だから。
知らなかったんだよ、うっかりしてました。

だって、そうは見えないよ?
普通。
太ってて、リュックしょってて、そこからポスター飛び出てて。
メガネかけてて、髪の毛長くて。

そういうイメージなんだって、オタクってのは。
そりゃ、俺だって、それなりに漫画とか好きだしゲームもするけど。

あれはそう、1ヶ月…もたってないかなぁ?
急に俺の寮の部屋までクラスメートの佐伯靜が来て。
「…ずっと気になってたんだけど…」
真面目な面持ちでそう言うもんだから。
前々からかっこいいと思ってたし。
理数系はいつもトップクラスで、かといってお堅い感じでもない。
同じクラスにいながら、そんなに話したことなかったけど、彼の周りっていっつも楽しそうだし。
俺も彼氏と別れてしばらくたつし、一人身に慣れてきたけど、ちょっとさびしいかなとか感じてた時期だったし。
まぁなんつーか。
唐突だったけれど、どきっとしてしまったわけで。
っつーか、普通そうだろ。
わりと自分好みの顔で。
普通以上の奴が、自分に好意寄せてたら、悪い気はしないっつーか、嬉しいし。
即OKだって、ありうるじゃん。

「なに…」
一応、念押しで。
催促してみたりしてさ。
「相模って、癒し系だよね」
「そう…かな…」
もちろん、そんなこと言われたことなんてまったくなかったし?
俺が癒し系?
どこがですか?
そう思うけど、悪い気はしない。

「…癒そうか…?」
この人、俺に気があるんだろうなって。
そう思ったら変に強く出れるもんだ。
冗談とも本気ともつかない口調で、そう見上げると、
「…ホントに?」
って。
「いいよ。ね。俺のことも、名前で呼んで? 神楽って…」
って、俺も意味わかんねぇけど、そう言って。
彼の頭に手を回して、キスをして。

あとはもう、思春期真っ最中の男ですよ。
しかも、俺様ご無沙汰でしたし?
そりゃ、やりますよ。
自然の流れでしょ。

やり終わって落ち着いて。
「…靜…。どういうつもりで考えてる…? 付き合おうってこと…?」
いまさらながら聞いてみる。
やってる最中に、俺らの距離は急接近。
あっという間に名前で呼び合う感じになってたり。
「付き合ってくれる…?」
「じゃなきゃ、こんな風にやらないって」
いや、やりますけど。
こーんな誘い方はしないですよ。

靜ってかっこいいし。
頭いいし。
たしか、パソコン部だったっけ。
結構、自慢の彼氏になっちゃったりする?

そう考えてた矢先だ。
なんつった? あのときお前は。
「俺は、攻撃タイプだから、やっぱ、癒し系の彼女が欲しかったんだよね」
とか、わけのわからんこと抜かしただろ。

そのときは気づきませんでしたよ?
やり終わった後で、エクスタシー状態だったし。
お前みたいにかっこいい奴に告られて、気分よかったし。
自分が、癒し系だと主張されてるだけだと思ってたよ。

それが、だんだんとわかってきたのは、教室で靜と絡むようになってからだ。

いままでは、特に話すこともなかったが、今日はちょっと、靜の集まってるグループへと入り込んで耳を傾ける。
「俺的に、一番リアルにイイと思うのは、四葉だな」
「チェキっ子? 鞠絵とか守りたいってタイプじゃねぇ?」
「お前、そういうの好きなんだ? 俺は花穂かなー」

 4,5人で会話してるその内容の意味がわからず、ちょっと立ち尽くす。
「あ…靜の…?」
 一人が俺に気づいてそう声をかけてくれる。
「どうも」
 そう。
 ちょっと前から靜の彼女ですよ、俺は。
 もうご存知ですか。
「な? 癒し系だろ」
 そう靜が、みんなに紹介してくれる。
 っつーか、この人たち、俺のクラスの人じゃないよな…。
 どこからきたんですか、この集団。
「確かに…。でも、今の話で言うと朔耶タイプにも見えるけど?」
「あぁ、そうだなぁ。でも、RPGで言うと癒しなんだって。戦えて癒せるタイプ」
「なるほどね。癒しというより回復系?」
「そうかも。でも、ある意味、朔耶も癒されるだろ」
「癒しの王道は鞠絵だろ」
「まぁ、鞠絵はがっつり癒しだろうけど。ちょっと、種類違うよなー」

たぶん自分が話題にされてるってことは理解できるが、意味わかんねぇ。
「…あの…さぁ…なんの話?」
「どの妹がタイプかって話してたとこだったから」
 笑顔で靜が教えてくれますが。
「どのって…」
 なにを基準に選んでらっしゃるんですか、この人たちは。
「シスプリの中でねー…」
 少し冷めた口調で、隣の席…少しだけ距離のある場所にいた同じクラスの蒼柳憂月はそう答える。
 別に話に混じるわけでなく、ただ、隣の席だから会話が耳に入っていたといった感じの距離感だ。
「わざわざ言わなくても、話の流れ的にシスプリだってのはわかるだろ」
 そう憂月に他のクラスの奴が言う。
 他の奴らも、同意するように、軽く笑ってるし。
「ギルギアのイノタイプ?」
「んー、そこまではいかないかな。まるマの三男みたいな」
「お前、まるマ読んでんだ? マリみて由乃さんかな」

 駄目だ、これ以上聞いてると頭が爆発しそう。
 俺は、笑顔で『ちょっと用事がありますので』風味にその場を退散。
 と、同時に近くにいた憂月の手を取り、少し離れたところまで連れて行く。

