『拓耶×陸』




バレンタイン。
拓耶は、あいかわらず軽いノリでチョコをくれて。

でも、俺のためを思ってわざと軽いノリにしてくれてるんだってのはわかっていたから。
もちろん、それを不満には思わない。
拓耶が他の子にあげてても、気にしない。

俺は、拓耶の恋人だから。
他の子とは違うから。

「宮本先生…ちょっといいですか?」
先生に相談するなんて、間違ってると思うけれど。
帰り際、担任の宮本先生に声をかける。

俺の友達って、結構おおっぴらに付き合っちゃってる子が多くて、価値観が合わないような気がして…。
宮本先生は、なんか一番、理解してくれる気がするから、恋愛ごとを相談しやすかった。

「うん。いいよ。…えっと、ここじゃない方がいいかな。数学準備室とか…」

ほら。宮本先生はすぐに察してくれる。
一緒に、宮本先生の管理する数学準備室へ。

「すいません…大したことじゃないんですけど、宮本先生…バレンタイン、どうしました?」
さっそく本題。
宮本先生は、少し恥ずかしそうに。
「えっと…。ギリギリで、一応、あげたんだけど…」
「ギリギリ?」
「うん。本当は用意してなかったんだよ。でも、会って、しゃべったりしてたら、なんか用意してないことに罪悪感とか出てきちゃって…。夜に買いに走って、夜中に、渡したって感じなんだよね。でも…次の日も仕事だったから、大してなにもなかったんだけど。
渡すだけ渡して、帰って来ちゃったし」
渡したのか…。
「俺…渡してなくて…」
「あ、別に、俺は確かに罪悪感とか感じたけど、渡さないのが悪いってわけじゃないし…っ」
あいかわらず、俺のこと気遣って焦ってくれるのがかわいらしいな。
「いえ、俺は毎年あげてないんでいいんですけど」
「そ…っか。もう長いもんね」
「…はい。…毎年、拓耶の方からくれるんです。でも、拓耶はいろんな人にも配るから。ソレが悪いわけじゃないんですけど。他の人と俺の差がわからないでしょ…? 俺はいままで返したこともなかったし…。なんでもないフリしてスルーしてきてたんですけど。 やっぱり気になるから、今年は…どうしようかなって…」

少し恥ずかしいけれど、そう伝えると、宮本先生はからかう様子もなく、うんうん頷いてくれる。
「…お返しできるといいよね。もうすぐホワイトデーだし…」
あぁ。
この人は、言葉だけじゃない。
本当に、一緒に考えてくれてるってのが伝わって嬉しくなる。

「…宮本先生があげてるとは思いませんでした」
「いや、俺も、あげなくてもいいかなって初め思ってたんだけど、なんか…周りがあまりにもあげてると、気になっちゃって」
「ですよね…」
俺も、すごい周りが気になる。
だから、今年こそはちゃんとしたお返しをしたい。

「ね。陸は拓耶の恋人なんだから、自信もって…? 拓耶がお返しを貰って喜ばないはずないし、そりゃ、少し恥ずかしいかもしれないけれど…不安に思うことはなにもないはずだから」
宮本先生は、そう俺を勇気付けてくれる。
そうだよ…。
拓耶が、俺からの物に不満を洩らすわけがない。
むしろ、あげずに今年も過ぎてしまうことの方が不安だ。

「はい…ありがとうございます」
「いや、俺、こんなんでいいのかな」
「え…?」
「なんか、うまくアドバイスできなくて…」
「いえ、すごく嬉しいです。ありがとうございます」



俺は、宮本先生に別れを告げて、部活へと向かった。
俺の所属する科学部の顧問は柊先生。
宮本先生の恋人だ。
この人は、やっぱり宮本先生にお返しするのかな。

…本当は、俺がバレンタインに拓耶にあげて。
拓耶がホワイトデーになにかくれるってのが、自然に思えるけれど。
俺はなにも出来なかったからな。

ついため息が洩れてしまう。
「陸? どうした?」
ほら。
柊先生は、すぐに気付いて俺に声をかけてくれる。
「いえ…。大丈夫です」
「そう?」
宮本先生以外の先生とは、あまり恋愛の話をしたことがなかった。
そりゃ、聞きたい気もするけれど。
どうにも距離があったり、子供扱いされそうで。
なんか違うなって気がするから。


にしても。
…買いに行くの恥ずかしいな。
あぁ、でも男だから。
バレンタインデーにチョコを買いに行くのよりはだいぶラクだろう?

