文化祭当日。
 早朝に数学準備室へと呼び出された俺は、智巳に今日の予定を説明させられていた。
 文化祭実行委員の俺が自由に見て回る時間は限られているのだが――
「せっかくの学祭だろ。生徒が楽しまないでどうすんだよ」
「楽しみますよ。ただ、併行で委員会の仕事もするだけです。俺は好きで文化祭実行委員の仕事をしてるわけですし」
「俺と一緒に回る気はないってこと?」
「気持ちの問題じゃなく、無理でしょう? 教師が生徒と一緒に回るなんて……」
「別にそんな変なことじゃないだろ。俺は俺で、教師として見回りできればいいわけだし」
「俺も見回りする立場です。2人で同じところを見て回るのもどうかと……」
「……まあ、お前の言い分もわかるけど」
 智巳は、別に聞き分けの悪い子供ではない。
 一応、理解を示してくれるが、それでもどこか拗ねた様子でため息を漏らす。
「じゃあ文化祭最終日、終わったら俺んち来いよ」
「智巳の家?」
「ここ最近、全然やれてねぇだろ」
 文化祭の準備で忙しかったこともあり、智巳とは会って話すのもちょっと久しぶりだったりする。
 ただ、まるでやるために呼ばれているようで、少し引っかってしまう。
「……なに? やりたくねぇの?」
「別に……そんなこと言ってないです」
「まあどっちでもいいけど。家には来れんだろ」
「はい」
 最終日翌日は振り替えで学校も休み。
 片づけなどやるべきこともあるけれど、少しはゆっくりできるかもしれない。
「それじゃあ、そろそろ行きますね」
 ドアに手をかける俺の腕を、智巳が掴む。
「その前に、キスだけしていい?」
「え……」
 突然、お願いするように尋ねられ、鼓動が速くなる。
 キスくらいなら。
 そう思いもしたけれど、いま智巳とキスなんてしたら、たぶん、仕事に身が入らない。
 たとえ軽いキスだとしても、俺はその先をきっと想像してしまう。
「……迷うくらいならやめとくわ」
 智巳は腕から離した手を、俺の手に重ねてドアを開く。
 一瞬でも迷った手前、どうすることも出来なくて、俺は促されるがまま廊下に出た。
「ハメ外すやつもいるだろうし? 3日目は外部のもんも来るから、気をつけろよ」
「はい。騒動のないように……」
「そうじゃなくて。お前、誰かに襲われんじゃねぇぞ」
「そんなこと……あるわけないじゃないですか」
「……まあいいけど」



 俺は2日前にした智巳との会話を思い出していた。
 智巳に注意を促されたにもかかわらず、危機感が足りなかったのかもしれない。



「その腕章……実行委員の人? 向こうに倒れている人がいたんだけど、来てもらえる?」
 20代前半くらいの男が、慌てた様子で声をかけてきて。
「案内してもらえますか?」
 俺はなんの疑いもせず、男と2人、空き教室へと足を踏み入れた。

 そこには誰もいなかったけれど、すぐには騙されたと気づけなかった。
「ここは、なにも展示とかしていないみたいだね」
「あ……えっと、はい。それより、倒れてる人って……」
「俺の見間違い……だったのかな」
 男は焦った様子もなく、俺に微笑みかけるもんだから、からかわれたんだと思った。
「はぁ……」
「……怒らせちゃった?」
「いえ……なにもなかったのなら、安心しました」
 そう告げて、俺は見回りの仕事に戻ろうと思ったけど、俺が教室を出るより早く、男に腕を掴まれる。
 直後、ドアに背中を押し付けられていた。
「な……」
「きみ、すごくいい子だね。強引に迫っちゃおうかと思ってたけど、きみみたいな子は、脅さなくても流されてくれるかな」
 どういうことかと問う前に、男は左手で俺の肩を押さえたまま、右手で俺の股間を撫であげる。
「あ……え……?」
 うまく頭が働かない。
「あの……」
「気持ちいいこと、しよっか」
 目の前の男が、俺に微笑みかける。
 そこでやっと、俺は自分がそういう目で見られているのだと、気づくことが出来た。
 俺を襲うのなんて、智巳か、俺を好きだと告白してきた同級生くらいなもんだと思ってたのに。
「俺……その、女の子みたいに、触っても気持ちよくないです……」
 女の子なら触っていいということでもないけれど。
「そんなことないよ。まだ服の上からだけど触り心地いいし。きみは? 触られて気持ちいい?」
 優しく撫でていただけの手が、今度はしっかりと俺のモノを掴んで揉み込んでいく。
「ん……んぅ……」
「ああ……もう硬くなってきちゃったね。だいぶ溜めてたのかな」
 智巳とはしばらくしていない。
 だけど、今日は智巳の家に泊まりにいくから、自分でだって最近、抜いてない。
 男の言う通り、溜め込んでいた体はすぐに熱くなってしまう。
 手が上下にうごめいて、快感を引きずり出されていく。
「ん……やめてくださ……」
 なんとかそう言葉にしてみたけれど、男は耳元で笑うだけ。
 その吐息で、体がゾクリを震え上がった。
「んん……」
 男は俺の反応を楽しむように、ゆったりしたペースで俺の性器を布越しに扱いていく。
「んぅ……ん……はぁ……あっ」
「あらら……かわいい声、出ちゃったね」
 慌てて、自分の人差し指を噛む。
「さすがにちょっとじれったすぎたかな」
 そう言うと、男は俺のズボンのチャックをおろして、窮屈にしていたモノを取り出す。
 いったいどうする気かと、そいつに顔を向けると、思いっきり目が合ってしまった。
「んー……大丈夫。気持ちいいことしかしないから」
 この人の言ってることは本当なのかもしれない。
 いまだって、乱暴に犯すことだって出来るはずなのに、まるで俺がその気になるのを待っているみたいに優しくて。
 ふと、初めて智巳に手を出された時のことを思い出す。
 あのときも、強引だけれど優しくて、みるみるうちに快感を引き出された。
 いまはもちろん身を委ねるべきではないけれど、うまく体が動かせない。

