「けっいごくーん」
自分の部屋から出て、廊下をフラフラと歩いていた時だ。
いきなり後ろから誰かに抱きつかれてしまう。
声から判断するにルームメイトの凪先輩。
「……なにいきなりタックルしてんすか」
抱きつかれてっから動けない体の顔だけを後ろに向けようとする。
「タックルじゃなくて抱きついてんの」
わかってっけどさ。
「俺、これから用事あるんで、離してくれます?」
「いやって言ったら……?」
先輩は前に回した手を下の方に下げ、股間の辺りをさする。
「……う〜ん……じゃ、これから行くトコ一緒に行くとか?」
あえて、触られてる股間はもう、無視?
「ドコ?」
凪先輩もノーリアクションでそのまま擦り続ける。
「早退した友達んトコ。ってか、凪先輩、もう授業終わったんすか?」
本来、今日の授業は、1年生は午前中だけなのだが、2年、3年、4年生は午後までちゃんとあって。
まだ、昼だっつーのに……。
「早退、俺もしたの。せっかくしたんだからぁ。遊ぼ?」
後ろから凪先輩がズボンのジッパーに手をかけるもんだから、その手を掴んで先輩ごと引き剥がす。
「……やーっと反応有り」
とりあえず、凪先輩の方に向き直って一歩下がる。
「……だって昨日、啓吾くんってばとっとと寝ちゃうし……」
昨日、凪先輩に誘われたんだけど『ちょっと疲れてて』とか言って、断わったんだよな。
「ね。しよ……」
凪先輩が俺の頭に手を回して引き寄せる。
引き寄せられるがままに、重なった口からは容赦なく舌が入り込んで来た。
とりあえず、その舌に自分の舌を絡ませて応える。
「んっ、んぅんっ……」
ホントはこのあと深敦んトコ行く予定だったんだけど……。





