「あ、神楽ちゃん、こんにちはー」
「靜に用事?…って、そうに決まってるか」

靜の部屋にはあいかわらず数人のオタク仲間らしき人が集まっていた。
そいつらが俺に声をかけてくれて、その後、やっと気付いたのか、ヘッドホンを外した靜が振り返る。

「次の作品のことでちょっと話してたんだ」
「あぁ、邪魔してごめん」
「いや、いいよ」
「なんとなく来ただけだから。ここでゲームやってても平気?」
「うん。いいよ」

のろけるつもりも見せつけるつもりもない。
それがわかってか、靜の友達たちも嫌な顔しないでいてくれた。
しょっちゅう居合わせてるしね。

俺は自分で持ってきたDSの電源を入れ、一人ベッドの上、ゲームを始める。

靜たちはまた話し合い。
と、少しして、ドアがノックされる音。

ゲーム画面から少し顔をあげ確認すると、見たことのないかわいらしい子。
……誰だろ。
オタク仲間かなって予測しかつかないんだけれど。


「すいません、遅れちゃって」
後輩?
呼んだのかな。

わけのわからんゲームだかなんだかの話を始めるもんだから、これはもうオタク決定だなと。

いつものことだけれど、楽しそうで、妙に疎外感。
…自分の部屋戻ろうかな。
あまり気にしないようにしてゲームを進めてたんだけれどね。

靜がメイド服を取り出して、後輩がそれを受け取る。
…着るんだ?

「似合ってるよ」
「ホントですか?」

周りのオタクたちも、かわいいだとか口々に言う。
靜がそう言うのってなんかむかつくな…。

「ウィッグ被った方がいいですか?」
「そのままでもいいんじゃない? 癒し系だね」
癒し系。
靜のその言葉に反応せざるえない。

俺のことも癒し系だって言ってた。
そう言って、誘ってやっちゃって付き合うことになった。
俺と同じ?

というか…俺って別にちゃんと好きとか言われてなかったかも…。

むかつくなぁ…。

「癒しましょうか?」
後輩め…俺と同じこと言ってんじゃねぇよ。
馬鹿…。

手元にあった変なぬいぐるみを靜目掛けて投げつけた。

「…っ…神楽? どこかわからない?」
靜が俺のDSの画面を除きこんでくれるけれど、そんなんじゃないんだよね。
あぁ。悪気も自覚もないんだな。
「どこもかしこもわかんないよ」
そう言いつつも、俺はDSの電源をオフにする。

「部屋、戻るよ」
何事もなかったかのように、笑顔を向けて。
俺は、靜の部屋を後にした。

追いかけてくるかな。
来ないか。
別に、靜だってなにも悪いことはしてないし。
とぼとぼと自分の部屋へと向かって歩く。

わかってるけどね。
ただのやきもちだって。
友達がいる前で、イチャつくなんてこと、靜はしない。
俺だって。

自分の友達が、俺の前でイチャつきだしたらたぶんイラってするし。
空気読めよって思うから。
今、俺に甘い言葉を投げかけたりするのは他の友達にも悪いと思う。

だからそんなんじゃなくって。
ただ、ちょっとショックだっただけ。
メイド服とか、前に靜に着させられたよ。
はっきり言って、自分でもあんま似合ってなかったと思う。
あんなのは罰ゲーム的なモノで、しょうがなく着たんだけれど、それでも靜はなぜか笑顔で。
……俺が嫌がるから愉しくて笑顔だっただけかもしんないけど。
かわいいって言ってくれた。
うれしいとか思っちまったけど、あんなんはお世辞なのかもしれない。

いまいた後輩はかわいかった。

癒し系…か。
その言葉が引っかかる。
俺は?
靜にとっての癒し系じゃなかったの?

靜は誰にでも言うの?
俺が勝手に、『癒そうか』なんつって、流れでHに持ち込んじゃったから。
あのときは、そりゃ、本気で好きだったわけじゃない。
ただ、かっこいいし、好意持たれたらうれしいし。

体を重ねて、靜が好きになった。
順序おかしいかもしんないけれど。
靜は?
俺じゃなくてもよかった…?

「神楽」
靜の声…?
振り向こうとする前に、後ろから抱きしめられた。

「靜…?」
「…部屋にいてくれないの?」
耳元でそんな風に言われたらどきどきする。
甘えられてる…?
「…友達と話し合いの最中だったでしょ。俺、いても邪魔だし」
「邪魔じゃないよ」
「…俺が行かなくても、別に呼ばなかったでしょ」
「呼ばなくても来てくれるかなって思ってた」
いたくなかった。
…とは言いづらいな。

「俺……いても話入れないし」
「神楽……」
お互い趣味が違うのはわかってることだ。
いまさら。
そこまで縛るつもりもないから、愚痴るつもりもなかったのに。
つい。
溜まってたんだよ。
「靜たちが話してること、ほとんど意味わかんないし。初めは愉しそうな靜見てて、俺も愉しかったよ。
俺自身、混じれないのは別にかまわないけど。
靜は…?
話、わかる子の方がいいだろ…?」
絶対そうに決まってる。
靜の言うことが理解できないときって結構あるから。
それを、サラっとわかっちゃうオタクでかわいい子の方が都合いいに決まってるよ。
一緒に、趣味とか楽しめるし。

「神楽…どうした? いつもそんなこと言わなかったのに、急に…」
お前がかわいい子連れてくるからだ。
靜の腕からすり抜けて、振り返る。
「馬鹿…。靜が悪い…。俺以外に…っ」
メイド服着せたり、癒し系だっつったり。
そういうことすんなって。
俺のわがままだったり、独占欲だと思うから、言うのも恥ずかしいけれど、それでも勢いに任せて言ってしまいそうだった。

