少したって、部屋のドアが開くのに気づいた。
啓吾が…もしかして戻ってきたとか…。
追い出したのは俺だけど、なんだか少しだけホッとするような感覚。
俺は、布団でまた、自分を隠して身構えた。
「…なんやん、おらんの…? 鍵もしめんと無用心やん…」
啓吾じゃないや…。
啓吾にちょっと声似てるけど。
隠れる意味ない。
「うわっ、誰やん」
布団から顔を出した俺を見て、そいつは思いっきりビックリした様子でこっちを見下ろした。
「…そっちこそ…誰だよ」
声だけじゃなくて、顔もなんだか啓吾に似てる気がする。
けど、啓吾よりなんかおちゃらけた感じ?
まぁ、一般的にかっこいいにはかっこいいんだけどさぁ。
「俺はね…優斗っつって、この部屋の主の彼氏。こないだ携帯忘れてそのまま置いてってたんよ。どこだろ…持ってかれたかな…」
俺に背を向けて携帯を捜しながらそう言う。
部屋の主の…彼氏…って…?
「嘘」
「…え…?」
「嘘だ、そんなの」
「なにがやん?」
そいつは携帯を探すのをやめて、俺の方をジッとみた。
俺の方は、まだ目が赤いかもしんないし、そんなの見られたら嫌だから、あんまり見ないように…っていうか、目を見られないように、横向いてたんだけど…。
「…彼氏って…違ぇよ」
「…違うって言われても…俺、一応、2年前から付き合ってるんだけど…。ちゃんと告って、正式に恋人同士ってな風になってるし…。さんざん体の付き合いもあるし?」
「…っ…だ…って…」
俺は、また布団を被って自分を隠した。
別に…啓吾に自分しかいないだとか思ってたわけじゃないし、こうやって裏切られるみたいなの、俺、ちゃんと予想してて、こうなってもショック受けないように、前もって考えてたじゃん…。
ハマりこんだらあとで馬鹿を見るからって…ハマり込まないようにしてたもん。
でも……ハマり込んじまったから……もう、元に戻れねぇよ。
ハマったらハマったで、後悔したくないっていうか……。
変に意地とかはってたら、俺、絶対、あとで後悔するんだろうなぁ、とか思うんだ。
だからって、どうすればいいのかよくわかんねぇけどっ。
変に、こいつに対抗意識燃やしちまう。
「…俺も…ある…もん」
「なにが…?」
「…だから…その…体の付き合いとかっ」
「あー…浮気とかよくするみたいだで…。俺、そーゆうの許してるんよ。お互い浮気しあっても、俺らの関係が『本気』って分けてあれば、ある程度の『浮気』はいいって風で」
「…っ違ぇよ…」
浮気じゃないもん…っ。なに…それ。
俺が浮気相手で、しかも本気には絶対なりえないわけ…?
「…違うって…何がやん…」
「……だって……好きとか…言われたし…っ」
そりゃぁ、その『好き』を実際、信じてなかったのは、俺だし、今でもどうかな…って疑ってるけど……っ。
「…なに…? そーゆうリップサービスまでされてるわけ?」
「…っ…」
恥かしくって泣きそうになってくる。
もう…俺、こいつに『違う』とか言えなくなってきた。
俺って、啓吾がサービスで言ってることを本気で受け取ってる馬鹿みたいで、恥かしくなってくる。
ちょっとは疑ってたけど…
だいぶ…信じてたのに…。
その好きにどう答えて、自分の好きをどう伝えようか考えてたのに、それ以前の問題なわけ…?
「あんま、ショックとか受けられるとこっちが辛いやん…? …だからってそう簡単に初対面の子に譲れるようなモンでもないんだけど…」
そいつは、被っていた布団をそっと引き剥がし、俺の前髪をかき上げる。
別に…こいつが悪いわけじゃないから、こいつに対して、むかつくだとかはないけれど、悔しいような悲しいようなよくわからない感情が押し寄せてくる。
それでいて、なんにも考えられなくなってきていた。
「ごめんな…。泣いてるん?」
「泣いてねぇよ、馬鹿っ」
「別に…我慢しんでもいいやんか…。泣きたかったら思いっきり泣いた方がすっきりするやん?」
そう言って、ベットの上に座り込んだそいつは俺を抱き上げてくれるから、俺はそのままそいつに抱き締められて、そのあったかさにちょっとだけ、しがみ付いていた。
「…別に……すっきりなんて…したくねぇもん……」
「…そ…っか…。名前は…?」
そう問われて、顔を上げる。
「…深敦…」
顔を捕まれて、その親指がそっと唇に触れる。
「…そう…。深敦ね…。かわいい口してんのな。この口でご奉仕とかしちゃうん…?」
ご奉仕って……?
