一目ぼれに近かった。
一気に惹きこまれていく感覚。

「今日からお前らの数学担当の樋口智巳だ。はい、なんか質問あるやつは?」
名簿を持ったまま腕組みをして、少し人を見下すような態度。

「じゃ、スリーサイズを♪」
軽いノリでそう言ったのは、高校になって一番初めに出来た友達、拓耶だった。
よくこうも、ノリの悪そうな先生にむかってそんなこと聞けるよな…。
なんて、変に関心してたとき。
「上から、85、70、90くらいかと。次は?」
先生は、冷たい口調でそう言い放っていた。
びっくりしたのは俺だけじゃないだろう。
あっけにとられる。
「あはは♪じゃ、好きな男のタイプは?」
拓耶だけが、楽しくそれに対応していた。
「またお前か。そうだな…。数学の出来るやつ?」
冷たい口調のままそう言っていたが、拓耶の方に目を向けた状態の智巳先生は、少し楽しそうに含んだ笑いを向けていた。

そのときからだった。
智巳先生に、どんどんと惹きこまれていった。
智巳先生と、対応出来ている拓耶が羨ましいと思った。
「…彼氏は?」
つい、軽く手を上げてそう口走る。
拓耶のように俺も、会話に入りたかったのと。
本当に気になったからだった。
「…いるよ。彼氏っつーか彼女っつーか。ま、男だけど?」
俺に目を向けた智巳先生は、そう教えてくれた。
彼氏がいたことに対して、少し残念な部分もあったけど。
だけれど、俺の質問にちゃんと答えてくれたのが嬉しくて。
俺のこと見てくれて。

俺は、智巳先生が好きになったんだとそのとき実感した。

彼氏がいて当然だとは思ったんだ。
はじめは冷たい感じの人かと思ったけど、かっこよくって。
そう見えて実はノリがよくって。
飴と鞭…ってわけじゃないけれど、冷たそうな人が、優しく言葉を返してくれると、なんだか、何倍もすごくいい言葉に思えてくる。
別に、智巳先生は、飴と鞭な戦法で、誰かの気を惹いてるだろうとかそんなんじゃないけれど。

かっこいい人だった。
容姿の問題じゃなくって。
対応といい、ものすごく魅力的な存在だった。

「じゃ、そろそろはじめるか。面倒だからとりあえず今日は自己紹介でもするか? はい、お前から」
智巳先生は、廊下側の一番前の席のやつを軽く指差す。
「なぁんてイキナリ振られても、結構嫌だと思うし? 俺が聞いたことだけ、言ってくれればいいから」
そう言うと、名前、得意な科目、苦手な科目を聞いていた。


「お前は? 名前」
「一拓耶♪」
「得意科目は?」
「数学。あ、化学も」
「へぇ。しごきがいあるね。苦手科目は?」
「特にない」
拓耶の次は俺。
智巳先生の目が、俺に向けられる。
「お前は?」
「深山悠貴…」
「得意科目は?」
「数学…です」
違う。
だけれど、ついそう言ってしまっていた。
「へぇ…。苦手科目は?」
「…数学」
智巳先生は、なにも言わずにただ、こっちをジっと見る。
呆れた…?
「……そっか」
やさしくそう言ってくれた声が自分の中にものすごく響いてきていた。

「何言ってんの? 悠貴」
前の席の拓耶が振り返って、こっそり俺に聞く。
「ん。なぁんか、よくわかんねぇけど、口走ってた」
「ふぅん。面白いね♪」

好きな男のタイプ。
数学の出来るやつ。
そう言ったのが忘れられなかったからだ。
「拓耶、数学得意なんだ?」
「俺、めっきり理系だからねー。数学、大好きなんだよ」
俺は逆。
数学は苦手だ。

だけれどこのときから、好きになってみようなんて、馬鹿なことを考えていた。


「智巳先生。ここ」
だけれど、俺が数学苦手なのは事実で。
時間さえあれば、智巳先生に教えてもらっていた。
「あぁ、ここな。ここは…」
すごく優しく対応してくれる。
誰にでもこういう対応なのだろうか。
先生だから、生徒にやさしいのは当たり前…?
「…聞いてんの? 悠貴」
「聞いてるよ」
こうして2人でいられる時間が、ものすごく嬉しくて。
だけど、俺と智巳先生の関係は、先生と生徒でしかなくって。
そう思うと逆に切ないような感じにもなっていた。

