「っ俺…もう戻る」
深敦が、そう言って起き上がる。
「…泊まらねぇの?」
「まだ風呂も入ってねぇし。テスト後で疲れてるし。…俺いたら、お前、菓子、見れねぇし」
一緒にいる状態で見るのは駄目なのか。
泊まらない理由の半分以上は、菓子のことだろう。

「わかった。じゃあな」
俺は、止めることも出来ないから、そう深敦を見送った。

いままでだって、毎回泊まってたわけじゃねぇのに。
なぁに不安がってんだか。
付き合いだすと結構、厄介なもんだな。

小腹もすいたことだし、俺は起き上がって、深敦が持ってきた箱を確認する。

パイ…?
林檎パイか?
いや、桃?

見た目じゃどっちかわかんねぇけど。
ピーチパイが俺は好きなわけで。
期待しちまうし。

一週間前から、これ作る約束してたって。
もしかしたら、ただなんとなく菓子が作りたくって。
テスト終わってから榛くんと作るって言ってて。
榛くんが気を利かせて俺の好きなピーチパイにしたのかもしれないよ?

だけど、深敦がピーチパイを作りたいって言ってくれたのかもしれなくて。
そう考えると嬉しくなってしまう。

少し、泰時のことを忘れて。
幸せな気分を味わっていた。



翌日。
水城が俺の部屋に来て、起してくれる。
いつのまにか帰ってきていた凪先輩が、ドアをあけてくれたようだ。

「昨日の夜、深敦が俺の部屋ちょっときてさ」
そう言われ、それだけで少し不安になる。
俺、ホント、馬鹿だな。
水城と深敦は隣同士だし。

「泊まったりした?」
つい、そう聞いてしまう自分に嫌気がさした。
「いや、泊まってはいねぇよ。ホント、5分もたたないくらい立ち話しただけ」
水城にまでやきもちやいてどうすんだか。

「なんか、用だったわけ?」
「それがさぁ。笑えるよ。テスト終了時にさ。泰時が深敦に話しかけてたじゃん?」
しかも抱きついてな。
「あぁ。いたな」
「深敦。泰時が同じクラスだったっての知らなかったみたいで。あいつ、誰かって聞くもんだから」
「眼中になかったのかよ」
笑いながらそう言う。
けど、穏やかではない。

眼中になかったとしてもだ。
水城に聞くってことは、やっぱり気になってるわけだろ。
それに、俺に聞けばいいものを。
俺には聞きにくいなにかがあるのかよ。

「水城―…。俺様は心配だよ」
「なにが?」
「……深敦と泰時が仲良くなっていくのが」
「でもまぁ、友達だろ。恋愛には発展しないって」
よく男女の友情はありえないなんて言うことがある。
片方に、恋愛感情があってそれを隠して仲良くなっているんじゃないかって思うからだ。
だとしたら泰時は?
深敦に対して恋愛感情抱いてるわけだろ。
友情で留まるとしたら、それは泰時が恋愛感情を隠すからであって。

「どっちにしろ、穏やかじゃねぇよ」
「穏やかじゃないって、なぁんか古い言い回しすんのな、お前…」
「泰時と深敦ってたぶん気が合うだろ?」
「気が合うと恋愛に発展するわけ? そうとも限らないだろ」
まぁそうなんだけれど。

結局、土曜日も日曜日も。
なんら変わりない日常。
俺は、ずーっと考え込んで。
夕飯はいつものメンバーだったけれど、あいかわらず。
俺と深敦の間に大した会話はない。


いつもそうだし。
付き合いだしたからって急に頻繁に会うのもなぁ?
まぁ、それもありかもしれないけど?
いつも、学校で会ってるし。
今の深敦はやたら意識しまくってるし。
…何回も会って、慣れるって考え方もあるけれど。

金曜日にある程度、深敦とは話し合ったけど?
少し精神的に落ち着いたくらいだろう。
俺にしてみれば、泰時のことがあるから、落ち着きもしない。

水城と一緒に遊んで。
その日がなんでもないように過ぎていく。
先週や、その前の週となんら変わりないのに。
なぁんか無性に、気が気じゃないっつーか。

そのまま、月曜日を迎えていた。
「啓吾―。心ココにあらずって感じなんだけど」
「あらずなんだよ、俺様の心はここに」
「深敦が気になる?」
そりゃ気になるっての。
学校来てみたら、深敦と泰時が話してるわけよ。
いつのまに仲良くなったわけ?
土曜日ですか、日曜日ですか。
今日に限って楓は来ないし。
それは別にいいんだけれど。

