「ちょっと、美術部行ってくるから…」
「俺も行くっ」
写真部部長の湊瀬榛先輩が美術部に行くって…。
美術部には、実は2年生の中ではかっこいい〜って有名な柳木雨祢くんがいるんだ。
そんでもって、実は、雨祢くんは俺の彼氏だったり…。
だから、俺もついてっちゃう。
それに美術部って、とってもテンション高くておもしろいんだよ。


「はいはいはい、じゃ、今日の部活は湊瀬先輩のヌードデッサンってことで」
「どうしてもしたいってんなら、お前のヌード写真と引き換えな」
「拓耶〜…榛のヌードなんてつまらんでやめときゃぁて」
「…つまらんとか言ってんじゃねぇよ。お前は男のヌードになに求めてるん」
「体つまらん言われて怒るんがでらかわいーわ。榛ってMだで、描いてる最中に欲情して勃っちゃったら困るし」
「勃たねぇよ。ってか、Mじゃねぇよ」
「あぁあ、勃たないん? まだ若いのにもうココ、使いものにならなくなったん?」
そう言って、背後からいやらしく湊瀬先輩の股間に手を触れる。
もちろん、払い落とされてたけど…。
この言葉がなんかちょっと訛ってて、おもしろい先輩は優斗先輩って言って、美術部の部長さん。
湊瀬先輩とは、昔からの友達……なのかな…?
「じゃ、今日は部長の初体験談とかさぁ」
常にテンション高い彼は拓耶先輩。
お笑いとか好きみたいで、いっつもおもしろい冗談ばっか言ってるよ。
「いいねぇ。そう…あれはまだ肌寒い日に、榛が俺の部屋にやってきて…」
「優斗が俺の部屋に来たんだろ」
うぅうん…。
拓耶先輩が言ったただの冗談に優斗先輩が付き合って言ってるだけなのかと思いきや、湊瀬先輩のその言葉…。
この2人って、やっちゃってるのかな…。
「…湊瀬先輩って、優斗先輩としたことあるの?」
「え…あ…」
俺の問いかけに湊瀬先輩ってば少し照れて困ってる感じ。
やっぱり……。
「癒夜ちゃん、榛って実はとっても恥かしがり屋さんだから、自分からは言わないと思うけど、ホントは騎乗位が好きなんよ」
優斗先輩が、少しかがんで俺の身長に合わせながら教えてくれる。
「…騎乗…位…?」
「そ。誘い受が得意で、いっつも自分から入れるから、俺の方から入れさせてもらったことない…」
そこまで言うと、話の途中で、湊瀬先輩が優斗先輩の頭を思いっきり持っていた冊子で叩く。
「変なこと、吹き込むなよ、馬鹿っ」
「8割方ホントのことやん。榛、誘うの上手いで?」
優斗先輩が誘うように湊瀬先輩のアゴに手を回す。
この2人って、わりと美形タイプだから、たったそれだけのことでもすごく絵になる…っていうか、ちょっとエロっぽい…。
あ、でも湊瀬先輩は、美形なんだけど、ちょっと知的さもっ。
実際は、優斗先輩の方が頭いいらしいんだけど…。
「それマジってんなら、俺も誘われてみたいかも」
拓耶先輩がおもしろがって、笑いを堪えているようだった。
「ホントだで。拓耶、誘われたら一気にイってまうで…? 何度やっても処女の初々しさが残ってるんよ。それでいて、体の方は日に日にいやらしくなってるし…。あ、でも初ん時がやっぱ一番、処女っぽい…って当たり前か」
「…何度もやってるみたいな言い方すんなよ…。癒夜…こんな馬鹿の言うこと信じたらかんからな」
「…う…ん……」
とりあえず、俺は写真部に入ってる手前、湊瀬先輩が言うことには頷いてた。
実際どうなのかってのは、やっぱ気になっちゃうけど…。
「…あんま変なこと言ったら、こっちだって優斗の情けない脱童貞話するで覚悟しときな」
湊瀬先輩はにっこり笑って優斗先輩に言う。
「部長の脱童貞話って、めっちゃ俺聞きたいかも。湊瀬先輩、教えてよ」
「もう、思い出しただけでも笑えるっての。あのな…」
「はい。榛、今日、お仕置き決定」
俺は、この3人のやり取りがホント楽しくって好きだった。

それにしても、優斗先輩と湊瀬先輩って、こんだけやっちゃってるみたいだし…付き合ってるんだよね、やっぱ…。
「2人って、付き合って長いの?」
こんくらいなら聞いちゃってもいいよね。
「ん…。もう、6年…? 榛が中1の頃、俺に『好き』って言ってきたんよ」
「お前が言ったんだろ」
6年…って…。
そんだけずっと友達な子でさえ、あまりいないのに…。
「ってか、部長って、彼女いなかったっけ? 凪っつーさ。俺と同い年の」
「…あぁ…凪は、2年前に俺が告ったんよ。今でも付き合ってるで」
「2…マタ…?」
って、これ言ったらやばい…?