「じゃ、ここ解るか?」
「ん…。こう?」
「だいぶ解ってきたじゃん…」
少し楽しそうに俺の頭を撫でてくれて。
それが嬉しくて。

どうにもならないことだと解っているんだけれど、数学の勉強をやめることが出来なくなっていた。
智巳先生は数学の先生だから。
生徒が数学出来るようになったらうれしいのは当たり前だろ。
出来たからってなんなんだよ…。
どうにもならない。

「じゃあまたな。テスト、がんばれよ」
そう言われると、俺はがんばらないわけにはいかなくて。

俺が数学出来たところで、別に好きになってくれるわけじゃないんだろう…?
わかってるけれど、少しでも好きになって欲しかったり。
そう思うと、やっぱり俺は、出来る限り、数学の勉強をし続けるわけで。

好きでもない数学を。
好きな智巳先生を思って。
このとき、心底、拓耶が羨ましくて。
ずるいとさえ思った。


「…悠貴…? すっげぇ寝不足そうな顔してるよ」
俺を心配して拓耶が聞いてきてくれる。
「ん…。ちょっと勉強」
「…そっか。あんまりがんばりすぎるなよ。倒れたらどうすんだって」
お前とは違うから。
勉強しなきゃ俺は数学出来ないんだよ。
「数学、俺苦手だから」
「うん…。でも、体壊さないようにな」
優しくそう言って、俺の頭をそっと撫でてくれた。

今、思えば、あのときすでに、拓耶は知っていたのかもしれない。
俺が智己先生を好きで。
だから数学をがんばってて。
がんばったところで、智巳先生には、彼氏がいるんだって。

あえて極論は言わなかったけれど、ただ、優しく俺の体を気遣ったのは、わかってたから…?



進展もなく。
俺はあいかわらず毎回、数学ではいい成績だった。
そんなとき、桐生先生という現在2年生担当の数学教師が俺らのクラスに来て、智巳先生についていろいろ教えてくれた。
「智巳先生はね、遊びでなら相手してくれるよ」
遊びでも構わないと思った。
智巳先生の彼氏を見たことなんて一度だってないし、わからないけれど。
どうせ、無理なんだろう…?

「ねぇ、智巳先生、セックスしよ」
遊びで誘う俺に、智巳先生は、ノってくれて、俺の相手をしてくれた。
ホンキだったら相手してくれなかったんだろう。

だけれど、たぶん気づかれた。
智巳先生は、俺が智巳先生を好きだって、きっと気づいただろ。
「俺に彼氏がいるって、わかってるよな…?」
そう念押しされた。
わかってる。
けど、もしかしたらって思ってた。
でも、無理なんだろう。
だけれど、俺は止める気はなかった。
智巳先生に、抱かれる時間が、無駄に短く感じられた。

「…また、してくれる…?」
「遊びでな」
あっさりそう切り捨てる。
変に思わせぶりな態度は余計俺が傷つくってわかってるんだろう。

そんな彼氏一筋な智巳先生もまた、俺には魅力的な存在だった。


そんなこんなで、ぐだぐだした関係のまま、いつのまにか、2年になっていた。
ぐだぐだしてるのは俺だけで、智巳先生にとっては、なんでもないのだろう。
俺は、智巳先生の受け持ちだという弓道部に入部していた。
智巳先生がいるから入ったわけじゃない。
もちろん、それも理由にはあるけれど、それだけが理由ではなかった。
そこまで、執着して追いかけてる自分が恥ずかしくて、俺は弓道が好きなんだと思い込んだ。

「…あの…好きなんです…。よければ付き合って欲しいんですけど…」
新しい1年生。
俺のことをどこで知ったのかはわからないが、部活終了後、部室の外で待っていたかわいらしい子が、俺にそう言った。
いきなりのことだった。
ルックスは申し分ない。
自信に満ちた感じでもなく、謙虚な態度といい、上玉だと思う。
だけれど、お前は俺の何を知って、俺のことを好きだと言うんだ…?
信頼性にかける。
まぁ、俺だって、智巳先生のこと、いきなり好きになってたわけだし。
そういうこともあるだろう。
「付き合ってもいいけど…。悪いけど、君のことさ…好きにはなれないよ」
そう言うと、顔をうつむかせ、少しお辞儀をして、行ってしまっていた。
少し、もったいなかった…?
「もったいないなぁ」
そう言ったのは拓耶だった。
「…見てたんだ?」
「見てたよ。何人目?」
「さぁ。5人目くらい?」
今、人を好きになれそうになかった。
こんな状態で付き合ったところで、相手だってつまらないだろうし?
だいたい、前もって言っている。
付き合ってもいいけれど、好きになれないって。
そう言うと、みんな帰ってくれていた。
帰ってくれるって、わかっててそう言ってるけれどな。

