バレンタイン、久しぶりに桐生と会った。
 そのとき、俺は久しぶりだってのに体の準備をしていなくて。
 結局、桐生に慣らしてもらうことになった。
 それはそれで桐生も楽しんでいるみたいだったけど。

 明日はホワイトデー。
 また久しぶりに会う約束をしていて、慣らしておいた方がいいのか、俺はいま迷っていた。
 慣らしたら慣らしたでからかわれそうだし。
 かといって、桐生の期待に応えられないのも屈辱的だったりする。
 天秤にかけて考えてみると、やっぱり期待外れだって思われる方が辛い。
 そもそもからかわれるのなんていつものことだし。
 前に桐生がやれと言ったからしたのだと言い訳すればいい。
 そう自分を納得させ、ズボンと下着を脱ぎ捨てた。

 ジェルのビンを手に、両足を開いてソファに座り込む。
 俺は今1人暮らしで、誰に見られているわけでもないのに、コレが桐生とやるための行為だと思うと無性に恥ずかしい。
 普段1人Hをする際に、桐生のことを考えたりはするけれど、それでも後ろを使ったりまではしない。
 自分で指を入れるなんて、無理やり桐生の前でやらされたときくらいだ。
「はぁ……」
 ついそのときのことを思い出してしまい、吐息が漏れる。
 そもそも俺は抜きたいわけじゃなく、慣らしたいだけなのに。

 右手の指先にジェルを垂らした後、中指でそっと奥まった窄まりを撫でてみる。
「ふ……ぅ……」
 きつく閉ざされたそこは、簡単に受け入れてくれそうにはなかった。
 とまどいながらも、ジェルを塗りたくっていく。
 時間をかけて揉みほぐすように撫でていると、次第にそこがヒクついてきた。
 頃合いとみて、少しだけ指先を中に押し込んでみる。
「んんっ! あ……」
 意外にも、一度開かれたそこは難なく俺の指を受け入れた。
 久しぶりとはいえ、ジェルをまとっているせいか。
 第一関節、第二関節……そして中指の付け根まで飲み込ませて一呼吸する。
「はぁ……ふぅ……」
 持ったままだったジェルのビンをテーブルに置き、代わりにスマホを手に取った。
 保存しておいた桐生の動画を表示させる。
 前にビデオ通話をした際、こっそり録画していたものだ。
 俺の方のマイクはオフにしていて、桐生が俺に向かって話しかけてくる映像と声だけが入っている。
 もちろんそのときは、別にエロいことをしていたわけじゃない。
『雪之、もう夕飯食べた?』
 そんなどうでもいい普通の会話だ。
 だけど今、桐生に気付かれないように、内緒で電話中にオナっているみたいでものすごく興奮してしまう。
 録画された動画なのだからバレるはずないのに。
 もしバレたら、桐生は俺の耳元でチクチクと意地悪なことを言うに違いない。
「ふ……ぅ……ぁ……あっ……」
 中に入れたまま動かさずにいた指を少しだけ折り曲げてみる。
 途端に背筋がゾクゾクして、体が跳ね上がった。
「あぅっ……あっ……!」
『今度さぁ、お酒飲んでみる? ほら、二十歳超えたし。雪之ちゃんお酒飲めるのかな』
 桐生の声、表情、仕草……見ているだけでぼんやりしてしまうことがある。
 見惚れて……聞き惚れてしまっているんだろう。
 高校生の頃もしょっちゅう授業中ぼーっとしてしまって、全然数学が理解できなかった。
 ぼんやりしてしまうのに、心臓はトクトクと早鐘を打つ。
 矛盾していて自分でもよくわからなかった。
 桐生とセックスしているとたびたびこういうことになる。
 なにも考えられなくて、ただ桐生が好きって気持ちが膨れ上がっておかしくなる。
 いつもは必死に抗ってなんとか隠してみるけれど、いまここには俺しかいない。
「はぁ……あ……あ、ん……すき……ぁっあっ……桐生……」
 桐生がしてくれたみたいに、ナカを広げようと指先を動かしていく。
 少し指を引き抜いて、前立腺の辺りを撫でると腰が揺れてしまう。
「ぁっ、ああっ、んっ……桐生……あんっ……ぁ……欲しい……あっ、ぁあっ!」
 自分の指なんかじゃなく、桐生の指が、性器が欲しくてしかたない。
「ひぁ……あっ……んっ……はや、く……ああっ……あ、ん!」
 桐生。
 桐生。
 桐生の声が聴きたくて、顔が見たくて。
 画面に目を向けるのに、なぜだか映像が縮小されてしまう。
 なんで……着信?
 桐生から……?
「あ……」
 いま取るべきではないとわかっているのに、ついビデオ通話で繋いでしまっていた。

