「じゃあ、名前呼んだヤツから、取りに来いよー」
樋口先生がそういうのにあわせて、名簿が一番のやつから取りに。
数学のテスト返し。

珠葵が嫌そうにテストを受け取って。
泰時も。
あぁ、俺、なぁに観察してんだか。
そのあと、自分。
自分のテストなんかより、深敦が気になるっての。
「佐渡―…」
「はい?」
俺がボーっとしちゃってるのを見てか、受け取ろうとしたテストを樋口先生は離してくれない。
「お前は、なにを考えてんの?」
「…別に? 俺、点数悪かったですか?」
「…いや、いいくせになんか嫌そうな顔してっから?」
顔には出てないつもりだったが。
もしかしたら、かまかけられてんのかもしれないけど。
「…なんでもないですよ」
そう伝えると、納得したのか、やっとテストから手を離してくれる。
なんだかな。

俺の少し後に深敦が貰ってて。
珠葵と深敦とがいる深敦の机のところで、泰時が声をかけてて。

「…いやなら、啓吾も声かければ?」
自分の席に戻った俺へと水城が声をかける。
「…なにが?」
「なにが? じゃねぇだろ。泰時と深敦のこと、気にしてるくせに」
「ふっ…ただの友達やん? 珠葵とだってしゃべっとるし。どうせ後でアキも行くわ」
「…動揺してるし」
「しとらんて」
「いや、あきらかにしてるだろ…。まぁいいけど。俺も取ってこよっと」
水城が先生の所へ、テストを取りに行って。

アキのところへ。
見せつけですか。

あぁ。なんで俺こんなに苛立ってるんだろう。
苛立つくらいなら、自分も声かけに行けばよかったのに。
いまさら、前の方の席まで行くことなんて出来ないしな。

ため息をついて、しばらくボーっとしていると水城が戻ってくる。
「おかえり…」
「たっだいまぁ。寂しかった?」
「別に」
「まぁまぁ。…ただの友達って感じだったけど?」
泰時のことか。
「…そりゃそうだろ」
「心配することないんじゃない?」
…心配してない…とは言い切れなかった。

いくら友達のように見えても。
深敦が気にしてなくても。

泰時は、深敦が好きなんだから。


なんだかなぁ。

とりあえず俺は、携帯のゲームを起動させた。


定期的に開かれる会食会。
メンバーは、中華の達人、和食の達人、洋食の達人、和菓子の達人、洋菓子の達人…。
順番に担当の料理人が、自分の分野の料理を振舞うという、国境を無視した微笑ましい会だ。
…いや、日本人かもしんねぇけど。

次にその会が行われるのは日曜日。
前回、洋菓子の達人が振舞ったのはピーチパイ。

あぁ。靜先輩、ここでピーチパイ持って来ましたか。

で。
次の日曜日は、中華の達人の番。
次の日曜日…。
あけとけって言われてたとこだな。
…深敦は空いてんのか?
そもそも、ゲームと現実、ごっちゃに出来るのかよ。

でも、俺、金曜日くらいまでにクリアしてとか言ったっけ。

『今回は冷やし中華を作りたいのに、食材の部屋に悪霊が取り付いて近づけない。どうしよう』
そんな、慌てふためく中華の達人。
……モデル俺なのか?

その様子を見てか、
『俺が取って来てやろう』と名乗り出てくれた金髪の洋菓子職人。


ここから、アクションゲームが始まるようだ。
中華の達人、ヘタレだな。

まぁどのゲームも、助けられる側はそういうもんだろう。




「佐渡ー。前来て、黒板の問題解いて」
…テストの答え合わせじゃねぇのかよ。
まぁいっか。
携帯とりあげられるより全然マシ。

俺は前に出て黒板の問題と解く。
「というか、解くなよ」
「…どっちなんすか、先生」
「いや、あっさり解かれるとつまんないなって。まぁいいや」

一番前の席である深敦を盗み見ると、ボーっと眠りそうになってて。
テストは、62点。
まぁ、そこまで破滅的に悪くはねぇか。

拓耶先輩とかいう人に数学は教えてもらってたから?
あぁもう、ホント、悩み尽きねぇな。



授業後半、とうとう深敦は机に顔を伏せて眠ってしまっていた。
先生も気付いているだろうに、もう放置状態。

珠葵は、消しゴムを小さく切って、深敦に投げつけ遊んでいるようだった。


拓耶先輩って、美術部だったっけ。
兄貴に聞くのも嫌だけど。
気になりだしたら仕方ないんだよ。

メールで拓耶先輩に彼女がいるのか聞いてみてしまう。

どうせいるんだろうけれど。
和奏先輩とかにもいるんだろ。


そういえば。
付き合いだしたこと。
伊集院先輩に伝えようとしてたんだった。

生徒会長で兄貴の友達。
なんだかんだで繋がりがあったりして。
たぶん、俺のことを気に入ってくれている。

深敦は伊集院先輩のこと知らないんじゃないかって、そう思ってたけど、学級委員だから今後関わっていくんだろう。
そうなった場合、俺と深敦が付き合っているって知った伊集院先輩は、どういった態度を取るんだろう?
まぁ、俺のことは好きとかじゃなく、ちょっとお気に入りって程度だろうから構わないか。

黙っててもいいんだけど。
このままちゃんと付き合っていけるのか、自信があるわけでもねぇし。
いや、俺から別れようってのはたぶんないんだけど。
深敦がいやがるのならしょうがないとか思うわけ。




