は、グループごとの洋室だから、駕崎と俺と真乃と白石で同室だ。
……かといって、そこでするのは無理だし、明後日、寮に戻ってから。
そこで……すればいい。
そんなことを考えていると、駕崎の手が俺の布団に潜り込んできて、そっと俺の手を握った。
周りが静かなせいもあって、下手にその手を払いのけることも出来ず、俺はただ体を強張らせる。
「霞夜……寝てる?」
「ん……」
顔を横に振り、寝てないことだけをそっと伝える。
駕崎は優しい手つきで俺の手を撫でてくれた。
下手に会話して、周りに聞かれるのも癪だ。
それくらい駕崎だってわかっているだろう。
とくに会話することもなく、ただ駕崎が俺の方へと少しだけ体を寄せてきた。
密着するほどの距離ではない。
でも、少し近い。
駕崎が俺の顔をじっと覗き込むのが暗い中でもよくわかった。
待ってる顔だ。
たぶん、キスとか、その程度のことだけど。
それでも、周りに人がいる状態で、出来ることじゃない。
俺は駕崎の視線から逃れるみたいに、自分の布団を頭から被った。
結局、拒んでいるみたいで、申し訳ない気持ちが膨れ上がる。
俺は駕崎の恋人だし、駕崎の喜ぶことをしたい。
布団の中で駕崎の手を掴み返すと、その甲にそっと唇を押し当てた。
我ながら、すごく恥ずかしいことをしていると思う。
手を離すと、駕崎は布団をかぶったままでいる俺の頬をそっと撫でてくれた。
「……おやすみ」
布団の外から、駕崎の声がする。
「おやすみ」
そう答えると、駕崎は俺の頭をポンと撫でるように叩いて、手を引いた。
少し触れられただけの頬や頭がなんだかジーンとする。
余韻が残っているみたい。
全然、眠くなかったはずなのに、安心したのか、疲れていたのか、急な睡魔に襲われて、俺はそのまま、眠りについた。
翌朝、体を揺さぶられる感覚に目を覚ます。
「おはよう、霞夜」
「ん……」
駕崎だ。
結局、駕崎が言うようにエロい夢を見たりはしていないし、喘ぐこともなく夜を過ごすことが出来た……と思う。
着替えて、朝ごはんに向かう途中、俺は隣の駕崎に気になっていたことを聞くことにした。
「あのさ……昨日、戻ってくんの遅かったじゃん。なにしてた?」
チラッと駕崎を窺うと、駕崎もまた俺を見ていて、目が合った。
駕崎は悪びれる様子もなく、
「別んとこで、抜いてた」
そう言った。
「てめぇ……」
イラついたけど、すぐに不安が襲いかかってくる。
そもそも拒んだのは俺だし。
俺が止める権利はない。
「……誰かに、してもらったのかよ」
視線を正面に戻して、駕崎の顔も見れずに、俺はただ呟いた。
問い詰めるつもりはない。
でも、知りたい。
「気になる?」
少しだけからかうみたいに駕崎が俺の耳元で聞く。
別に……とか、うぜぇとか、いつもならすぐ言い返せるのに。
俺は無言で、ただ少しうつむいた。
俺がしないと、こいつは他のだれかと……。
「……1人で、霞夜のこと考えて、別のトイレで抜いただけだから」
「え……」
思わず、顔をあげて駕崎の方を見る。
駕崎は、少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。
「……なに、その顔」
「不安にさせてるなって思って」
「……別に。駕崎のせいじゃねぇし」
「でも、不安にはなってたんだ?」
不安に……なってたんだと思う。
「……ってか、霞夜、怒らないの? よかった?」
「なにが」
「霞夜で抜いて」
……よかった。
他の誰かじゃなくて。
恥ずかしくて、ムカついてきたから、駕崎の肩を叩く。
「…………あ、明日、寮戻ったら……」
「ん?」
チラッと駕崎を窺うと、今度はからかう目をしていた。
「……むかつく」
「いいよ。しよう」
「まだなにも言ってねぇ」
「言ってくれるの?」
「……言わねぇ。とりあえず、いまは……」
明日になったら、もしかしたら、言うこともあるかもしれないけど。
そんな話をしていると、後ろから突然、声をかけられる。
「おっはよー。今日の夜、どーする? 霞夜、セックスすんの?」
「ちょっと凍也。そんな聞き方したら、霞夜くん、する気でも、しないって言っちゃうよ」
「けど、同室だしさー。そのつもりなら、出てってもいいし、先に確認しとかねーと、行く部屋なくなんじゃん」
「っていうか同じ部屋で2人がヤッてくれても、俺たち平気だよね」
「俺はたぶん、ムラムラすっから、混ぜてくれるか、凪が抜いてくれんならいーけど」
「あ、それはもちろん、そのつもり」
真乃と白石だ。
不安とか、もやもやしていた感情とか、すべて吹っ飛んで、二人に殴りかかる。
「しねぇ!」
殴りかかる俺を、駕崎が後ろから抱くようにして引き留めた。
「霞夜。2人がいいなら、明日じゃなくて、今日……する?」
駕崎は俺の耳元で呟きながら、俺を抱いていた手で股間を軽く撫であげる。
「あっ……ん!」
突然すぎて、小さく体が跳ねた直後、俺は駕崎の腕からすり抜けるようにして、その場に尻もちをついていた。
「あーあ。大丈夫?」
真乃がしゃがみこんで、ニヤニヤしながら俺を見降ろす。
「……ちっ」
「とりあえず、他の部屋行くのはなしかなー。今日の夜、楽しみ」
真乃から差し伸べられた手を払いのけて立ち上がると、俺は2人のかわりに駕崎を殴っておいた。
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