「かわいーね」 俺がまだ1年で。 一人で校舎をうろついてるとき、目の前に現れた背の高めの先輩だと思われる人が、いきなりそう声をかける。 もちろん悪い気はしないけれど、いきなりのことで、わけがわからない。 だけれど、俺の行く先をふさいで、そう声をかけられて。 どうにも無視するわけにもいかないじゃんか…。 「…どうも…」 軽くそう言いお辞儀して、横を通ろうとすると、腕を取られて引き寄せられる。 「っ…なに…」 「…俺と、付き合わん…?」 ホント、いきなりだった。 この人、なに言ってんのって、思って。 だけれど、なんか目が真面目で。 なおさら、怖いんだけど。 でも、かっこいいとは思う。 この人のこと、まったく知らないけど、振るのはもったいないなぁって。 付き合ってみて、嫌になったら別れればいいし。 でも『白石って、あんな奴と付き合ってたんだ?』とか変な噂たっても嫌だしなぁ。 「…ホンキ…?」 「うん」 「…いいよ」 噂はまぁいいや。 そんなことより、なんか惹かれるものがあるっていうか。 俺好みの顔で。 いきなりこういうことしてくれちゃう性格もなんかおもしろいし。 少しは楽しめるかもしれない。 「うん。いいよ?」 「ホント…? こんなイキナリやのに?」 「…駄目だと思って言ったんだ?」 そうだ。 こいつにとって俺は、ただ今、見つけただけのちょっとかわいい子で。 彼女ってモンが欲しくて言ってみただけかもしれない。 だったらなんで、あんな真面目な目、するかなぁ。 演技、うまいのかも。 「駄目かなとは思ってたんやけど」 「駄目元ってやつ?」 「というか、駄目だとしても、いいアピールになるかなって」 なるほど。 変なアピールの仕方…。 「俺、先輩のこと、全然知らないけど。とりあえず知ってみてもいいかなって」 「あ、じゃぁ、付き合って、俺のこと品定めしてくれるんだ?」 そんな感じになるのかなぁ。 なんか、表現方法間違ってる気がしないでもないけど…。 「うーん…。まぁいいや、難しいことは。名前くらい教えてよ」 「あ、佐渡優斗。今、2年で、美術部なん」 あわただしくそう説明して、俺らはメルアド交換をして。 優斗先輩は、用事があるとかで、少し申し訳なさそうに俺の前から去っていった。 なんなんだろう。 軽い冗談だったのかもしれない。 だけれどこんな出会いもありかなって。 ただ、友達としてなら、とりあえずなんも問題ないわけだし。 それが、付き合うって形になったとしても、俺さえのめりこまなけりゃ、問題ないでしょ。 変な人とは思うけど。 でも、かっこよかったな…。 その日、メールでも来るのかと、俺は携帯が鳴る度に過剰に反応していた。 だけれど、別の友達ばっかりで。 優斗先輩じゃなかった。 なんなんだろう。 付き合ってとか言い出したんだから、メールくらいくれればいいのに。 やっぱ、単なる冗談なんだろうか。 あの人、よくわかんない…。 次の日も。 俺は1年だし。 優斗先輩は2年だし。 学校で会うことはなかった。 その夜、メールが着て。 また会いたい…って。そういった内容のメールだった。 そんな風に思うんだったら、なんで昨日はメールをくれなかったんだろう。 メールじゃ、どうとでも嘘がつけるから。 ホントにそう思ってくれてるのかはわからない。 だけれど、俺は会おうと思った。 会いたいって思ってるのかはよくわからない。 だけれど、俺はメールを待ってたんだなって思う。 来るもんだと思い込んでたってのもあるけれど。 会って、なにを話すんだろう。 わからない。 だけれど、このまま、ずっと会わないでいるのも、なんか変な感じだし。 自然消滅みたいに忘れちゃえばいいのかもしれない。 でも、せっかくだし。 そんな風に、終わらせちゃうのもなんか嫌だなって思ったんだ。 