「玲衣って、休みの日とか美和と一緒にどっか行ったりするの?」
そう誠樹に言われて気づく。
そういえば、行ってなかったかもしれない。
なんつーか、いわゆるデート的なやつ。
美和は美和で、友達……らしき奴がいるみたいだし。
俺は俺でいるし。
寮で会って、Hなことして、それだけ?
別にそれが悪いわけではないし、誠樹も『そうなんだー』って軽く流してた。
けど、Hしまくってんのに、全然、一緒に出掛けてないってのもなんかなぁ。
欲しいもんがあるときは、頼んだら買ってきてくれるし。
自分で選びたいときは、自分だけで行くし。
それでも、ちょっとだけ引っかかって、誘ってみることにした。
放課後――
「美和」
珍しく俺から美和を呼び止める。
「なに?」
周りにはまだ人もいて、少し照れくさい。
メールでよかったかも。
少しだけ、人のいない教室の隅へとさりげなく誘導する。
「……今日、暑くね?」
「暑いね」
「なんつーかさぁ……アイス食いたいんだけど」
「いいよ。買ってこようか」
ああ、こいつ、パシられる気だ。
そう言うと思って、アイスにしたんだけど。
「溶けそうだからいい」
「溶けないように持って帰るよ」
「そうじゃなくて。その場で、出来立てのやつ、食べればいいだろ」
さすがに美和も気づくだろ。
気づいてて、気づかないフリとか、してくるかもしんねぇけど。
少し逸らしていた視線を、美和に向ける。
美和は、逆に少しだけ考え込むように、俺から視線を外していた。
「え……」
なにその顔。
違和感を覚えたのは一瞬で、美和はすぐさま俺を見てにっこり笑った。
「どういうこと? 一緒に食べに行きたいって意味?」
「美和も、アイス食べたいならって話だけど……食べたくないなら……」
どうすればいい?
たこ焼きにする?
出来立ての方がおいしいし。
「……いいよ。行こっか」
美和は、そう言ってくれたけど、ノリ気なのかどうかいまいちわかんねぇ。
ただ、俺はちょっと緊張していた。
俺たちは制服のまま、近くのショッピングモールへと向かった。
他の友達とは、もちろん来たことある場所だ。
よく考えたら、学校の奴らも多いし、見られるかもしんない。
別に、変なことしてるわけじゃないけど。
アイスクリーム屋に着いて、メニュー表を眺める。
「美和、なんにする?」
「玲衣くんは? 決まった?」
「ラズベリーのシャーベットのやつにする」
「じゃあ俺もそれにする」
「真似すんな」
そうやって、ちょっとイラッとさせてくるっつーか、突っ込み待ちみたいな美和の返しが心地いい。
友達って感じ?
でも、美和は友達にこんな対応しなそうだし、俺だけ……かな。
「ふふっ」
「なに? どうして笑ってんの?」
「別に」
デートが楽しいとか、言いたくないし。
「じゃあ、買ってくるから、玲衣くん、待ってて」
「ああ、席取り? 全然、混んでねぇけど」
「デート、誘ってくれたから、奢らせて?」
美和がニヤリと笑う。
「で、デートじゃねぇし! そういうんじゃ……。つーか、普通、誘った方が奢んじゃねぇの?」
「どうだろう。どっちにしろ、嬉しいから奢らせてよ」
そう言い終えると、すぐさまメニューを置いて、数人並んでいるレジへと美和が並ぶ。
なんか、優しい?
いや、いつもか。
ちょっと恥ずかしいし。
でも、奢ってくれるっつーなら、ありがたいし。
デキる彼氏みたい。
いや、実際、そうなのか。
「……じゃあ、待ってる」
並んでる美和にそう伝えると、俺はレジから少し離れた2人がけのテーブルに着いた。
他のやつとだって、こんなことしたことあるのに。
相手が美和ってだけで、こんなにも違うんだ?
美和に視線を向けていると、無事、カップのアイスを2つ購入していて、俺は座ったまま、美和が来るのを待った。
待ってたんだけど――
美和が俺を見つけるより早く、知らない奴が美和に声をかける。
2人組。
あの制服……ちょっと離れたとこにある進学校のやつだっけ。
美和は外でもナンパされんのか。
もしかして、同中?
知り合いか、友達かもしれない。
友達だったら、まあ邪魔できないし。
……いや、邪魔されてんのこっちじゃね?
別に、向こうは美和が1人だと思ってんのかもしんねーけど。
アイス2つ持ってるからそれはないか。
話、切り上げづらくなってるとか。
これ、俺、行ってもいいやつ?
