「樋口先生、なに調べるんすか?」
夏休みに入って、寮に残ってる生徒は数少ない。
まぁ、補充で残りたくないのに残らされてる生徒もいるみたいだけど?

現在3年の佐伯靜の部屋には、パソコン機器がたくさんある。
ルームメイトは帰ったみたいだし?

学校のパソコン部屋は、鍵の管理とか、めんどくさいんだよなぁ。

「夏祭りの日程を調べたいんだよな」
「ココらへんなら、月末にありますよね」
「うーん。ちょっと離れたとこ。彼女んとこ行きたいから」
「そうなんですか」

定額でネットもひいている。無線で、速度遅いけど、携帯とかで調べるよりも目に優しい。
靜も、快く使わせてくれてるみたいだし。

ここから車で1時間くらいかけたところにある尋臣が一人暮らししている家。
いや、別にここまで呼んでもいいんだけれど、やっぱりまだちょっと人目が気になる部分もあるし?

さっそく今週末に開催される表示が。
あいつ、空いてんのかな。

「靜、サンキューな。俺、もう行くから」
「いえいえ。また遊びに来てください」
「ん。じゃあな」


さてさて。
寮を出てさっそく尋臣に電話。

「尋臣。今週の土曜日、暇か?」
『土曜日ですか? …暇ですけど』
「お前んち、泊まりに行っていい?」
『…それは……俺がそっちに行った方が…』
「なんで?」
『いえ…別になんでってことはないんですけど…。なんにもない家ですし、狭いし…。それに週末は祭りで混みますよ』
祭りって知ってたのか。
「…っつーか、その祭りに行きたいんだけど。お前、大学の友達と行く予定なかったか?」
『男同士で行く人なんてそんなにいないですよ…』
「なにお前、じゃあ、俺と二人で歩くのも抵抗ある? 俺、女装しようか。俺、男ってバレない自信あるし」
『俺より背の高い女連れて歩くのも嫌です』
「意外に、見た目気にするんだな、お前。まぁ、祭りはともかくさ。久しぶりにゆっくりヤるのもいいだろ」
『ヤるって…』
「お前、いっつもバイトで疲れてそうだから、最近、あんま無茶なことしてねぇし。久しぶりに…」
『やりたいだけですか…?』
あれ、怒ったか、こいつ。
やりたいだけというか、祭りに行きたいって言ったんですけど。
でも、祭りに行きたいだけっつったら余計怒るんだろう。
もちろん、俺自身、祭りだけが目当てではないけれど。

「会いたいっつってんだろ」
いや、言ってねぇけど。
『最近…なんか…』
なんか、したか、俺は。
「どうした」
『…別に、なんでもないです』
言いやめるのかよ。
まぁ電話で聞くよりも直接…なぁ。

「…週末、行くから」
『まだ、いいって』
「駄目なのかよ」
『そういうわけじゃ…』
「まぁ、駄目ならいいけど。じゃ、またな」
『……はい』
はいって?
普通そこは、駄目じゃないから来てって言い直すとこだろう?
それでも、俺は、自分からそう突っ込むことも出来ず、とりあえず電話を切った。

駄目なのかいいのかよくわかんねぇし。

こうなったら、押しかけてやる。
あぁそりゃもう、木曜日とか中途半端なときに急に。

学校休みだし。
っつーか、休むし。
木金土日、4連休を全部、尋臣に費やしてやる。


大荷物を持って、いざ尋臣の家へ。
住所は聞いているが、実際に家に行くのは始めてだ。

万が一、泊めて貰えなくても、どっかビジネスホテルででも、漫画喫茶ででも時間は潰せる。
無計画や無謀さもときには必要だろう。

それに、頼めば泊めてくれるはずだろうし。
俺は、車で一時間ほどかけて尋臣の家に。
マンションの部屋番を確認して。
インターホンを押す。
もしかしたら、夕方のこんな時間はバイトだったりするか?

