『幽体験』



 目を瞑り、夢か妄想か迷うくらいの浅い眠りの瞬間。
 なにかが手に触れる。
 夢? 妄想? 現実?
 わからないが起きるという選択肢は俺に無く、感じないよう心がけた。
 そういえば、いままで霊に触れられることはほとんどなかったかもしれない。
 なんとなく生ぬるい風を感じたことは何度かあるが、あれはもしかして触られたりしていたのだろうか。
 今は、確かに触られているという感触がある。
 つい女の子と手を繋いでいる自分を想像してしまい、妙に恥ずかしくなった。
 いや、霊だからもっと怖がらないと。
 やっぱり慣れてしまっているせいか、恐怖心はあまりない。
 霊感が強まり見たくないものが見えてしまうという環境に対しての恐怖はあるが。
 繋いでいた手は、俺の腕を撫で、肩を這う。
 あまりにも柔らかいタッチでそこを撫でられ、反射的に体が震え上がった。
 もしかして、普通の人間はこういった感触を感じることもないのだろうか。
 だとしたら震え上がってしまった時点で、俺は感じる人ですよ、と相手に伝えてしまっているようなもの。
 そもそも気付かれないようにするべきなのかもよくわからないが、霊とお近づきになるつもりは無い。
 そうだ、今のはただの身震いだ。
 あくまで気付かないフリをしていると、手の感触は次第に俺の胸元を撫で始める。
 ずいぶんと積極的な子だな。
 俺が気付いていないと思って自由に遊んでいるのか。
 服の上からなのか中からなのかもいまいちよくわからない独特な感触。
 ゆっくりとした速度でその感触は移動し、腹を撫でさらに下へ。
 って、ちょっとそこはまずいでしょう。
 そうは思うが、体がうまく動かない。
 金縛りというわけではないと思うが、どうリアクションを取ったらいいのやら。
 混乱しているうちにも、独特な感触が股間のものを包み込む。
 恥ずかしながら女経験のない俺は自分以外の人にそんな所を触られた記憶が無い。
 そう、記憶がないくらい子供の頃、親に触られていたくらいだろう。
 つまり初めてと言ってもいい。
 そんなところを撫でられ、体が熱を帯びていく。
 バカか、俺は。
 しょうがないだろう? かわいい女の子にそんなところを触られたら。
 かわいいってのは全部俺の想像だけれども。
 しばらく撫でた後、ジジっと、ファスナーを下ろす音が響く。
 さすがにどうにかするべきか。
 だからといって、今ファスナーを下ろしている霊の手を取るなんてことも出来そうにない。
 自分から霊を触るだなんて。
 ……どんな感触なのだろう。
 いつの間にか上に被っていた布団は取り除かれていた、
 ゆっくりとズボンと下着を引き抜かれていく。
 押さえるべきか。
 今の俺は完全に脱がされている。
 ただ触るのが目的だとすれば、壁をもすり抜ける霊が俺の服を脱がす必要ってあるのかな。
 俺の体を見たいとか、もしくは俺のを取り出してなにかしちゃいたいとか。
 考えただけでも鼓動が速くなる。
 まあ見られるのは恥ずかしいけれど。
 こちらからは見えないのに、妙に視線だけが突き刺さる。
 見ないようにしているというのが正しいか。
 しっかりと目を瞑ったまま、開けられずにいた。
 下半身が外気に触れる。
 ひやりとした感触と、生温かく太ももを這う感触。
 人の手とは違う。
 そうだ、トイレから出た後に温風で手の水分を飛ばすあれ。
 あれに近い、風の圧力を感じる。
 足やお腹を行き来し、大事なところには触れようとしない。
 いまのうちに抵抗するべきなのか、俺は少し迷っていた。
 こんな風に体を撫でられているわけではあるけれど、この部屋にはたぶん二人きり。
 急に首を絞められたりすれば問題だが、このまましばらくは流されてしまってもいいんじゃないだろうか。
 Hなことをしてくれるのかもしれない。
 というかその可能性は高いよな。
 霊相手で童貞卒業?