それくらい我慢しないと。
でもやっぱり、一人で行くのは躊躇する。
友達にバレるのも恥ずかしいけれど。

俺の友達で、買いそうなやつ…。
いつも、男役に回る奴の方が、やっぱバレンタインデーに貰ってそうだしな。

隼人…。
クラスメートで、それなりに仲がいい。
そういえば、貰ったようなこと言ってたっけ。
部活を終え、さっそく、電話。
「隼人? いまいい?」
『うん。どうした?』
「…バレンタイン、貰ったっつってたっけ?」
『あぁ、貰ったよ』
「…お返しすんの?」
『うん。するつもり。暇見て買いに行こうかなって』
「あのさ。今から行かない?」
『あぁ。いいけど。陸、誰かにお返しすんの?』
誰かにって言うか、彼氏なんだけど。
「…まぁね。とにかく、見たいからさ」
『了解。今どこ?』
「学校だから。30分後くらいに売店集合でいい?」
『いいよ』

約束を取り付けて。
あぁ。唐突だけれど、隼人はあいかわらず、臨機応変というか、いつも快く了解してくれる。
ありがたい。



寮へ戻ると、俺の部屋に拓耶が。
「陸〜♪ おかえり」
ルームメイトはいないようだ。
また、勝手に合鍵でも作ったんだろう。
「…ただいま。ごめん、俺、いまから出かける用事あるんだけど」
「あれ、そうだったんだ? じゃ、俺は戻ろうかな♪」
なんとなく、自分がいまから拓耶にあげる物を買いに行くんだと考えてるせいか、ベッドから立ち上がる拓耶を恥ずかしくて見ることが出来なかった。

それに気付いてなのか、拓耶が俺の頬をそっとなでる。
「どうした? 急に来ただけだから、気にしなくていいよ?」
「…う…ん…」
拓耶はそれ以上、なにも聞かずに俺を見送ってくれていた。

そうやって、俺が気にしないようにしてくれるその気遣いだけで、嬉しいような申し訳ないような。
そんな感覚。
…でも、嬉しい気持ちの方が強いかな…。

隼人と合流して。
一緒にショッピングセンターへ。
「隼人…バレンタインくれた子と付き合うの?」
「ん? あぁ。バレンタインのときに告られてさ。前から仲良かったし、そのままOKしたから、実際、今もう付き合ってるんだけどね。1年生の子」
1年生。
あぁ。隼人の部屋行ったとき、たまに見かけた子かな。
ルームメイトじゃないけれど、よくいる子。
たぶん、ルームメイトの友達なんだろう。
「なんか、髪明るいかわいい子だっけ」
「そうそう。陸は?」
俺がこういうこと、あまり言わない性格だってのわかってくれてるよね、隼人は。

「俺も…貰ったから一応返そうと思って」
「へぇ」

なんとなく、あんまり深刻ではなく、軽い感じなフリをしてしまう自分もどうかと思うけど。

隼人の方からは深く聞いてこない。
俺のこと、わかってくれてるから。
でも、隼人も言ってくれたわけだし。
言うかなぁ。
いいかなぁ。

隼人は本当にまったく無関心ってわけではないんだろ。
「あの…さ。相手、誰かとか、予想つく?」
「予想…? うーん。鈴とか?」
「…鈴は、彼女いるから、俺にはくれないよ」
「じゃあ、ルームメイトとか仲イイ1年とか?」
…つまり予想つかないんだな。
俺、結構、うまく隠せてたのか。
拓耶とはクラス違うし。

でも隼人が拓耶のこと知ってるのかどうか…。
「誰? 陸、教えてくれるの?」
あまり気にしてないフリしながらも、やっぱり気になってくれてるのかな。
ここで俺が教えないっつっても、隼人は笑って流してくれそうだけれど。

「俺から、言い出しといてなんだけど、隼人が知らない人かも。7組のさ、拓耶っていう…」

隼人は足を止め俺を見る。
それに合わせるようになんとなく、俺も立ち止まっていた。
「拓耶って…陸と同じ中学だったっけ」
「うん。…知ってんの?」
「有名じゃん?」
有名…だっけ。