本当は、泰時に『深敦に近づくな』とか言ってやりたい衝動にかられてる。
だけれど、おかしいだろ。
あいつらは仲がいい友達なんだよ、すでに。
それを俺がとやかく言うべきじゃない。

いままでだって、休み時間、大して一緒に過ごしていない。
泰時がいるせいで俺と深敦の時間が減ったとか、そういうわけでもない。

ったく、俺はなにが不満なんだ。
ただのヤキモチとか嫉妬だって、わかってる。
あーもううざいな、自分。

ほら。俺ら2人がもうちょっとちゃんと恋人っぽい感じであれば満足だったのかもしれない。
ただ、友達のときよりも距離が遠くなった気がしてならないから。

嫌がる深敦を無理やりってのは、俺の性に合わないけど、しょうがないか。
…いや、初めは無理やりしたけれど。

今日の夜、会いに行く。
強引にでも、話を聞く。
あわよくばヤる。
あぁもうやりてぇってば。

話すすまねえ。

でも、それって結局、俺が悩んでて苦しいってのから逃れたいだけなのか?
俺のためだけにやることなのか?

…だとしても、いいだろ。
俺が苦しんでたら、ちゃんとした対応できないわけで。
結局、深敦だってやな思いするだろ。

…ちゃんとした対応できるように努められたら問題ないんだけど。

例えば深敦に嫌われるかもしれない。
うざいよって。
それでも、現状は納得いかないし満足できないから。

今日こそは聞こうと思う。
泰時のこと。
他にもいろいろ。

それしかないだろ。

とりあえず、今週の日曜日まで、待ってもいいんだけど。
やっぱりさ。
気になることは気になる。
だから今日。


そう思ったのに。
時間が経つにつれ、俺のイライラは募っていく。


昼休み。
食堂への移動中だ。
「深敦。今日の夜、会えるか」
「……あぁ。友達と遊ぶ約束しちゃったけど、なんだった?」
それだけで、すっげぇイラつくっての。
友達って言うってことは、珠葵とかじゃねぇんだよな?

けれど、別に俺だって水城と遊ぶこととかよくあるし。
深敦に誘われても先約優先するかもしれない。
たぶん、水城相手だったら、今度に変えてもらって深敦優先するだろうけどさ。

そこまで縛るつもりはねぇ。
ねぇんだけど、いろいろたまってんだよ。
誰? とかいちいち聞きてぇし。
あぁ俺ってすっげぇうぜぇ。だから、聞きたくない。
どっちなんだよ。
「……別に。用ってわけじゃねぇけど」

本当は、昨日、ゲームをあげれたことで、少し気分がよくなっていた。
それなのに、気になる。泰時が。
俺らの関係がよくなったにも関わらず、あいつらの関係も深くなっていくようで、それがうっとおしいんだよ。

「まぁいいや。今度で」
「今度って…なんか用なわけ?」
「だから、用ってわけじゃねぇって。いいから」

本当にマジで用ねぇし。
深敦は少し気にしている様子だったが、珠葵たちの方へと向かっていった。

「…啓吾―…。大丈夫か?」
水城だ。
「あぁ、別に。なにそれ、俺ってそんなに大丈夫じゃなさそう?」
「いやいや、なんかねぇ。いらいらしてるよね。……付き合いだしたわけ?」
…ほら。
わかるんだろう。
「…まぁね…」
「で。自分のモノになった深敦が、他へと気が散ってんの、気になるって?」
「そういうこと。だって、テスト前は数学の勉強見てもらってたりとか、冷やし中華おごってくれた先輩とか。いつのまに仲良くなってんだよ、あいつは」
だが、一番の原因は泰時だ。
それは水城もわかっているだろう。

「啓吾って、結構束縛タイプだったんだ?」
「違ぇよ。あいつが、無防備すぎんだよ。深敦のこと好きだっつってる泰時に、あんな近づかれてんじゃねぇっての」
「…でも深敦は、泰時が深敦好きだって、知らないんだしさ」
「それを感じ取れねぇから、無防備だっつってんだよ。もっと危険だって意識しとけっつーか。
っとに、無理やりやられてもおかしくねぇし」
「それは、かつて昔、無理やりやったことからくるご意見ですかねー」

はいはい。
かつて無理やりっぽくやりましたよ。
流しましたよ。
だからこそ。

泰時ともやりそうだ。
いや、やるのがどうとかってわけじゃない。
別にただの欲求不満解消なら問題ない。
ないんだけど。
イラっとするんだってば。


付き合いだしてから、いきなりうざくなったとかは思われたくないから。
だから縛るつもりねぇけど。

深敦は俺が泰時をここまで意識していることにまだ気付いていないだろう。

それが、わかったら普通に、今後、深敦と泰時の友情関係が危うくなるかもしんねーし。
部活一緒の仲間になるみたいだし。
んな邪魔はしたくねぇ。
「…どうすっかな。水城…」
「…俺から深敦に聞こうか? 泰時のこと」
…確かに。
俺が聞いたら、うざいけど。
水城ならうまくやってくれる気はする。
「…微妙」
「微妙って…。まぁ、なにげなくさぐってみてやるよ。お前らのことだから、一応、秘密なんだろ、付き合ってんの」
「まぁね。水城たちには言ってもいいって言われたけど」

ここは少し、水城に頼ってみますか。