先輩が俺の部屋に来るってメールで言ってくれたけれど、俺はそれを断って、教えてもらった先輩の部屋へと向かった。 今日は、この部屋、ルームメイトの先輩が友達よんでるし。 別にそれは構わないといえば構わないけれど、出歩きたいってのもあった。 インターホンを押して、ドアの向こうから先輩が出てくるのを待つ。 すぐさま部屋へ招き入れてくれて。 だけれど、部屋には先輩のほかにもう一人、別の先輩がいた。 「あぁ。こいつは、偶然、今、来てまったんよ」 だったら追い返せばいいのに。 まぁ、そんなこと、できない人なのかもしれない。 ホント、俺、この人のこと全然知らないからわからないけれど。 「君が、優斗の彼…? あ、すぐ帰るから」 俺、不機嫌そうな顔してたかな。 「別に、いいけど」 そう答えておく。 「付き合ってんの?」 「…そうだけど…?」 一応…。 なんで、しつこく聞くんだろ。 「もういーやん、わかっただろって?」 「わっかんないねぇ」 この人たち、なに言ってんだろ。 ちょっと嫌な予感がする。 優斗先輩が、少しだけ謝るような目を向けてから、俺の頬を両手で包み込むと、深く口を重ねられた。 「…ん…っ」 この人に、ちゃんと付き合ってるって証明でもしたいんだろうか。 それなら構わない。 望むところだよ。 舌を差し込まれ、絡めとられ、蕩けそうなキス。 それでもなんだかぎこちなさを感じてしまう。 キスって行為がじゃない。 相手がこの人だから。 腕を回したり、恋人らしいことしてもいいんだけど。 なんか、出来なくて。 俺はされるがまま。 ただ、受け止めていた。 「っ…はぁ…」 「キスくらい、誰とでも出来るけど? その子、なにも知らなそうだし…まぁいいよ」 そう軽く笑いながら言うと、優斗先輩に千円渡すのが見える。 「…こんなとこで渡さんといてや、嫌味らしい…」 「じゃぁな」 なにその千円は。 俺と優斗先輩は、2人きりになって。 少しの沈黙。 俺は、優斗先輩に問い詰める権利とかあると思う。 だけどもう聞く気にもなれないよ。 「別に、賭けてたとかっ…」 言い訳とかするのかな。 俺、すっごいあきれてる顔、してるかも。 「…ごめん…」 先輩は、二言目には謝っていた。 「…なに…」 別に、本気になってたわけじゃないから、いいんだけど。 「さっきの友達と…どっちが先に彼女作るか、競ってた」 やっぱり、そんなことだろうと思ったけど。 しかも、たかが千円? 安い賭け。 ホント、ちょっとした軽い気持ちで遊びだったんだろうな。 「別に、いいよ、俺。キスだけで信じて貰えないなら、あの人の前でやったって構わなかったし」 「…ごめんな…。別れよっか」 「今、別れたら、その千円、返さなきゃなんないんじゃないの?」 「いいよ、そんなの。そんなことより、賭けの対象にして、ごめんな」 さっき、あの先輩は偶然来ただけって言ってたけど、やっぱ、俺を見るためだったんだ…? あ。もしかして、優斗先輩が俺の部屋に来るって言い出したのも、あの先輩と居合わせたくなかったからとか。 でも、居合わせなくても、いずれは紹介とかされるんでしょ。 早いうちに…俺がのめり込まないうちに、賭けが終わってよかったじゃん。 優斗先輩は、そっと、俺に1000円渡してくれる。 「貰えないよ…」 「貰ってや」 「俺、別に賭けに手伝うくらい、なんてことないよ?」 はじめから、あまり信じてなかったし。 まぁそんなことは、優斗先輩には言えないけど。 だからあまり傷ついてない。 むしろ、優斗先輩の方が、罪悪感で苦しそうじゃん。 いい人なんだなぁ。 あ。もしかしてこれも演技なのかな。 俺に、付き合ってって言ったときにした、真面目な目つきみたいに。 あんな真面目に、嘘、言えちゃうのかぁ。 わからないや、この人。 