席に着く前に、給湯室でコーヒーを淹れていると、1年担当の渡部先生がやってきた。
 渡部先生……浩ちゃんとはいわゆる幼なじみで、付き合いも長い。
「お疲れー。さっき雪之丞来てなかった?」
「うん、まあ……ちょっと」
「なんか問題発生? 恋人と会って来たにしては浮かない顔してる」
 話せばわかるし、雪之が不安に思うことはなにもないんだけど。
「朝、浩ちゃんに手紙見せたじゃん? あれを雪之が見ちゃってたみたいで」
「ああ……机の上、そのまま置いちゃってたもんね」
「そ。深雪ちゃんへ……なんて書いてあるもんだから、俺が女に宛てた手紙だって勘違いしたみたい」
 浩ちゃんは納得した様子で、自分の分のコーヒーを注ぐ。
「誤解は解いたんでしょ」
「一応。俺の名前だって伝えたけど、信じてくれたかどうかはわかんない。後でちゃんと免許証でも見せるよ。ただ……」
「ただ……?」
「朝からいままで気にさせてたのかなーって思うとちょっと。わざわざ職員室まで来てくれたしね」
「メール、無視してたの?」
「いや、連絡先交換してなかったから。さっきしたけど」
「あー……じゃあ、今日逃したら土日挟んじゃうかもって、雪之丞も気が気じゃなかったわけか」
 これまで俺が他のやつらとなんかしてても、結構スルーしてくれてたんだけど。
「相手が女だからか、俺が既婚者なんじゃないかとか、いろいろ考えてくれたみたい」
「なるほどねー……」
 コーヒーを飲みながら、ふと、以前から感じていた違和感を思い出す。
「……本当は、女っぽく扱われたい側の人間なのかもしんねぇなってときどき思うんだよね」
「雪之丞? 本人、男らしくありたいって、やってるように見えるけど」
「世間的に、そう育てられた子……だったりしないかなって。たまに矛盾してんだよ。髪も綺麗に伸ばしてるし、俺がかわいがると喜ぶし。女の子みたいに雪之ちゃんって呼んでも、全然怒らないでしょ。もちろん、そういう男も普通にいるけど、男らしくありたいって、心から思ってるようには思えないっつーか……どうも腑に落ちなくて。自分は男だから、男らしくあるべきだってルールに従ってるみたい」
「従ってるというか……縛られてる感じ?」
「それだな。たとえば、女っぽいことしようとするたび、親や周りに否定されてたとか。もしそうなら……自分は女みたいなことしちゃいけないんだって思い込んでるだろうし、女に劣等感とか抱いてんのかも」
「だからあの手紙で、必要以上に不安になっちゃったって?」
「そういうこと」
「女になりたいとか、そっちの可能性は?」
「んー……なくもないけど、それはたぶん違うんじゃないかな。自分は男だから女には勝てないって思ってるだけな感じする。女よりかわいくなってもいいし、すでに女よりかわいいって、教えてあげないと……」
 決して冗談のつもりはない。
 浩ちゃんも理解してくれているのか、からかうでもなく頷いてくれていた。
 まあ、ただの憶測で、実際、雪之がどう考えているのかは、わからないけど。
 無理してるんなら、せめて俺の前ではそんな必要ないって、思わせられたら。
「あと問題はあれだよ……あの手紙。俺に宛てたものだって理解してくれたところで、内容があれじゃあなー……」
 浩ちゃんは手紙の内容を思い出したのか、頬を緩める。
「世界一愛してるって書いてあったね」
「言われ慣れてて忘れてたけど……どんなやつからの手紙だよって思ってると思う」
「あはは。しかも桐生と字そっくりだしね」
 それもまた、俺が書いた手紙だと思わせてしまった原因のひとつだろう。
「2枚目の手紙も見せていい? あいつ、たぶん1枚目しか見てないから」
 2枚目は、主に浩ちゃんに宛てた内容だ。
 一応、許可を取っておく。
「うん、2枚目見たらさすがにわかるよ。相手がどんな人かって」
「1枚目にも書いてあったんだけどなー」
「深雪ちゃんは俺の大事な子……ってね」