フェラとか…?
そういえば…したことないや。
だって、俺、普段嫌がってるから、そんな自分から積極的にするみたいなことしねぇよ…。
でもさ…。
こうゆうこと、平気で俺に聞いちゃうんだ…?
よっぽど、2人って信頼しあってるわけ…?
もう、こいつには勝てない気がしたから、そっと首を横に振った。
「そ…っか。じゃ、キスとかするんだ…?」
「…あんまり…しない…」
俺…駄目すぎ。
全然、駄目じゃん。
体の付き合いがあるとか、言い張ったけど…全然…
たぶん、こいつが2年間してきてた行為に比べたら全然なんだろうな…。
「じゃあ、してもいい…?」
なにが、『じゃあ』なのかよくわかんねぇよ…。
なのに、俺は頷いて、そのまま顔を下げていた。
その顔を上に向かされ、指で口を軽く開かされる。
「…ぁ……」
そっと、口が重なって、だんだんと深く…。
舌先が入り込んで、自分の舌が絡め取られると、体がゾクゾクして力が抜けてくる。
「…んぅ…っ…ンっ…」
やばいや……なんか、骨抜き状態になってきてる…。
うまい…な…。
俺、こいつみたいに啓吾にちゃんとしたキスしてやれないし…。
勝てない…。
口を付けたまま、そっと体を押し倒されると、その優斗ってやつの手が俺の股間をいやらしく撫でてくる。
「っンっ…んっ」
「かわいらしい声、聞かせてや…」
口が離れると、混乱状態の俺をやさしく見下ろす。
言ってることはセクハラ上司みたいなのに、言い方が啓吾みたいにいやらしくなくって、頼みごとでもするみたいに言われると、抵抗しにくい。
それでも、そいつとの間に手を入れて軽くどかそうとすると、そいつは軽く笑って俺からどいた。
「あんま…そう苦しそうな表情しんといて…。でら罪悪感、感じるやん……?」
罪悪感……?
もう、俺は負け決定なわけ?
別に勝負事ってわけじゃねぇけど…。
「っ…同情とか…すんなよ。…むかつく…」
「あ…ごめ…。俺、なんか人の気持ち、あんま理解出来ん部分あって…。コレのせいで好きな人傷付けたり……」
別に…。
いやみじゃないってわかってるからいいんだけど……。
「…聞きたくない……」
俺は起き上がってそいつをどかすとドアの方へと向かった。
「深敦くん…っ。…なんか…どう言っていいんかわからんけど…ごめんな…」
「謝られても…」
どうにもならねぇよ…。
「別に…あんたが悪いわけじゃないから……」
「あ…あのな……。俺、美術部の部長やってんだ。よかったら遊びに来てな…。お菓子くらいならいつでもあるで…」
……部長…って……先輩だったのかよ…。
「…う…ん…」
いきなり敬語に変えることもできずにそう答えると、優斗先輩はホッとした表情を浮かべた。
行けないと…思うけど……。

時間が本格的に過ぎててこのままじゃホントに遅刻。
まぁ、遅刻する気まんまんだったけど、まだ入学して少ししかたってないし、真面目に行っとこうかなとか思うわけ。
俺は自分の部屋に戻って制服に着替えると、急いで学校へと向かった。



「あ…深敦くん、来ないかと思ったよ。おはよ」
「…おはよ…」
晃は朝から元気がいい。
それに比べて俺の対応はかなり沈んでいた。
「…なにか…あったん…?」
「…別に、朝弱いだけ…。あのさぁ、晃が言うほど、啓吾ってイイ奴じゃないみたいなんだけど」
俺は、ストレスが溜まってたせいもあって、少しいやみらしい口調で言ってしまっていた。
「…そんな…こと…」
いや、もしかしたらいい奴過ぎるから、誰にでも『好き』とか言っちゃうのか?