「…じゃぁ、遠慮なく、貰っちゃうね」 演技かもしれないって思ったら、なんだか気が抜けちゃった。 千円をいただいちゃって、もう帰ろうとドアへ向かったときだった。 俺の腕を優斗先輩が取って。 だけれど、引き寄せられるとかそんなんじゃない。 軽く掴まれただけ。 「…嘘は、言っとらんよ…」 最後の言い訳…? 少し呆れちゃうな。 俺は背中越しに優斗先輩の声を聞いていた。 「ホントにかわいいと思ったから、声、かけたん」 そりゃ、いくら賭けとはいえ、ある程度、自分好みの子の方がいいかもしんないしね。 「別に、いいよ。俺、怒ってないし、ホント、いいから」 「いかんよ。違うん。わかって欲しいん」 なにを? 自分の罪、軽くしたいだけなんじゃないの? 俺、別にいいって言ってるのになぁ。 「タイミングが悪かった。賭けがなくっても、いずれ言うつもりだったんよ。ただ、賭けに後押しされただけでっ…。前から、好きだったん」 何、言ってんだろ、この人。 前からって? あのとき、初めて会ったんじゃないっけ…? 「…そんなこと、言ってくれなくていいよ」 やだ、俺、なんか泣きそうだ。 だって、付き合ってって。いきなりだけど、こんなかっこいい人に言われて、すごく嬉しかった。 だからこそ、こんなんありえないなって。 信じたら駄目だって思ってて。 案の定、信じなくて正解だった。 そんなうまい話、あるわけない。 それなのに、今、この人、なに言ってんの? どうせ俺の機嫌取ったら、あとで、自然消滅みたいに振るんだよ。 自分に罪がかからないように。 そういうのってずるい。 信じられないよ。 「別に俺、怒ってないって言ってるじゃんか。もう、いいよ。嘘、重ねないで」 俺は優斗先輩の手を振り払って、部屋を出る。 「凪っ」 先輩の声が後ろでした。 その直後には俺がドアを閉めていた。 凪…って。言ったよね…。 俺、名前教えたっけ。 メルアド交換のときも結局、優斗先輩が教えてくれたアドレスに直後に空メールとワン切り送っただけで、教えてない。 なんで、知ってんの? ホントに、前から俺のこと、好きだとか言うわけ? わけわかんない。 優斗先輩のことも。 こんなに溢れてくる涙の意味も。 全部、わけわかんないよ…。 信じてなかった。 だけど、どこかでショックだったんだろうな。 変な言い訳するからだよ。 駄目だもう。 すごく蕩けそうだった、キスの感触が残ってる。 好きでもない人に、あんな甘いキス、出来ちゃうんだ…? それとも、好き…? なに、俺…。 信じないほうがいいって、わかってたのに。 結局、好きになっちゃってるんじゃんか。 駄目だなぁ。惚れっぽいのは。 別のいい人、早く探そうっと…。 俺は、寮の屋上へと上がって行った。 寮が学校より低い建物ってこともあり、はっきり言って景色はよくない。 だけれど、落ち着ける場所だった。 自分の部屋に戻るのもね。 今、俺、テンション低いし。 ルームメイトの先輩、友達と楽しんでるだろうから。 ―俺と、付き合わん?― ―いいアピールになるかな― ―前から好きだった― 全部、全部、嘘なのかなぁ。 ―嘘は、言っとらんよ― これさえも、嘘なのかなぁ。 涙、止まんない。 駄目だ、俺、弱いなぁ。 もしかしたら、嘘じゃないかもしれない…。 だけど、信じる勇気なんてないよ。 そしたら、俺、もっと傷ついて、今度こそ、立ち直れなくなっちゃうかも。 もう忘れよ。 忘れたい。 ―凪― 最後に、俺の名前を呼んでくれたのが、忘れられなくて。 少しだけ、期待させられちゃうじゃんか。 あぁあ。 結局もう、俺、あの人にのめり込んじゃってる。 忘れられそうにないよ。 メール待ったりしてる時間、ちょっと楽しかったな。 好きになっちゃった。 でも駄目だよ。 傷つくから。 …傷ついてもいいかな…。 