わかんなくて、とりあえず少しだけ近づいてみる。
美和たちの話が聞けそうなくらい。
「美和くん、友達できたんだ?」
「転校してよかったじゃん」
あ、これ、ダメなやつだ。
嫌な感じ。
変なことは言ってないけど、イヤミっぽい雰囲気。
やっぱり、アイスが2つだから、誰か連れがいるってわかったのか。
「まあね」
美和は、少し適当にそう返すと、アイスを持って、テーブル席へと向かう。
俺の横を通り抜けるようにして。
絶対、俺に気づいてるんだろうけど、俺とこの進学校のやつらを接触させたくないみたい。
でも、そいつらは、美和をからかうのが面白いのか、美和がテーブルに着いた後も話しかけていた。
「友達いないじゃん。あれ? イマジナリーフレンドってやつ?」
「アイス2つ買って? 痛すぎなんだけど」
美和は、どうでもいいみたいに無視してた。
まあ、それが正しいんだろう。
俺を見ることもない。
こいつらが美和に飽きて、もういいから行こうぜって離れたら、俺のところに来てくれるつもりなんだ。
それで、なんでもないフリして。
前の学校の奴らだよって、それだけ言って、おしまいにするつもりだろう。
俺は、美和の友達っつーより、恋人だから、正直、これまで美和の交友関係には口挟んできてないし、そういう、一定の距離感ってのも、大事だと思ってた。
でも、美和が嫌な目にあってんのに、黙ってられるはずがない。
美和は、全然気にしてないって言いそうだし、本当にこんなの気にしなそうだけど。
俺は嫌だ。
むかつく。
だから、たぶん、美和は俺にそんなことして欲しくないかもしんないけど、俺はしたい。
「買ってきてくれてありがとう」
俺は、美和と進学校の2人組がいるところへ割り込んだ。
美和の正面に座って、立ったまま美和を見下ろしてた奴らに、視線を向ける。
「美和、知り合い?」
そいつらに視線を向けたまま、美和に尋ねる。
「知らない」
美和は、少しだけ笑ってそう言った。
「なっ……」
2人組の顔が歪む。
けど、波風立てないようにしていた空気が、それで一変しちゃったのかもしれない。
「あー、たしかに俺ら、有名人じゃないからねー。美和くんと違って?」
わざとらしい口調。
なんなんだ、こいつら。
「美和くんのお友達は知ってんの? アレ、知ってて友達してくれてんの?」
アレ?
なに。
なんのこと?
嫌な予感がして、そいつらから外した視線を、美和に向ける。
美和は……どこを見ているのかわからなかったけど、たぶん、めちゃくちゃ嫌な気分なんだろう。
美和を助けられるのは、俺しかない。
一緒に逃げる?
それで助かる?
違う、こいつらに言い返さないと。
美和は、こいつらがなにもしないで去ってくのを待とうとしてたのに、割り込んだのは俺だし。
たぶん、アレってのは、前の学校での出来事なんだろう。
最初から、気になってた。
変なタイミングで転校してきて、絶対、なにかやらかした奴なんだって。
他のやつらは、親の転勤だとか、それくらいにしか考えてなかったのかもしれないけど。
俺は、結構本気でなにかあったやつなんだって思ってて、ちょっとだけ警戒してた。
ただ、途中からそんなこと忘れてたけど。
もし、それが虐めだとしたら、触れられたくないだろうし。
逆に、虐めてた側だとしたら……それも触れられたくはないだろう。
知りたいし、美和がそんなことしてたら嫌だけど。
こいつが反省してるなら、俺は受け入れる。
反省してないなら、いまからでも反省させる。
本当はなにも知らない俺が言える立場じゃないし、こいつらにも、言い分はあるんだろうけど、悪人なら叩いていいってわけじゃない。
だから、こいつらのしてることは、すげぇやなことなんだよ。
間違いない。
「美和がなんだろうと、いま友達やってんだよ。別に文句ねぇだろ」
俺は、そいつらにそう言った。
「あー……つーか、そっちの学校、そういう奴ら多いんだっけ? 友達って、セフレだったりして」
ああ、うちの学校、寮だし、男同士で付き合ってるとか、やってるやつもいるって噂になってんだよな。
実際そうなんだけど。
そっち系の話?
