外から覘き見るとやっぱり悠貴だ。

そっと、ドアを開けて、中に入り込む。
悠貴は集中しているからか、俺には気づいていないようで、演奏を続けていた。

すごいな…。
あんなのひけるんだ?
合唱部に入ればよかったのに。

それなのに弓道部に入って。
…顧問が智巳先生だからだ。

馬鹿じゃないの…?
弓道下手なくせに。

なんか、俺、やっぱり泣きそうだ。

俺の知らない悠貴が目の前にいるから。

少しして、演奏が終わる。
悠貴は、ピアノから手を離し、俺の方を見た。

「…悠貴…気づいてたんだ…?」
「うん。だけど、真綾が声かけてこなかったから、そのまま続けてみた」
「そっか…」

俺はこの人、束縛する気はない。
一方的に押し付けている恋愛だから。

もっと、なんでも話してほしいとか、学校生活も私生活も全部教えてほしいだとか。
言えるわけがない。

だけれど、本当は全部知りたかった。
うっとおしいくらいに、聞きたかった。

いつでも独占していたくてしょうがない。
知らなかったことが、寂しくてたまらない。

いまさらだけど、悠貴にとってうっとおしい存在にはなりたくないから。
押しかけるけれど、迷惑なことはしてこないできた。
いつも、少しだけ離れた距離を歩いていた。

うっとおしいって言われたくないから。
重荷になりたくないから。

一方的に気持ちを押し付けて付き合ってもらってる時点で、充分、うっとおしい行為だってわかってる。

だからこそ、これ以上は駄目だろう?
いろんなこと、聞けずにいた。
悠貴のこと、全然知らない。


平気なフリしたいのに。
限界なのかなぁ。
泣きそう。

「どうした? 真綾」
「ううん。今日さぁ…学校で嫌なことあって」
顔を逸らしてみせるけど、立ち上がった悠貴が頭を優しく撫でてくるもんだから。

我慢出来ない。
「なにがあったわけ?」
なんで、聞いてくれるの?

顔を向けると目が合うけれど、俺はもう泣きそうで。
少し視界がぼやけた。

俺の頬を取って、悠貴が口を重ねてくれる。
目を瞑ると、涙が頬を伝った。

「真綾が泣くなんて、よっぽどなことなんだ?」
心配している…というよりは、『困ったね』って。
そんな感じで少し苦笑いを見せてくれる。

あまり落ち込むなって、言いたいんだろう。

どうしよう。
止まらない。
止められない。

悠貴が慰めてくれようと、抱きしめて頭を撫でてくれて。
優しくされればされるほど、涙が止まらなかった。

好きだから。
大好きだから。

この人のこと、束縛しちゃいたい。
何もかも知りたい。

我侭言いたいし、甘えたいし、もっともっと、くっついていたいんだよ。
そしてなにより、求められたい。

「悠貴…っ」
泣きながら出した声は、苦しそうだった。

うっとおしい存在になりたくなくて、重荷にもなりたくないのに。
止められなかった。

「…ひとりにしないで……っ」

俺は、悠貴にしがみついていた。

あぁあ。
泣いてわかれないでってすがるなんて、考えてもいなかったのに。
ありえないよ、こんなみっともないことする自分は。

だけれど、プライドもなにもなくなっている。
俺には、悠貴だけいればいいから。

そんな悠貴の重荷になるようなことしちゃいけないって。
それだけが気がかりだったんだ。

うっとおしいから、重いから。
別れてって言われたら。

そう思うと恐くて。
軽い気持ちで付き合えるからこそ、利点があったんじゃないかなぁって。

「どうしたんだよ、真綾…」
「どうもしないよ…」
「いつもと違うし」
「……一緒だよ…」
いつも、思ってた。
ずっとずっと、考えてた。

「なにが、あったわけ?」
なにがあったかって。
なにもないんだよ。

「悠貴……。もう、駄目かも…」
泣く俺を、悠貴は強く抱いてくれる。
「どうしたのさ…」
優しく聞いてくれるけど。
俺が泣いてる理由。
悠貴だってわかったら、嫌になるかなぁ?
もうわかってるかもしれないけれど。