 それも悪くない。
 どうせしばらく女なんて出来そうにないし。
 そう考えが纏まると、股間の辺りに熱が集中する。
 気付いたのか、そっと俺のものが風で包み込まれた。
 ……俺がその気になるまで待っていたとでもいうのだろうか。
 謙虚な姿勢にますます体は熱くなった。
 柔らかい手で掴まれ、何度も擦りあげられるような感触は、本当に気持ちがよくて考えることを放棄したくなる。
「……んっ」
 もう完全に、俺は感じていませんと言える範囲を通り越しているのではないか。
 いや、まだ夢を見ているだけだと言い訳することも出来る。
 直接、霊とコンタクトを取ったわけではない。
 体は反応してしまうが、霊の存在を認識したわけではないと、向こうが思ってくれる余地はあるだろう。
「はぁ……っん」
 免疫の無い俺のソコはすでにガチガチ。
 このまま手でイかされてしまうんじゃないか。
 手かどうかはわからないけれど。
 いくら霊が相手とはいえ、早いと思われるのはなんだか不満だ。
 この子が俺の体目的なのだとすれば、やっぱり先にイくわけにはいかないし。
 ただ俺の考えとは裏腹に手は休まらず、あろうことか先端をなにかが這う。
 濡れた感触はないが、ねっとりと空気の圧力が撫でていく。
 根元の袋辺りも揉みしだかれ、体がビクついた。
「んっ……あっ」
 三箇所同時に。
 ああ、先端はもしかしなくても舌で舐められているのだろうか。
 気持ちよすぎる。
 自分の出してしまっている先走りのせいか、次第にぬるぬるとすべっているのがわかった。
 絶対に、俺のことイかせようとしているよな。
 それとも普通の男ってこれくらいなら耐えられる?
 もう充分、俺の中では大きいし硬い方なんでとっとと使ってください。
 なんて口には出せないけれどそんな気分だ。
 じゃないと、イく。
「ゃめっ……もうっ」
 極力、霊には話しかけないつもりでいたが、成り立たない会話の範囲で一方的にそう洩らす。
 それでも霊は止めようとはせず、先端をチロチロと細く動いていた空気は、頭の部分を包み込んだ。
「んぅっ!」
 口で咥え込まれているのだろう。
 静かな部屋に、クチュクチュと粘着質な音が響く。
 これは全部俺が出している音だ。
 俺の先走りを使って挿入するつもりか、はたまたこのままイっていいのか。
 どっちにしろ、我慢出来そうになかった。
 そうだ、俺も別に霊に気遣う必要なんてないだろう。
 怒らせてしまうのは怖いけれど。
「はぁっ……いくっ……あ、出るからっ」
 一応、急に出すのには後ろめたさがあり伝えてしまっていた。
「んっ、あっ……あっ、んーっ!」
 ビクビクと体が跳ね上がり、欲望を弾けだす。
 少しばかりだが我慢していたせいもあり、たくさん溢れていると思う。
 飲まれるような吸われるような感触がし、身震いするが、実際は垂れ流しているだけなのかもしれない。
 明日布団洗わなきゃ、なんてどうでもいいことを思った。
 ぬめりからは解放されるが、あいかわらず擦りあげられるような刺激を感じる。
「はぁっ……も、やばいって」
 すっきりしたのは一瞬で、また熱が集中してしまっていた。
 そこを擦りあげられながら、もう片方の手が胸元を這う。
 頬にチュっと音を立てられ、キスされたのだとわかった。
「んっ……ぅんっ」
 エロい夢から覚めたくないのと同じで、このまましばらく味わいたい気分。
 相手が誰かに俺のことを言いふらす心配もないし、好きなように体を弄られて、気持ちがよくて。
 最高じゃないか。
 見えないのだから、かわいい女の子を想像すればいい。
 声だって、気にしなくていいんじゃないか。
「はぁっ……ンっ」
 何度も擦られ、体が震えた。
 気持ちいい。
 頭がボーっとして、まるで陶酔状態。
 それがわかってなのか、耳元で軽くクスって笑うのが聞こえた。
 あれ、いまの声って……。
「俺のことどれくらい感じてる?」
 さきほど感じた疑問を、打ち消す形でそう話しかけられる。
 体が硬直した。
 うっかり目を開けてしまいそうになり、慌てて左腕で目を押さえる。
 もしかして霊の声?