マイクとか付いてない古いタイプのインターホン。
ドアの向こうで人が駆け寄る音が聞こえる。

ガチャっと。
開かれたドアの先に立っていたのは、尋臣じゃない別の男だった。

部屋間違えたか?
自分のメモと、ドア先の番号をもう一度見合わせる。
「…樋口先生?」
あれ、こいつ、俺の生徒か?
「去年まで帝星学院にいました、真辺雅です。直接は樋口先生に教わってないので、知らないと思いますけど…」
なぁんか聞いたことある名前だけど。
4年は担当してないからなぁ。
「どうしたんすか、先生」
こいつに説明するのも…。
でもまぁ卒業してるし。
「あのさ。ここ、尋臣の家じゃ…」
「尋臣に用事ですか。あいつ、大学に課題提出に行ってますよ。すぐ帰って来るはずなんだけど」
「…じゃあ、出直すよ」
「あ。よければ、家の中で待っててくれてかまわないんすけど」
どうしましょう。
まぁ、ここは、お言葉に甘えて。
「…じゃあ…すいませんけど、お邪魔します」

頭がうまく働かず、とりあえずそいつに言われるがままに、あがらせてもらうけど。
なんで、雅が尋臣の部屋にいるんだ?


「俺、もうちょっとしたらバイト行くんですけど…。俺も尋臣も鍵持ってるんで、もし、尋臣が戻る前にどこか出かけるんであれば、これ、使ってください」
そう余分にあるっぽい鍵を渡されましたけど。
…なに。
一緒に暮らしてるんですか。
「…でも、ホントすぐ戻ると思いますよー。遅くてもあと30分くらいでかと」
「ああ。ありがとうな。バイト、がんばって」
「ありがとうございます。……尋臣、なにかあったんすか?」
こいつ、俺と尋臣が付き合ってるって知らないんだよなぁ、やっぱ。
「…いや、俺、弓道部の顧問なんだけど、去年の部活のことで、ちょっと聞きたいことがあったから。家に電話したら、尋臣の親が、尋臣の携帯番号と住所までご丁寧に教えてくれてね。登録以外、着信拒否みたいで電話つながらないし、ちょうど出張でこっちの方まで来る用事があったもんだから、ついでに立ち寄ったわけ」
「そうなんですか…。びっくりしましたよ」
「俺も、尋臣以外の生徒がいて、びっくりした」

なぁんて、少し和みつつ、雅を見送って。
出されたお茶を飲みながら、座椅子を傾けつつバランス取ったりして、ボーっとしていた。


…どういうことなんだか。
いや、確実に2人、一緒に住んでるよなぁ。
大学が一緒だから?

どれくらいの時間、同じ体制でボーっとしてたかわからなかった。

ドアがガチャっと開く音。
「雅、まだいるのか?」
あぁ、鍵かかってないからか?
なじみのある尋臣の声と共に近づいてくる足音。

「おかえり」
「っな……っ」
見上げて出迎える俺を見下ろして、固まるように足を止めて。
あからさまに焦って見せる。
「なんで…」
「まぁ、とりあえず座れ」

机越しに正面に回った尋臣は、ちょこんと正座で座り込む。
めちゃくちゃかしこまってますね。

「電話で。お前なんか不満そうだっただろ。あれはなんだ?」
「…別に不満なんて…」
「最近、なんか…って。言いかけただろ」
尋臣は、少し俯いて。
「…あんまり会ってないし…会えばやるだけだなって…思って…」
「ヤらずにいても俺は別に構わないけど」
「でも…」
「っつーか、彼女目の前にして、やりたいって思うのは普通じゃねぇ? だからって、ヤりたいから会いに行くわけでもねぇよ? お前こそ、俺に会いにこないだろ」
尋臣は、しゅんとしょげてるようで、顔を上げれずにいた。
あてつけで『もう帰る』とか言ってやりたいけれど、そのまま、止められず帰されそうだ。

いま、このまま帰るわけには行かないんだよな。

「お前は、俺に会いに来る気はねぇの?」
「それは…」
別に、大学で忙しいのもわかるし、尋臣が、一応社会人の俺に気を使って、来ようとしないんだろうなってのもわかってる。
電車代だって、馬鹿に出来る金額じゃねぇし。
まぁ大した額ではないけれど、そうまでしてわざわざ来る都会な地域でもない。
大した額じゃないって思えるのは、俺の歳だからってのもあるだろうし。