『もしもし、いま話せるか?』
 さっきまでの何度も見尽くしてきた動画とは違う、リアルタイムの桐生だ。
「はぁ……」
『んー、なんかぼんやりしてるな。どうしたの』
 少し目を細めるようにして、俺の様子を窺う。
 桐生の気遣いに、俺の頭はますます溶かされていく。
「……桐生……好き……」

 どうしても、どうしても伝えたくてしかたなくなってしまうことがある。
 思えば告白した時もそうだった。
 振られるとかそんなのはどうでもよくて、とにかく桐生が自分を気にかけてくれたことが嬉しくて。
 気づいたら、伝えていた。
 いまだってそう。
 いきなりなに言ってんだって、桐生は思うだろう。
 だけど俺にとってはいきなりなんかじゃない。
 桐生のことを考えて、桐生のことを思って、桐生の映像を見ながら、桐生とやるために中を弄っていた。
 そんなタイミングで通話を繋いでしまったら、もう伝えずにはいられない。
『んー……俺も好きだよ』
「んん……」
 優しい口調で伝えられ、胸の奥がきゅうっと掴まれたような感覚に陥る。
 体中、熱くてたまらない。
 我慢できずに腰をくねらせると、奥の方がヒクヒクとわずかに痙攣した。
「ぁあっ……ぁんっ……き、りゅ……っ……んんっ……」
「かわいいね、雪之。すごい蕩けた顔してる」
 桐生のことだから、もうだいたい俺がなにをしているのかわかってるんだろう。
 からかわれると思っていたのに甘やかされて、触られているわけでもないのに感じてしまう。
 もっと、もっと欲しい。
「きりゅ……はぁっ」
「うん……いいよ、すごくいい。かわいくてたまんない……」
 吐息を漏らすように、熱っぽく囁かれる。
 ペロリと舌なめずりをする桐生を見た瞬間、なにかが崩壊した。
「はぁっ、ああっ、あっ……あぁあああっ!!」

 絶頂を迎えてしまい、俺は体をビクつかせたま、スマホを胸に抱く。
 そのままソファに横になるけれど、うまく体が動かせないでいた。
「はぁ……はぁ……」
 体だけじゃなく頭も働かなくて、ぼんやりしたまま。
 そっと胸から離したスマホの画面に視線を戻す。
 いつの間にか溢れていた涙のせいで、画面が歪んで見えた。
『まぁだ、ぼんやりしてんな。スッキリできなかった?』
「ん……」
『射精したんじゃないの?』
 射精したわけじゃない。
 ナカの方で出さずにイってしまい、いまだ余韻が残っている。
 心地よくて、思わずまた少しだけ中に入ったままの指先を動かしてしまう。
「ふっ……ぁ……」
『ああ……メスイキしちゃった?』
「ん……」
『教えてよ、雪之。どうイっちゃったの?』
「はぁ……あ……あ、メスイキ……して、る……んんっ!」
『いまもしてるの? 雪之はいつの間にか1人でメスイキできるようになったんだねぇ』
「ん、はぁっ……あぁあっ……桐生……あっ、いくっ……あぁあっ!!」
『メスイキ後の雪之ちゃんは軽くトリップしてて本当にかわいいから、明日たっぷり味わいたかったんだけど』
「あっ、明日も、する……する……から……」
『ん、じゃあ明日、俺の前でメスイキな。たっぷり甘やかしてあげる』
「ん……」
 ゆっくりと指を引き抜くと、俺はふわふわした余韻を味わったまま、意識を手放した。