むかつく。
セフレじゃないし。
でも……友達らしいこと、全然してない。
セフレみたいなことしか、してきてない。
むかつく。
「お前らなんなの? 友達とアイス食いに来てるだけでセフレ扱いとか、マジで意味わかんないんだけど」
「俺らだって、普通はそうは思わねぇよ。けど、ヤリチンの美和くんだからさー」
あー、むかつく。
美和はなにも言わない。
たぶん、正しい。
正しいなにかがあるんだろ。
だから、美和になにか言い返して欲しいとは思わない。
俺が勝手に始めたことだ。
ただ、止めないで欲しいとは思う。
「セフレじゃねぇし。つーか、なに? セックスがそんなに珍しいの? 童貞?」
「はぁ……?」
「男がヤリチンからかうって、ひがみにしか聞こえねぇし。なんつーか恥ずかしんだけど」
「おま……っ!」
「中学生じゃないんだから、セックスくらいすんだろ。つーか、いまどき中学生でもしてるわ。お前らの周り童貞だらけで驚いちゃった?」
「ち……ちげぇし」
「別にお前らが童貞だろうと違ってようとどうでもいいけど。くだらねぇ理由で、人のダチからかって楽しんでんじゃねぇよ」
立ち上がると、そいつらは怯むように少しだけ、後ずさった。
よく見たら、俺の方が体格はいい。
「それ、転校して、やり直してるやつ捕まえて、ヘラヘラ笑いながら言うこと? マジで友達できたし、転校してよかった。お前らみてぇな奴、いねぇからな」
そいつらは、言い返せなくなったのか、俺の勢いに押されて黙ってしまうと、なんだか、ばつが悪そうにしていた。
それでも、俺の気は済まない。
「……謝れ」
「はぁ……?」
「ちょっとでも悪いと思ってんなら、美和に謝れ。思ってねぇなら、二度と美和の前に現れんな」
そう告げる俺を見て、2人組はあからさまに動揺していた。
「な、泣くほどのことかよ」
「つーか、なに泣いちゃってんの……?」
うるさい。
むかつく。
ああもう、泣かなきゃ完璧だったのに。
これじゃあ俺まで、からかわれる。
そう思ってると、美和もまた立ち上がった。
「玲衣くんは、友達思いで、すごく優しいんだ。だから、泣いてくれてるだけ」
そう言われて、ますます泣きそうになる。
2人組は俺を見て、
「……悪かったよ」
小さくそう呟いた。
「俺じゃ……なくて……!」
泣きながら、なんとか声を絞り出す。
「……悪かったよ、美和」
「その……マジで、転校して、よかったみたいだな。俺ら、別に……」
「……いいよ。ちょっとからかいたくなっただけでしょ。気にしてない」
美和はそう言って、ハンドタオルを俺に渡してくれた。
「こいつ……知ってんだよな。知ってて……そういう感じなら……その……よかったな……」
……知らないけど。
知ってるって、勘違いしてくれてるみたい。
なんだよ。
全然、わかんねぇ。
「……君たちのこと、覚えてるよ。隣のクラスで、君はあの人のこと、好きだったんだよね?」
美和が、淡々と告げる。
そいつらは、なにも否定しない。
「君は……」
さっき君って言われた人とは別のもう1人を美和が見る。
そいつは、戸惑いがちに視線を逸らした。
「わかってるから、俺は怒らない」
ちょっと、話見えてこないんだけど。
美和のタオルで涙をぬぐって、美和を見る。
美和は、少し企むみたいに笑ってた。
「いま俺、玲衣くんと付き合ってんだ。友達で、恋人」
「なっ、なにバラしてんだよ!」
「玲衣くん、それ、本当だって言ってるようなもんだけど」
「くぅ……」
誤魔化し損ねた?
でも、違います、こいつの言ってることは嘘ですって言う空気でもねぇし。
そもそも、なんでバラしてんのかわかんねぇけど。
「からかわなきゃやってらんないなら、勝手にからかったらいいけど、俺は玲衣くんみたいに優しくないから、そういう人、注意もしないし、好きでも嫌いでもない。心底、どうでもいいよ。ただ、玲衣くんを泣かせるのは……」
許せない?
それとも『泣かせていいのは俺だけ』みたいなこと言っちゃう?
美和は、ニヤリと笑って、その続きを言わなかった。
さすがにそんなこと言われたら、ちょっと恥ずかしいし、ホッとする。
2人組のうちの1人は、なぜか少し、悲しい目をしていた。
「……ふぅん。よかったじゃん……」
小さく、震えるような声でそうとだけ言い返す。
見たことある。
こういう表情。
美和のこと好きだって言ってきた後輩に、美和が俺と付き合ってるって伝えて、見せつけて、振ったとき、後輩が見せた顔。
こいつ、美和のこと好きだったのか。
で、もう1人は、なんか知らないけど『あの人』ってのが好きなのか?