部屋に戻ってベットに座ると凪先輩が俺の前に立つ。
「……じゃあ先輩、服脱いでくれます?」
「え……啓吾くん、脱がしてくんないのっ?」
「脱いで……」
頼むように言うと、頷いて、ゆっくりとシャツのボタンに手をかけた。
その隙に凪先輩の股間をズボンの上から撫でてやる。
「ぁっ、啓吾く……」
予想外だったのか、過敏にビクつく。
ちょっと気をよくした俺は、すぐさま先輩のズボンのチャックを下ろして、直に先輩のモノを擦り上げた。
「ぁっ……んっ……啓吾くっ」
先輩が少し前のめりになる。
その様子がなんだか楽しくって、擦り上げる手に力が入る。
「手、止まってますよ。ちゃんと脱いでくれないと……」
「ぅンっ……ぁっ」
凪先輩は力が入ってないような手で、必死で自分のシャツのボタンを外していった。
脱いでしまうと、俺の指示を待つかのように、視線を落とす。
「……下もですよ」
俺は一旦、凪先輩のモノから手を離す。
恥ずかしそうにして、凪先輩はズボンと下着を下ろしていった。
結構なんでも従っちゃうんだ……。
「……俺、凪先輩が一人でやってるとことか見たいかも」
「なに言って……」
「ベット、譲りますから」
座ってたベットからどくと、凪先輩が代わりにソコへと座る。
「して……?」
凪先輩は自分の右手で自分のモノを握り締め、ゆるやかに動かし始めた。
「んっ……ンっ」
床についていた凪先輩の足を膝裏から持ち上げてベットの上に両足とも乗せてやる。
もちろん、なるべく広げて……。
「っ啓吾くっ……」
「やらしいとこまで丸見えっすね……」
「はぁっ……啓吾く……ぁ……触って……」
俺が、手を出すと、先輩はまるで腰を突き出すかのようにして、自分の手を後ろにつく。
「もう濡れてんだ……」
裏筋を指先で……根元から先端へゆっくりと辿ってく。
「んっ……くっ」
そう、このベット……先輩の方のなんだけど、いろいろ転がってんだよな。
バイブとかローターとか。
「凪先輩、いつも使ってるんすか?」
ローターを取り上げ、先輩の口に押し込む。
「んっんっっ……」
俺はというと、その場にしゃがみ込んで、先輩のモノに舌を這わす。
「んっ……んぅうっ、ぁっ……啓吾くっ」
凪先輩はローターを口から取り落とす。
「……そんな早く入れて欲しいわけ?」
濡れたローターを手に取り、ゆっくりと後ろに押し込んでいく。
「ぁっ、あっ…啓吾くっ……」
指の届く、奥の奥まで。
電源を入れたとたん、先輩の体がビクンと大きく跳ね上がった。
「ひぁっっ……ぁあっン、やっ……ぁっん」
俺は、凪先輩のモノを口に含んでしまうと、さっきの続きをする。
口内でたっぷりと舌で嘗め回しながら、出し入れしたり。
「っひぁっ……ぁんっ啓吾くっ……んっいいっイイよぉ……っ」
まぁ慣れてますから。
後ろにローターも入ってるしな。
「駄目ぇ……も、いっちゃうっ……ぁ、啓吾くっ……」
そう、簡単にいかせるかっての。
こちとら、深敦んトコ行くの、変更でやってるわけよ。
それなりに楽しませてもらわないと。
口を離して、一気にローターを引き抜いてしまう。
「ひぁっっ……やだ……啓吾くんっ」
凪先輩が物足りなそうな視線をこっちに送る。
「先輩が一人でやってるとこ見たいって俺、言いましたよね。……俺のこと、いやらしく誘って」
先輩は恥ずかしげに顔をそらして後ろに片手をつき、もう片方の手を股間に持っていく。
イきそうで猛りきったモノに先輩が手を触れると、ジワリと目から涙が溢れるのがわかった。
「……んっ…」
「見せて……」
俺は近くにあったイスを先輩の方に向けて座る。
凪先輩は開脚状態で、自分のモノからぬめりを取るとそのまま前から、後ろの秘部へと指を差し込む。
「んぅっ……ぁっ啓吾く……」

ふいに携帯の着信音。
ポケットから取り出し、画面をみると兄貴の名前。現在4年で同じ学校にいる。
「……何…?」
あいかわらず凪先輩の方向に目を向けながら答える。
「けいごくっ……」
凪先輩が哀願するようにこちらを見た。
『啓? 1年って午前だけやん? 弁当も金も忘れたで売店でパンかなんか買って持ってきてくれんかな?』
「………誰かに金借りれば?」
そんな会話をしている最中でも先輩は自分を慰めるのにいっぱいいっぱいのようで、俺を見ながら声を殺しつつ指で中を刺激している。
「ふっ……ぁっくぅっンっ……」
『啓〜……クラスの奴が啓の顔見たいって言ってんだ。来てくれん?』
「……俺、今暇じゃねぇし。ルームメイトとお遊び中」
辛そうな凪先輩を放置して行くってのも。
たしかにちょっとは兄貴のクラス、行ってみたいけど?
そう。辛そう。
中へと入り込んでる凪先輩の指にそって、携帯を持ってない方の手の指をゆっくりと挿しこんでやる。
「ひぁ……ぁっあっ……啓吾くっ……」
『……どんなお遊び中なのよ。お前ら』
あきれたように兄貴が言う。
「保健の勉強みたいな……って、そんな事どーでもいーけど、今は行けないかな」
「っぁンっ……やぁっ、はぁっ」
『……なあ、啓……ルームメイトって先輩だろ? 名前とかわかる?』
何を言うかと思えば……。
「先輩だけど、なんで? 凪先輩っつーんだけど……」
『………凪ってさ、もしかして白石凪だろ……その声、聞いたことあるんだよな』
「兄貴の友達か。じゃ、また後でな」
きりがないのでもう無理やり話しを終えて、携帯の電源を切る。
「んぅっ……ふっ啓吾くっ……」
「……いやらしいね、凪先輩……。腰、動いちゃってる」
「はぁっ……やっ動っ、ちゃうっ。ね、もっとっ」
凪先輩が言うように、指で中をかき回してやると限界だったのか、凪先輩が体をびくつかせた。
「あっぁあっ……やぁあああっ!!」