「…別に、俺は優斗と付き合ってねぇよ…。ただの友達」
「え…」
ただの…友達なのかぁ…。
「ただの…友達なのに、やっちゃうの…?」
「癒夜ちゃん、そーゆうの軽蔑する方?」
軽蔑…はしないよ。
俺はぶんぶんと首を横に振る。
それを見てか、優斗先輩は軽く笑って俺の頭を撫でてくれた。
「でも、セックスフレンドってわけじゃないんよ…。やるための友達ってんじゃなくって……。すべてにおいて、さらしあえる友達って感じかな。…な? 榛…」
優斗先輩は湊瀬先輩に後ろから抱きつきながらも同意を求める。
なんか、優斗先輩って、抱き癖あるみたいで、しょっちゅう湊瀬先輩に抱きついてるような……。
「…何、言ってんの、お前……」
「まぁまぁ、榛は俺と2人きりじゃないと素直じゃないから、この際、ほっといて……。癒夜ちゃんは…?彼氏とはどうなの」
「あぁ、俺も気になる。雨祢って、彼女に対してどんなんなのか、知りたいし…。ってか、今日も遅刻?」
「…ま、別に活動開始時間とか決まってないけどね…」
雨祢くんは、部活にしょっちゅう遅刻していて、来るのが遅いんだ。
今日も、まだいないみたい…。
「で、雨祢とはどうなん…?」
優斗先輩と拓耶先輩がジっと俺を興味津々な感じで見てくると…言いにくい。
湊瀬先輩までもが、ちょっと気にしてるっぽかった。
「…その…俺……」
実は…ちょっと聞いてもらいたかった。
一人で悩んでるの、つらいもん…。
「……まだ……」
「え…」
3人ともが、俺の言葉を疑って聞き返してくる。
「マダムのような恋がしたい?」
拓耶くんのよくわからないツッコミ…なのかな。
それに首を振って応える。
「じゃぁ『まだ』って…? マダムじゃなきゃ、なんなん?」
「マダムなわけねぇだろ。…癒夜…まだしてないの…?」
湊瀬先輩がそう言ってくれて、自分からはどうも言いにくかったから助かった。
頷くと、3人ともが驚いたような表情…。
「…やっぱ、おかしい?」
「…どうだろ…。付き合ってどんくらいだっけ」
「2ヶ月…。みんなは付き合いはじめてからどんくらいでやったの…?」
これ、すっごく気になるよ。
「じゃ、小さい順。拓耶から」
「え…、俺…? 俺の彼女は純粋だからねー…。3週間くらいたってから手出してたかも…」
拓耶先輩って、テンション高くておちゃらけてて、すぐにでもやっちゃってそうなのに…3週間は待ったんだ…。
「…あぁ、でもほら、付き合い出すまでの関係にもよるし。友達の期間ってやつ? はい、じゃ次は、部長」
拓耶先輩は、自分で自分の言葉を終わらせて、優斗先輩の方を向く。
それに従って、俺と湊瀬先輩も優斗先輩に視線を送った。
「…あー…1週間くらい…? あんま会えんかったで、そんだけ期間あいたってのもあるけど…。でも、告った翌日は、榛とやってたで」
告白した次の日に、湊瀬先輩と…?