「付き合って欲しいんだけど」
俺と拓耶が、話し込んでるところに、そう声がかかって、顔をあげる。
「…俺に言ってんの…?」
「そう…」
妖艶な雰囲気。
少し長めのウェーブがかった髪。
明るめに脱色されていた。
階段に座り込む俺を、見下ろして、なぜか勝ち誇ったような態度だった。
「…付き合ってもいいけど…。好きにはなれないよ…」
付き合う気なんてさらさらない、そんな冷たい態度で答える。
「そう? いいんだ? じゃ、付き合ってね」
そいつはそう言うもんだから、俺は一瞬、言葉を失っていた。
「いいの? 悠貴、君のことさ、好きになれないって言ってるんだけど?」
拓耶が俺のかわりに、俺がまったく付き合う気がないのをわかってか言ってくれる。
「そう言えばみんな引くと思って言ってるんでしょ。ホントはどうなわけ? 付き合ってもいいって思ってる?」
いつものやつとはちょっと違う感じ。
「…いいよ…。好かれなくてもいいって、本気であんたが思ってんなら」
結構、こっちも意地になっていた。
向こうも意地になってたのかもしれない。
「好かれなくてもいいけど。好きになるよ、俺のこと」
自信に満ちた表情。
だけど、いやみらしくはなかった。
少し冷めた口調で、はっきり物事を言うのが、どうにも智巳先生と被る部分があった。
「あっそ…」
少しでも、智巳先生と被せて見た自分が嫌で、あえてそっけなくそう言って、立ち上がる。
「いいね? 付き合ってくれる?」
「いいよ」
目も合わせず、そう言って、俺はそいつの横を通り過ぎていった。


「悠貴、あの子と付き合うんだね」
ついて来た拓耶はそう言った。
「そうなったね」
わけわかんねぇ。
「で、拓耶、なんか用で来たんだろ?」
なにも用がないのに、わざわざ俺が部活終わるのをこうして待ってるってのは珍しいし。
「うん。そうなんだけど。やっぱもういいかなって♪」
「なんだよ、教えろって」
なにを隠してるのか、こっちまで楽しくなってくる。
隠されて、焦らされて、むかつくだとかそういった感情はなかった。
むしろ、それがなになのか、気になって楽しく思うくらいで。

そんなテンションで振り返る俺とはうってかわって、少し申し訳なさそうな表情。
「…なに…」
俺の方も、変に、緊張が走った。
「あ…。智巳先生が付き合ってる人、わかったんだ」
「誰…?」
俺、すっげぇそっけなく聞き返してる気がする。
「あ、拓耶、ごめ…」
拓耶は、つい謝る俺を、首を振って許してくれていた。
「尋臣先輩。知ってるよね」
知らないわけがない。
俺と同じ部活、少し厳しいけど、けじめがついてて、しっかりした人だった。
後輩と、慣れ親しむといった感じではないけれど、面倒見はいい。
なんていうか。
俺が勝てる要素はなかった。
というか、全然、タイプが違う。
どうにもならない。
智巳先生が好きになった人なんだから。

「そう…。サンキュ。じゃ、部屋、行こっか」


夜もずっと、智巳先生と尋臣先輩と。
俺に付き合ってと言ってきたやつのことで頭がいっぱいで。
まともに寝れなかった。


「智巳先生…。キスしてよ」
次の日の授業後、そう誘う俺に、あっさり口を重ねてくれる。
「なんで、そういう風に出来るんですか…」
「なにが?」
「彼氏に…」
申し訳ないとか思わないのかって。
そう言おうと思ったけれど、あっさり、これは遊びだからと言われそうで。
もちろん、遊びだからってわかってる。
彼氏に申し訳ないと思うほどのことでもないのだと。
わかってるけれど、直接本人に言われると、へこみそうで。
「なんでもない」

頭がすっきりしないまま、俺は部活に行った。
だけれどもちろん、尋臣先輩のいる部活動では、もっと気が落ち着かなくなっていた。
集中出来ず、いつもの調子が出ない。
「どうした? 落ち着かないようだけど」
後ろから、そうやさしく声をかけてくれたのは尋臣先輩。
あなたのせいでもあるんですって。
「えぇ。ちょっと…」
こうやって、後輩のこと、ちゃんと見てくれて。
尋臣先輩がいい人だとわかればわかるほど、敗北感みたいなものを感じてしまっていた。
「…一つ、聞きたいことがあるんですけど」
「俺に…?」
好きな男のタイプ。
数学の出来るやつ。
頭の中で、その言葉が繰り返しまわっていた。
「…数学…。得意だったりします?」
「え…?」
いきなりの俺の質問に、あっけにとられた様子。
「別になんてことはないんですよ。ただ、俺、数学苦手で。尋臣先輩ってどうかなって」
理解したのか、軽く笑って。
「苦手だな。俺、文系だから。一番、嫌いな教科なんだ」
そう言った。
「………そうですよね。数学。嫌ですよね…。俺…今日はもう帰ります。集中出来そうにないんで」
拓耶の情報が間違ってるとかじゃないんだろう。
尋臣先輩と智巳先生が付き合ってるのは事実で。
尋臣先輩が数学が嫌いなのも事実なんだ。

