意識しているのはたしかだけど。
なるべく気にしないようにして、取り繕えば大した問題にはならないと思っていた。
鳥島先生を避けている自覚はあるし、鳥島先生だって、たぶんそれには気づいているだろうけど。
1人、化学準備室で昼ご飯を食べていると、いつ鳥島先生が来るんじゃないかって、少し気が気じゃなかった。
ただ、鳥島先生が化学準備室に来ることはなく数日が経つ。
気を抜いていると――
「佐藤先生、今日の仕事後、ひま? 一緒に飲みに行かない?」
金曜の朝、職員室で声をかけられる。
一応、ひまだ。
予定はなにもない。
明日は休みだし、飲むのは好きだし。
断るのもおかしいだろう。
意識しすぎてる。
「……2人?」
「んー……どっちがいい? 2人が嫌なら他にも誰か声かけるし。2人がいいなら、そうするよ」
2人は気まずい。
ただ、樋口先生がいても気まずい。
かといって、他の先生とはそれほど仲が良いわけでもないし、その前に、2人は嫌だなんて言いづらい。
「鳥島先生は? どっちがいいの」
「そりゃあ、2人きりかなー」
聞かなきゃよかった。
余計に断り辛くなってしまう。
そもそも迷っている時点で、予定がないことはバレてるだろうし。
「じゃあ、2人で」
しかたなくそう答える。
「本当? 意識しすぎちゃうんなら、他に人呼ぼうと思ったんだけど」
耳元でこっそり言われて、顔が熱くなった。
赤くなっているかもしれない。
「別に、平気だから」
鳥島先生がいる左側の頬を隠すみたいに、左手で横髪を梳く。
他に誰かいてくれたら紛れるだろうけど、意識している姿を見られるのもごめんだ。
「じゃあ、店は俺が決めといていい?」
「うん」
鳥島先生は、さっそくスマホで店を探し始める。
ここは任せておこう。
仕事後、車で家に戻ると、後ろから車でついて来てくれた鳥島先生を路上に待たせ、俺は急いでスーツから私服に着替えた。
車を家に置いておくという理由もあるけど、鳥島先生はスーツじゃないし、どうせ帰ったなら、俺もラクな格好でいたい。
財布に金を足して、待ってくれていた鳥島先生の車に乗り込む。
「お待たせしました」
「待ってないよー。じゃ、行くね」
鳥島先生は、俺と違ってあまりお酒を飲まない。
いつも、帰りは車で送ってくれる。
確認していないけど、今日もまたそのつもりだろう。
「どういう店?」
「お酒の種類が多くて、洋食のとこ。そんな遠くないよ」
「ふぅん」
酒を飲む俺に合わせて選んでくれたんだろうか。
「うちの近所なんだよねー。うちに車停めて、ちょっとだけ歩くから」
「わかった」
駐車場が少ないんだろう。
酒がウリの店なら、駐車場が少ないのも頷ける。
そうして、鳥島先生が1人暮らしする家の駐車場に車を停めると、2人で歩いて店に向かった。
少し薄暗い照明で、雰囲気のいい店だ。
暗い店内なら、鳥島先生への意識も薄れる。
通されたのは、半個室みたいな場所だった。
「ところでさー。佐藤先生、明日は予定ある?」
「……家でゆっくりするつもりだけど」
ゆっくりするのも、立派な用事だ。
そういうの、鳥島先生は理解してくれると思う。
「じゃあ、俺も酒飲んでいい?」
「どういうこと?」
「そういう予定なら、今日はうちに泊まって。明日、酒が抜けたら車で送るから」
この提案が、1か月前だったら受けていただろう。
でも、いまはまずい。
「泊まるのは、ちょっと……」
「意識しそう?」
鳥島先生の視界から逃れるように俯いていたけれど、正面に座っていた鳥島先生の手が、俺の頬をそっと撫でた。
払いのけることもできなくて、ちらっと鳥島先生を確認する。
目が合ってしまって、慌てて逸らす。
すごい変な態度だったと思う。
「……ん」
小さく僅かに頷くと、鳥島先生は親指で俺の唇をなぞった。
「じゃあ、意識して欲しいから、泊まって?」
「な……」
口説かれてる。
そんな気がしたけれど、勘違いだろうか。
やっと、頭を後ろに引いて、鳥島先生の手から逃れる。
「いつも飲まないだろ」
「いつもはね。俺が飲まなくても泊ってくれるなら、どっちでもいいけど」
「飲みたいんじゃなくて、泊めたいだけじゃん」
「そうだよ」
あっさり肯定されて、なにも言えなくなってしまった。
「俺は飲まなくても飲んでも楽しめるからね。でも、一緒に飲んだ方が、佐藤先生、楽しくない?」
自分だけ飲むより、一緒に飲んだ方がそりゃ楽しいに決まってる。
金額差も気になるし、どうしても『付き合って貰ってる感』が出てしまう。
鳥島先生は、ほとんど飲めないから、そんなの気にしないんだと思ってたけど……。
「飲めんの……?」
「飲めるよ。変な酔い方しないから、安心して。ただ送れないってだけ」