拓耶の確認が出来たところで、俺らはまた歩き出した。

俺、学校ではバレないようにするためにも、拓耶とあんまり関わらないようにしてたから…。
有名かどうかなんてよくわからなかった。
「有名…なの?」
「なんか、バンドとか組んでたろ? 文化祭でやってたし。絵も展示してたし。それでいて気さくな感じが、結構ウケてて後輩のファンとか多いみたい。俺らは、あいつが勉強も出来んの知ってるしな」
そうだ。
テストの順位表とか、俺はまともに見てないけれど、拓耶はこの高校も第1志望じゃないし、レベル落としてるから、絶対、上位にいる。

「そっか。有名だったんだ」
「というか、人気あるみたい。あいつも結構貰ってんじゃないのかな。バレンタインにあげたがってる子の話、聞いたことあるし。でも、陸、あいつに貰ったんだな」

俺の知らないところで、拓耶は結構モテてるんだ?
チョコとか、バレンタインのときに受け取ってた?

拓耶の心が俺から離れるだなんて心配は一応してないけれど。
それでも、俺は彼女としてやれることをしてなくて、少し苦しくなった。
だからこそ、今日、ホワイトデーのお返しを買いに来たわけだけれど。
それはやっぱり正しかったと思う。

「隼人…」
「…どうした?」

やっぱり話そう。
宮本先生にも聞いてもらったけれど。
隼人は、ホントに情報通で、いろんなこと知ってて。
俺が知らないところでの拓耶のことや、その周りのことも知ってくれているから。

「…ちょっと、話、聞いてもらっていい?」
「うん、いいよ」
「俺…拓耶と付き合ってんだよ」
そう言うと、隼人はまた足を止める。
なんとなく恥ずかしくて。
立ち止まるのもなんだし、少し前へと俺が進むと、隼人にも意図が通じたのか、歩き出してくれていた。

「付き合ってるって……拓耶と?」
確認するように、俺に聞く。
「…そうだよ」
「マジで?」
「うん」
「……拓耶って、フリーかと思ってた。あんなにモテるのに、なんで恋人いないんだろーとか、悠貴との恋人説とか出てたけど」
悠貴。
拓耶が高校で一番、仲のいい友達だ。
確かに、いつも一緒だよなぁ。

にしても、隼人が知らなかったってことは、拓耶も、あんまりおおっぴらにしないでいてくれてたんだな。

「もう…3年になる」
「え。そんなに?」
「中学卒業くらいからだから。一応ね。いろいろあったけど。
あのさ。拓耶って、やっぱりバレンタイン…貰ってそうだよね」
「聞いてないんだ?」
「うん…あんまり、そういう話、しないから」
隼人は、少しだけ考え込んで。
「軽いノリで渡してたやつは結構いたかもしれないね。友好的だろ、拓耶って。でも、陸が彼女なら、本気では受け取ってないんじゃない?」
そう言ってくれた。

「一応、あんまり人に言わないでおいてくれる?」
「わかった」


嫌なのは、拓耶が誰かから貰っていることじゃなくて。
俺が、あげていないことだ。
毎年のことだけれど。

隼人と一緒に、とりあえず買ったクッキー。

カバンの中にしまって。

寮に戻り、ベッドに一人。
やっぱりいろいろと考え込んでしまう。

拓耶が。
自分の彼氏が。
まさかモテるだなんて、考えてもいなかった。
そりゃ、それなりにみんなに好かれてるだろうとは思ってたけど。
恋愛と友達の違いっていうか。
ただ、人気があるムードメーカー程度にしか考えてなかったから。


もちろん、俺は好き。
勉強できて。
でも真面目過ぎなくて。
運動だって、普通以上には出来て。
楽器も上手くこなして。
絵も上手くて、人あたりよくて。

いつも笑顔で接してくれて。
俺のこと、気遣ってくれて。


あぁ。
なんで気付かなかったんだろう。
自分が、恥ずかしいだとか、おおっぴらに付き合うのに抵抗あるだとか。
そんなことばかり考えてて、拓耶が学校でどう生活してるか、いままであまり意識していなかった。

苦しいな。

拓耶の欠点は、誰にでも優しくて。
弱さを人に見せなすぎて。
頑張りすぎる所。

あぁ。あとは味オンチなとこかな。

ほら。
結構、長所とも取れる短所しかない。

どうして拓耶は俺と付き合ってくれてるんだろう。