 こんなにもはっきりと聞き取ることが出来たのは初めてだ。
 人とは違い、少しだけエコーがかかっている。
 にしても低いよな、この声。
 肉体を持たない霊の声は、人間界の振動とは違い低く響くとか。
 なんてポジティブに考えてみたところで、はっきりと俺って言っているしな。
 そういう言葉遣いの女の子って可能性も捨てきれないけれど、たぶん男なのだろう。
「聞こえてるんでしょ」
 体を強張らせてしまった時点でバレていそうだが、言葉が出なかった。
 聞こえいるし、すごくわかる。
 声も感触も、いつもより感じていた。
 いままで触られたと実感することはなかった。
 そもそもこんな風に触ってくる霊もたぶんいなかったのだろうけれど。
 まるで囁かれているような独特な声で耳元をくすぐられ、体が震え上がった。
「こんな風に感じてくれる相手、いなかったな」
 独り言なのか、俺に話しかけているのか。
 わからないが、言葉を続けられる。
「大抵、感じてくれなくて硬くならなかったし」
 怖がりもせず硬くしてしまったことを、いまさら恥ずかしく思った。
 いや、他のやつらは霊感がないからこんな風に感じ取ることが出来なかった、そうだろう?
 また指先だと思う部分で、先端を撫でられ大きく体が跳ねてしまう。
「んぅっ!」
「ああ、ココ好きなの? もっと撫でようか」
 声に答えていいのかわからずにいると、勝手に何度もそこを撫でられる。
 男だから上手いのか、なんて納得している場合じゃない。
 やめてくださいとか言えばいいのか?
 そもそも、俺が答えると会話が成り立ってしまう。
 それも嫌だ。
 まだ聞こえていないフリをしたい。
「んっ……ンっ」
「したことある? ココ」
 相変わらず囁くような声で俺に話しかけると、いままで先端を弄っていた指の感触がゆっくりと下へ移動していく。
 袋の筋を撫で、後ろの窪みまで。
「っ……そこっ」
 嘘だろう?
 男同士でそんな。
 というよりこいつは、突っ込めればどこでもいいのかもしれないけれど。
「ああキツそう。初めてか。大丈夫。ゆっくりしてあげるから」
 囁くような声とはっきりしない感触。
 これはもしかして夢なんじゃないか。
 そう思いたいのに、後ろの入り口をほぐすみたいにぐにぐにと押さえつけられ不安を覚えた。
「入らないって……っ」
「うん、だからゆっくりね」
 駄目だ、こいつと会話を成り立たせないようにしながら訴えないと。
「さっき、たっぷり出しちゃったから、塗りこんであげる」
 俺の腹辺りに乗っかっていた液体を拭い取られ、また入り口を指先が突いた。
 実際に指なのか、細い棒なのかはよくわからないけれど。
 ゆっくりと押し込まれていく。
「んぅっ!」
 なんだこれ。
 変な感触。
 ずるずると入り込んでくる。
「んぅっ……」
 気持ち悪い気もするし、初めてでよくわからない。
 つい、押しのけるよう右手を伸ばすとなにかに当たった。
「うわぁっ」
 体だ。
 たぶん、こいつの体。
 触った、初めて霊に自分から。
 人間の体みたいに固くはないが確かにそこにあるのはわかるし、実際当たった感触もあった。
 それなのに、すり抜けるよう手が伸びきる。
「ん、そんなに押しのけたい? 急だからびっくりして貫通しちゃった」
 貫通?