泰時が、勝手に話しかけてんのか?
いや、2人で仲良く話してるように見える。
別に、深敦が珠葵と仲良くしゃべってるのとなんら変わりないんだけど。

気になるのは、泰時が深敦に対して恋愛感情を抱いているからだろう。


深敦にとっては、ただ友達同士として仲良くしてるだけなんだろうから、俺が、止めるなんて馬鹿な行動、出来るわけない。
かといって、あの中に混ざるつもりももちろんない。

別に、俺だって泰時が嫌いなわけじゃない。
二人が友達になって、何が悪いかって言われたら、なにも悪くない気がするし。
ただの独占欲だろ、それは。

それと。
深敦が、俺と付き合ったのを後悔しだしたらって、そう思うからだ。
泰時の方がよかったんじゃないかって。
つまり、乗り換えられたら。
あぁ、泰時が深敦を好きだから…。

ため息ばかりつく俺を見て、水城はわざとらしくため息をついた。
「…暗すぎ」
「俺、超ネガティブだし」
「嘘つけって。いつもはポジティブだろ」
「深敦に関してはネガティブみたい」
「聞けば? 泰時のこと、どう考えてんのーとか。かなり直球に」
んなこと聞けるかよ。
そう目を向けると通じたのか、
「別に、深敦ならうっとおしがらないだろ、そういうこと聞かれてもさ」
「どうかな」
「啓吾は? 楓のことどう考えてるか深敦に聞かれたんだろ? うっとおしかった?」
「いや、むしろ嬉しかった」
「だろ?」
得意げだな、こいつ。
「…でも、あいつと俺の思考回路が一緒とは思えないし」
「それを言っちゃあお終いだろ」

まぁ、いつも普段から休み時間に話してたわけじゃないし。
付き合いだしてからはなおさら。
なんとなくあまり会話してなかったから、あまり気にしないようにすることにした。
…もちろん、気になるけれど。

昼休みになって。
泰時は、さすがに、いつもつるんでる奴らと食べるんだろう。
深敦の傍にはいなかった。
ほっとしたわけだけれど、深敦はあいかわらず。
俺に対して緊張してんのか、なんなのか。
でも今回は、金曜とはちょっと違う。

少し、不機嫌そうにも見えた。
泰時とはあんなに楽しそうに話してたのにな。
泰時が、俺の悪口伝えた?
なんて。
俺は馬鹿か。
もしそうだとしても、泰時よりも俺の方が深敦と仲いいわけだし、そう簡単に信じないだろ。

「春耶くんと啓吾くんは、超常現象とか信じるタイプ?」
そう珠葵が話題を振る。
「どうしたの、急に」
「んー。今日、深敦くんと晃くんと話してたんだよ。ちょっとね」
そんな話してんのか、こいつらは。

「俺は、すこーし信じるかな。結構好き。啓吾は?」
「…霊とかUFOとか? 信じる信じないっつーより、そう興味ないっつーか…」
「ふぅん」
「珠葵は、好きなわけ?」
「んー。興味あるけど、ちょい恐いかなぁって。深敦くん、好きなんだよねー」
「うん」
「アキは?」
「僕も、珠葵くんと一緒で、興味はあるけど、恐いような…」


その俺の答えが、かなり重要だったことに気づいたのは、帰宅後だった。
いつもみたいに、みんなで夕飯を食べた後。

春耶が来て。
珠葵も来てくれて。
珠葵は、普段そうつるまないが、深敦のこととなると、俺にいろいろ教えてくれる。
なんだかんだいって、結構、部屋も近いしな。
来るときは、ほぼ毎回、水城とセットで俺のところに来ていた。

「はぁあ。啓吾くんは、超常現象興味ないんだねー」
そう珠葵が言う。
「…ねぇけど?」
「深敦くんはあるのにー」
確かに。
だけれど、これくらいのすれ違いは、別に普通にあるだろ?
「珠葵も、恐いんだろ」
「そうだけどさぁ。ねぇ? 春耶くん」
「ねぇ?」
……なんだ、こいつらは。
なんだかんだで仲良しだよな、この2人…。