凪先輩はぐったり気味だし。
俺も、なんか凪先輩イかせた直後に深敦って気分にはなれねぇし。
アキんトコにでも行って、初体験談でも聞いてくるとか。
いや、まだ水城の部屋でやってるかな。終わってたとしても、水城の部屋か?

しばらくはボーっとしていたんだけれど、なんだか昨日の夜はバッチリ寝ちまったし、目が冴えちまって……。
やっぱ、アキんとこ行くか。
もしかしたら、1人かもしれないし。
水城の部屋だと、2人でいた場合、邪魔になりそうだしな。

いや、別にからかいに行くわけじゃなくって……。
ちょっと、心配な部分もある。

「凪先輩、俺ちょっと……」
出てくから……とか言おうとしたんだけど、ぐっすり寝てるし。
そのまま、出て行くことにした。
鍵とかかけなくてもいいよな。一応、いるわけだし……。






―ピーンポーン―
インターホンを押すが、返事もドアが開く様子もない。
ゆっくりと少し、ドアを開けて中を覗き込んだ。
「アキ……?」
鍵、開いてるって事はいるんだよな。
アキのルームメイトはまだいないだろうし。
ふと、風呂場の電気がついてるのに気付く。
「……?」
あんま光入らねぇから昼でもつけるのかな。
近づくと、シャワーの音に紛れてアキの声……
「んっ……ひぁっ……んっ……あっ……」
……なに……? ここでやってんの……?
水城の部屋じゃなくて?
とりあえず、俺はアキに気付かれないようその部屋を後にした。


水城の部屋にも行ってみるか。
……ってこっちも鍵開いてるし?
「おい、水城?」
「んー……? 啓吾?」
ベットに上半身裸で寝転がってる水城が……。
「なーに、お前、もっと楽しめよ」
俺は水城に馬乗りでまたがる。
「もうアキ、帰したわけ……?」
「ん………」
ちょっと不機嫌そうな水城にあまり問う事が出来ない。
俺は、水城の体をまたいだまま、そっちに倒れこむ。
「重い……」
「いいだろ…? こんくらい。してねぇの?」
耳元で言ってやる。
「……んー……したにはしたけど……。なんか、お前、むかつくかも」
「はぁ? なんで俺がむかつくわけ?」
「………はぁ……啓吾。俺、やっぱ、自信ないわ……」
大きな溜息とともに、俺の首に腕を回す。
「人肌、恋しい年頃なのにな」
水城のやつ、わけかわんねぇ事を。
アキとやったんだろって……。




「……春っ。……なにして……」
ふいにベットの横から、声が……。
俺は水城に腕を回されたままの状態で、そちらに向く。
「春って……?」
「……俺だっての。水城春耶」
「あぁ。…水城って春耶なんだ? へぇ……」
にしても、この子は一体……。
「朔……何?」
「ちょっとっ……クラスも違うし、寮だから会えないと思って来てやったのにっ。なのにっ。もういいよぉっ……」
「ちょっ……」
俺が引き止める立場でもないんだけど、声をかけようとしたのもむなしく、走り去って行ってしまう。
「誰? ずいぶん、かわいーけど。彼女とか? そうだとしたら、お前いますぐ即行でしばくけどな」
「ちげぇって……。アキ一筋だっての。あいつは、弟……双子の」
「マジかよ。似てねぇ。かわいーじゃん。手出してイイ?」
ホントはちょっと似てるけどさ。いや、だいぶ? でも雰囲気とかオーラからしてかわいーのよ。
「……ったくお前なぁ……。…結構傷つきやすいから、遊びってんなら手ぇ出すなよ?」
「冗談に決まってるだろって。なにお前、弟思いじゃん」
にしてもさっき、なにかしら勘違いされたような……。
というか……ココに水城がいるって事はさ。
アキはなにやってんだ……?
「春耶くーん……中出しした?」
「うっせぇよぉ……」
なんか、うまくいかなかったみたいで……
「……うーん。じゃ、俺、戻るわ」
ホントはアキのトコ、行こうかと思ってるんだけど、なんとなく言いにくいし?