 男は、取り出した性器には手も触れず、ズボンから引き出した俺のシャツを、胸元が見えるまで、まくりあげる。
「あ……あの……」
「こっちは? 好き?」
 乳首にふぅっと息を吹きかけられると、反射的に体が跳ね上がった。
「んぅっ……!」
「ああ……好きみたいだね。ねぇ、舐めていい?」
「っ……ん……だめ……です」
「でも、すごく勃っちゃってる。男の子なのに、ちょっと大きいし。かわいい乳首してるね。もしかして、たくさんかわいがられてる?」
 乳首が大きいだなんて、もちろん、いままで指摘されたことなどない。
 ただ、智巳に何度もいじられるうちに、少しだけ大きくなったかもしれないという気はしていた。
 まるでそれを見抜かれてしまったみたいで、恥ずかしくてたまらない。
「舐めちゃだめって言うんなら、ちょっとだけ、撫でさせて?」
 今度は、俺が断る隙もなく、男の指先が乳首の先端に触れてしまう。
「んぅっ!」
 たった少し触れられただけなのに、腰の方まで痺れるような快感が駆け抜ける。
 指先で転がされると、頭がぼんやりして、だんだん心地よくなってきた。
「はぁ……ん……ぁ……んっ!」
「ん……もっと声出していいからね」
 ダメに決まってる。
 それなのに、なぜかいいような気がして。
 息苦しくてたまらなくて、声を殺し損ねてしまう。
「ぁあっ……んっ……んっ……あっ!」
 智巳……智巳のせいだ。
 いつも、声は出すようにって、そうやって俺のこと何度もしてきたせいで、我慢するのが下手になってしまったに違いない。
 もう全部、智巳のせい。