「…神楽―。いきなりなんだよ」
「いや、悪い。っつーか。やつらなに話してんの? お前、いっつも聞いてるわけ?」
「隣の席だからねぇ。聞こえちゃうけど」
「なんの話? シスプリって何? 妹って? 他にもわからん単語出てたんだけど」
 ため息をついて憂月は、俺が適当に連れてきた席に座り込む。
「神楽って、靜の彼女じゃないの?」
「…そう…だけど、ちょっと前からだし、だいたい、そんなにしゃべったことないし」
「それで、よく彼女になるね」
「そういうのあるだろ? 友達の期間が短いってやつっ」
「あるけどさー。……シスプリっつーのは、ゲームっつーか漫画? 小説か? 雑誌の企画だったよーな…。まぁそういうやつ。12人の妹が出てくるやつ」
 つまりなにか。
 俺は、そのゲームだかなんだかわからんやつの12人のうちのどのタイプか、探られてたわけか。
 いや、それもあるけど、たしか『どの妹がタイプか』とか言ってなかったっけ?
 そんな話してんの?
「で、他に出てきた単語は? 全部、漫画とか?」
「んー。なに出てたっけ。ギルギアは格闘ゲームでしょ。まるマは小説でー、マリみても小説」
「聞いたことねぇし」
「あー。略されてるからー」
 あえて別に略さずに言うとなんなのか、わざわざ聞く気にもならないけど。
「…憂月、詳しいじゃん…」
「毎日、耳に入ってくるからねぇ。俺、無駄な予備知識多いし」

 俺も漫画とかゲームとかするけど、そこまでは詳しくない。
 だからと言って、全然知らないわけではないし。  
 
っつーか、オタクなの?  
オタクの集団?  
靜だけ見るとわかんねぇけど、あの集団はそうだろ?  
今は制服だからいいけど、私服はきっと痛いんだろ。

「…痛いな…」
「なぁー…神楽って、知らずに付き合いだしたんだ?」
「知らずにって…」
「靜が、オタクだって」
 オタク。
 やっぱりそうですか。
 オタクなんですか。
「…知るわけねぇだろ…」
「…ふーん…」
 あいかわらず、かったるそうに憂月がそう答えると同時くらいに
「ゆーづきー…。どいてよ、もー。人の席で寝そうにならないでよ」
 勝手に座っていた席の主が現れて、それがきっかけのように、軽く俺に手を振ってから、憂月は自分の席へと戻っていった。

 その日の夜。
 俺は靜の部屋へと押しかけた。
 すると、またあのオタクの友達たちが。
 仲がいいね、まったく。
 オタク集団でつるんでんなよ。
 
 俺が、帰ろうとすると、気を使ってくれて、オタクたちが代わりに出て行ってくれる。
「…なんか、申し訳ないな…」
「いいよ。彼らとはいつも会ってるし。…わざわざ来てくれたんだ?」
 そう。
 来ましたよ。
 靜に会いたかった。
 なんてかわいらしいものではなく、確かめたかったというのが正しいだろう。

「あのさ……靜って。……オタク…なんだ…?」
 直球すぎますか?
 でも、こういうのははっきりしたいし。
「……たぶん…そう言われちゃう部類に入るかも」
 オタクですけど、そこまで入り込んでる自覚はないってことですか?
 いや、一般知識があれば、ただ、アニメも詳しい幅広い人ってことで済ませれるよ、この際。
 憂月みたいなのは、そういうタイプだ、たぶん。

「あのさ、好きな音楽とか」
「んー…あんまり最近の曲って聞かないけど」
「CDとか、なに持ってるの?」
「ゲームのサントラとか」
 そう来ましたか。
 そう来ましたね?

「……いいや…もう。靜がオタクでも…。がんばって、一般知識つけてこ…?」
「どうしたんだよ、急に。オタクが嫌いなんだ?」
「っつーか、オタクだと思ってなかったし。もうオタクでもいいから、普通の話題もわかるようになれよっ?」
 そうならまだいいよ。
 なんでも詳しい人ならまだ素敵だから。
「じゃ、神楽も、いろいろわかるようになるといいね」
「…いろいろって…アニメとか…?」
「今日、俺らの話、あまりわかってなかっただろ?」
 確かにわからなかったけど。
「わからないのが普通だろ?」
「人それぞれ、わかるジャンルとわからないジャンルがあるんだよ。俺が一般知識ないように、神楽はオタク知識がないわけだろ。俺も、神楽についていけるように一般知識つけるから。神楽も…ね?」
 一般知識ないとか、カミングアウトしちゃいましたよ、この人…。
 ったくもー…。
 付き合うの早まったかなぁ。

 でも、こんなオタク知識ゼロの俺のどこがいいんですか、あんたは。
 俺に、ついていけるように、一般知識つけるとも言ってくれてるし。

「わかった…。わかったから、一般常識も身につけてな…」
「…うん…」
「で、俺のどこがよかったわけ…?」
 これはやっぱり気になるところだから。

「……俺のイメージなんだけど…戦って癒せて。一緒にいるうえで一番、パーティに入れたいタイプだろ?」
 だから、意味わかんねぇって。
 …確かにゲームだったら、回復も出来て戦える奴は、いると便利だけど。
「…ファンタジックだね、靜…」
「ファンタジック?」
「パーティって、3,4人じゃねぇの? 2人でいいのかよ」
 俺も、なーに付き合って話してんだか。
「神楽が入れば充分だよ。2人で大丈夫」
 あ。
 やばい。
 なんかちょっと嬉しいかもしれない。
「…じゃあ…2人でがんばろっか…」
 なにをがんばるんだか。
 
 靜が一般人になるよりも。
 俺が、オタク人になる方が、早いかもしれないな…。