さっさと弓道着を着替えて、部室を出たときだった。
「智巳先生…」
「あぁ。悠貴、もう帰るわけ?」
珍しく部活に顔を出そうとしてる智巳先生と鉢合わせた。
「智巳先生…。数学出来るやつ好きって言ってたよね」
「あぁ。そりゃ、俺は数学教師だから? 数学出来るやつ、好きだけど?」
「でも智巳先生の彼氏は、数学が嫌いなんですね」
「……なにそれ」
冷めた口調でそう言って。
俺はというと、なぜか悔しくて。
顔をそらしていた。
「ずるいよ、先生…」
「…ずるい…?」
「俺は、数学が大っ嫌いなんです。考えたくもないくらい」
「別に、俺は嘘ついてないし。数学出来るやつは好きだよ。ただ、俺の彼氏…。悠貴がどこまで知ってるかはわかんないけど。尋臣は確かに数学が嫌いだな。尋臣が数学を好きになったら、もっと尋臣を好きになるって。それだけだよ」
少し冷たい口調。
だけど、口調とは裏腹に、すごく優しい手つきで俺のことを撫でてくれる。
「…ずるいよ…」
やっぱり俺は、智巳先生が好きで。
智巳先生がほかの人を好きだからって、俺の気持ちが変わることはなかった。
かなわないってわかってるし。
智巳先生と付き合おうとは思わない。
ただ、ずっと、好きでい続けようと思った。

「樋口先生? 部活しに来たんじゃないの?」
その声に、振り向く智巳先生に合わせて、俺も目線を向けると、昨日、俺に付き合って欲しいと言ってきたやつ。
あいかわらず、含みのある笑いで、俺らを見ていた。
「まぁ、そうだけど」
嫌な具合に邪魔が入った。
別に、こいつが来てなかったところで、どうにかなったわけじゃないけれど。
「真綾は? 部活しに来たんじゃないのか?」
真綾っていうのか。
それより、こいつ、弓道部なわけ…?
「今日はサボる。俺は、悠貴先輩を迎えに来たの」
俺の名前を出されて、少しだけ驚いた。
あぁ、こいつ俺のこと、やっぱ知ってたんだなぁって。
そりゃ、付き合ってって言い出したくらいだから、知られてて当然かもしれないけど。
「行こう…?」
そう腕を引かれ。
俺は、智巳先生に見送られながら、そいつと寮の方へと向かった。