でも、このままの関係続けるのもやっぱり辛い。

いつもいつも泣きそうで、大変だもの。

なるべくプラス思考にしてるけど。
やっぱり考えこんでしまうから。


「…俺のこと…好きになってくれた…?」

いつも、冗談めかして聞いている言葉。
こんな弱い自分をさらけ出すのは、初めてかもしれない。


「…真綾らしくないな」
「俺らしいってなに…? 知らないくせに…」
ホントは、弱いんだよ。
強くない。
自信もない。
強がってるだけ。


しばらくそのまま、悠貴は俺を抱いてくれて。
やっと気分が落ち着く。

あぁ。
俺、なんてうっとおしい行動しちゃったんだろう。
やっぱり後悔するな…。

悠貴の体を押し退ける。

「…ごめん。なんでもないから。あはは…なに、悠貴、ピアノ上手いねぇ」
そう俺が、なにもなかったみたいに笑ってみるけど、もう手遅れ?
悠貴は笑ってくれない。

「悠貴…ホント、ごめんって。うっとおしいって言わないで?」
軽いノリで言ってみる。
ホントは、真面目に言いたい内容だけれど、そんなのもっとうっとおしいから…。
軽く言った方が重荷にならないと思った。

「じゃぁね。俺、美術室でやりかけの課題があるから」

出直そう。
また。
明日になって、あさってになって。

そうすれば、きっとなんにもなかったみたいに元通りになれる。

元通りがいいのかどうかはわからないけれど。
それでもいいや…。

やっぱり失いたくないから。

そう思い背を向ける。

「真綾」
静かに呼び止められる。
駄目。
俺。
別れないでって泣いてすがりそうな自分がいる。

付き合いだすときもそうだった。
みっともない自分、さらけ出して。
かっこ悪いことばっかりしてる。

泣きそうな顔になってるんだろう。
振り返る俺に、悠貴は優しく笑ってみせる。

「…歌って? 俺、弾くから」
そう言って、楽譜を俺に渡した。
「な…に…」
拍子抜け…ではないけれど、意味がわからず楽譜を受け取って目を通す。


「知ってる曲だろ?」
「…うん…」

悠貴の演奏に合わせて歌ってみる。
こんな悠貴は初めて知る。
あ。
なんか泣きそうな声。
やだなぁ、俺。

変なの。
上手く歌えないし。

半分くらいまで歌っただろうか。
泣きそうな自分の声、聞いてたらますます、泣けてきて。

とうとう、声出なくって。
歌い止ると、悠貴も手を止めていた。

「…真綾…?」
「歌えない…」
「…俺も。真綾の歌がないと弾けない」
立ち上がって、そう言って。
俺を抱きしめてくれる。

「…真綾…。辛い…?」
心臓がものすごくドキドキしてる。
辛い。
だけれど、そう答えたら『じゃあ、別れよう』って言われるんじゃないかって。
そう思えて、恐い。

「…辛くない…」
「…うそつきだね…真綾は…」
俺の頬を取って、自分の方に向かせて、悠貴はそう言った。
「っ…辛くないし。悠貴と付き合ってると、楽しいから…っ」
むりやり笑おうとするのに、うまく笑えないし、涙が溢れてくる。

「…真綾…。俺はね…辛いよ」
「…なんでっ? 先輩に敵視される?」
そう言うと、悠貴が困ったように笑うのが、ゆがんで見えた。
「先輩? 真綾のこと好きだって言う先輩はたくさんいるからねぇ。こんな辛そうな真綾見たら、そりゃ俺は敵視されるけど。それは平気だよ。俺が悪いって解ってるから」
悠貴は悪くない。
押しかけた俺が悪いのに。
だけど、俺、仲のいい先輩たちには悠貴のこと、愚痴っちゃってたかも。
俺のせいだ。

「…なにか、された?」
「別に、嫌味言われたり、ちょっとした嫌がらせ程度だから。真綾が気にすることじゃないよ」
そんなこと。

いままで、全然知らなかった。
俺の知らないところで、悠貴は俺のせいで、嫌がらせうけてたんだ…?