「ね、ゆっくり抜いて?」
 心構えでもしていないと、すり抜けるのか。
 たぶん今、俺の腕はこいつの体をすり抜けているのだろう。
 怖くてゆっくりと、腕を引いていく。
 震える腕をすべて抜き、自分の着ていたシャツを掴んだ。
「やっぱり聞こえてるんだ?」
「違っ」
 ああ、俺すぐに答えてどうすんだ。
 そうは思っても後の祭り。
「答えてくれないと、酷くするって言ったら?」
 そんなことを言われても、答える必要は無いと思う。
 その声すら耳に入っていないのだとすれば約束することは出来ないから。
「俺は、会話も出来ない相手に優しくしてあげる必要ないよね」
 その言葉を理解しようとしていると、途中まで入り込んでいた指らしきものがさらに奥へと入り込む。
「んーっ」
「ほら、こんなに指入っちゃった」
 やっぱり指か、なんて納得している場合ではない。
 一旦入ってしまった指が中で蠢き未知の感触に体が跳ね上がった。
「ゃめっ……あっあっ」
「ここ、無理矢理拡げて、すぐにでも入れちゃおうかな」
 言葉通り、中をどんどんと押し広げられていくような感触。
 これじゃあ童貞卒業どころか、レイプ被害者だ。
「翌日、血だらけのお尻、病院で見てもらう?」
 ああもう最悪だ。
 押しのけて逃げる?
 いや、話し合いか?
 押しのけるにしてもまたさっきみたいにすり抜けかねないし。
 ただ逃げるのも見えない相手じゃ分が悪い。
 しょうがない、ここは話し合うしかない。
「……あの、ちょっと」
 俺が会話をしようとしていることに気付いてか、中に入り込んでいた指の動きを止めてくれる。
「えっと。声、なんとなく聞こえるんですけど」
 面倒そうだし、はっきりとは聞こえていないことにしよう。
「なんとなく?」
「聞こえるときと、聞き取れないときがあって」
 いままで答えなかった言い訳を作っておく。
「そうなんだ」
 そういえば俺、なにを言えばいいんだ。
 とりあえず無理矢理やるのは止めていただきたいけれど、だからといって優しくされたいわけでもない。
「俺、その気ないんですけど」
「どの気? 男相手? それとも霊相手?」
 両方と言いたいところだが、さっきまで女の子と勘違いして興奮してました。
「……男はちょっと」
 一応そう答えておく。
「じゃあ、しゃべらないようにしよう。俺のこと、女だと思っていいよ」
「いや、俺は女に入れられるのか?」
「そういうプレイもありだろう?」
 アイドル卵の女の子に前立腺マッサージ。
 不覚にもテンションがあがる。
 あれ、ちょっと待てよ。
 こいつ完全にアイドル卵の女の子とはかけ離れた存在だよな。
 そうは思うが今、詳しく事情を聞いている余裕は無い。
「まず、抜いてくれ」
「了解」
「意味、履き違えるなよ」
 というか、あんまりスムーズに会話を成り立たせたくもないんだが。
「もういいから。やらせてくれる?」
 うわ、俺じゃなくて向こうの方が諦めてきやがった。
 例え俺が女でこれが無理矢理だったとしても相手が霊である以上、犯罪にはならないのか。
 向こうとしては怖い物無しってことだろう。
 これほど厄介なことはない。
 そう考え込んでいるうちにも、中に入り込んだ指がゆっくりと蠢く。
「あっ……んっ」
「俺のことどう感じるの? 普通の人間と違う?」
 普通の人間に指を入れられた経験なんてあるわけがない。
 言い返す余裕もなく息が詰まった。
 中を掻き回しながらも、少し萎えかけていた俺の股間のモノをやんわりと風が包み込む。
「あ、あのっ」
「心配しないで。気持ちよくしてあげる」
 そんな心配はしていませんけど。
 だが下手に何度も声をかけて怒らせてしまうのも怖いし、対応に困る。
 包み込まれたモノをまた扱き上げられ、ますます物事が考えられなくなってきた。
 後ろに突っ込まれた指も、探るようにして一点を押さえられ体が跳ね上がる。
「ぁあっ……んっ」
 駄目だ、すごく恥ずかしい声出るし。
 さっきは、イく声も聞かれてしまったわけだけれど。