「なんでお前、俺につっかかってくるわけ…?」
「なんでって言われても。付き合うことになったんだから、こうやって会っても当然でしょ」
なに馬鹿なこと聞くんだとでも言いたげな冷たい口調。
「…どうしてお前さ…俺のこと知ってるわけ…?」
「結構、冷たいね。一応、同じ部だってのに。まぁ俺、サボりまくってるから知られてなくてもいいけど。有名だよ、あんた。…次から次へと、人振ってくって」
俺自身も部活に毎回顔を出してるわけじゃない。
こいつもそうなら、あまり会わなくって当然なのだろう。
にしても、俺が有名って…?
「だからお前、ためしに俺と付き合えるかやってみたってわけ?」
次から次へと人を振る俺が。
お前にしとめれるかって。
自分の力量測ってんのかよ。
別にはじめっから信じてなかったからどうでもいいし、俺だって、好きにならないと言ってある。
形だけの関係だ。
だいたい、付き合ってるだなんて思ってもいない。
だからどうでもいい。
けれど、こう試されるみたいなのは気に食わなかった。
「別にためしってわけじゃないよ。そりゃ、みんなを振ってくあんたを、俺が捕まえれるかって、それは気になったとこだけど」
「別に、お前は俺を好きなわけじゃないんだろ」
「人の話切るなって。あんたはさ。俺に対しても、他の子と同じ対応だったね…。付き合ってもいいけど、好きにはならないって。振られたようなもんだよ。ただ、そこから執着するかしないかで。俺は執着した。他のやつらとの違いはそんだけ。あんたにとっては、なんの興味もわかない、他の子と代わらない存在なんだよ」
変に諭すような言い方をされた。
変わらないんだと、はじめは思った。
だけれど、執着された時点で、違うんだとも思った。
なんにしろ、こんな俺に執着するこいつの存在がよくわからなかった。
「結構、あのとき、意地みたいなもんがあったんだ。いろんな子が振られた話聞いて。付き合ってもいいけど、好きにはなれないってそういった振られ方されたって。俺がもしそう言われたらとか前もって考えてたんだよ。『別に構わないから付き合おう』って。どうせあんたは、付き合う気なんかなくって、そう言ってるんだから、意地でも付き合ってやるとか思ってた」
俺も、付き合う気なんてなかった。
みんなそう言えば去っていくと思ったから。
「そんな無駄な意地はってどうすんだよ」
「…実際、言われたとき、考えてたよりずっとショックだったんだよね。言われるって思ってたけど。
俺が強がって言ってるから、意地で通したみたいだけど。実際は、ただ、あんたに執着しすぎてるやつみたいで。”好かれなくてもいいから付き合って欲しい”だなんて、かっこ悪すぎだって、あとでわかったよ」
「じゃぁ、もういいだろ。俺はお前を好きにならないし。お前も俺を好きじゃない。付き合う理由なんてないだろ」
そいつは、一息ついてから、俺の正面に回りこんだ。
俺は足を止めざるえなかった。
「かっこ悪すぎだよ。だけどあんたに執着してんだよ、わかれよ。意地だけでこんなかっこ悪いことやらねぇんだよ。俺はあんたを好きで。あんたは俺を好きになる。それが付き合う理由だよ」
少し俺より低めの身長のそいつは、下から俺を少し睨むようにして、キツめの口調でそう言った。
「俺には好きな人がいんだよ」
「だから、俺に諦めろって?」
「そう」
「…あんたはどうなわけ? その好きな人に好きな人がいたら? そうだとしたら、あんただったら諦めるんだ?」
智巳先生には好きな人がいて。
尋臣先輩と智巳先生の間に入れる余地なんてないのはわかりきっていた。
「…諦める。向こうが両思いなんだ。俺の出る幕じゃない」
「じゃぁ、俺は違うね。あんたが片思いだから」
「だけど、俺はずっと好きでいる」
「俺も一緒。あんたが他の誰を好きだろうと、ずっと好きでいる」

情緒不安定になってたんだろう。
智巳先生と尋臣先輩のこと、いろいろ知っちゃった直後だったから…?
そいつの言葉がものすごく響いてきていた。
「なんで…そこまで、言えるんだよ」
「あんただって、同じこと、言ってんじゃんか」
俺が智巳先生を好きでいるように。
こいつは俺を好きでいてくれるわけ…?
「俺にそんな価値ねぇよ」
「あるよ…。俺はあんたを好きで。あんたは俺を好きになるんだ」
まるで予言のようにそう言った。



あれからもう1年もたつ。
いまでも変わらない。
「そろそろ、俺のこと、好きになった…?」
真綾は会うたび、口癖のように言う。
「…ん…」
あのとき、ずっと好きでいると、そう言ってくれた。
だけれど、もしかしたら、意地があるんじゃないかって。
俺が好きになったとたんに、真綾の俺への興味がなくなってしまうんじゃないかって。
少し、不安だったりもする。
「…俺が好きになったら…お前はどうするんだ…?」
「どうするもなにも。両思いでいいんじゃん…。俺のことを好きな人や悠貴のことを好きな他の人も、俺らが両思いなの知ったら、諦めてくれるんじゃないの?」
楽しそうにそう言うだけ。
「もっともさ。すでに両思いだって思われてるかもしんないけど」
本当はなんとなく気づいてる。
俺は、こいつが好きなんだろうなって。
ただ、もう少しだけ。
このままの関係でいたくて。
いつも真綾から追われる立場でいたかった。
「真綾は…? 俺をどう思うわけ…?」
「いまさら…。何度言えばわかる? 好きだよ。悠貴が他の奴を好きでも俺は悠貴が好き。この関係を諦めなくちゃならないとしても、俺の好きって気持ちは消えないね」
俺が、智巳先生に抱いていた感情と同じことを言われた。
あぁ。こいつって、俺に似てるんだ…?
俺のこと、ずっと好きでいてくれるんだ…?
「そう…」
「そっけないね…。まぁいいよ。悠貴は俺を好きになるよ」
真綾は誘うように企むように。
まるで予言のようにそう言った。