「なんだよ、水城まで」
「いや。さっき、帰ってすぐ深敦が来てさ。超常現象研究部に入らないかって誘われて」
「……はぁ?」
「あのね、俺も言われた。どうかって。俺は恐いからちょっと考えおくっつったんだけど。…朝、超常現象の話題になったときはさー。まさか深敦くんがそんな部のこと考えてるとは思わなかったし? 啓吾くんが、超常現象に興味があるって嘘つけれるよう仕組む間もなくって」
「いや、それはいいんだけど。嘘ついてまで気ぃ合わせようとも思わないし…」
そう言うと、またちょっと膨れる。
あいかわらずだな、珠葵は。
「まぁ、嘘ついてまでってのも、考え物だしね」
意外に、すんなりしょんぼりと、珠葵はまたしぼむ。
「問題はそこじゃなくてさぁ。泰時だっての」
水城がそう伝える。
「…泰時にも、聞いたわけ? あいつ」
「泰時くんって、深敦くんのためなら、嘘ついて好きでもないもの好きって言いそうだよね」
なんちゅー先入観だ、珠葵。
「深敦なら、自分が好きとかどうとか言わずに、相手がソレに対して興味あるか、先聞くだろ。意外に疑い深いから。っつーか、泰時、どうせ、好きだろ、そういうの」
「そうなんだよなー」

「結論から言いますと、2人は超常現象研究部に入るようです」
そう少し呆れ気味に、水城が言う。
「…それは、泰時がどうとか以前に、人としてどうかと思えるんだけど」
「えー。楽しそうじゃん」
「いや、普通もっと、一般的な部に入るだろ」
「あー、深敦くんはいくつか、掛け持つつもりみたいだから」
「ならいいけど」

ならいいけど。
ってのは、人としてであって。
泰時の問題は解決していない。

っつーか、そんな部あったのかよ。

「…深敦に会ってくる」
「あははは♪超ウケるね、啓吾くん」
「…珠葵って、ホントはサドだろ」
「だってー。深敦くんのことになると、すーぐ顔に出るっつーか。おもしろいし。でも、いまは超常現象の事で、取り込み中じゃないの?」
部活が一緒ってかなりポイント高いよな…。
「…とにかく行ってくる。なぁんかあいつ、昼とかも不機嫌そうだったし」
「よく見てるねぇ」

で。
深敦の部屋まで来たわけだけど。

「深敦?」
俺の不安は的中で。
部屋には泰時。
「ちょっと、いい?」
「なんだよ…?」
泰時を部屋の奥に置いたまま、深敦は俺の所へ来てくれる。
俺はチラっと泰時を確認してから、深敦を外へと引っ張り出した。
「なにっ…」
すっげぇ、むかつくっつーか、はらはらするっつーか。
あぁ、でも俺の部屋に楓がいたとき、深敦もこんな風に心配してくれた…?

「深敦さぁ…。機嫌悪いみたいだけど…なんかあったん?」
そう俺が言うと、顔を逸らす。
「…別に…」
「別にってことねぇだろ」
深敦は、俺をチラっとみて、少し戸惑うようにして。
「…別に…」
もう一度そう言われ、俺はそれ以上聞くことが出来なかった。

「…じゃあ、いいけど…」
よくねぇけど、そう言うしかねぇだろ。

頬を撫でて、上を向かせ、そっと口を重ねた。
場所も場所だし、軽く重ねるだけ。

「じゃあな」
泰時を待たせるのも悪いし。
って、なぁに俺はいい子ぶってんだ。
やっぱり深敦は、少し不機嫌そうで。
「うん…」
小さい声で頷いて、部屋へと戻って行った。

俺は、水城と珠葵がまだいる自分の部屋へと戻る。
「…あぁあもう、最悪」
「深敦くんとこ行ったんでしょ。いなかったの?」
「泰時といた」
「だぁから、それは予測済みでしょー。超常現象の話してんだって」
「…深敦がなんで不機嫌なのかわかんねぇし」
そう俺が言うと、珠葵も水城もなにも言ってくれず、少し沈黙。

少しして珠葵が口を開く。
「いまは、結局、深敦くんとなにも話してないわけ?」
「いや、なんで不機嫌か聞いてみたけど、結局答えてもらえず、そんだけだから。ほとんどなにも話してねぇな」
そう言うと、うーん…と、うなってから。
「なんとなく、俺、わかるかも」
そう言った。
「なに…」
「…自分で気づきなよぉ」
そう頬を膨らませるもんだから。
…俺が原因なのか…。

なんなんだよ。ったく。
俺は、深敦が泰時と仲いいのでいっぱいいっぱいだっての。
いまさら、テストのことでどうとかは言わないだろ?
「泰時は関係あり?」
「無しです。啓吾くんだけの問題です」
珠葵はわかってんだよなぁ。
「…もういいから。ちょっと一人にして…」
そう言うと、珠葵と水城は俺の頭を軽く叩いて2人で出て行った。