 こう会話を交わした後だとより羞恥心を感じてしまっていた。
「もう、よくないかな。なにも考えなくて。このまま気持ちいいことしよう?」
 普通の人の声じゃない、ぼんやりとした囁き声は酷く甘ったるい。
 夢みたいで、本当にもうどうでもいい気分になってきた。
 こいつが今後、俺のことを誰かに伝える手段はないだろうし、俺もきっと言うことはないだろう。
 今だけ。
 誰にも絶対バレることのない二人だけの関係。
「ね?」
 耳元で催促され、つい頷いてしまった。

 それを確認してか、ゆっくりと指を引き抜かれていく。
「あっ……」
「待って。ちゃんとしてあげるから」
 いや、してもらうってわけではないと思うのだけど。
 もうどうでもいい。
「四つんばいになれる?」
 なんで、こんな協力してんだ、俺。
 でも嫌だと言えば、たぶんこのまま正面からやられてしまうのだろう。
 うっかり見てしまうのも怖いし。
 仕方なく四つんばいになった。
 さっき出してしまったもののせいでベタベタになっていた俺の腹あたりを撫でられる。
 潤滑剤として使うのだろうか。
 少しして、先ほどまで指が入れられていた箇所へ何かが押し当てられる感触がした。
「な、なあっ。ホントに、ソレ、気持ちいい?」
「さっき前立腺良かったでしょう? また押さえつけてあげる。前も触ってあげるから」
 そう言うと、ゆっくりと中になにかが入り込んできた。
「あっ! あっ」
 なにを入れられているのかよくわからない。
 いや、たぶんこいつのモノなのだろうけれど断言は出来ないし、霊である以上、本物とは違った感触なのだろう。
 比べようがないけれど。
 押し広げられて、中に入りこんでくる。
「んっ、キツっ」
「かわいい。ここらへん? 当たる?」
 ぐっと腰を持ち上げられたかと思うと、ちょうど前立腺辺りを押さえつけられ、体が跳ね上がった。
「あっ! ぅんっ」
「そう、ここね。じゃあ、何度も突いてあげる」
 言葉通り、ソコをぐにぐにと何度も突かれてしまう。
 気持ちいいかもしれないと思ってしまったと同時に股間のモノを掴みあげられ肘が折れた。
 布団にしがみつき腰だけを突き上げる。
 また先端を弄られて、ぬるぬるとした液を塗り拡げられていく。
 こいつはいわば空気人間だ。
 濡れた感触は全部、俺が出している液のせいだと思うと恥ずかしくて体が熱くなった。
「はぁっ……んっ、あっ」
 恥ずかしいけれど、相手は霊だ。
 どうでもいい。
 理性が飛ぶ。
 理性を働かせないといけない相手じゃないだろう?
 声だって、抑える必要性を感じなくなっていた。
「ぁあっ……んっ、ぅんっ」
「気持ちいい? すごい、腰揺れてる」
 こいつの言う通り、ゆらゆらと揺れる腰を止めることも出来ない。
 ただ、ただ気持ちがよかった。
「教えてよ。イイかどうか。教えてくれないなら、止めちゃおうかな」
 俺が気持ち良く思っていることには気付いているだろうに。
 冷静にそう思うけれど、止めて欲しくないという思いの方が勝った。
「んっ……いいっ……あっ」
「なに? もう一回」
「ぁあっ……気持ちいいっ……んっ、もっとっ」
「Hなことに飢えてたのかなぁ、君は。すごく淫乱だ」
 あいかわらずぼんやりとした声。
 そうだ、この声、なんかエロいんだ。
 頭の中に響いてくる。
「嫌がってたのにねぇ」
 からかわれても、反発する余裕などなかった。
 ただ、続けて欲しい。
 何度も、前立腺の辺りをぐにぐにと突き上げられるのに合わせて自分も腰を振って。
 それに合わせるよう、前も擦りあげられる。
「はぁあっ……あっ、ん、ぃくっ……あ、いくっ……あぁああっっ」
 やばい、すごい声出しちゃったし、わざわざイクとか伝えてしまったし。
 少しだけの後悔はエクスタシーにかき消された。
 ずるりと引き抜かれる感触。
 それに合わせて俺もまた、ゴロンと倒れこんだ。
 眠い。
 疲れた。
 このまま、少しだけ眠ってしまおうか。
 少しだけ。  

 数時間後、寒くて目が覚める。
 最悪だ。
 それにしても、あれは夢か?