どうして?
「…部長ってどうしてそう、告って気持ちが凪の方いってるときに湊瀬先輩とやれるわけ?」
って、俺が聞きたいけど言い出せないことを拓耶先輩が聞いてくれる。
「…いや……榛にやり方習ってたん」
「…って、部長より湊瀬先輩の方が上級者なわけっ?」
「あー…もう、優斗は余計なことまで言うなっ。拓耶は変に追求すんなよ」
つまりは…優斗先輩は、凪って人のためにその日は湊瀬先輩とやったのかな…。
「はいはい。じゃ、大御所、湊瀬先輩は?」
湊瀬先輩って、そんな軽いノリじゃないから、あんまりすぐには手、出さないんじゃないかな…。
「癒夜ちゃん、あんま期待しんほうがいーよー…。榛が一番はやいから」
「え…」
なんか、思ってもいなかったから軽いショック状態。
「うそっ。湊瀬先輩ってば、手、早いんだっ? 見えないのに」
ホント、拓耶先輩の言うとおり。
「…どんくらい…?」
そう…どんくらい早いの…?
「…言わないと駄目なわけ…?」
「拓耶も俺もちゃんと言ったんだし、言えって」
「だ…って、ねぇよ。付き合ってからどんくらいでやったかなんて…」
「あーあー、どーせ、榛は付き合う前に手を出してっからね」
「なっ…馬鹿っ、言うなって」
うそ…。俺の、湊瀬先輩像が……
崩れてっちゃう…。
「…あー…なんか、癒夜がショック受けてるっぽいよ…。俺もビビったけど」
「…優斗が変な風に言うからっ。癒夜…違うんだって。ほら、ずっと友達で、お互いいいな〜って思いあってて…。以心伝心してたんよ。付き合うって形になったのがそれよりあとだっただけで…」
あぁ…なるほど…。
びっくりしちゃった。
どんくらいその友達の期間があったかはわからないけど…。
「お互い…とか言ってるけど、実際、相手がどう思ってんのかはわかんないのにかなりのプラス思考やん…」
「…なんとなくオーラなんだよっ…ったくもう…」

「結局……2ヶ月も手、出されないなんて、もう好かれてないの…かなぁ…」
おかしいよね。
「あいつの体は正常か?」
ホント…ちょっと疑っちゃうよ…。
「…あ……俺、悪いこと吹き込んだかも……」
優斗先輩が、いまだに湊瀬先輩に抱きついたままで少し焦った表情を見せる。
「…お前が悪いのかよ…。なに吹き込んでんだって…」
「…雨祢とさ。前、こーゆう関連の話になってさぁ。あいつ奥手っぽいやん? だで、ちょっとあおったかも…」
あおった……って……?
「意味わかんねぇよ。はやくはっきり言えって」
「……雨祢を思って言ったんだけど…。雨祢がなかなか手、出せんみたいだったで、焦って早く手出してもなんもイイことないって俺が言ったんよ。軽く見られる可能性があるだけだで、手が出せないなら出せないで、向こうから誘ってくるまで待ってみればって…。で……俺は好きな子に好きって言うのに、6年以上友達続けてたし、好きって言ってからやるまでに4年かかったって…」
「やー、湊瀬先輩、照れてる? かわいーかも。ってか、やっぱ部長って湊瀬先輩に告ったんだ…」
すごい…な…。
6年以上友達で、4年も手だしてないなんて…。
そう思うと2ヶ月なんてまだまだだって思えてきちゃうよ。
「お前、もう、やめろって。凪が好きなくせにっ」
「いーやん…。凪と榛は別…」
「だいたい、4年かかったっつったって、お前、凪と付き合わなきゃ俺とやる気なかったんだろ?」
「…して欲しかったん?」
「ちげぇよ。もう、むかつく」
言い合いが…なんかもう、ただの痴話喧嘩にしか聞こえないんだけど…。
「あー…もう、先輩たち、好き合ってんなら保健室にでも行ってやってこれば? それより今はさぁ、癒夜と雨祢。どうすんのさ。部長のせいっぽいぜ?」
優斗先輩が、さっきの…6年以上友達で、4年も手、だしてないとか…そういうの言ったから…?