その前に、涙が溢れて言いとどまる。
「神楽…っ」
「見んな、馬鹿っ」
顔を下に向け、靜の視線から逃れる。
なんで、俺、涙なんて。
そんな大したこと、されてない。
なのに。

……いつのまに、こんなに靜のこと好きになってんだろ。
独り占めしたくなる。
たぶん、いつも思ってた。
靜が友達といるときだって。
みんなが帰ったあとに、たっぷり甘えてそれで満足してた。
それがなきゃ駄目だったと思う。

こんなに好きになってしまったのだから、失いたくないのに。
こんなうっとおしいことしちゃったら、めんどくさいって思われそう。

どうすればいいのかわからなくて、余計に泣きたくなった。
靜だって、困るに決まってる。
けれど、行かないで欲しくて、靜のシャツを掴んだ。

ホント、どうしよう。
わからずにいると、靜が俺の頭をそっと撫でた。

「靜…」
「俺は、恋愛に疎いから、わからず神楽のこと傷つけたり不安がらせたりしてるんだろうね。教えてよ…」
そうやって、俺のこと知ろうとしてくれて、話を聞いてくれる靜が、やっぱり好きだ。
「…俺のわがままなんだ」
ぎゅっと前から抱きしめた。
「わがまま?」
…やきもち。

「…靜…俺の部屋、来てよ…。ちょっとでいいから…っ」
たぶん、靜は抜け出してくれた。
だから、そんなに引き止めちゃ悪いと思ってる。
ただ、このまま廊下で話すわけにもいかないし、もちろん靜の部屋も無理。

「いいよ。行こう」
そう言ってくれる靜と、自分の部屋へ向かった。



ルームメイトは出かけているのか、俺らだけ。
都合がいい。

「靜のこと、癒せるのは俺だけでありたいんだ…」
時間もなさそうだし、二人ベッドに座ると、すぐさま本題に入る。

「神楽……後輩のこと、気にしてる?」
「…あーゆう服、俺だけに着せるんだと思ってた」
「イベントで売り子頼むから、試しに着てもらっただけだよ」
売り子?
…あの格好で商品売ったりするってことか。
そういうパフォーマンス的な物?

「俺より似合ってた」
「神楽の方がかわいいよ。似合えばいいってもんでもないし。それなら女の子の方がよかったりしちゃうだろ。
俺が求めてるのは神楽で。
その神楽がかわいい格好をするからイイんだよ」

求めてるって。
言ってくれたのがうれしくて、隣にいる靜の手を掴んだ。

と、身を乗り出した靜が、俺の体を押し倒す。
「靜…っ」
上から見下ろされ、そのまま口を重ねた。

ゆっくりと、衣類を脱がされていく。
「っ…あ、時間…無いよね?」
「どうして…」
「だって、話し合いの最中だったし…っ」
「神楽より優先することなんてあるわけないだろ」

ほら。
靜は、本当はすごく俺のこと想ってくれている。
普段、友達優先っぽく見えるけど、本当は違うんだ。
だから、俺がこうやってわがまま言いまくれば、友達と会う機会だって減らしてくれちゃうような人で。
趣味だって、制限してくれちゃいそう。
もちろん、俺はそんな風に靜を縛りたくないけれど。

わかってるのに、やきもちとか嫉妬とかしちゃった自分が嫌になる。
でも、たまには確認させてくれてもいいよね…?

「靜…。靜にとっての俺って、どんなポジションなのかな…」
靜は俺の頭を撫でながら、笑顔を向けてくれていた。
「…うん、俺が勇者なら、神楽はずっと一緒に共に過ごして戦うパートナーみたいな位置かな」
なにそれ。
なんで、靜が勇者なのかな。
つい、笑ってしまいそうになる。

前にも言われた。
俺は癒して戦うタイプなんだって。
「…助けだす姫は?」
靜に付き合う形で、俺もそう言葉を返した。

「それは、王子に引き渡す」
「……ねぇ、その俺の位置って…パートナーは、別にただの仲間じゃないの?」
「いなきゃ、死んじゃうよ?」
…運命共同体?

それってなんだか、うれしいかも。
いなきゃ死んじゃう…か。

「じゃあ、俺は、靜が死なないように癒せばいいんだ…?」
「そう。もう神楽以外のザオラルで、生き返る気がしない」
なに、ザオラルって。
生き返りの呪文かなんか?

「俺は、神楽のために戦うから」
「姫のためじゃないの?」
「違うよ。神楽…姫を助けだすってのは姫のためじゃないんだよ。周りの期待にこたえるためなんだ。自分の身に返ってくるのは、栄光と名誉とかけがえのない仲間。これがお決まりなんだよ」
……ちょっとわかりにくいけど。
つまりさ。
俺はかけがえのない存在ってポジションでオッケー?

「神楽は、俺のパーティに入ってくれるんだろ?」
「…もう入ってるよ。俺以外、入れないんでしょ」
「うん。神楽と二人がいい」

2人でもパーティって言うのかな。
…ホントに、ゲームにたとえられても、ピンとこないっての。
けれど、なんか伝わるんだよね。
靜がオタクだから?
普通の人にこんなん言われたらからかってんの? ってなっちゃうだろうな。

靜ワールドに引き込まれそうなんだけど。
死なないように、ケアしてやるよ。
俺しか、無理なんでしょ。その役割。

「靜も、死ぬ気で俺のこと、守ってよ」
「もちろん。俺は死んでも、神楽がいれば安心だけどね。ちゃんと生き返らせてくれるだろ」
「…もちろん」

何度でも生き返らせて。
俺のこと守らせるから…なんてね。