 にしては、この布団の汚れっぷり。
 全部自分のものではあるけれど、夢精にしては派手すぎる。
 本来、寝相はいい方だし、寝ぼけて脱いで出すなんてこともしたことがない。
 絶対、現実だよな。
 だとしたら、あいつは?
 満足してどっかに消えたのか。
 最後に一言挨拶くらいすればいいのに。
 ……って、俺は何、普通の人みたく霊を扱ってんだか。
 これっきりだからこそ、俺もあれだけ曝け出してやったんだ。
 ただ結局、聞きたくないと思っていた霊の声が聞き取れるようになってしまったわけで、これはよろしくない。
 目は塞いでいたが、開いたら見えていたという可能性も高いだろう。
 害はないが、感度は上がった。
 ……もちろんエロくない意味で。
 このまま、住み続けるか今のうちに帰るか迷うところだな。  

 ひとまず、シャワーを浴び、応急処置として布団のシーツを剥がし、もう一度寝ることにした。
 明日考えよう。
 誰もいないうちにもう少し寝てしまいたい。  

 ピーンポーン。
 インターホンの音で目が覚める。
 どれくらいの時間が経っただろう。
 もう朝なのか昼なのか。
 時間の感覚があまりない。
 引っ越してすぐ、俺の家に来る人間なんて家族か叔父さんくらいだろう。
 少々面倒ではあったが、布団を軽く畳み、傍に置いたままだったシーツも布団の下へと隠して置いた。
「なに?」
 確認もせずにドアを開けてしまう。
「隣の部屋のものです」
 俺より少し年上だろうか。
 わりと整った顔の男性だ。
 まさか知らない人がそこにいるとは思わず、つい適当な態度で出てしまったことを悔いた。
「あー……挨拶もせずすいません。えっと、昨日越して来たんですけど」
「昨日の夜は、ずいぶんとかわいらしい声、出してましたね」
「え……」
 昨日の夜って。
 もしかしなくても霊とやってしまったあのときの声のことか。
 壁が薄くて聞こえてた?
 最悪だ。
「すいません。ちょっと動画サイト見てたんですけど、音、大きかったですね」
「あの後、動画サイト見てたの?」
 少し企むような笑み。
 いきなりのタメ口。
 胃の辺りが重くなってきた。
 リアクションが取れずにいる俺を見てなのか、そいつは勝手にドアを開け、玄関先に入り込む。
「ちょっと」
「俺の声、わからない? 君の初めての相手なのに」
 嫌な予感しかしなかった。
 霊の実体化?
 いや、それはないだろう。
「あの、どういう意味ですか?」
「昨日、君としたのは俺って意味」
「ありえません。俺は人間とした覚えはっ」
「人間以外としたことは覚えているんでしょう?」
 墓穴を掘った。
 だが、こいつは人間だ。
 俺の相手であるわけがない。
「……幽体離脱とか、興味ない?」
「ありません」
「即答しないでよ。じゃあ生霊とかの方が信じる?」
 幽体離脱も生霊も信じたくはなかった。
 というのも、結果、生きているこいつと間接的にやってしまったということを認めたくないからだ。
「いままでは、テレビのリモコン変えたりシャワーの水出したりして驚かして遊んでただけなんだけど。君、あんまり驚いてくれなかったし」
 リモコンにシャワー。
 やっぱりこいつなのか。
 最悪だ。
「声、違うじゃないですかっ」
「へえ。ね、どんな声に聞こえたの?」
 エコーがかかった囁き声……などとは言いたくない。
「別に……」
「俺は君の声、すごくかわいく聞こえたよ。あ、それとどう感じたのかも聞きたいな」
「いい加減にしてくださいっ」
 確かに、霊との行為は珍しい体験だと思うけれど、だからって感触をいちいち人に伝えたくはない。
「なんなんですか。ここ、アイドルの卵が住んでたって聞いてたんですけど」
「少し前まで住んでたよ」
「じゃあ、なんで……」
 いや、ただ単にその子は成仏したってだけの話なのだろう。
「もしかして、女の子の部屋、覗いたりしてたんですか」
「まあ、そういうことも出来るけど。ここにいたのは男だよ」
 男?