拓耶先輩は、知ってたんだろうな…。


「…真綾はね…。モテるから。自分に振り向かない俺に気があるのかなぁって思うわけだよ。つまりさ。俺が真綾を好きになったら、達成感とかで満足しちゃったりするかなって。そう思うと、好きって気持ちを隠したいって思ったりもしたけど。…そんな引き止め方は、間違ってるのかな…」
そりゃ、確かに、俺に全然振り向いてくれない人っていうのは、ものすごい興味があるし、振り向かせたいって気にもなる。
きっと、振り向いたら達成感だって味わえるんだろう。



「それに、しょうがないって思ってるんだけど、真綾はいつまで経っても、俺のこと疑ってかかってるから。それはちょっと辛いよ」
一度、俺に軽くキスをして、頭を撫でてくれる。

「悠貴…」
「どうすれば、伝わるんだろうね…。優しくキスしても、Hしても、毎日会っても。好きだって言っても、真綾は疑うだろ…? いっつも、俺のこと、探ってる。あんなに、自信ありげに『俺のこと、好きになるよ』って言ってるけれど、強がりみたいに聞こえる」
強がりだもの。
俺のこと、好きになるだなんて。
そんな自信ない。
そう言わないと、悠貴を引き止められなそうだから。
だから、そう言うしかないじゃない?

「好きだよ…真綾。っつっても疑う?」
「…だって…」
信じられない。
そう疑うから、悠貴も辛いって言ってくれるんだろうけど。
「いっつも、悲しそうな顔してるからね…真綾は」
そう言って、またギュっと抱きしめてくれる。

うそ。
バレてた…?
俺、悲しそうな顔、悠貴には見せてないつもりだったのに。
「今日は、我慢出来なかった?」
「…うん…」
「いつ、そうやって、素直に俺に打ち明けてくれるんだろうなぁって。待ってたよ」
「ずるいよ…っ。気づいてたくせに…っ」
「そんなに、強がらないで…。真綾はそんなに強い子じゃないだろう…?」
全部、全部わかってるんだ、この人。
ずるい。
「弱いよ…俺っ…」
「知ってる」
「ホントは、恐くて…っ」
「…辛かった…?」
そう言われて、涙がどんどん溢れてきた。
「……ぅん…」
俺は、悠貴にしがみつくようにして、大泣きしていた。

「…だいぶ前から…真綾だけが好きだよ…」
耳元でそう言ってくれる。
「…っ…悠貴…」
「それでも、俺のこと、好きでいてくれる…?」
当たり前なのに。
そう言われ、俺は大きく頷いた。



しばらく落ち着くまで、悠貴はずっと俺を抱きしめて、背中や頭を撫でてくれていた。

「前から聞きたかったんだけどさ。真綾って、部活中に俺と会うことはほとんどなかっただろ…? 俺のこと、いつ知ったわけ?」
「…もっと前から知ってるし。…弓道部、入る前から…知ってたもん…」
悠貴は予想外だったようで。
「そう…なんだ? なに。俺、有名だったわけ?」
って。
「…夜ね…。弓道の練習してるの、見て…」
「…あぁ。あんなかっこ悪いの、見ちゃってたんだ…? 俺、下手だったでしょ…」
「智巳先生のために、がんばってて、かっこよかったよ」
悠貴は、また俺をキツく抱きしめてくれる。
「…全部知ってるんだねぇ、真綾は」
「…うん…」
全部、知ってる上で、俺はこの人のこと好きになったんだもん…。