でも、確かに、俺も、それ聞いちゃったらなんかそんな焦らなくてもいい気にもなってきた…。
「…つまりは、雨祢は、待ってるわけだから…。癒夜から誘ってみればノってくれるって」
誘うって……。
「…どうやって……」
「この際はっきり、もう2ヶ月だし、そろそろどうかしら…とかさ。言ってみてまうとか」
「部長、それ新婚さんっぽい」
でも、はっきり言っちゃう…?
それとも態度で示すか…だよね…。
「…じゃ、拓耶、俺、ちょっと出かけるわ」
「…部長、どっか行くわけ?」
「拓耶が言ったんやん…。保健室行ってやってこればって」
「な…保健室でなんかやるかってっ」
「じゃ、生徒会室にする…? 写真部の撮影部屋とか? たまにはさぁ、2人っきりってんじゃなくって羞恥プレイとかどうなん?」
「死ね、お前…っ」
「そりゃぁね〜…あんな自分を俺以外に見せたくないって気持ちもわからんでもないけど…」
言い合いながらも2人は教室を出てってしまっていた。


「…優斗先輩って…湊瀬先輩のこと、好きなのかな…」
疑問…。
そりゃ、嫌いじゃないとは思うけど、なんか恋愛感情っぽいんだもん…。
「うぅうん…。昔は確実に好きだったと思うけどねぇ…。湊瀬先輩の方もちょっと脈有りっぽいしな…。あの二人の関係はよくわかんねぇよ。それより、癒夜、女装とかどうよ」
にっこり笑って拓耶先輩が問題発言をっ。
「な…あ…」
もう、返答に困っちゃうじゃんか。
「癒夜ってわりと女の子っぽいしいい感じじゃねぇの? どうせ写真部の部室にあるんだろ?」
あるにはあるけど…。
ほら、セーラー服とかロリ服とかいろいろ…。
「女装趣味って思われたらやだよ」
「…大丈夫だって。写真部にもいるだろ? ほらさ。由沙先輩ってさ。有名じゃん?」
由沙先輩ってのは、写真部と美術部を掛け持ってる先輩で、とってもかわいらしい人。
「…あの人はかわいいからいいけどぉ……」
「うやぁっ。癒夜ちゃん、すっげぇかわいいわ」
そう言って、拓耶先輩は、俺に抱きついてくる。
はじめの奇声みたいなのがよくわかんないんだけど…。
「デッサンのために女装せざる得なかったって言いなって」
「…う…ん…」
俺は、拓耶先輩と、一緒に写真部の部室へと向かった。


「これかわいい。絶対これ。うわ、俺の彼女に、着せてみてぇ」
拓耶先輩は、編み上げされた胸元がちょいかわいらしい感じのガラもののロリ服を手に取る。
「それ…?」
「うん。癒夜、これ着てみな」
はずかしいよ。
でも…着てみちゃおうかなぁ…。
俺は、ゆっくりと慣れない手つきで服を着替える。
拓耶先輩はその間も、また、いろんな服を見て遊んでいた。
「…拓耶先輩…」
「ん? あー、いいよいいよ。かわいい。似合ってる」
ホントかなぁ。
というか…。
「…ここで、着てどうするの…」
「あ…え…? 美術室…行く…んかな」
この格好で??
「はずかしいよ」
「じゃぁ、俺が抱っこしてってやるから。顔伏せてなって」
「…でもぉ…」
俺が、返事をするまでもなく、拓耶先輩は俺を抱き上げるもんだから、俺の方も顔を伏せてそのまま、先輩に抱きついていた。


「はい、到着」
その声とともに体を下ろされる。
でも、部員も少しだけだけど、パラパラいて、顔、あげらんないよ…。
「大丈夫だって。由沙先輩も、しょっちゅう女装でココくるから、みんなそーゆうのに慣れてっし」
そっかぁ…。
雨祢くん、どこだろ。
キョロキョロを教室内を見渡すと、発見。
「雨祢くんっ」
「…癒…夜…?」
ちょっと驚いてる?