「アイドルの卵って」
「うん、若い男の子だけど」
 なんだって。
 叔父さんに騙されたのか、俺は。
 思い起こせばかわいいと言っていただけで女だとは断言されていない。
 けれど女だと思うだろう?
 まあ調子に乗った俺がバカだったってことか。
「……本当に、昨日、来たんですか」
「来たよ」
 ああ、俺がここに来たとき父さんが見ていたのはこいつだったのか?
 それにしても、幽体は感じることが出来るのだろうか。
 無償に気になってしまう。
「幽体って……物触れるんですか」
「昨日、散々触ってあげたじゃないか」
 ため息しか出てこない。
「触れる感覚とかはあるんですか」
「なんとなく……かな」
 ひどく曖昧だな。
「そんなんで、突っ込んでも気持ちよくないでしょう? なにがしたいんですか」
 そういう俺に、今度はそいつがため息をついた。
「夢見て、知らないうちにイったことあるでしょう?」
 言いたくはないがある。
 無言が答えだ。
「夢の中で君を犯しているみたいで、すごくよかったよ」
 最悪だ。
「そうやって、だれかれ構わず襲ってたんですか。最低ですね」
「いやいや。いままでは本当に、みんなあんまり感じてくれなくてねぇ。一人でやりだす子を眺めていたことはあるけれど」
 ずいっと俺に体を寄せるそいつから逃れるよう一歩後ずさりをするが、肩を掴まれ壁に押し付けられた。
「だからね。本当に、これだけ感じてくれる子は、初めて。感度、いいんだね」
「人を変態みたいに言わないでください。少し霊感が強いだけです」
「これからは直接、感じてくれる?」
 直接?
 意味を理解する前に、軽く口を重ねられてしまう。
 もしかしなくても、生身でということだろう。
「……そんなっ」
「嫌ならまた今夜、襲いに行っちゃおうかな」
「やめてください、こう人のプライベートにずけずけとっ」
「わかってる。だからね?」
 ね、と言われても。
 これ以上、霊を感じたくはないし、幽体で会うのはもうやめて欲しい。
「ちょっと話し合いましょう」
「とりあえず友達からパターン?」
「そういうんじゃありませんっ」
 目の前のそいつはクスクスと楽しそうに笑っていた。
「いやね。君に挨拶もせずに急に消えちゃって悪かったなって思ってるんだよ」
 なに。
 人間らしい一面に不覚にも少しだけドキっとしてしまう。
 人間なんだけれど。
 俺が思っていたことだ。
 最後に一言挨拶くらいすればいいのにって。気にしてくれていたんだ?
 違う、こんな些細なことで、ときめいてる場合じゃない。
「別に、いいですよ、そんなの」
「今度は急に消えたりしない。ちゃんとアフターケアするから」
「なに、今度とか言ってるんですか、いい加減にしてください」
 触られた手を反射的に払いのける。
 その手を自分で撫でながらも、俺を見てにっこりと笑った。
「もうプライベートは侵害しない。だから生身の俺とも仲良くなってくれないかな」
 少し下手に出られるとどうも調子が狂ってしまう。
「幽体で来ないでくださいよ」
「なるべくは」
「絶対に」
「…………考えておく」
「もう、俺の感度上げないでください」
 ついぼやいてしまうと、聞き取られそっと頬を撫でられる。
「俺といると、感度上がっちゃうんだ?」
 別の意味で取られていそうだな。
「第六感の話ですよ」
「ふーん。じゃあ六感があがらないようにやっぱり生身で、触れ合わないとね」
 それを断って、また幽体で来られても困るしな。
「もうわかったんで、とりあえず今は帰ってください」
 最後はもうだんだんと面倒くさくなってきたので、そう答えてしまっていた。
「ありがとう。じゃあ、バイバイ。また暇な時間に」
 軽く頷くと、素直に立ち去ってくれほっと一安心。
 なにドキドキしているんだろう、俺。
 なんだかんだであの人とは擬似的にHをしちゃったわけだからな。
 ドキドキしない方がおかしいだろう。

 この部屋に霊はいない。
 隣人もまあ、話が通じないレベルの人ではない……と思う。
 ……悪くはないよな。
 とりあえず、家族と叔父さんにはしばらくここに住むことを伝えておくとしよう。