でも、それって、人の気持ち考えてなさすぎ…。
「…俺…やっぱ、無理だわ……」
すぐ、先生が来て、俺らは席についた。


「深敦…お前、大丈夫なわけ…?」
啓吾が、次の休み時間に俺の席までやってきていた。
「…大丈夫って……」
あぁ、俺、啓吾に熱があるとか思われてるんだっけ?
しかも、それ、啓吾のせいにしちゃってるっけ。
悪いことしたな…って思うけど、でも、俺が啓吾にされたことに比べれば全然じゃん?
「…なぁ…啓吾さぁ…。今日、わるかったって言ったじゃん…。本当に悪かったとか思ってるわけ…?」
啓吾の顔も見ずに言う。
「…俺は、好きだからしたわけ。あまり深敦の体のこと、考えてやれなかったのは悪かったと思ってるけど…。 深敦をやるってのはさぁ、俺の感情の表れなわけよ。だから、そう…嫌がらんといて欲しいと思う」
好きだから…した?
「…お前…さぁ…。何が好きなの…? SEXが好きなの…? だからしたんだ?」
「違うって。深敦のことが…」
「そーゆうの…もう、聞きたくない…」
俺は、席を立って、啓吾の言葉を制していた。
そのまま、教室を出て、保健室へと向かう。
「ちょ…深敦…」
啓吾が俺を気にしてか、追ってくるのがわかる。
保健室の前辺りの廊下で追いつかれて、俺は啓吾に腕を取られてしまった。
「…深敦…。言いたいことあるんならはっきり言えって。それと…ちゃんと人の話聞けって」
「…お前に言いたいことなんてないし、お前だって、別に俺に話し掛けなくっていいだろ…? なんでついてくるんだよ。ほっとけって」
啓吾が腕をひっぱって、俺の体を壁に押し付けるから、嫌なのに啓吾に向き合わされてしまっていた。
「っほっとけないから、こうやってついてくるんやん? わかんねぇの?」
少し、怒り口調で、力強く啓吾が言う。
だからってこっちもひるんでられない。
「わ…かんねぇよ…。俺……お前のこと、嫌いだもん……」
少しだけ、啓吾の俺の腕を掴む手の力が緩んだ。
「やられる方の気持ちも知らないで、いきなり犯して…っ。高校生活始まったばっかりなのに、男に犯されて……。 男に犯されるなんて…屈辱的なんだよ。お前にはどうせわかんないだろ?」
屈辱的……なはずなのに…。
いつからか、屈辱を感じなくなっていた。
啓吾のこと…好きになったからだよ。
啓吾に好きって、言ってもらえたからだよ。
それなのに、啓吾の『好き』は嘘で…
俺は…ただの浮気相手で……。
「…わ…かるって…」
「何がわかるんだよ、馬鹿…っ。俺の気持ちなんてお前、全然わかってないじゃんっ? 最悪…。 ……人のこといきなり犯すし、変なこと言わせるし…。誰にでも手、出しちゃいそうだし……。だから俺すっごく啓吾のこと疑ってたけど……。ほんのちょっとだけ…」
……信じてたのに……
そんな言葉は言えなくて、俺は啓吾に体を押さえられたまま、俯いていた。
「今は、疑ってる…? なんで…?」
「…そんなん、自分で考えろよ…」
「ホントに深敦が…」
本当に…好き…?
『好き』って…?
犬が好きとか、バナナが好きとか…そういうノリなんだろ。
そりゃ、確かに嘘じゃないけど…
そうゆう好きはわざわざ、深刻になって伝えんなっての…。
「…好き…」
勘違いさせられる…。
「…俺…さ…。…啓吾と違って、遊びでSEXとか…それ以前にさ、キスとかも…するの嫌なんだ…。それに…そっち系統の冗談とか、俺、通じないからさ…。 ホントに本気じゃないんならもう、ほっといてくれない…?  後で、『あんなん冗談に決まってるだろ?』とか言われんの、嫌なわけ。そんなん言われたら…ホントにお前の事嫌いになるから…。今のうちにさ、俺から離れてよ…」
俺は、言いたいことをすべて言ったのに全然落ち着かなくって、啓吾を見れずに俯いたまま、目元が熱くなっているのを感じていた。
「…どうして…深敦はそんな風に言うん…? なんでそんなに信じられんわけ?」
「だから…」
俺だって、ちょっとは信じてたっての…。
「………信じてたのに……お前に…裏切られたもん……」
全部、俺に言わせるなっての。
言ったとたんに、我慢していた涙が溢れてきていた。