送って欲しいから飲むななんて言えるわけがない。
そうこうしているうちに、鳥島先生は店員を呼ぶボタンを押してしまった。
自分の酒を頼んだ後、俺にメニューを見せながら、にっこり笑う。
飲むつもりで来ているし、俺が飲まなかったところで、鳥島先生の車を借りて帰るなんてこともできない。
「……じゃあ、同じので」
どうしてもイヤなら、タクシーを使うという手もある。
ほかになにか鳥島先生がいろいろ注文してたけど、頭に入ってこなかった。
酔えたらどれだけラクだっただろう。
鳥島先生が酔ってくれたら、意識しなくて済んだのに。
「鳥島先生、酒強かったんだ?」
「まあね。そういう佐藤先生は、いつも抑えてた?」
「多少は……」
鳥島先生が飲まないのに、1人でたくさん注文するのも気が引ける。
でも、今日は鳥島先生も飲んでて、俺も酒が進んで……。
一緒に同じペースで飲めるってのは、やっぱり嬉しいかもしれない。
「そろそろいい時間だし、あとは宅飲みする?」
「宅飲み?」
「家にも酒あるから」
誰かと一緒に飲んでそのまま寝れるなんて、最高か。
そう思ったけど、相手は鳥島先生だ。
でも、鳥島先生とじゃなきゃ、こんなこと出来そうもない。
「俺……」
「飲んでも飲まなくてもいいけど、行こう?」
時刻は22時を回っていた。
結局、促されるようにして、鳥島先生の家の前まで来てしまう。
「……佐藤先生? さっきからずっと黙ってるけど、酔った?」
「……酔っては、ない」
「よかったー。じゃ、入って」
家のドアを開けられて、どうすればいいかわからなくなっていると、鳥島先生が俺の手を引いた。
「もう少し、強引にしちゃった方がいい?」
「は……?」
「その方が、佐藤先生、考えなくて済むもんね。どうする?」
なんとなく、鳥島先生の言っている意味を理解する。
たしかに強引にしてくれたなら、迷わずに済んだだろう。
でも、強引にされていいわけじゃない。
それじゃあ、ただ流されてるだけだ。
俺は小さく首を横に振る。
「んー……わかった。でも、リードは俺がした方がいいよね?」
そう言うと、ドアを閉めた鳥島先生が、俺に迫ってきた。
後ろはドアだし、逃げられない。
これのどこが、強引じゃないって言うんだろう。
そう思っていると、至近距離まで近づいた鳥島先生が、俺の顔を両手で優しく掴んで上を向かせた。
鳥島先生の方。
「キスしていい?」
聞かれてするもんなんだろうか。
「や……」
なんとか声を絞り出す。
「なんで? 前したとき、気持ちよくなかった?」
気持ちよかった。
したい。
したいのに、なんで拒絶してしまったんだろう。
「しよう?」
後悔していると、もう一度、鳥島先生が聞いてくれた。
両手で顔を包まれたまま、小さく頷く。
鳥島先生の方は見ていられなくて、視線を逸らしていると、そのまま、唇を重ねられてしまう。
「ん……」
「ゆっくり……鼻で息して」
至近距離でそう言うと、鳥島先生は少し角度をつけるようにして、俺の口をふさいだ。
入り込んできた舌が、俺の舌を絡め取る。
「んん……ん……」
やっぱり、気持ちいい。
頭がぼーっとする。
まるで酒に酔ったみたい。
酔ってるのかもしれない。
俺も、必死に鳥島先生の舌を追いかける。
頭の中に、濡れた音が響いて、やらしくて、身も心も昂っていく。
このまま、前みたいに抜いてくれるんだろうか。
それとも、前以上のことをするんだろうか。
そんなことを考えている間も、舌は触れあったまま。
たくさん擦れて、ぞわぞわして、たまらないのに、鳥島先生が口を離してしまう。
なんで。
そう思っていると――
「舌、出せる? 吸ってあげる」
鳥島先生が、そんなことを言った。
吸われたいのかどうかわからないけど、出せるか出せないかって聞かれたら、出せないわけじゃない。
もう一度、口を重ねられた後、言われた通り舌を出してみると、宣言通り、鳥島先生が俺の舌を吸ってくれた。
「んぅんっ!」
吸われた瞬間、電流でも流されたみたいに舌がしびれて、強烈な睡魔に襲われる。
と同時に、情欲を煽られて、起こされる。
前にしたキスは、子供騙しだったのかもしれない。
「ん……んぅっ!」
もう勃起してるどころの話じゃない。
いますぐ触れて抜かないと……。
あの日、鳥島先生に抜かれて以来、自分ではしていない。
数日しか経っていないのもあるけど、自分でしたところで、気持ちよくなれる気がしなくて、なんとなくその気になれなかった。
いま、たったこれだけのことで、もうイきたくなってしまう。
苦しくて、なにも考えられなくて、ズボンの上から右手で自分のモノに触れる。
「んぅ……」
前は半立ちで済んだのに。
気持ちいいから?