そんな、雨祢くんを見て、俺ってば、少し楽しくなってた。
「その…拓耶先輩に選んでもらって……どう…かな…」
どうって、聞かれても困るかな。
でも、かわいいって、思ってくれるかな…。
「…なんで、着てるの?」
「…え…」
ホントは、雨祢くんにかわいがって欲しいからだよ。
でも、そんな事言えないし…。
「あー、俺が頼んだの。今日のデッサンのモデルになってってさ」
返答に困ってる俺を助けに拓耶先輩が割って入ってくれる。
「…ふぅん…」
ふぅん…??
そうじゃなくって…。
どう? って、聞いてるのに…。
でも、何度も、聞けないじゃないか。
「癒夜、おいで」
拓耶先輩に呼ばれて、後をついて雨祢くんから離れる。
「…拓耶先輩…?」
「…なんか、どうも上手く行かないのな…。あのな。癒夜はこの格好似合ってるし、かわいいから、自信持てよ?」
俺…不安そうにしてたのかな。
雨祢くんに、かわいいって言ってもらえなくって、女装なんてしちゃって、どうしようかって確かに思ってたんだけど…。
拓耶先輩の言葉に少し、安心させられた。
その時だった。
雨祢くんが、拓耶先輩と俺の方に近づいてきて…。
「…拓耶先輩。今日、部長は…?」
「…部長は今、ちょっと出かけてるけど…? だから、俺が部長代理ね」
ほかにも美術部、4年生いると思うんだけど…。
まぁ、写真部の俺が口出しすることじゃないか。
「…今日、デッサンするんですか…? …その…癒夜の…」
雨祢くん、俺のこと、気にしてくれてる…?
「するよ。雨祢、どーする? デッサン参加する? それとも、別の作業でもいいけど」
するよ……って、するのっ??
とりあえず、拓耶先輩が、なんか考えがあってのことっぽいから、黙ってる。
「…ちょっと、気分悪いんで、帰っていいですか…」
来たばっかだろうに。
だったら、初めから来なければいいのになぁ…。
「…ん…気分悪いってゆーより、機嫌悪いっぽいけどな?」
軽く笑ってそう言う拓耶先輩に対して、雨祢くんは何も言えないのか、何も言う気がないのか。 美術部員の荷物がまとめて置いてあるところへとカバンを取りに行った。
「…雨祢くん、気分悪いって…」
「…そりゃ…かわいく女装した彼女が、みんなに見られながらデッサンされるって聞いたら、気分も悪くなんじゃないの?」
にっこり笑って、俺の頭を撫でながら、おもしろそうに言う。
じゃぁ…。
俺のために、機嫌悪くなってくれてるの…?
それってちょっと…
だいぶ、嬉しい…。
「でも、だからって帰らなくても…」
「…見てらんないんじゃないの…? そーやって、癒夜がモデルになってるとこをさ…。かといって、デッサンをやめろとか、そーゆうこと言う権力っつーか、そーゆうのもないだろ? あいつまだ2年だし…」
そっか。
じゃぁ、拓耶先輩は、雨祢くんの反応、試してた…?
「…よかったじゃん。癒夜、好かれてるんだ?」
「あ…ぅ…ん…」
「…ほら。このままじゃ、雨祢がかわいそうだから…。おっかけて、女装したホントの理由とか、全部ぶちまけてきなって」
「えぇっ!? …恥かしいよ…」
「…だいぶ、雨祢の方も脈ありだったじゃんか。大丈夫だって。素直に言えば、あとは雨祢の方がどーにかしてくれるって」
素直に…ね…。
雨祢くんが、機嫌悪くなってくれたり…
嬉しかったよ。
「行っといで」
拓耶先輩に背中を押され、美術室から出て行こうとする雨祢くんを小走りで追いかけた。


「雨祢くん、待ってよ」
「…癒夜…。なに…? デッサン、いいの?」
あれは…嘘だから…。
「やらない…」
「どうして…?」
「だって、雨祢くん、デッサンやらないんでしょ?」
雨祢くんがいないのに、ほかの人に見られるなんて、考えられない…。
「俺が、デッサンしてたら、癒夜はその格好でモデルになったんだ…?」
「…違うよ…。ならないよ。モデルになんてならない…。あれは、拓耶先輩が冗談で言ってただけだもん…」
「冗談…?」
雨祢くんは、足を止めてこっちを向く。
「…そ…だよ…?」
「…もしかして、俺ってすっごい恥かしいことしてた…?」
雨祢くんは、少しだけ、テレた感じに言うと、また、足を進めた。
「…恥かしいって?」
「…なんか……。冗談なのに、変なリアクションとっちまったような…」
変なリアクションって…。
機嫌悪くなったり…?