「…真綾…俺ね…。ピアノ弾くから。合唱部に入るよ…。掛け持ちじゃなくて、転部する」
悠貴は俺から少し体を離すと、にっこり笑ってそう言った。
「…でも…っ」
「だって、俺、弓道下手じゃん? 掛け持つ必要ないし。合唱だけでいいかなぁって」
冗談っぽくそう笑って。
「じゃ…じゃあ、俺も」
「どうして?」
「弓道、興味ないしっ? 俺、悠貴がいたからいただけだし」
悠貴は、俺の涙を拭ってくれた。

「っそれに、悠貴、俺がいないと、弾けないでしょ?」
そんなこと、あるはずがない。
俺が知らないうちに、合唱部の手伝いしてたくらいだし。
実際、俺が来るまでちゃんと弾いてたし。
だけれど、悠貴は俺の頭を撫でてくれる。
「…そうだね…。一緒に、来てくれる…?」
「…うん…」
俺は頷いて、悠貴に返答を示した。

「…やっと。笑ってくれた…」
「え…」
「よかった。真綾が笑ってくれて」
悠貴は、また俺に口を重ねてくれる。

「…もう帰ろっか」
「練習は?」
「もういいや。真綾は? こんな遅くまで委員会?」
「委員会もなんだけど。美術の課題残ってて。早めにやっちゃおうかなって」
「あぁ。じゃ、やってく?」
俺は、やらない…と首を横に振る。
「ううん、帰る。悠貴……俺のこと、好き…?」
「また聞くんだ…? 好きだよ…。…じゃあ、いまから一緒に転部届けだしに行く?」
「うん♪」

俺らは二人で職員室へ転部届けを出しに行って。
寮の部屋へと帰った。

「悠貴…。辞めちゃったね…弓道部」
「うん」
「…後悔…してないの?」
「してない」
どうしよう。
なんか、俺また、泣けてきたし。

「真綾、うれし泣きなら我慢すんなよ」
「…うん…」
俺は、素直に泣きながら悠貴と口を重ねた。


悠貴が好き。
悠貴のこと、もう疑ったりせずに、ついていけそう。

大好き。
いつもと同じキスなのに。
なんか違う。
精神的なものってやっぱ大きいんだなぁって思う。
愛感じちゃうよ…なんて。
熱くて蕩けそう。

「…かわいいね、真綾…。いつもとなんか違うよ…」
「うん…」
「伝わりそう? 俺の気持ちは」
「うん…。好き」
「そう…。真綾に言われたとおり…。俺は、真綾を好きになるって」
強がりだよ、あんなの。
俺のこと、好きになるって。
ただの強がりだった。
「…だから、言ったじゃん…」
「そうだね。今度は、なにを予言してくれる?」
今度は…?
「…う…ん…。ずっとずーっと、好きでいるよ」
「そうなんだ?」
「うん。絶対にね。俺から、離れられないから」
「…そっか。真綾が言うなら、きっとそうなるんだろうね」

そう言う悠貴に抱きしめられて。
いつもは、強がりだったから、ものすごく不安でドキドキしてたけど。
今度はちょっと強がりとは違うかな。

「悠貴…俺も、離れないからね」
「わかってる」
「悠貴も…俺から離れらなれなくなるから…」

もう一度。
そうなるように願って。
俺は力強く、そう伝えた。





『悠貴×真綾』
カウンター毒樹園4884番v
氷星雷華さんに捧ぐ♪本当は単独で読める小説を書き上げたかったのですが、この二人の関係でただの日常H等を書くよりも、心理戦の方が雷華さん好みかなぁと勝手に想像し、ゆえにこのような『前作読んでないと解りません』的内容になってしまいました。申しわけないです(汗)この二人のラブラブが書けて楽しかったですvリクエストありがとうございます♪