―ピーンポーン…―
今度は、アキが出てくるまで待つことに……。
「は……い……」
髪が濡れた状態のアキがドアを開けてくれる。
「アキ。風呂入ってたの?」
少し、アキの目が赤いように見えたが、あえて気付かないフリをした。
それなのに、俺を見たとたん、アキの目が潤む。
「……邪魔するよ」
アキから顔をそらして、部屋の奥に入っていった。
「……テンション低いのな」
水城とうまくいかなかったんだろうな。
「……なんかあった?」
水城とアキがやったってのはもちろん知ってる。
「……ん……啓ちゃ……僕」
いままで、立っているのがやっとだったのかのように、俺にもたれかかりながらその場に座り込む。
「アキ? 大丈夫か……?」
俺は、アキの体を抱き上げてベットの方まで連れて行く。
「啓ちゃ……」
ベットに下ろすと、アキは俺の方を見上げた。
「何……?」
「……して……」
消え入りそうな声で言うと、泣きそうな顔を横にそらす。
「アキ……」
アキのことだから、言うだけでも恥ずかしいのに断わったりなんかしたら、もっと恥ずかしがってしまうだろう。
小学校から、一緒に仲良くしてきた友達をこんな形で気まずい関係にはしたくなかった。
「……疲れてんだろ……? 一緒に寝てやるから」
隣に寝転がってアキの髪を撫でる。
「疲れてないよぉ……」
泣くように言う。
頭に回した手でアキを自分の方に引き寄せた。
「……昼からするもんじゃねぇよ。また後でな?」
軽く笑って冗談めかしながらアキを撫でてやる。
「……うん……」
ホントに疲れていたようで俺の方に横向きで寝転がったまま、アキは眠りについた。





中学時代。
朝、アキの下駄箱に入れられた一通の手紙。
それに気付いたアキはそっとカバンにしまって教室に向かう。
俺は何も聞かずにその光景を見守る。
授業中にアキが、その手紙をこっそり読むのがわかった。
そんな日がまれにあった。

いつも決まってアキは『先に帰ってて』と言う。
俺はそれに従って先に帰っていた。
大して、深く考えていなかったのだ。

それでも気になって、ある日、帰るふりをして教室に残っているアキを隠れて見ていた事がある。

『ね……いつも一緒にいる奴、佐渡だっけ? あいつと付き合ってんの?』
『別に……そんなんじゃないけど』
『じゃあ、付き合ってくれる?』
『……男と付き合う気ないから』
『どうして? 嫌い?』
『嫌いってゆうか……。じゃあ、どうして僕と付き合おうとか思うの?』
『そんなの、好きだからだけど』

その後、『かわいい』だとかいろいろ述べているのが聞こえた。
アキが嫌がっていそうなのが目に浮かぶ。
女のように『かわいい』とか、そうゆう風に言われるのをアキは極度に嫌がっていた。
『ごめん』
何度目かの『ごめん』でやっと諦めたのか、そいつは『わかった』と言った。
2人が教室から出てくるような感じだったので、少し離れて、今来たかのようにわざと教室のドアあたりで鉢合わせる。
『啓ちゃんっ?』
『あ、アキ、ここにいたんだ? 俺、宿題の教科書忘れてまって』
アキがわざと強がって、なんでもないフリをしているように見えた。
『じゃあ、一緒に帰ろう』
『うん……。先、下駄箱行ってて』
この場で待っていそうだったアキにさりげなく先に下駄箱へ行く事を要求する。
アキは頷くと、軽くそいつにおじぎをして小走りで離れていった。