「行っていいものかどうか…」
「だったら、そう聞くくらいしたらどうだ。別に会いに来いとか言ってるわけじゃねぇんだよ。…お前は、一度だって自分から俺に会いに来ようとはしてねぇくせに、あまり会ってないことに関して不満を洩らしたいわけ?」
尋臣は不安そうな顔で俺を見る。
「そういうわけじゃ…。忙しいんじゃないかって思ったから…会いたいとか我侭言わないようにしようと思って…」
わかってる。
本当は、わかってるんだけど。
「少しくらい我侭言えよ。無理なら無理だって、俺も断るし」
「……はい」

馬鹿みたいに自分がキレてるのがわかった。
尋臣がなにも反論せずに聞いてくれるのですら、切なくなってくる。
なんなんだよ、これは。


「…まぁいいや。帰るから」
立ち上がる俺に合わせて、尋臣も慌てて立ち上がる。
「先生っ」
「なに?」
「…帰るんですか…?」
「駄目?」
尋臣が言いとどまるもんだから、俺もじっくり答えを待ってやる。
「…土曜日…また、来ますか?」

くっそ。
やっぱり尋臣がかわいく見えてたまらない。
今、自分がこんなにイライラしてる理由もわかってる。
雅がいたからだ。

尋臣の腕を引っ張り、その体を抱き寄せた。

「悪いな…尋臣…。お前が嫌で帰るんじゃねぇよ。頭、冷やしてくるから。お前、今日はバイト?」
「…は…い…」
「いつ終わるんだ?」
「9時半くらいです」
「もう一度、夜に話したいんだけど」
「はい…」
そう返事をしてくれる尋臣を確認して、顔を上へ向かせると少し乱暴に口を重ねた。
「ん…っ」
舌を絡ませると、少しビクついた尋臣が俺の腕を掴む。

あぁもう俺はホント馬鹿か。
なに一人でキレてこいつ悩ませてんだか。
「尋臣…怒ってる?」
「いえ…、先生の方が…」
だよな。俺の方が怒ってるっぽいよなぁ。
「ごめんな…。取り乱した。…わかるだろ」
雅のこと。
尋臣もわかってるんだろう。
俺から顔を逸らす。

いまはもう尋臣もバイトがあるだろうし、話はあとだ。
「夜。ここの近くに公園あるだろ。そこで待ってる」
「…公園?」
「二人だけで、誰にも気を使わずに話したいんだよ」
「…はい…」
雅を避けたいんだと伝えてやる。
尋臣も、あとでそれに気付いたのか、申し訳なさそうに返事をしていた。



尋臣の家を出て、俺はとぼとぼとどこへ行くでもなしに歩いた。

なにしてんだろうな、俺は。

時間つぶしのために、尋臣の通っている大学へ。
歩いて数分。
なるほど、通うにはもってこいだな。

学生時代、いかに金がないかわかってる。
1人暮らしよりも2人で割り勘した方がラクだって、すっげぇわかるんだけど。

まったくなにも聞いてなかったから。

あいつらは高校時代、2人部屋で寮生活だったわけだし、共同生活をするのに慣れてるんだろう。
尋臣は浮気なんて器用な事出来る人間じゃねぇと思うし。

9割以上の確率で、雅とはまったく関係を持っていないだろう。

だけれど、10割とは言い切れない。
悪い方に考えるとしよう。

どれだけ悪く考えても、『会いに来てくれない』と不満を述べてくれるあたり、俺のことを好きでいてくれることに変わりはないだろう。
だとしたら、雅と関係があったとしても、それは本気ではなく浮気だ。
割り切ってくれているはず。
まぁ、あいつは割り切れるタイプではないと思うけど。

それにほら。
俺と会わない間、一人で抜くのを、少し手伝ってもらってるだけ。
万が一、入れられてても、恋人とそうでない相手との違いくらいわかるだろ。

…ただ、機会的に雅との方が増えそうなのはいただけないけど。
体が慣れた方を求めるようになっちまうかもしれないし?