やっぱり、簡単に忘れられないよね…。 「ちーっす…。はよ」 「おはよ♪もう昼だけど」 数学の授業中。 堂々と前のドアから現れたのは俺の友達で隣の席の凍也。 先生、真後ろにいるんだけどね…。 「真乃凍也。二日酔いで遅刻」 先生はそう言いつつ、名簿にメモりだす。 「智巳先生、なんで判るわけ?」 「女の勘」 「男でしょ」 「勘だけ女」 「ってか、10分だけじゃん」 「…解いてみる…? 遅刻取消問題」 「えー。問題解かずに取り消してよ」 「駄目。問題があるだけ、マシだ。ホントなら、遅刻直行便。だけど、たかが10分だしな」 「うー…。どんな問題?」 「お前が来る前の10分で、教えたとこだ」 そう言い出して、今俺らが教わってたところの問題を黒板の端に書き出す。 「誰にも聞かずに解け。聞いたらおしまい」 凍也は、自分の席につくと、さっそく教科書を取り出して、問題と格闘する。 その間、数学の智巳先生は、また新しい所を俺らに説明し始めた。 やっぱ、遅刻しちゃったのは凍也だし、凍也だけのために、俺らの授業を遅らすことも出来ないもんね…。 そう思ったんだけど。 「…まぁいいや」 そう言い出したのは、智巳先生。 「とりあえず、真乃が解けるかギブアップするまで中断」 あれ。やっぱり待ってくれるんだ。 「お前がこれやってる間に次んとこやって、今度はそっちがついて来れなくなっても困るからな」 「…その間に、俺が遅れて受けれなかったトコ、もう一度、やってくれる気はないんだ?」 …だよね…。 そうすれば、いいのに。 でも、さすがにそれは、ちゃんと来てた人に悪いよね。 「一人のために、ちゃんと来てた奴の意味はなくせないしな? あぁ、ついでにお前らもこの問題解けよ? 解けなかったら、結局、授業受けた意味ないんだから、ま、遅刻の記録は残らずとも、得た物は一緒だな」 そう言って、智巳先生は教卓の前のイスに腰を下ろす。 俺も、黒板の問題を書き写して、解きにかかった。 さっき、智巳先生が黒板で教えてくれたところだ。 途中式を書き写してあるノートを見ながら、順番に解いていけば、わりと簡単だった。 だけど、それは途中式の説明とか聞いてたからだし。 中途半端に簡略化された途中式しか書かれていない教科書を見ても、さっぱりだと思う。 無理やり当てはめて出来たとしても、意味とかわかんないだろうなって。 智巳先生は、ジっと凍也の様子を見ていた。 誰かに聞かないように、見張るため…ってわけでもなさそう。 凍也の方も、誰かに聞こうとか考えてなさそうで、必死で、教科書の例題と見比べていた。 「…出来ましたっと」 「じゃ、書いて」 凍也は智巳先生に従って、黒板に答えを書いていく。 どうやら合ってるみたい。 智巳先生も、軽く丸をつけてから、凍也の書いた途中式の解説を少ししてくれた。 甘いなぁ、智巳先生は。 結局、教えてくれるんだもん。 授業も終わって、一段落。 昼休みに差し掛かったときだった。 「そうだ、凪。なんかこないだ、よくわかんねぇ先輩にお前のこと聞かれたぜ?」 不意に凍也にそう言われ、思い出したのは、優斗先輩だった。 「どう聞かれたわけ?」 「美術の授業、俺、前遅刻してったじゃん? そんとき廊下で『髪結んでる子、知り合いか』って聞かれて。髪結んでるやつなんて、お前以外にもいるかもしんねーけど、なんか話聞いたら、さっき美術室に向かってったとか言ってたし。やっぱお前だろってことで。悪い人じゃなさそうだったから、お前の名前、教えちゃったけど」 そっか。 だから知ってたのか。 念入りに人をだまそうとしてるの? それとも、ホントに気にしてくれてるのかなぁ。 「凪、知り合い? …だったら名前聞かねぇか」 「うーん…。こないだ声、かけられた先輩かも」 というか、そうだと思う。 