『おい……』
アキにつづいて行こうとするそいつを声で止める。
『……何?』
『……アキの事なに女扱いしてんだよ』
『あ? なんで、そんなこと、お前が言うわけ?』
『アキ、嫌がってるやんか』
『……なんだよ。じゃ、お前は、かわいいとか思った事ねぇの?』
『アキは男だし友達だし、そんな風な目で見たことねぇよ』
『嘘つくなって……。見てんだろ? みんな言ってんぜ? 佐渡は渡辺晃と出来ちゃってるって』
『ふざけんなっ』
そこまで言った時だった。
アゴを思いっきり掴まれそいつの方を向かせられる。
『な……』
『……別にいいと思うけど? 俺は。男同士でも、全然構わないし? 晃って女の子っぽいし?』
『だからっ』
アキを女扱いするな……そう言おうとした口を、そいつの口で塞がれた。
『んっ……!』
ただびっくりして、なにがなんだかわからなくって。
呆然と開いてしまった口の隙間から入り込んだそいつの舌が、口内を這いまわり舌を絡め取る。
『んぅっ……ンっ』
男に……こんなことされるなんて。
そいつをどかそうとする手には力が入らなくて、足にも力が入らなくって……。
後ろから頭を押えられ、そいつの片足が俺の足の間に入り込んだ。
後頭部を支えていない方の手が、腰あたりを撫で、ゆっくりと下へ移動する。
解放された口からは、いやらしく唾液の糸が引き羞恥心にかられたが、あえて俺はなんでもないフリをした。
首筋に、噛み付くように口を這わせられ、痛いくらいに吸い上げられる。
『っ……ンっ』
もう嫌だ……わけがわからない。
さっきの勢いはどこへ行ったのやら、考えがまとまらなくって、力が抜ける。
勢いをなくした俺に興味がなくなったのか、そいつは俺から離れると、馬鹿にするかのように笑った。
『……女扱いされんのもたまにはいいだろ?』
『っ……よくな……』
悔しくて、目頭が熱くなった。
見下されたみたいだ。
アキは?
いつもこんな気分でいるわけ?
俺は、絶対アキを女扱いしたりしない。
そいつを睨んでも、全然効果はなく、むしろ逆に軽く笑い流された。
『……俺が、晃の事、まだ追っかけるっつったらお前、どうする?』
『やめろよ。女扱いすんなよっ』
『まだ言うわけ? 相当晃のこと好きなんだ?』
そいつが呆れたように言った。
『……お前が代わりになってくれんなら、諦めてもいいっつったら?』
……代わり?
一瞬、言ってる意味が理解できなかった。
『代わりって……』
俺だって、あんな風に女みたいに扱われるのは嫌だけど。
それでも……アキにまとわりつくいやな男を一人でも減らしたくって……。
『なるよ……』
『え……?』
『アキの代わりになるっつってんだよ』
勢いに任せて口走っていた。
『……いい心意気じゃん……。とりあえず今日は、晃、下駄箱で待ってるんだろ…? 明日、体洗って覚悟しとけよ』
首洗ってだろ?
そう思ったが、やるだろうコトを考えるとやはり体なのかとか思ってしまう。


明日?
明日からずっと?
アキの代わりに俺が女扱いされる?
勢いで言ってしまったけど……。




嫌っ……
「……っっ!!」
ガバっと起こした体は無駄に熱く、汗ばんでいた。
「……何、お前、大丈夫か?」
その声の方を見ると、アキのルームメイトかと思われる知らない人。
「は……い……」
「悪い夢でも見たわけ?」
軽く笑いながら言うアキのルームメイトに、作り笑いを返すけど、実際、夢見が悪くてうまく笑えねぇ。
「……仲いいっぽいのな。渡辺の彼氏か?」
「いえ……。ただの友達です……」
「ただのダチね……。そだな。俺もいる。そうやって仲いいただのダチっての。でも……よくわかんねぇよな」
よくわかんねぇって……?
受け答えに困った俺を見て、『悪い、悪い』と手を振る。
「あの……俺、ちょっと部屋戻るんで……もしこいつが、目覚ましたら言っといてくれますか」
先輩は快く引き受けてくれ、それを確認した後、俺は部屋を後にした。