期待してるから?
学校じゃないし、やっぱり酔いが回って、ダメだという意識が薄れているのかもしれない。
どうにも出来なくなっていると、俺の右手に、鳥島先生の手が触れた。
「あ……」
やっと、口が離される。
「待たせちゃった? 自分で弄っちゃうくらい……」
「ちが……いじってな……」
「じゃあ、触れただけ? 俺が触ってあげるから、右手どかして」
いま手を離したら、まるで触れて欲しがってるみたい。
かといって、ずっと自分のモノを押さえているのも、おかしいだろう。
なにが正解かわからないでいると、力の入っていない右手を、鳥島先生がどかしてしまう。
「あ……」
「触ってあげるってのも、よくないか。佐藤先生がして欲しいことしてあげたいけど、ちょっと恩着せがましいっていうか……」
淡々としゃべりながら、鳥島先生はとうとうズボンの上から俺のに触れた。
「んぅ……」
「触ってあげたいし、俺が触りたいんだよね。ああ……すごい。おっきくなってる」
布越しに俺のを掴んで、揉むようにしながら、撫でられる。
「んー……んっ、んぅ……うう……」
なんとかドアにもたれて立っていたけれど、いつ腰が抜けてもおかしくない。
足に力が入らないし、どうしていま、立てているのかもわからなかった。
それより、イくかもしれない。
風呂場で自分で直に触れても、当然、こんな風には感じないし。
その気になれなかったのに。
「はぁ……あっ……んぅ、んっ」
「なに? 涙出てきちゃったね。いや?」
……苦しい。
イきたい。
でも、服着たままだし。
早過ぎだし。
鳥島先生の大きな手が、俺のを包みこんでいたかと思うと、指先で玉の方まで弄られる。
「ぅあっ……んぅ、んー……!」
「普段、こっちの方はあんまり弄ってないの? 竿擦るだけ?」
俺の反応で、なにかわかってしまうんだろうか。
なにも答えられなかったけど、そもそも答えなんて期待していなそうだ。
「はぁ……かわい……」
体を寄せてきた鳥島先生が、耳元で熱っぽく囁くと、腰が小さく跳ねた。
「んぅっ!」
「あれ……もしかして、耳感じる? それとも、こっちが限界だったのかな」
どういうことか俺が自己分析するより先に、鳥島先生が教えてくれる。
「必死に腰抑えてたのに、意識逸れちゃった?」
そういうことらしい。
耳もくすぐったいし、股間も気持ちいい。
いく。
いく。
脱がないと。
脱いだら、鳥島先生の家の玄関で出すのか?
「あ……んん……!」
「なに? またなにかわかんない?」
頷くと、鳥島先生は耳元でしゃべるのをやめて、俺の顔を見てきた。
俺の頬に触れた左手が、さっきまで吐息でくすぐられていた耳を撫でる。
あいかわらず、股間は揉みしだかれたまま。
「んー? どうしたの、教えて?」
鳥島先生なら、わかってるんじゃないだろうか。
頭の片隅でそう思うのに、鳥島先生に言われると、なぜだかそうしないといけないような気にさせられる。
俺がなにも知らないから。
きっと、鳥島先生が正しい。
「言える?」
言わなくていいとは、言ってくれないらしい。
「恥ずかしくないから……言ってみようか」
恥ずかしいことじゃない……のか?
ともかく言わないと、この苦しい状況から逃れられそうにない。
「ん、んぅっ……いく……!」
なんとかそう伝えると、もともと涙でぼやけていた視界が、ますます滲んだ。
「うん……よく言えました。かわいいから、もう1回、言って?」
なんで、もう1回言わせるんだろう。
かわいいから?
かわいく思われたいわけじゃない。
でも、鳥島先生にかわいいって言われるたび、体がぞわぞわする。
「はぁ……はぁ……ん、うぅ……ぃく……」
「うん。いっちゃうね。ここ、ビクビクしてる」
確認するみたいに撫で回されて、性器だけじゃなく腰までビクついた。
「あっ……ん、んっ……やぁ……いく……いくって……!」
「聞いてるよー。どうしたい?」
わからないから、聞いてるのに。
小さく首を横に振る。
「いいよ。このまま、いこっか」
ああ、どうやらイッていいらしい。
「んぅんっ……んっ……あっ……んんぅんんっ!!」
考えることを放棄して、鳥島先生にされるがまま、俺は服も脱がずにその場で、イッてしまっていた。
体から力が抜けて、座り込みそうになる俺を、鳥島先生が支えてくれる。
「よくイけました」
そう言うと、鳥島先生は俺を抱きかかえて、家の奥へと向かった。
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