なんとなく見えて来たかも。
あの人ってのも男で、たぶん、美和とはなんかしちゃうような関係だったんだろう。
別に、美和が経験ゼロだったとか、思ってねぇからいいけど。
「うん。よかったよ。じゃあね」
そう言うと、美和はアイスを2つ手に持つ。
「美和?」
「向こうで食べよ」
「……うん」
つーか、溶けたし。
「……なんか、強く言ってごめん」
俺は、感情的になってしまったことをそいつらに謝る。
「いや、お前、マジでいいやつかよ……」
『あの人』を好きな男が言う。
「別にそういうんじゃねぇけど」
「美和くんの……ああいう顔、初めて見た……」
美和のこと好きっぽい男が、ちょっとだけ悔しそうにそう言った。
なんかこいつ、振られて傷ついてるみたいだけど、しかたないよな。
「玲衣くん」
「うん。行く。じゃあな」
そいつらに別れを告げて、俺は、アイスを持って歩き出す美和の後を追った。
「美和……。その、なんか……首突っ込んで、悪かったなって……」
いてもたってもいられなかったとはいえ、結局、事情はよくわかってない。
歩く美和の後ろから話しかけると、美和は足を止めて、俺を見た。
「悪くないよ。ありがとう。玲衣くんみたいな人が……あのとき、あの学校にいたら……クラスとか、学年全体、変わっちゃってたかもしんないね」
「それは言い過ぎだろ。つーかお前、どうでもいいとか言ってたし」
「どうでもいいって言った方が効くと思っただけ。不快だよ。嫌に決まってる」
「あ……」
そっか。
そうだよな。
あんな風に言われて、まったく気にならないわけじゃないんだ。
「でも、玲衣くんがいてくれて、本当に、どうでもよくなった。謝ってもらえるなんて思ってなかったしね」
「……ふぅん」
少しだけ人目を避けるようにして、ゲーセン奥の階段を降りていく。
「つーか……アイス溶けたし」
俺はカップを傾けてドロドロになったアイスを飲んだ。
「ごめんね、玲衣くん」
「シャーベットだから溶けてもうまいけど。硬いアイス、もっかい買ってくれたら許す」
「買うよ。あとでコンビニ寄ろう」
「うん」
つーか、俺がつっかかったわけで、アイスが溶けた理由のすべてが美和ってわけでもない。
そう思っていると――
「ごめんね……」
また謝られてしまう。
「だから……」
「アイスじゃなくて、いろいろ」
なんかちょっとマジモードっぽいし、美和が足を止めるのに合わせて、俺もまた足を止める。
「……別に。ワケあり転校生だってわかってたし。お前が性格悪いの知ってるし」
「でも、泣かせちゃった」
「それは……勝手に泣いただけだし。お前には、いつも泣かされてる」
つーか、泣いたのはもう触れなくていい。
「これまで、聞かないでいてくれるの、地味にすごい嬉しかったんだ。興味、なかったわけじゃないよね」
「ん……まあ……」
こいつ、ときどきバカだなって思うけど、たぶん、本当はいろいろ考えてんだよな。
なにも気づいてないわけじゃない。
「ありがとう。さっきの玲衣くん……すごくかっこよかった」
「かっこいいとか、マジかよ」
「うん。でも、せっかく誘ってくれたデート、台無しにしちゃって、ごめんね?」
「だから、そういうんじゃ……!」
「違った?」
「……違わねぇけど」
いざデートって言われると、ちょっと照れくさい。
「お詫びに、今度またちゃんとデートしよう」
「い、いいって、そういうの……」
「どこ行きたい? なにか、して欲しい?」
どこ行きたいかは、すぐに思いつかないけど、して欲しいことなら、あるかもしんない。
「……じゃ、じゃあ、めちゃくちゃ優しい……やつ……」
「やつ?」
「だから……」
美和は、当然わかってるといった様子で、ニヤニヤしていた。
「さっき、堂々とセックスって言ってたのに。俺に言うの、恥ずかしい?」
「うるさい」
お前に言うのが恥ずかしいって言うより、そういうことして欲しいって言うのが恥ずかしい。
「セックスくらいなんでもないってフリ、してくれてたよね」
だいぶ慣れてはきたけど、誰かと誰かがやったなんて話を聞けば、当然、気になるし、少しは意識する。
なんでもないってことはない。
けど、あいつらの前では平気なフリをした。
そんなの、美和にはバレバレなんだろう。
「……ホントうるさい」
「うん。静かにする。じゃあ、優しいやつね。それは今日にでもしてあげるよ」
「めちゃくちゃ優しい……だから」
「わかった。めちゃくちゃ、ね」
「うん……なぁ、美和……」
あたりを見渡す。
近くに人はいない。
顔をあげると、美和は、当り前のように俺に軽くキスしてくれた。
「……欲しいって言ってないし」
「違った?」
「違わないけど、それはもうちょっと……優しくないやつ」
「ん……」
いつ人が来るかもわからないけど、美和と口を重ねて、少しだけ舌を絡ませる。
アイスを飲んだ直後だからか、冷たくて、少し甘酸っぱい味がした。
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