 どれくらい経っただろう。
 体を起こして、時間を確認しようとスマホを手に取る。
『ああ、起きた?』
 画面には、桐生が映し出されていた。
「え、なにしてるんですか?」
『いや、まだ用件話してなかったし。起きるまで待ってたんだけど』
「待ってたって……」
 あれから1時間以上は経っている。
「お、起こせばいいじゃないですか。大きな声をあげるとか、かけ直すとか」
『まあいいじゃん。無料通話だし。雪之の寝息聞いてるのも俺は好きだし』
 うっかり照れてしまいそうになるのをなんとか堪える。
「なんだったんですか。用件って」
『明日行こうとしてた店、一応予約しとこうと思って調べたら改装中でさ。別んとこ考えてたんだけど、中華とイタリアンどっちがいい?』
「俺はどっちでも……」
『うん、まあそうだよな。そう言うと思った』
「だったら……」
『まあ、ついでに顔見ようと思っただけ。あと悪いんだけどちょっと気が変わった』
 気が変わった?
 もしかして、会う気が失せたとかそういうことだろうか。
 不安になる俺を、桐生はすぐに見抜く。
『そんな顔すんなって。良ければ俺んちで食べない?』
「桐生の、家……? あの、出前とか取るってこと?」
『つーか、俺が作ろうかと』
 桐生の手作り料理。
 顔が緩みそうで、とっさに唇を噛み少しだけ視線を逸らす。
「……なんで悪いんだけどとか前置きするんですか。人を不安がらせて楽しいんですか?」
『プロの店で食べた方が絶対うまいし、こっち来てもらうことになるし。それに、まさか雪之がそんなに不安がってくれるとは思ってなかったし?』
 さきほど『人を不安がらせて』と言ってしまった手前、不安がってなどいないとはもう言えない。
「……いいですよ。桐生の家で」
『うん。帰りはちゃんと俺が送っていくから』
「子ども扱いしないでください。平気です。言うほど離れているわけでもないですし」
『メスイキした後の体で電車乗ったり人気のない道歩いて欲しくないんだけど』
「なっ……」
『もちろん、覚えてるよな? 明日俺の前でメスイキするって約束』
 少し前の記憶がよみがえる。
 ぼんやりしていたけれど、忘れたわけじゃない。
 なんで、明日もするなんて言ってしまったんだろう。
「あれは、桐生が……」
 明日たっぷり味わいたかったとか言ったから。
 それで、申し訳ない気持ちにさせられたのだ。
『まあ、覚えてなくてもいいんだけど』
「え……いいんですか?」
『罰としてたくさん虐めてあげるから』
「はぁ? なんで……」
『覚えてるって素直に言えたら、たっぷり甘やかしてやる。どっちがいいか、1日考えときな』
 虐められるか、甘やかされるか。
「そんなの……俺に選ばせないでください」
『じゃあ、どっちも欲しい? 欲張りだねぇ、雪之ちゃんは』
 覚えていないと言い張ったって、たぶん無駄だ。
 無駄だけど無意味ではない。
 桐生は、俺をからかって虐めて楽しむつもりなのだから。
 でも、素直に伝えたらたっぷり甘やかしてくれるらしい。
 桐生の言う通り俺は欲張りなのか、どっちも欲しいだなんて考えてしまっていた。
 どうせ1人Hしていたことも最中に電話に出たことも、明日、指摘されるだろう。
 いまなにも言ってこないのは、たぶん画面越しじゃなく直接楽しみたいから。
 俺で楽しんでくれる……そう思うと、嫌な気はしない。
『それじゃあ続きはまた明日な。ちゃんと寝なよ』
「あ、あの……」
『ん?』
「……おやすみ、なさい」
『うん、おやすみ』
 やっと通話を切って、ソファに体を預ける。
 桐生はときどきすごく優しい。
 優しくされたせいで、またぼんやりしてしまう。
 桐生の余韻に包まれながら、俺はもう一度、眠りにつくのだった。