「…うぅん…。あのさ…。女装が嫌い…とかじゃないよね…」
俺が女装なんてして、ただたんにそれが嫌だったとかだったら…。
「…別に…。そうじゃないよ。癒夜、似合ってるし…」
「…機嫌悪かったのは…俺がみんなに見られてデッサンされるから…?」
「…まぁ…そんな感じ…」
小さな声で、俺の方も見ずにそう言ってくれる。
「…うん…。ありがと…。なんか、嬉しいよ…」
「…俺、すっげぇ独占したがってるみたいでさ…。嫉妬深い人間みたいで、やな感じじゃない…?」
そんなことない。
独占したいって思って欲しいよ…。
「…独占、して…よ……」
嫉妬だってしてくれるの、嬉しいもん…。
「そーゆうこと言われると…ホントに、耐えれないよ…。そーゆう格好、俺以外の前でしないで欲しいとか想っちゃうし…」
「いいよ。しないもん」
「矛盾してるんだ…。そーやってかわいい格好の癒夜を、俺の彼女だって言って、みんなに見てもらいたいってのと…。誰にも見て欲しくなくって、独占したいってのと…。両方が入り混じってる」
俺、雨祢くんがそうやって思ってくれるほどかわいいわけでもないし、みんなに見てもらえるような良さがあるわけでもないのにな…。
「みんなに見られても、だれも俺のことなんて気にかけないよ…」
「…そんなことないって…。な…。もう、女装はしんといて…」
わかったよ…。
「雨祢くんは…? 女装した俺、どう思う…?」
「…ん…。かわいいよ…」
ホント…?
あいかわらず、雨祢くんは俺の方をあまり見てくれない。
「だから…やめて欲しいんだよ…。どんどん不安になるから…」
嬉しいよ。
「でもね。雨祢くんに似合う彼女にならないとって思うとね…。もっとかわいくならないとって…」
「今のままで、いいから…」
じゃぁ、雨祢くんの前でだけ…。
かわいくしてる。
今のままでいいって、嬉しいな。
でも…どうして、手、出してくれないのかな。
「ね…。俺って……魅力ない…?」
とうとう、雨祢くんの前に回りこんで聞く。
雨祢くんは足を止めざるを得ない状態になっていた。
「…な…に…? 急に…」
「…こんなに…俺は、好きなんだよ…」
雨祢くんの顔に自分の顔を近づけながら、そっと目を瞑る。
「…癒夜…」
雨祢くんの口が、そっと俺の口と重なって、すぐさま離れる。
俺は、なんだか恥かしくなって俯いてしまっていた。
やっぱり、これだけで幸せかも…。
焦らなくってもいいかな。
独占したいって思われるだけで、俺は幸せだよ…。

「ね……。いつかね…。俺のこと……して…」
「…な…に…?」
「雨祢くんがね、奥手で、そーゆうこと俺としたくないなって思ってもいいからっ。だから…他の人とも…しないで…」
雨祢くんは、そっと、俺を抱き寄せる。
「…ごめんな…。癒夜…。俺、どうすればいいのかよくわかんなくって…。かと言って、本能のままに癒夜のこと、やっちまうのだけは駄目だって、思ってて…」
じゃぁ…俺のこと…
大事に思ってくれてたんだ…?
「うん…。ありがと……」
他の人たちが、早かろうが関係ないよね…。
俺たちは俺たちの速度で、距離を縮めてくから…。