 目の前の男は、俺の乳首をつまんだり、なおも優しく愛撫し続ける。
 一方、ズボンの上からあれほど撫であげられた性器は、外気に晒しておきながら、ほったらかしのまま。
「んぅ……んっ……はぁ……」
 ダメだとわかっているのに、思考と体が一致しない。
 気づくと、俺は自身の右手で性器を掴んでいた。
「はぁ……んぅん……!」
「ん? そっち、触って欲しかった?」
「ぁっ……んっ……んっ!」
「たくさん透明のお汁出ちゃってるもんね」
「んっ……あっ……んぅっ……んっ」
 俺の顔や股間や胸元に、男の視線が突き刺さる。
 ものすごい羞恥にかられる。
 それなのに、なぜか萎えてはくれなくて。
 右手を少し動かすと、待ち望んでいた快感がダイレクトに伝わってくる。
「はぁ……んっ……んぅ……はぁっ……!」
「かわい……。自分で弄りたくなっちゃったんだ? そのまま、俺に1人でしてるとこ、見せてくれるの?」
 指摘されて自分がいまなにをしているのか自覚する。
 一瞬、我に返った俺は、なんとか手を止めてみるけれど、男は俺の手に手を重ね、性器を擦りあげてきた。
「ぁあっ……んぅっ、はぁっ……んっ、んっ!」
 まずい……こういうとき、どうすればいい?
 とにかく抵抗して、逃げないと……。
「気持ちいい?」
「んっ……んぅ……あっ……ふぁっ!」
 思わず頷きかけたそのとき、男の手がすっと離れていく。
「え……」
 直後、うめき声が耳についた。
「う……ぐぅ……」
 目の前で、男の手が捻りあげられる。
 その手首を掴んでいたのは――
「智巳……?」
 智巳は無言のまま、男の腕をあらぬ方向へと捻じ曲げていく。
「うぁっ!」
「や、やめてください。それ以上は――」
 止めようとしたけれど、俺が言葉を続けるより先に、別の男が割り込んできた。
「やりすぎでしょ」
 割り込んできた男が、今度は智巳の手首をぎゅっと掴む。
「は? 痴漢の現行犯なんだけど。やりすぎとか意味わかんねぇし」
 智巳は冷たくそう言い放つと、自分の手首を掴んできた男の手を振りほどく。
 俺を襲ってきた男は、さきほどまで掴まれていた手首を支えながら、苦笑いしていた。
「いっつぅ……。一応言っておくけど、俺は彼の嫌がることはしていないよ? ねぇ?」
 同意を求められ、心臓がドクンと跳ね上がる。
 うまく嫌がれなかったのは確かだ。
 気持ちよくなってしまっていたのも事実。
 どう答えればいいのかわからないまま、智巳に目を向ける。
「へぇ……」
 智巳の目が思った以上に冷たくて、俺は出しっぱなしにしていた性器をしまい、服装を正すことしか出来なかった。
「それで、お前はなんでこいつ庇ってんの?」
 智巳が視線で、目の前の男を示す。
「庇ったわけでは……」
「俺のこと、止めようとしただろ」
「それは……」
 教師が暴力事件を起こしたなんてことになれば、困るのは智巳だ。
 あれ以上は、正当防衛の範囲を超えている。
 ただ、いまそれを口にすれば、そもそも智巳が教師だとこの男にばれてしまう。
 付け込まれるわけにはいかない。
 答えに迷っていると、智巳と一緒にやってきた男が、気づいてくれたのか、こちらを見て口元を緩めた。
「それより、どうすんの。強姦でも痴漢でもないなら、このまま逃がす?」
「痴漢された側が、誰でも素直に嫌がれると思うなよ」
「なにそれ、経験則? そんで、その子、痴漢の被害者にする気?」
 わざわざ大ごとにはされたくない。
 俺は智巳と親しそうに話すその男に、小さく首を振った。
 智巳は、イライラした様子でそれでもなにも言わずに目を細める。

「彼氏さん登場じゃしょうがないね。それじゃあ、俺はこの辺で……」
 目の前にいた男は、俺ににっこり微笑みかけた後、智巳の横をすり抜けていく。
 智巳なら引き留めかねないと思ったけれど、隣の男が智巳の肩をポンと叩き、呟いた。
「俺がいく」
 智巳は、大きくため息を漏らす。
「尋臣、傷つけられてねぇだろうな」
「は、はい……。大丈夫です」
「……だったらほどほどに」
「了解〜」
 男はなんだか楽しそうだけど、いったいなにが了解だというのだろう。
「あ、そうだ。尋臣くんだっけ。さっき庇ったの、あの男じゃなくて、樋口先生でしょ」
 やっぱり、気づいていたらしい。
 頷くと、笑顔で顔を寄せられる。
「ありがと。庇ってくれて」
 ありがとう?
 まるで智巳の身内みたいな言い分。
 その男にキスされそうなくらいの距離まで近づかれたかと思うと、すかさず智巳が体を割り込ませてきた。
「早く行け。先生言うな。尋臣に触んじゃねぇ」
「まだ触ってないし」
「しゃべんな。見るな」
 智巳は冷めた口調で淡々と語りながら、男の目を手でふさぐ。
「厳しすぎじゃない? ちょっとくらい――」
「…………」
「はいはい、まあいいけど。またね」
 そう言って、男は去っていく。
 直後、智巳が唐突に俺の体を抱きしめた。
「……っ」
 思わず声が漏れそうなほどきつく抱かれる。
「智……巳……」
「……はぁ」
 智巳は少し苛立った様子でため息を漏らした。
 俺は身動きできなくて、なぜだか泣きたくなってしまう。
「お前、少し休んでろ」
「……大丈夫、です」
「は? 体熱いし、勃起もおさまってねぇし。簡単に大丈夫とか言ってんじゃねぇ」
 そう言うと、智巳は俺の体を担ぐように抱きあげた。
 腰に手を回されただけで、体がゾクリと震え、籠っていた熱がぶり返しそうになる。
「ん……」
 智巳にそのつもりはないのかもしれないけれど、力強い手つきが心地よくて、頭がぼんやりした。
「はぁ……」
「この状態で、見回りするとかありえねぇだろ」
「ん……」
 その後、智巳は俺をお姫様抱っこし直す。
 少し恥ずかしいけれど、俺は顔を隠すように智巳にしがみついた。
「智巳……」
「なに……」
 いきたい。
 抜いて欲しい。
 だけど、そんなこと言っていいはずがないい。
 智巳じゃない男に煽られて、欲情したいからどうにかして欲しいなんて。
 だいたい注意されていたのに、みすみす手を出されたのだから、智巳を怒らせた自覚はある。
「……ごめん、なさ……」
 智巳は、ただぎゅっと俺を抱き直してくれた。