『悠貴×真綾』
カウンター毒樹園4884番v




悠貴の前では絶対に涙なんて見せたくないと思っていた。


初めは俺の片思い。
悠貴には他に好きな人がいたから。

それでも、悠貴は付き合ってくれた。
というか、俺がそれでもいいんだって言って。
無理やり付き合ってもらった感じ。



いまはどうだろう?
俺のこと、好きになってくれているのか、変わらず、別の人を想っているのか。


『辛いならもう無理やり俺に付き合うの止めれば?』って。
そう言われそうで。
泣きながら、別れたくないって、すがることなんて出来そうにないし。

平気なフリをしていた。

昔は何度も何度も、泣いたけれど。
いまではマシになったかな。

それでもたまぁに部屋で一人で泣くことはあった。

こんなに、こんなに好きなのに。


会う約束をするのも、無理やりいつも俺が取り付けて。
押しかけるように部屋に行って。

いつも泣きそうだった。


悠貴が以前好きだった人。
智巳先生のことがまだ吹っ切れていないから。
だから俺にこういう態度を取るというわけではなさそうだった。
なんていうか、そういった相対的なもんじゃないんだろう。

智巳先生のことはもう諦めている。
というか、付き合おうだなんて初めから思ってなかったのかもしれない。
そういうのとは違う、憧れに似た好きなのかもしれないし。

それとは別で、ただ、俺には興味がない。
そんな気がしちゃって。

そこら辺の子がもしかしたら、俺みたいに悠貴んとこに押しかけるかもしれない。
そしたらたぶん、俺にしてる態度とおんなじ態度を取るかもしれなくって。

だとしたら、俺っていったいなんなんだろうって思うわけ。

…好きなのに。
付き合ってるのに。



今日もまた、悠貴の部屋に行った。
だけれど、そこには悠貴はいなくって。
ルームメイトだけがいた。

たぶんまだ学校で。
少し遅れてるだけなんだろうけれど、そんな風に少し1人にされただけで、ものすごい孤独を感じていた。


「今日、悠貴先輩とここで遊ぶ予定なんすか?」
そうルームメイトの深敦くんが聞いてくる。
「そう。見てたい?」
「別に、見たくないですよ」

本当は見せられるもんじゃなかった。

とても愛があるようには見られないかもしれないから。




深敦くんは友達のところへ行くと、出て行ってくれていた。
俺は一人、悠貴のベッドへと寝転がる。

一人。
さびしいなぁ…なぁんて考えてられない。
元気でいなくちゃ。

少しして、悠貴がやっと戻ってくる。
「おかえり」
「ただいま。早いね、真綾」

優しいよ?
昔に比べたら。

だけれど、はっきりとした態度をとってくれないもんだから。
わからないんだって。


「そろそろ、俺のこと、好きになった…?」
冗談っぽく聞いてみる。
「…ん…」
肯定とも否定ともつかない感じ。
「…俺が好きになったら…お前はどうするんだ…?」
「どうするもなにも。両思いでいいんじゃん…。俺のことを好きな人や悠貴のことを好きな他の人も、俺らが両思いなの知ったら、諦めてくれるんじゃないの? もっともさ。すでに両思いだって思われてるかもしんないけど」

軽い感じでそう言ってみるけれど。
悠貴はなにを考えているのかいまいちわからなくって。

そんな自分も惨めになってくる。
俺、悠貴のこと、全然、わかってないんだなぁって。
そう思うから。

「真綾は…? 俺をどう思うわけ…?」
「いまさら…。何度言えばわかる? 好きだよ。悠貴が他の奴を好きでも俺は悠貴が好き。この関係を諦めなくちゃならないとしても、俺の好きって気持ちは消えないね」
「そう…」
「そっけないね…。まぁいいよ。悠貴は俺を好きになるよ」

真面目な気持ちだった。
だけれど、真面目に話すことなんて出来ないから。

軽いノリでそう言った。



嫌われてはいないんだろう。
たぶん、どっちかって聞かれたら『好き』って言ってくれる。
それくらいにまではなっている自信はある。

なんだかんだいって、俺のこと思ってくれることもあったから。

でも、それは同情みたいな感情だったり、友達みたいな感情だったり。
そういうものなのかもしれないなぁって思うわけ。


泣きそう。
でも、駄目。

俺はいつも我慢して。

笑顔で、悠貴に対応する。

優しいHもしてくれて、キスもしてくれる。

それなのに、不安でたまらない。
追ってばっかりだから。

俺が追わなくなったら?
ただ、来るもの拒まずなんじゃないかなぁって。

俺の元に来てくれるのかなあ…。


そんな日が続いていた。
なんで俺、こんなに我慢してるんだろうって思うときもあるけれど。
とりあえず、現状維持。

毎日が過ぎていく。


業後の委員会の後、もう時間は遅かったが、美術の課題が残っていたので、俺はやっていくことにした。
別に明日でもいいんだけど。
こういうときにまとめてやっておいて、早く帰れる日は帰りたいしね。

美術室には1人、生徒が残っていた。

拓耶先輩。
悠貴と仲がいい友達。
たしか、美術部員だった。
「あれぇ、真綾ちゃん、こんばんは」
「こんばんは。俺、ちょっと授業の課題残してたんで、やろうと思って」
「そうなんだ? 俺は、まぁただの部活延長だけど」