「髪黒くって、背の高めのちょっと訛った感じのしゃべり方、する人じゃない?」 「そう、そいつ」 やっぱり。 このまま、別れちゃうのって、なんか寂しいな…。 その夜、俺はまた、優斗先輩の部屋に行った。 何を話せばいいかはよくわからないけれど。 「…あ…れ…」 驚きながらも俺を部屋に入れてくれて。 ルームメイトの先輩は、気を使ってくれてなのか、俺と入れ違いに出てってくれていた。 「…もう、会ってもらえんかと思った」 優斗先輩は、そう言いながら、俺にお茶を入れて出してくれる。 「…うん…もう会わないとこうとも思ったんだけど…」 俺は、やっぱりこの人のこと、好きになっちゃってるから。 わけのわからないまま、終わるってのは嫌だなって思うんだよ。 「…優斗先輩は、俺と別れたい…?」 昨日は、別れよっかって言ってたけど。 俺に気を使ってなんじゃないかって思うし。 でも、もしかしたら、本当に別れたいって思われてるかもしれない。 「俺に気ぃ使ってくれなくていいし。でも、その気がないなら、今のうちに別れてくれた方がいいんだけど」 好きでもないのに、気を使って付き合い続けられても、あとで傷つくでしょ。 「俺は…凪にまかせる」 「…っ…」 なに言ってんだろ、この人。 なんで、俺にまかせる…なの? 俺が、優斗先輩自身は、どうしたいか聞いてるのに。 それじゃぁ俺のこと、どう思ってくれてるのか、全然わかんないよ。 「…俺は、優斗先輩が付き合ってって、言ってきたから…っ。だからいいよって答えたんだよ…? 優斗先輩にその気がないなら、付き合わないしっ」 自分で言ってることも、よくわかんないや。 だって、きっと嘘だもん。 俺、自分に嘘ついてるよ。 そんな風に受身系じゃない。 優斗先輩に、その気がなかったとしても、俺は、付き合ってほしいとか思っちゃってる。 「凪は、どうしたい?」 「だから、なんで俺に聞くのさぁ。自分の意見、言ってよ」 「凪だって、言ってくれないから、俺のこと、どう思ってくれてるのか、さっぱりわかんないしっ。ただ、俺に付き合ってくれてるだけ?」 初めはそうだった。 だって、この人のこと、全然知らないもん。 俺自身…どう思ってる? 優斗先輩が、たとえば俺のこと好きじゃなかったとして。 それでも、俺は、この人のこと、好きなのかなぁ? また、賭けの続きなんじゃないかって思うと、怖いよ。 恥ずかしいよ。 付き合いたいだなんて。 「…別に、付き合ってもいいって、思う…」 こういう言い方しか出来ない。 「どっちでもいいってこと…?」 どっちでもよくない。 付き合いたいよ。 「また、俺のこと、賭けたりするんでしょ? だますんだよね? 自分の気持ちなんて言えないよ…」 また、少し、涙が出てきた。 この人が、好き。 だけど、信じられないんだ。 「…たとえ賭けでも、どうでもいい人に付き合ってなんて言わんし…。ずっと前から、見とったんよ…? いつも、夕方、1人で、ウロついてるやんね…?」 ホントに、俺のこと、見てたんだ…? 「だけれど、どうにも接点ないし。いきなり声かけるしかないやん? そんなときに賭けの話もあって。急だったけど、付き合ってって言ったんよ。だから、振られても、ホント、俺のこと、アピールさえ出来ればいいって思ってたし…」 変な人。 「…抱きしめてくれる…?」 そう言う俺に、少し驚いた表情を見せて。 それからそっと俺を抱きしめてくれた。 「……………」 あったかいな…。 すごく居心地いい。 この人が、俺のこと、本当は好きじゃなかったとしても、俺はもう、好きなんだよなぁって思う。 「…別れないで、いよ…?」 抱きしめられたまま、そう言うと、優斗先輩は俺を抱きしめる力を、少し強めてくれていた。 この人のこと、信じられそうかも…。 |