部屋に戻ると、俺のベットに水城と兄貴が座ってた。
「……なにしに来てん」
夢見が悪い。
気分が悪い。
頭が痛くて、体中が変な感じだ。
ぐったりとしてんのが、隠せなくって表に出る。
「……あぁあ、春耶くん。啓吾、たまに寝起き、機嫌悪いんよ。あんま気にせんといてな?」
俺の態度に少し焦った感じの水城に、兄貴が言った。
「寝起きって……。ドコで寝て」
「アキんとこ……」
めちゃくちゃ不機嫌な俺に、水城はなにか言いたいだろうになにも言えずにいた。
「………悪い。今、俺、機嫌悪いわ」
自覚している。
わかってる。
全部夢のせい。
「おもしろいでしょ? 機嫌悪かったり酔ったり素になったりすっと、啓って訛るんよ」
「そうなんだ……。な、啓吾」
ふいに出された水城の手が、俺に触れ、瞬時にパシっと振り払う。
「啓吾……? ごめ……」
思いもかけない俺の行動に、水城が驚きを見せる。
でも、俺の方が驚いたと思う。
「あ……水城……俺」
「……夢見が悪いといつもこうだで……。別に春耶くんが謝ることないよ」
兄貴の言葉に同意するよう軽く頷いて、奥の冷蔵庫から、ペットボトルを取り出す。
その場に座って、ゆっくりと水分補給した。
「悪ぃ水城。別に、お前が悪いわけじゃねぇから」
「ああ……」
水城が理由を知りたがっているように見えた。
こいつになら、言っても大丈夫か。
「……中2ん時……いろいろあったん。俺、拒否ってたでさ」
「拒否?」
「登校拒否。家で勉強してりゃいいんだよ。わざわざ行く必要ねぇな。2年の途中から必要出席日数ギリギリしか行っとらんよ」
「拒否ってるくせに、ココの高校ラク〜に受かっていやみだよな」
笑いながら兄貴がツッコんだ。
「だから、学校なんて必要ねぇんだよ」
それでも高校に来てるってのはやっぱ、やり直したいってのがあったんだろうな。
あんなんが学生生活だなんて思いたくなくって……。
「……ウザいんだよ、みんな。アキと俺が出来てるだとか、うっせぇし、アキの事、女扱いするしで……」
水城は、何も言わずにただ、俺の話を聞いていた。
兄貴もだ。
まあ、俺の機嫌が悪いから、下手に話し掛けるのはよそうとしてるのかもしれねぇけど。


「……なぁんて。ま。あんま気にすんなって。水城は今まで通り、アキのこと、よろしく頼むわ」
軽く手を払って、水城の方も見ずに言う。
「何? 春耶くんって、晃くんと付き合ってるん?」
「付き合ってないです」
なぜか力強く、水城のやつが即答した。
「……啓吾は……アキのこと、どう思ってるんだよ」
水城の真剣な面持ちに、自分が機嫌悪いってのもすっかり忘れちまってた。
「どうって……。なんで急にそんな事、聞くんだよ……」
「なんでって……。中学ん頃とか、ずっと一緒みたいだし……」
だよな……。
水城からしてみたら、俺ってかなり厄介な奴?
アキと仲いいしな。
「ん……ちょっと今、夢見悪くて考えまとまらんで落ち着いたら水城ンとこ、話に行く」
わかったと、頷いて、水城は、部屋から出て行った。