別に大して話すこともなく、俺らはそれぞれの作品に取り掛かっていた。



と、ピアノの音。


「こんな時間に…」
ついそうぼやいてしまう。
「あぁ、今度の曲、難しいみたいだねぇ」
って。
今度の曲?
「…なんですか、それ」
「合唱部がもうすぐコンクールじゃん? その曲の練習」

あぁ。
そんな部もあったっけ。

「…へぇ。歌はともかく、ピアノは学校しか練習する場所ないし、大変ですね」
「あはは♪なんか、真綾ちゃん他人事みたいだねぇ」
他人事みたい?
「…他人事ですよ」
「まぁ…他人事といえば他人事だけど…。悠貴と会う時間が減るのとか、気にしないタイプ?」
「……悠貴が、関係あるんですか」
「……聞いてない? 悠貴、このときだけ、合唱部に借り出されてんの」

あぁ。
そういえば、智巳先生が悠貴はピアノひくって言ってたような。
だけれど、全然、俺、知らないし。

「…そっか…。聞いてなかった」
また、俺、泣きそう。
拓耶先輩が知ってること、俺は知らなくて。
別に、拓耶先輩は悠貴の友達だよ?
たぶん、一番仲のいい友達。
クラスだって一緒だし。

俺、なに拓耶先輩に嫉妬してんの?

馬鹿みたい。

だけどやっぱり。
嫉妬っていうか、なんていうか。
俺、ただの友達みたい。
むしろ、それ以下?

わかんない。

「悠貴先輩のこと…俺、あんまり知らないんで…」
つい、愚痴るようにそう言ってしまっていた。

「…そぉ? 二人、ラブラブじゃぁん?」
少し冗談っぽくそう言われるけれど。
誰かに相談したかったんかなぁ、俺。

いや、いままでも友達に愚痴ったこと、少しはあるけれど。
なんだかんだいって、みんなは俺のことしか知らないから、そんな人、別れちゃえば? ってな答えしかくれなかったし。

「…拓耶先輩は知ってるでしょ…。悠貴先輩、別に俺のこと好きで付き合いだしたわけじゃないって」
「…あぁ。そう思ってるんだ?」

付き合ってくれる?
そう言うと、悠貴先輩は決まって『好きにはなれないけど、それでもいいのなら』って。
そういう断り方をするんだ。

俺は、それでもいいって言っただけだから。
「…だってそうでしょ」
「確かに、好かれなくてもいいのならって悠貴に言われて、OKの返事を出したのは真綾ちゃんだけだと思うよ? でも、悠貴もホントに嫌なら断ってたんじゃない?」
「…そうかな。でもそれはさ、可もなく不可もなく…ってことでしょう…?」
嫌ではないけど、よくもない、みたいな感じに思えてしまう。
「…なんかね。智巳ちゃんと真綾ちゃんって、ちょっと似てるでしょ? 重ねてるわけじゃないだろうけど、悠貴の好きなタイプなんだろうね」
「だからって、好かれてるとは思えなくて」
拓耶先輩は、苦笑いして俺を見る。
「…めずらしく弱気なんだね…。どうしたの?」
「…いつも感じてたことですよ。…好かれてるという実感が持てません。聞いても、うまくはぐらかされるだけで。いつまた別れようって言われるか、わかったもんじゃないし」
「……大丈夫だよ…。悠貴は、真綾ちゃんが好きだよ。ただ、ちょっとあいつも弱いから。いつまでも真綾ちゃんに追われてたいんだろうね」
そう教えてくれる。
「…拓耶先輩、別に根拠はないんでしょ。悠貴が俺を好きだっていう…」
「…まぁ、根拠っていうちゃんとしたものはないんだけど。君らね。有名なんだよ、知ってる?」
有名?
俺らが?
「なんで?」
「あんまり言うと悠貴に怒られるから、じゃあ、ヒントだけね♪…真綾ちゃんが1年のとき。どれくらいの人に告られた?」
あのときは、俺、フリーだったし。
でもまぁ、悠貴先輩に目、つけてたから断ってたんだよな。
一応、付き合いだしてからも、結構あったけど…。
「…15人くらいだと思うけど」
「多いねぇ。結構、先輩もいたでしょ」
「まぁねぇ…悠貴のこと、ちゃんと知らないくせに、あんなのと別れて俺とー…とか言われてもさぁ、むかつくだけだっての」
「真綾ちゃんに彼氏がいるっての知っててさ。告ってはいないけど、好きだ…っていう子もいるだろうしね。悠貴ってばねぇ。そぉんな大人気の真綾ちゃんに好かれてるのに、そっけない態度取ったりするもんだから」
あぁ。
つまり、俺に告ったりしてきた先輩から、敵視されてるわけ…?

「…それで。優しいフリしてくれるんですかねぇ。悠貴は」
「いやぁ。普通、そこで嫌なら別れて欲しいって言うでしょ。もしそうなら真綾ちゃんにも、そう言った理由告げるだろうし」

悠貴もそれなりにリスク負ってるわけ…?
…俺って、迷惑かけてんのかなぁ?

「…ちょっと、音楽室、行ってこようかな」
俺は拓耶先輩に見送られながら、鳴り止まないピアノの音に引き寄せられるように音楽室へと向かった。