入れられてるようなことがあれば、やっぱ、2人暮らしを許すわけには……って、俺は尋臣の親か?
でも、恋人ととして、やっぱ不満だろ。
恋愛対象になりそうなやつが、同じ屋根の下にいるわけで。

…一見、攻め気質に見えなくもない尋臣だって、俺くらいの男から見たらバリバリ攻めたいM気質だし。

雅って、どんなヤツだっけ。

……去年、4年だろ。
担当は桐生か。

こんな風にいろいろ調べまくる自分がいやらしくてしょうがない。
女々しいし。
それでも気になるんだっての。
『もしもーし?』
「あぁ、桐生さんちの深雪ちゃんですか」
『……切るぞって言いたいとこだけど、なにその不機嫌そうな物の言い方』
不機嫌そうか、やっぱ、俺。
「別に。あのさ、真辺雅って知ってるだろ。お前が去年受け持ってた…。あいつの情報が欲しいんだけど」
『情報って…。科学部の部長だったような…。柊の方が知ってんじゃないの?』
柊…って科学部の顧問だよな。
っつーか、あの先生の部の部長って時点で危ないだろ。
「お前が知る限りではどういうやつ?」
『うーん。数学は得意だったけど』
「んなこと、どうでもいいし」
『ったく、なにが知りたいんだよ』
だいたい、数学得意だったら、大学の数学の授業とかどうすんだよ。尋臣が雅に聞いちまうだろうが。
「そういうんじゃなくって、もっとプライベートなことは知らねぇの?」
うーん…と、考え込むのが聞こえてくる。
少し間をおいて
『佐渡優斗って知ってる? 去年、4年生だったんだけど』
佐渡。
聞いたことあるな。
「あぁ。佐渡啓吾の兄貴か」
佐渡啓吾は、今2年で、1年のころから俺の担当だからよく知っているけれど。
『そっか、啓吾の担当だったね。じゃあ、話が早いや』
桐生って啓吾と仲良かったっけ。
まぁ、それはいまは関係ないけれど。
「話が早いって?」
『啓吾の兄貴と付き合ってるよ。雅』
そう教えてくれる。
「……啓吾の兄貴って、優斗?」
『え。あ、違う』
「じゃあ、なんなんだよ」
『なんで、いちいちキレてんだよ。啓吾の兄貴で、優斗の弟。あそこ、間にもう一人男兄弟いるんだよ』
そうですか。
「わかった。サンキュー…」
『…智巳ちゃん、なんかあったの?』
一応、心配そうにそう聞いてくれる。
「別に…」
『珍しいだろ。そこまで取り乱すの』
取り乱してたか? 俺。
「……尋臣が、雅と一緒に暮らしてるみたいなんだよ。だから気になるだけ」
しばらく間をおいて
『そっか』
優しくそう言ってくれる。
たぶん、桐生も、俺と同じこと、全部考えただろう。
大学が一緒だからだろうとか、2人の方が金銭面でラクだからだろうとか。
でも、それは全部もう俺自身が考えただろうってのまで考えてくれて、変な慰めはしてくれないでいてくれるんだと思う。

『寮生活、長かったから平気なんだろうな、そういうの』
「うん」
『友達と恋人は全然違うし。……でも、好きな人と会えないと、近くにいる人に頼っちまうのはしょうがないことだよ』
「…浮気されてもしょうがないってこと?」
『浮気じゃないよ。自然なことだろ…』
「そういう自然があって欲しくないから、尋臣の近くに頼れる誰かを置きたくないってのは?」
『…近くにいる誰かに頼る必要がないくらいに、会いに行けばいいだろ。智巳の考え方は逆だよ』

逆か。
『智巳…あんまり尋臣のこと、責めるなよ?』
「…わかってる。今、頭冷やし中だから」
『すでになにかした?』
「してねぇけど。あいつ、いまだに俺のこと先生とか言うし。一人でちょっとキレてた」
『……呼び慣れてるんだろ。智巳ちゃんがそういう性格なのはだいぶ前から尋臣も知ってるだろうし、多少のことじゃ動じない子でしょ』
「うん…。夜、もう一度話し合う。サンキュー」
『どういたしまして』


電話を切って、思い返す。
やっぱり、人の意見を聞くって大事だよなぁなんて。
大して、意見の食い違いがあるわけじゃないけれど、当事者じゃない分、冷静な判断が出来るっつーか。
…一応、俺より人生の先輩だしな。1年だけど。
複雑な人生歩んできてる人だし。


考え込んでもどうにもならないよな。
尋臣にいろいろ聞いてみないと。